願いが叶うなら

汐野悠翔

文字の大きさ
上 下
40 / 175
秋物語

賑やかな午後のひと時②

しおりを挟む
神耶君と昼休みを屋上で過ごすようになって一週間が過ぎた頃。



「今日もこんな所で、一人寂しく弁当か?」


「神耶君!」


「よっ、今日も卵焼きくれ!」


「神耶君は卵焼きが好物なんだね。いいよ。1つどうぞ」


「馬鹿言え。1つと言わず全部よこせ!」


「あぁ~~~っ!!?」



私のお弁当箱から卵焼きをごっそりと、手掴みで盗って行く神耶君に私は慌てて声を上げた。
すると、“ゴツン”と言う大きな音が聞こえたかと思うと、何故か神耶君の手から卵焼きがポロっとお弁当箱に戻って来る。



「い~~~~っって~~~~! 誰だ?! 人の頭を殴りやがった奴は!!」



怒鳴り声を上げながら後ろを振り向く神耶君。



「げっ……師匠……」



振り向いた先には、優しい微笑みを浮かべながら、私達に向かってヒラヒラと手を振る師匠さんの姿があった。


今まで神耶君と2人だけだったお昼に、初めて師匠さんが加わった。



「何であんたがこんな所にいんだよ!」


「それはこっちの台詞です。あなたは何故人間の学校にいるのです?」


「それは……こいつが一人じゃ寂しいって言うから……」


「嘘おっしゃい。葵葉さんのお弁当目当てのくせして」


「だ~~~って、こいつの弁当旨いんだもん!」


「神であるあなたが、人のものを横取りするんじゃありません。はしたない」



珍しく神耶君に対して怒っている様子の師匠さん。
私は助け船を出すべく2人の会話に割って入った。



「あ、あの、いいんです師匠さん。良かったら師匠さんも食べますか?」


「え? 私も頂いて宜しいのですか?」


「はい。お口に合うか分かりませんが」


「では遠慮なく」



そう言って私の卵焼きを、先程の神耶君同様、手掴みでパクリと口に頬張る師匠さん。
しかも、これまた神耶君と同様に、一掴みでお弁当にはいって卵焼きを全部一気に持って行ったものだから、驚きに声も出なかった。


「……」



まさか、横取りははしたないと叱っていた師匠さんが神耶君と同じ事をするなんて、流石は師弟と言うべきか。
師匠さんの行動に、もう笑うしかなかった私の隣で、神耶君は怒りに任せて絶叫していた。



「あぁ~~~~~俺の卵焼き~~~っ!!」



その勢いで師匠さんの胸倉に掴みかかり、師匠さんの体を前後に激しく揺さぶり始める神耶君。



「ん~確かに美味しいですね。この甘さが絶妙!」


「俺の卵焼き! 何全部食ってんだよ! さっきあんた、神が人から物を横取りするなんてはしたないって怒ったよな? 言ってる事とやってる事違うじゃないかよ! 返せよ俺の卵焼き~~~!!」


「くれると言うのだから貰わないのは逆に失礼でしょう。卵焼きくらいで一々大騒ぎするんじゃありません。器が小さいですね」



神耶君の揺さぶりにも動じる事無く、涼しい顔で卵焼きを食べ終わった師匠さんは何と図太――もとい、肝が大きい事か。


「……の野郎~~~~!!!」


「そんな事より」



卵焼きを横取りされた怒りに、神耶君が本気で恨みの念を向けている中、師匠さんは微塵も気にかける様子なく、わざとらしく話題を逸らした。



なんかじゃない。返せ俺の卵焼き!」


「こんな所で仕事をサボってないで、社へ帰りますよ神耶。私はサボる貴方を連れ戻しに来たのです」


「返せ返せ、俺の卵焼き~~!」


「…………あぁ~もう! 貴方も男のくせにしつこいですねぇ。 しつこい男は嫌われますよ」


「返せ! 俺の卵焼き!」


「……」


「返せ!」


「ホント、なかなかにしつこいですね、神耶も。ならば仕方ない。こうなったら実力行使です」


「ぐぇ~~~」



神耶君の着物の衿を掴んで、急に師匠さんが立ち上がった。
立った勢いで首を絞められ、潰れた蛙のような間抜けな声が神耶君の口から漏れる。


その後は衿を掴まれたまま、引きずられるようにして師匠さんは神耶君を屋上の端へと連れて行った。



「では葵葉さん、私は神耶をつれて帰ります。残りの授業も頑張って下さいね」


「あ、はい。頑張ります。神耶君もお仕事頑張ってね」



師匠さんに強引に引きずられ、連れて行かれる哀れな神耶君を見送りながら、私は彼ににエールを送った。



まさか今までの神耶君や師匠さんとのこのやり取りを、クラスメイト達に見られていた事にも気づかずに――

しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

白猫は異世界に獣人転生して、番に愛される

メリー
恋愛
何か大きい物体に轢かれたと思った。 『わん、わん、』と言う大きい音にびっくりして道路に思わず飛び込んでしまって…。 それなのにここはどこ? それに、なんで私は人の手をしているの? ガサガサ 音が聞こえてその方向を見るととても綺麗な男の人が立っていた。 【ようやく見つけた。俺の番…】

王室の醜聞に巻き込まれるのはごめんです。浮気者の殿下とはお別れします。

あお
恋愛
8歳の時、第二王子の婚約者に選ばれたアリーナだが、15歳になって王立学園に入学するまで第二王子に会うことがなかった。 会えなくても交流をしたいと思って出した手紙の返事は従者の代筆。内容も本人が書いたとは思えない。 それでも王立学園に入学したら第二王子との仲を深めようとしていた矢先。 第二王子の浮気が発覚した。 この国の王室は女癖の悪さには定評がある。 学生時代に婚約破棄され貴族令嬢としての人生が終わった女性も数知れず。 蒼白になったアリーナは、父に相談して婚約を白紙に戻してもらった。 しかし騒ぎは第二王子の浮気にとどまらない。 友人のミルシテイン子爵令嬢の婚約者も第二王子の浮気相手に誘惑されたと聞いて、友人5人と魔導士のクライスを巻き込んで、子爵令嬢の婚約者を助け出す。 全14話。 番外編2話。第二王子ルーカスのざまぁ?とヤンデレ化。 タイトル変更しました。 前タイトルは「会ってすぐに殿下が浮気なんて?! 王室の醜聞に巻き込まれると公爵令嬢としての人生が終わる。婚約破棄? 解消? ともかく縁を切らなくちゃ!」。

本の虫令嬢は幼馴染に夢中な婚約者に愛想を尽かす

初瀬 叶
恋愛
『本の虫令嬢』 こんな通り名がつく様になったのは、いつの頃からだろうか?……もう随分前の事で忘れた。 私、マーガレット・ロビーには婚約者が居る。幼い頃に決められた婚約者、彼の名前はフェリックス・ハウエル侯爵令息。彼は私より二つ歳上の十九歳。いや、もうすぐ二十歳か。まだ新人だが、近衛騎士として王宮で働いている。 私は彼との初めての顔合せの時を思い出していた。あれはもう十年前だ。 『お前がマーガレットか。僕の名はフェリックスだ。僕は侯爵の息子、お前は伯爵の娘だから『フェリックス様』と呼ぶように」 十歳のフェリックス様から高圧的にそう言われた。まだ七つの私はなんだか威張った男の子だな……と思ったが『わかりました。フェリックス様』と素直に返事をした。 そして続けて、 『僕は将来立派な近衛騎士になって、ステファニーを守る。これは約束なんだ。だからお前よりステファニーを優先する事があっても文句を言うな』 挨拶もそこそこに彼の口から飛び出したのはこんな言葉だった。 ※中世ヨーロッパ風のお話ですが私の頭の中の異世界のお話です ※史実には則っておりませんのでご了承下さい ※相変わらずのゆるふわ設定です ※第26話でステファニーの事をスカーレットと書き間違えておりました。訂正しましたが、混乱させてしまって申し訳ありません

【完結】諦めた恋が追いかけてくる

キムラましゅろう
恋愛
初恋の人は幼馴染。 幼い頃から一番近くにいた彼に、いつの間にか恋をしていた。 差し入れをしては何度も想いを伝えるも、関係を崩したくないとフラレてばかり。 そしてある日、私はとうとう初恋を諦めた。 心機一転。新しい土地でお仕事を頑張っている私の前になぜか彼が現れ、そしてなぜかやたらと絡んでくる。 なぜ?どうして今さら、諦めた恋が追いかけてくるの? ヒロインアユリカと彼女のお店に訪れるお客の恋のお話です。 \_(・ω・`)ココ重要! 元サヤハピエン主義の作者が書くお話です。 ニューヒーロー?そんなものは登場しません。 くれぐれもご用心くださいませ。 いつも通りのご都合主義。 誤字脱字……(´>ω∂`)てへぺろ☆ゴメンヤン 小説家になろうさんにも時差投稿します。

後宮の胡蝶 ~皇帝陛下の秘密の妃~

菱沼あゆ
キャラ文芸
 突然の譲位により、若き皇帝となった苑楊は封印されているはずの宮殿で女官らしき娘、洋蘭と出会う。  洋蘭はこの宮殿の牢に住む老人の世話をしているのだと言う。  天女のごとき外見と豊富な知識を持つ洋蘭に心惹かれはじめる苑楊だったが。  洋蘭はまったく思い通りにならないうえに、なにかが怪しい女だった――。  中華後宮ラブコメディ。

私に成り代わって嫁ごうとした妹ですが、即行で婚約者にバレました

あーもんど
恋愛
ずっと腹違いの妹の方を優遇されて、生きてきた公爵令嬢セシリア。 正直不満はあるものの、もうすぐ結婚して家を出るということもあり、耐えていた。 でも、ある日…… 「お前の人生を妹に譲ってくれないか?」 と、両親に言われて? 当然セシリアは反発するが、無理やり体を押さえつけられ────妹と中身を入れ替えられてしまった! この仕打ちには、さすがのセシリアも激怒! でも、自分の話を信じてくれる者は居らず……何も出来ない。 そして、とうとう……自分に成り代わった妹が結婚準備のため、婚約者の家へ行ってしまった。 ────嗚呼、もう終わりだ……。 セシリアは全てに絶望し、希望を失うものの……数日後、婚約者のヴィンセントがこっそり屋敷を訪ねてきて? 「あぁ、やっぱり────君がセシリアなんだね。会いたかったよ」 一瞬で正体を見抜いたヴィンセントに、セシリアは動揺。 でも、凄く嬉しかった。 その後、セシリアは全ての事情を説明し、状況打破の協力を要請。 もちろん、ヴィンセントは快諾。 「僕の全ては君のためにあるんだから、遠慮せず使ってよ」 セシリアのことを誰よりも愛しているヴィンセントは、彼女のため舞台を整える。 ────セシリアをこんな目に遭わせた者達は地獄へ落とす、と胸に決めて。 これは姉妹の入れ替わりから始まる、報復と破滅の物語。 ■小説家になろう様にて、先行公開中■ ■2024/01/30 タイトル変更しました■ →旧タイトル:偽物に騙されないでください。本物は私です

先生!放課後の隣の教室から女子の喘ぎ声が聴こえました…

ヘロディア
恋愛
居残りを余儀なくされた高校生の主人公。 しかし、隣の部屋からかすかに女子の喘ぎ声が聴こえてくるのであった。 気になって覗いてみた主人公は、衝撃的な光景を目の当たりにする…

令嬢の名門女学校で、パンツを初めて履くことになりました

フルーツパフェ
大衆娯楽
 とある事件を受けて、財閥のご令嬢が数多く通う女学校で校則が改訂された。  曰く、全校生徒はパンツを履くこと。  生徒の安全を確保するための善意で制定されたこの校則だが、学校側の意図に反して事態は思わぬ方向に?  史実上の事件を元に描かれた近代歴史小説。

処理中です...