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秋物語
神耶の過去②
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突然の質問に、神耶君は一瞬驚いたように目を見開いて私を見た。
一瞬で変わった張りつめた空気に、訊いてはいけない事を聞いてしまったのかと、不安と緊張に襲われながらも、私は負けじと神耶君に問い返した。
「ねぇ、どうして?」
「さっき師匠が言ってた昔話って、その話だったのか」
「うん」
「どこまで聞いた?」
「神耶君はもともと人間で、人は死んだ後に魂の選択を迫られるんだって話を聞いたよ。その選択の際、神耶君は神様になりたいって望んだんだって」
「お前にそんな事教えたのか? ったくあの人は……生きてる人間に、んなぺらぺら死後の世界の話をして良いのかよ。いったい何考えてるんだか」
少し不機嫌に呟いた後、神耶君は盛大に溜息を吐いただけで、いくら待ても一向に私の欲しい答えをくれない。
だから私もしつこく問い掛け続けた。
「ねぇ、神耶君、どうして?」
「あ?」
「どうして?」
「何だよお前、何でそんなに知りたいんだよ」
「知りたいの。私の知らない神耶君を。神耶君の過去を、知りたいの」
「別に、たいして面白い話でもないぞ」
面白い話じゃなくて良い。たとえどんな話であろうと聞く覚悟はできていると、私は大きく頷いて、真っ直ぐな視線を神耶君に向けた。
「…………はぁ」
そんな私の視線を迷惑そうに逸らして、神耶君はもう一度大きな溜息をついた。
そして面倒臭そうに頭をポリポリとかいてみせながら、ついに観念したのか、ぽつりぽつりと言葉を紡ぎ始めた。
「俺が生まれた時代は、今から400年程昔の……今からすれば戦国と呼ばれた時代だった。俺はその戦だらけの時代に生まれて、記憶もまだはっきりしない、本当に幼い頃に親に捨てられた」
「え?」
幼い頃に親に捨てられたなんて、唐突にそんな重たい話を聞かされるなんて、全く想像もしていなかった私は、思わず驚きの声を漏らした。
けれど神耶君は、私の受けた衝撃など、大して気にしている様子もなく、淡々とした口調で話を先へと進めて行く。
「そんなに驚く事でもない。あの時代、子供を捨てるなんて事はごく当たり前にあった事だからな。俺は生きる為に、俺みたいな親のいない奴らとつるんでは盗賊紛いの悪事をはたらいて生きて来た。人様が汗水垂らして育てた作物を盗んで食べるのは当たり前。戦に巻き込まれた集落が、どこかへ避難し空っぽになる隙を狙って、食料や金目の物を盗みに入った。戦場で負傷し動けない武士から刀や鎧を剥ぎ取っては売りさばいたりもしたな。他にも、武家や貴族の屋敷を狙って直接盗みに入った事もある。そんな悪さばかりして生きていたから、俺は生まれてから死ぬまでの間、人から疎まれる事しかなかったんだ」
「…………神耶君」
「だからさ……だから、ずっと憧れてたんだよな。人から頼られるってどんな感じなんだろう。人に必要とされるってどんな気持ちなんだろう、って」
「…………」
「実は、俺が今守ってるこの神社な、俺が人間だった頃、どうしても食べるものに困った時にお供えもの目当てによくここに盗みに来てたんだ。あの当時は、ここに来れば饅頭やら果物やら、何かしらの食べ物が毎日必ず供えてあったからな。そしてある時ふと思ったんだ。どうして神様は無条件に人から慕われるんだろうって。俺には神様って存在が、物凄く不思議なものに思えてならなかった」
「不思議なもの?」
「あぉ。だってそうだろ。こんなちっぽけで、古ぼけた神社なのに、毎日必ず人がお参りに来るんだ。社に向かって、真剣に手を合わせて。何をしてくれるわけでもない。ただそこに存在しているだけで、毎日毎日色んな奴が神様を頼って神社にやって来る。いつの頃からか、それを羨ましいと思う俺がいた。無条件に人から頼られ、慕われる神様って存在に俺は憧れたんだ。だから、俺の肉体が死んで、魂の選択を迫られた時、俺は神になりたいと、そう願った。一度で良い、人から頼られる存在になりたい。そんな願いから、俺は神になる事を望んだ」
一瞬で変わった張りつめた空気に、訊いてはいけない事を聞いてしまったのかと、不安と緊張に襲われながらも、私は負けじと神耶君に問い返した。
「ねぇ、どうして?」
「さっき師匠が言ってた昔話って、その話だったのか」
「うん」
「どこまで聞いた?」
「神耶君はもともと人間で、人は死んだ後に魂の選択を迫られるんだって話を聞いたよ。その選択の際、神耶君は神様になりたいって望んだんだって」
「お前にそんな事教えたのか? ったくあの人は……生きてる人間に、んなぺらぺら死後の世界の話をして良いのかよ。いったい何考えてるんだか」
少し不機嫌に呟いた後、神耶君は盛大に溜息を吐いただけで、いくら待ても一向に私の欲しい答えをくれない。
だから私もしつこく問い掛け続けた。
「ねぇ、神耶君、どうして?」
「あ?」
「どうして?」
「何だよお前、何でそんなに知りたいんだよ」
「知りたいの。私の知らない神耶君を。神耶君の過去を、知りたいの」
「別に、たいして面白い話でもないぞ」
面白い話じゃなくて良い。たとえどんな話であろうと聞く覚悟はできていると、私は大きく頷いて、真っ直ぐな視線を神耶君に向けた。
「…………はぁ」
そんな私の視線を迷惑そうに逸らして、神耶君はもう一度大きな溜息をついた。
そして面倒臭そうに頭をポリポリとかいてみせながら、ついに観念したのか、ぽつりぽつりと言葉を紡ぎ始めた。
「俺が生まれた時代は、今から400年程昔の……今からすれば戦国と呼ばれた時代だった。俺はその戦だらけの時代に生まれて、記憶もまだはっきりしない、本当に幼い頃に親に捨てられた」
「え?」
幼い頃に親に捨てられたなんて、唐突にそんな重たい話を聞かされるなんて、全く想像もしていなかった私は、思わず驚きの声を漏らした。
けれど神耶君は、私の受けた衝撃など、大して気にしている様子もなく、淡々とした口調で話を先へと進めて行く。
「そんなに驚く事でもない。あの時代、子供を捨てるなんて事はごく当たり前にあった事だからな。俺は生きる為に、俺みたいな親のいない奴らとつるんでは盗賊紛いの悪事をはたらいて生きて来た。人様が汗水垂らして育てた作物を盗んで食べるのは当たり前。戦に巻き込まれた集落が、どこかへ避難し空っぽになる隙を狙って、食料や金目の物を盗みに入った。戦場で負傷し動けない武士から刀や鎧を剥ぎ取っては売りさばいたりもしたな。他にも、武家や貴族の屋敷を狙って直接盗みに入った事もある。そんな悪さばかりして生きていたから、俺は生まれてから死ぬまでの間、人から疎まれる事しかなかったんだ」
「…………神耶君」
「だからさ……だから、ずっと憧れてたんだよな。人から頼られるってどんな感じなんだろう。人に必要とされるってどんな気持ちなんだろう、って」
「…………」
「実は、俺が今守ってるこの神社な、俺が人間だった頃、どうしても食べるものに困った時にお供えもの目当てによくここに盗みに来てたんだ。あの当時は、ここに来れば饅頭やら果物やら、何かしらの食べ物が毎日必ず供えてあったからな。そしてある時ふと思ったんだ。どうして神様は無条件に人から慕われるんだろうって。俺には神様って存在が、物凄く不思議なものに思えてならなかった」
「不思議なもの?」
「あぉ。だってそうだろ。こんなちっぽけで、古ぼけた神社なのに、毎日必ず人がお参りに来るんだ。社に向かって、真剣に手を合わせて。何をしてくれるわけでもない。ただそこに存在しているだけで、毎日毎日色んな奴が神様を頼って神社にやって来る。いつの頃からか、それを羨ましいと思う俺がいた。無条件に人から頼られ、慕われる神様って存在に俺は憧れたんだ。だから、俺の肉体が死んで、魂の選択を迫られた時、俺は神になりたいと、そう願った。一度で良い、人から頼られる存在になりたい。そんな願いから、俺は神になる事を望んだ」
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