願いが叶うなら

汐野悠翔

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秋物語

姿をみせない理由

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「どうして……? どうして姿を見せてくれないの? ねぇ、神耶君……どうしてなの?!」



少し葉の色を変え始めた桜の大木を見上げながら、私は焦りと絶望から湧き上がる苛立ちを、喚き散らした。


私の叫びは誰からの返事も得られないまま虚しく空へと消えて行く。


それでもどうにかして返事が欲しくて、やるせない気持ちを桜の木へと叩き付けながら私は叫び続けた。



「お願い神耶君、お願いだから神耶君の姿を私に見せて……もう一度神耶君に会わせて……。お願いだから私の前からいなくならないで。ずっと私の側にいてよ」



それ以上は、もう何も望まない。
私はただ、神耶君と一緒にいたいだけなの。
だからお願い………どうか私を嫌いにならないで……
お願い……


心からの必死のお願いにも、全く何の反応もない現状に、桜の幹を力一杯叩き付けていた拳は次第に勢いを失い、私は力なくその場にしゃがみ込んだ。


真っ赤に染まった手で、ボロボロと溢れ出してくる涙を何度も何度も拭いながら、気がつけば私は、嗚咽を零しながら情けなくその場に泣き崩れていた。


と、その時―― 



「………葵葉さん」



後ろから、聞き覚えのある優しい声で名前を呼ばれて、私は慌てて立ち上がり後ろを振り向いた。


そこに立っていたのは――



「…………師匠……さん? ……やっと……やっと見つけた……」



やっと現れたその人物の姿に、私の涙は悲しいものから嬉しいものへと変わって行く。


ゆっくりと、私の元へ歩みを進めてくるその人の顔は、何故か神耶君がよく身につけていた狐の面で隠されている。



「師匠……さん?」



いつものニコニコ笑顔が見えないせいか、師匠さんの様子がいつもとどこか違うように感じられて、師匠さんとの距離が縮まる度に、私の心は何故かザワザワとザワついた。


けれどその違和感は気のせいだったのか、師匠さんは私のすぐ前まで来ると私の頬にそっと手伸ばし、流れる涙を優しく拭ってくれた。



「……師匠さん……良かった……会えて……」


「……」


「もう二度と……会えないのかと思いました。私の前に、姿を見せてくれないのかと……」


「……そのつもりでした。貴方の前にはもう二度と、姿を見せまいと、そう思っていました」


「……え?」



師匠さんから返されてた言葉に私は固まる。
やっぱり、二人は意図的に私の前から姿を消していたと言う事を思い知らされて。



「……どうしてですか? どうして急にそんな……。私が神耶君にキスしてしまったから? 私の気持ちが神耶君に知られてしまったから? だから二人は私から距離を取るために、わざと姿を消していたんですか? 師匠さんから忠告されていたのに、私があんな事をしてしまったから? だから私は神耶君を困らせて……嫌われてしまったんですか?」



思いつく限りの理由を、矢継ぎ早に質問する。
最後の方は、涙で声がうわずって、自分でも何を言っているのか分からなくなっていた。



「それは違います。神耶は貴方を嫌いになったから姿を見せないわけではありません。見せたくても、見せられないから……だから秋祭りの約束も果たすことができなかったんです」


「……え?」


「先程言った、貴方の前には姿を見せまいと思っていたと言うのは、私の話です。私はもう二度と、貴方の前には姿を現すまい、現す事は出来まいと、思っていたから……」


「……どうして……?」



俯きながら、苦しそうな声で申し訳なさそうに話す師匠さん。


師匠さんが一体何を言おうとしているのか。
全く分からなかった私の口から思わず溢れた疑問。


その疑問に、師匠さんは暫くの間黙り込んだ後、何かを決心したかのようにゆっくりと口を開き始めた。



「……それは、私が……貴方から神耶を奪ってしまったから。だから貴方に合わせる顔がないと……そう思っていたからです」


……
…………
………………え?  ?


思いもよらなかった話に、私の頭の中は一瞬にして真っ白になった。


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