願いが叶うなら

汐野悠翔

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秋物語

宝物

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「恥ずかしい? 今の会話の中で、何が恥ずかしいって言うんだ?」


「だって……自分の夢の話なんて、今まで誰にも言った事なかったんだもん。神耶君に知られて、今物凄く恥ずかしいの!!」


「はぁ? 何で? 別に恥ずかしがるような夢じゃないだろ?」



神耶君の言葉に、私は慌てて顔を上げる。



「ホントに? 恥ずかしい事じゃない??」


「だから何で?」


「だって特別絵が上手くもないのに、絵が夢だなんて……。それに、あと何年生きられるかも分からないような子が将来の夢を語るなんて……」


「お前、怒るぞ! 勝手に自分の将来を諦めるな!」



笑うどころか、本気で怒っている様子の神耶君。
今まで絶対にバカにされると思って誰にも言えずにいた事を、神耶君は今、真剣に聞いてくれている。


恥ずかしい気持ちも忘れてしまう程に嬉しくなって、私はもっともっと私の話を聞いて欲しいと神耶君にずっと隠して来た夢の話を語って聞かせた。



「あのね、私ね、ずっとずっと小さい頃から、絵をお仕事にしてる人に憧れてたの。いつか私も、絵を仕事に出来たら良いな~って思ってた。ただ漠然と思ってただけだから、まだ何になりたい!って言う明確なものは分からないんだけど……でも例えば、デザイナーだったり、イラストレーター、絵本作家、漫画家、アニメーター。そう言う、絵に携わる仕事に就けたらきっと楽しいだろうなって、ずっと夢見てるんだ」



神耶君は私の語る夢の話を、どこか楽しそうに聞いてくれた。



「そっか。立派な夢、持ってんじゃん」


「へへへ。神耶君は? 神耶君は、人間として生きてた時、どんな夢を抱いてたの? あれだけ絵が上手って事は、やっぱり」


「残念ながら、違うな。確かに絵を描くのが好きかと聞かれれば、好き……だったのかもしれない。けど俺が描いていた物は、全てが罪になるようなものばかりだった」



それまで穏やかだった神耶君の顔が、急に曇る。
とても穏やかじゃない空気に、私の顔も思わず強張った。



「……え?」


「さっき、貴族や武家屋敷からも盗みを働いてたって言っただろ。盗み出した掛け軸や、屏風絵なんかを、全くその通りに模写して、本物と偽って売り捌いてたんだよ」


「…………え?」


「こんな話して幻滅したか? だから俺の過去話なんて、たいして面白くないもないって言っただろ」


「そんなこと……ないよ……。そんな事……」


「嘘つけ、顔が強張ってる」


 
正直、神耶君の絵が上手い理由を聞いて、動揺していないと言えば嘘になる。
神耶君が昔とは言え、悪い事をしていたからだなんて、思いもしなかったから、どう受け止めて良いのか分からなくて。


でも、さっき神耶君は、私の将来の話を笑わずに聞いてくれた。真剣に受け止めてくれた。
だから私も、神耶君の過去を否定しないで、真剣に受け止めてあげたかった。


動揺を必死に隠しながら、私は神耶君にかける言葉を探した。



「でも、だとしても……このスケッチブックに描いてくれた私の似顔絵は、模写でも何でもない神耶君の絵だよ。こんなに上手く描けるようになるなんて、きっと沢山の積み重ねがあるからこそだって事くらい、私にも分かる。絵が好きじゃなければ、なかなかここまで上手にはなれないと思う。神耶君の描く絵はとっても繊細で、優しくて、お金儲けの為だけに描いていたいた人の絵だなんて思えないよ。
私、この絵大好きだよ」


「…………葵葉……」


「ねぇ、この絵貰ってもいい? 私、大事にするから」


「別に、欲しけりゃやるよ。ってか、そのスケッチブックはもともとお前のだし」


「やった! じゃあこの絵は、今日から私の宝物だよ。ゴッホやピカソ、どんなに有名な画家が描いた高価な絵画よりも、私の中では値打ちがあって、お金じゃ買えない大切な大切な私の宝物。ありがとう神耶君!私、この絵大切にするね!!」


神耶君が私にくれた、大切な大切な宝物を大事に胸に抱えながら、私は神耶君に向かって御礼を言う。



「っ!」



すると、目があった瞬間、神耶君は私からバッと顔を逸らして、なかなかこちらを見ようとはしてくれない。


神耶君の素っ気ない態度を不思議に思って、神耶君の顔を覗き込んでみると、彼の頬はほんのりと、赤く染まっているような、そんな気がした。

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