願いが叶うなら

汐野悠翔

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秋物語

周囲の諦め

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「仕方ないんだよ。それがご家族の望みなんだから。今まで入院ばかりで好きな事や、やりたい事を全て我慢して来たような子だから、残された時間、好きな事をして、少しでも笑っていて欲しいって」



先程まで葵葉に向けていた爽やかな微笑みは眼鏡の奥に隠しながら、葵葉の主治医は低い声で静かに語った。



「でもそれは、葵葉ちゃんの未来を諦めてるって事ですよね? せっかく葵葉ちゃん自身が未来に希望を持ち始めたのに……」



主治医と看護師、二人の会話を盗み聞きながら、神耶はふと葵葉の言葉を思い出していた。



―――『あのね、私ね、ずとずっと小さい頃から、絵をお仕事にしてる人に憧れてたの。いつか私も、絵を仕事に出来たら良いな~って思ってた。ただ漠然と思ってただけだから、まだ何になりたい!って言う明確なものは分からないんだけど……でも例えば、デザイナーだったり、イラストレーター、絵本作家、漫画家、アニメーター。そう言う、絵に携わる仕事に就けたらきっと楽しいだろうな~ってずっと夢見てるんだ』 



楽しそうにそう語る葵葉の顔が、頭から離れない。
葵葉がこの街に戻って来てからは、元気な姿しか見ていなかった。
だから、葵葉の病気は回復に向かっているものとばかり神耶は思っていた。


だけど、その姿は一時の幻でしかないと言うのだろうか。


あんなに楽しそうに好きな事をして、嬉しそうに未来を語っていたと言うのに。


生きる事を諦めていた葵葉が、やっと見据えた未来。それを周りは諦めているなんて……


無意識に、神耶はきつく自身の拳を握りしめていた。
そして、既に姿の見えなくなっていた葵葉の様子が心配になって、葵葉を追い掛けるべく急いで駆け出した。



「っ!」



と、その時、見覚えのある人物が神耶のすぐ横をすっと通り過ぎて行く。


ピタリと足を止める神耶。



「あいつ、どうしてここに?」



神耶の口からそんな疑問が零れ落ちた。


神耶とすれ違ったその人物は、昨日葵葉と出掛けた街で警察に追い掛けられた葵葉を助けた、あの男。
階段から落ちた葵葉を助けた、あの男。


確か名前を月岡祐樹と言ったか。


予想外の人物と、予想外の場所で果たした再会に、神耶はこの男の事が無性に気になって、気が付くと彼の背中を目で追っていた。


月岡は、先程葵葉が出て来た診察室の前で一度立ち止まると、コンコンとドアをノックし、診察室の中へと姿を消して行く。



「……」



彼が消えて行った部屋のドアをじっと見つめながら、暫くの間立ち尽くす神耶。



「あいつ……」



一瞬、何か言いかけるも、それ以上は言葉をつぐんで、神耶は再び駆け出した。


葵葉を追い掛けるべく、月岡裕樹の消えて行った診察室に背を向けて。

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