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夏物語
ただいま
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「 ? 今、何か言ったか?」
「いいえ。何でもないですよ」
「あっそ、ならいいや。俺は今から昼寝するから、邪魔しないでくれよ」
どこか嬉しそうに笑う師匠を訝しがりながらも、師匠の相手をする事に飽きた俺は、一方的に会話を終えて目を閉じた。
それから、そう時間はかからずに、俺は夢の世界へと誘われて行く。
だが、あと少しで夢の世界へと旅立てはずだったその時、不意に頭に声が響いて来た。
――『神様、お願いします』
「……だぁぁ~~!くそっ!! またこのパターンか!」
『神様……』
「誰だ、俺の眠りを妨げよる奴は!」
眠りを邪魔されて俺の怒りは一気に頂点に達する。
その勢いで、桜の大木から飛び下りた俺は、社への道を、まるで風の如き速さで、急いで駆け下りて行く。
俺の昼寝の邪魔をしやがった奴に仕返しする為に。
「誰だ、俺の眠りを邪魔しやがった奴は!!」
社に戻ると、手を合わせ、真剣な様子で祈り続ける一人の人間の後ろ姿があった。
肩にかかるくらいの髪の長さから察するに、女だろうか。背は低くめで、まだ幼さが残ってみえる。
そいつは、俺の怒りの声が聞こえなかったのか、まだ社に向かって手を合わせている。
「やいやいやい。無視するんじゃねぇ! 人の眠りを妨害しておいて、てめぇはしかとするつもりか?!」
俺はずんずんと、足音荒く怒鳴りちらしながら、そいつのもとへと近付いて行く。
やっと俺の声に気付いたのか、ゆっくりとこちらを振り向く人間。
へっ、馬鹿め。そこで振り向いたら、俺の姿が見えないお前は腰をぬかすぞ。
勝ち誇った顔で、俺は人間を嘲笑う準備をする。
だが……振り向いた姿を見て驚かされたのは、人間ではなく俺の方だった。
「……葵葉」
「神耶君!」
どうして……どうして奴がここに?
驚いて、固まっている俺目掛けて、葵葉が勢いよく走ってくる。
そしてその勢いのまま、思いっきり俺に抱き付いて来て
「うわっ、馬鹿、よせっ!!」
突然の事に、全く何の準備も出来てなかった俺は、葵葉に抱きつかれた衝撃に堪えられず、思いっきりその場に尻もちをついた。
「いっ~てぇな、この野郎っ!」
「神耶君、ただいま! やっと会えた~」
俺の怒りとは裏腹に、本当に嬉しそうに笑ってみせる葵葉。そんな奴の姿に俺の怒りは次第に毒されてしまう。
「お前……どうしてここに?」
「神耶君に会いに来たんだよ。ゴメンね。ずっと会いに来られなくて」
「……別に」
「ゴメンね。お礼も言わずに神耶君の前から消えて」
「……え?」
「助けてくれてありがとう」
「……」
「神耶君のおかげで、私、今生きていられてるの」
「…………」
「神耶君のおかげで、病気とちゃんと向き合ってみようって思えたの」
「…………」
「だからね、私、あの時神耶君に導かれて目を覚めた後、本気で病気を治したいって主治医の先生に相談してみたの。そしたら最先端の治療が受けられるって言う東京の病院を紹介されてね、その病院で1年間、治療を受けてたんだ。何回も何回も痛い注射打たれて、怖い手術も受け入れて」
「…………」
「おかげで今、やっとまたこうして神耶君に会いに来る事が出来たの。私、頑張ったんだよ」
「………………」
「神耶君にもう一度逢いたくて、いっぱいいっぱい神耶君との思い出作りたくて、頑張ったんだよ!」
葵葉の言葉に驚くばかりで、何の返事もできないまま、ただただ黙って葵葉の話を聞いていた。
「神耶君は私の事、待っててくれた?」
そんな俺に葵葉は、抱き付いていた体を離すとニコニコ笑顔で顔を覗き込んできて
俺は葵葉の存在を確かめるように、そっと葵葉の頬に手を触れた。
「お前……生きてたんだな…」
触れた先に感じる体温にほっとして、俺の口からやっと漏れ出た言葉。
「神耶君のおかげだよ。神耶君があの時助けてくれたから、生きろって背中を押してくれたから、だから私は頑張って前を向く事が出来たの。本当に本当に、ありがとう」
満面の笑顔で葵葉が言う。
「…………」
「神耶? 何で泣いてるの?」
「……泣いてない。馬鹿な事言うな」
「でも涙が」
「うるさい」
俺は、急いで頭につけていたキツネのお面を被る。
――『神耶君のおかげだよ。本当に本当にありがとう』
葵葉がくれた『ありがとう』の言葉に、ずっと忘れていた感情を思い出した。
そう、嬉しいと言う感情。
俺は、ずっとずっと忘れていた。
人から頼られる事が嬉しいと言う事。
人にありがとうと言ってもらえる事が嬉しいと言う事。
人の笑顔が、こんなにも暖かいと言う事。
ふと、あの日師匠が言っていた言葉を思い出す。
――『10あるうち、9つ辛い事があっても、1つ嬉しい事があれば、案外続けて来れるものです。9つの辛い事よりも、1つの嬉しい事がそれまでのつらかった事を全部吹き飛ばしてくれるんです。あぁ、この仕事も、存外悪い事ばかりじゃないって。それを繰り返していくうちに、その1つ嬉しい事に出会いたくて、9つの辛い事もぐっと我慢出来るようになるんです』――
あの言葉の意味が、俺にもほんの少し分かった。
そんな気がした。
「いいえ。何でもないですよ」
「あっそ、ならいいや。俺は今から昼寝するから、邪魔しないでくれよ」
どこか嬉しそうに笑う師匠を訝しがりながらも、師匠の相手をする事に飽きた俺は、一方的に会話を終えて目を閉じた。
それから、そう時間はかからずに、俺は夢の世界へと誘われて行く。
だが、あと少しで夢の世界へと旅立てはずだったその時、不意に頭に声が響いて来た。
――『神様、お願いします』
「……だぁぁ~~!くそっ!! またこのパターンか!」
『神様……』
「誰だ、俺の眠りを妨げよる奴は!」
眠りを邪魔されて俺の怒りは一気に頂点に達する。
その勢いで、桜の大木から飛び下りた俺は、社への道を、まるで風の如き速さで、急いで駆け下りて行く。
俺の昼寝の邪魔をしやがった奴に仕返しする為に。
「誰だ、俺の眠りを邪魔しやがった奴は!!」
社に戻ると、手を合わせ、真剣な様子で祈り続ける一人の人間の後ろ姿があった。
肩にかかるくらいの髪の長さから察するに、女だろうか。背は低くめで、まだ幼さが残ってみえる。
そいつは、俺の怒りの声が聞こえなかったのか、まだ社に向かって手を合わせている。
「やいやいやい。無視するんじゃねぇ! 人の眠りを妨害しておいて、てめぇはしかとするつもりか?!」
俺はずんずんと、足音荒く怒鳴りちらしながら、そいつのもとへと近付いて行く。
やっと俺の声に気付いたのか、ゆっくりとこちらを振り向く人間。
へっ、馬鹿め。そこで振り向いたら、俺の姿が見えないお前は腰をぬかすぞ。
勝ち誇った顔で、俺は人間を嘲笑う準備をする。
だが……振り向いた姿を見て驚かされたのは、人間ではなく俺の方だった。
「……葵葉」
「神耶君!」
どうして……どうして奴がここに?
驚いて、固まっている俺目掛けて、葵葉が勢いよく走ってくる。
そしてその勢いのまま、思いっきり俺に抱き付いて来て
「うわっ、馬鹿、よせっ!!」
突然の事に、全く何の準備も出来てなかった俺は、葵葉に抱きつかれた衝撃に堪えられず、思いっきりその場に尻もちをついた。
「いっ~てぇな、この野郎っ!」
「神耶君、ただいま! やっと会えた~」
俺の怒りとは裏腹に、本当に嬉しそうに笑ってみせる葵葉。そんな奴の姿に俺の怒りは次第に毒されてしまう。
「お前……どうしてここに?」
「神耶君に会いに来たんだよ。ゴメンね。ずっと会いに来られなくて」
「……別に」
「ゴメンね。お礼も言わずに神耶君の前から消えて」
「……え?」
「助けてくれてありがとう」
「……」
「神耶君のおかげで、私、今生きていられてるの」
「…………」
「神耶君のおかげで、病気とちゃんと向き合ってみようって思えたの」
「…………」
「だからね、私、あの時神耶君に導かれて目を覚めた後、本気で病気を治したいって主治医の先生に相談してみたの。そしたら最先端の治療が受けられるって言う東京の病院を紹介されてね、その病院で1年間、治療を受けてたんだ。何回も何回も痛い注射打たれて、怖い手術も受け入れて」
「…………」
「おかげで今、やっとまたこうして神耶君に会いに来る事が出来たの。私、頑張ったんだよ」
「………………」
「神耶君にもう一度逢いたくて、いっぱいいっぱい神耶君との思い出作りたくて、頑張ったんだよ!」
葵葉の言葉に驚くばかりで、何の返事もできないまま、ただただ黙って葵葉の話を聞いていた。
「神耶君は私の事、待っててくれた?」
そんな俺に葵葉は、抱き付いていた体を離すとニコニコ笑顔で顔を覗き込んできて
俺は葵葉の存在を確かめるように、そっと葵葉の頬に手を触れた。
「お前……生きてたんだな…」
触れた先に感じる体温にほっとして、俺の口からやっと漏れ出た言葉。
「神耶君のおかげだよ。神耶君があの時助けてくれたから、生きろって背中を押してくれたから、だから私は頑張って前を向く事が出来たの。本当に本当に、ありがとう」
満面の笑顔で葵葉が言う。
「…………」
「神耶? 何で泣いてるの?」
「……泣いてない。馬鹿な事言うな」
「でも涙が」
「うるさい」
俺は、急いで頭につけていたキツネのお面を被る。
――『神耶君のおかげだよ。本当に本当にありがとう』
葵葉がくれた『ありがとう』の言葉に、ずっと忘れていた感情を思い出した。
そう、嬉しいと言う感情。
俺は、ずっとずっと忘れていた。
人から頼られる事が嬉しいと言う事。
人にありがとうと言ってもらえる事が嬉しいと言う事。
人の笑顔が、こんなにも暖かいと言う事。
ふと、あの日師匠が言っていた言葉を思い出す。
――『10あるうち、9つ辛い事があっても、1つ嬉しい事があれば、案外続けて来れるものです。9つの辛い事よりも、1つの嬉しい事がそれまでのつらかった事を全部吹き飛ばしてくれるんです。あぁ、この仕事も、存外悪い事ばかりじゃないって。それを繰り返していくうちに、その1つ嬉しい事に出会いたくて、9つの辛い事もぐっと我慢出来るようになるんです』――
あの言葉の意味が、俺にもほんの少し分かった。
そんな気がした。
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