願いが叶うなら

汐野悠翔

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秋物語

懐かしい場所

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退院後、その足で私たち家族は、去年一か月間お世話になった、岐阜にあるお父さんの田舎町へと向かった。


新幹線と、電車を乗り継いで、長い長い時間をかけて辿り着いた頃には、午後3時を回っていた。


電車の先頭にある運賃箱に切符を入れて、家族4人で電車を降りる。


山間にひっそりと建つこの駅は、木造の小さな待合室があるだけの、簡素な造りの小さな駅で、駅の背後に立つ山が太陽の光を遮って、午後のこの時間であっても薄暗い。


初めて訪れた時には酷く薄気味悪く感じたものだったけど、一年ぶりに見ると何だかとても懐かしく感じられて、私の胸は高鳴った。


やっと、やっとこの町に帰って来られた。
緑に溢れた懐かしい景色を前にして、流行る気持ちを抑えきれなくなった私の足は、自然と足早になって行く。



「あ、こら葵葉っ!お前、さっき退院する時尚美さんから言われたばっかだろう。完全に治ったわけじゃないから無理はしないでねって!」



お兄ちゃんの注意を背中に聞きながら、私は一人駅のホームから、道路へと続く階段を駆け下りた。


あと少し、あと少しで神耶君に会える。
私の大切な友達に。


神耶君は私の事、覚えていてくれてるかな。
何も言わずに神耶君の前からいなくなった事を、怒ってるかな。


ずっとずっと、伝えられなかった言葉があるの。
その言葉をやっと伝える事が出来る。


早く、早く会いたいよ、神耶君に――



一年前、神耶君と出会ったのは、おじいちゃんとおばあちゃんが住む、この片田舎の小さな町。
この町は、大小様々な山に取り囲まれた自然溢れる町。


この町の人達は、昔から山と慣れ親しんで暮らして来た。
でも最近は、山を疎みこの町を離れて行く人が増えたとかで、人口が随分減ってしまったらしい。
故に山へ行く人も昔と比べて減ったのだとか。
この町に初めて来た日、おじいちゃんがを教えてくれた。


だから、この道を使う人も、今は滅多にいないと言う。
この町の守り神と称され、町の南側に聳え立つ小高い山。その山へと続くこの一本道を。


私は、山へと続く一本道を、ひたすらに歩き続けた。


アスファルト舗装された道は、山の入口でパタリと途切れた。


だが、アスファルトは途切れても、道が途切れたわけではなく、人や動物が行き来する事で長い年月をかけて自然に出来上がった細い一本の獣道へと変わっただけ。


恐れる事無く、その獣道へと足を踏み込めば、そこは一瞬にして世界が変わったかのような、静寂に包まれる。


その静寂にそっと耳を澄ましてみれば、風に揺られ葉と葉がかさかさと擦れ合う音。鳥の鳴き声や川のせせらぎ。都会ではなかなか聞く事の出来なかった自然が奏でるいくつもの音が聴こえてくる。


その音に誘われるまま山の奥へと進んで行けば、そこには八幡神社と刻まれた石碑と、朱に染められ堂々と佇む立派な鳥居が出迎えてくれる。


鳥居を潜って、鳥居から続く石畳を歩いて行けば、今度はその先に、少し古びた小さな社がひっそりと静かに姿を現す。


一年前。私はこの場所で神耶君と出会った。
この八幡神社に住まう神様に。

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