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夏物語
あの世とこの世の狭間で
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集中治療室へのドアを通り抜ける。
その先には沢山の機械に繋がれ眠る葵葉の姿と、葵葉を取り囲む数人の医師。
そして部屋のあちこちを慌ただしく動き回る看護師の姿も。
彼等の表情が、どれ程危険な状態かを物語っていた。
俺は、急いで葵葉の元へと近付き、葵葉の右手を握る。
そしてゆっくりと目を閉じて、集中する。
葵葉の意識の中に自分の意識を潜り込ませる為に。
「集中しろ、集中……。葵葉お前、今どこにいるんだ? 薄暗い空間を一人でさ迷い歩いて、寂しくて泣いてるんだろ?」
そう葵葉に語りかけながら、そっと目を開いた。
目を開いた先にあるものは、真っ暗な闇。
暗闇の中、一人ポツンと俺は立っていた。
目が慣れてきた頃、よくよく目を凝らしてみると、一本の細く長い道が暗闇の中ぼんやりと続いている。
これは、あの世とこの世を繋ぐ道。
やはり葵葉は、あの世に向かってさ迷い歩いていたのだ。
俺は、急いで先を進める事にした。
もしこの道の果てにある川、人間が言う所の三途の川を渡ってしまったら取り返しのつかない事になる。
どれ程の時間、薄気味悪い空気が漂うこの居心地の悪い空間を、さ迷い歩いているだろうか?
暗く、左右に全く景色と言うものが存在しない虚無の空間。
唯一存在する細く長い道は、未だ終わりは見えず、どこまでも長く長く伸び続ける。
何も目印がないだけに、今自分が、どれくらい進んでいるのか、葵葉との距離が縮まっているのか、
状況がまったく分からず、ただただ不安ばかりが押し寄せてくる。
だが、ここで立ち止まるわけにはいかない。
何が何でもあいつを連れ戻さなくては。
俺は不安を押し殺そうと、進む速度を上げた。
その甲斐あってか、進んだ先、前方に、ぼんやりとだが人の姿を見つけた気がした。
もしかして――
「葵葉っ!」
俺はその人影に思わず声を掛ける。
虚無の空間では、反響するものはなく、声を発してもそれが音となってちゃんと響いているのか、それさえも不安になるほどの静寂が広がっている。
前を歩く人影に、止まる気配はない。
聞こえなかったのだろうか?
それとも人違い、なのだろうか?
俺は更に足を早めて、前を歩く人物に接近する。
「葵葉っ!!」
もう一度大声で葵葉の名を呼びながら、必死にその人物に向かって腕を伸ばした、その時
“ピチャン”と言う音が聞こえて、自分の足元に冷たい水を感じる。
「っ!」
その感触に、背筋にぞくりと寒気を覚え、一瞬にして俺の全身に鳥肌が立った。
ここは……三途の川?
「葵葉、行くな! それ以上進むな!」
俺は慌てて伸ばした手の先にいた人物の腕を掴んで、強引に俺の方を向かせる。
振り向いたその人は、やはり葵葉で、俺の顔を見ると、少し驚いた顔をしていたが、どこかぼんやりとした目をしていた。
「……神耶……君? どうしてここに?」
「お前を迎えに来た」
「迎え? でも、向こうで皆が私を呼んでるの。私、行かなきゃ」
「皆って?」
「私のおばあちゃんや、かほちゃん。雪ちゃん、それに亜美ちゃんも。ほらね、皆が私を呼んでるでしょ」
葵葉はぼんやりした目で、川の向こう岸を眺めながら言った。
だが、この薄暗い空間で、川の向こう岸など見えるはずはない。もし本当に何かが見えているとしたら、それは葵葉自身が魅せている幻覚だ。
「俺もお前を呼んでる。だからこっちへ戻って来い!」
俺は、何とか葵葉に幻覚ではなく、現実世界のこちらを見て欲しくて、必死に訴えた。
「神耶君が?」
「そうだ、 よく見ろ。あいつらは必死に来るなって叫んでるだろ。お前はまだ、そっちには行っちゃいけないんだ」
「どうして? どうして行っちゃいけないの? 私は……皆の所に行きたいよ」
「…………」
葵葉の発した言葉に愕然とした。
生きる事を諦めている葵葉。
死ぬ事を受け入れている葵葉。
俺がどんなに頑張ったって、今の彼女をこの世に繋ぎ止める事は出来ない。
望まない人間の願いを叶える事は出来ないのだ。
周囲の人間がどんなに『葵葉を助けて』と願っても、本人の意思を無視してその願いを叶えることは出来ない。
葵葉を助ける為には、葵葉自身が生きたいと強く望まなければ。
俺は焦った。
その先には沢山の機械に繋がれ眠る葵葉の姿と、葵葉を取り囲む数人の医師。
そして部屋のあちこちを慌ただしく動き回る看護師の姿も。
彼等の表情が、どれ程危険な状態かを物語っていた。
俺は、急いで葵葉の元へと近付き、葵葉の右手を握る。
そしてゆっくりと目を閉じて、集中する。
葵葉の意識の中に自分の意識を潜り込ませる為に。
「集中しろ、集中……。葵葉お前、今どこにいるんだ? 薄暗い空間を一人でさ迷い歩いて、寂しくて泣いてるんだろ?」
そう葵葉に語りかけながら、そっと目を開いた。
目を開いた先にあるものは、真っ暗な闇。
暗闇の中、一人ポツンと俺は立っていた。
目が慣れてきた頃、よくよく目を凝らしてみると、一本の細く長い道が暗闇の中ぼんやりと続いている。
これは、あの世とこの世を繋ぐ道。
やはり葵葉は、あの世に向かってさ迷い歩いていたのだ。
俺は、急いで先を進める事にした。
もしこの道の果てにある川、人間が言う所の三途の川を渡ってしまったら取り返しのつかない事になる。
どれ程の時間、薄気味悪い空気が漂うこの居心地の悪い空間を、さ迷い歩いているだろうか?
暗く、左右に全く景色と言うものが存在しない虚無の空間。
唯一存在する細く長い道は、未だ終わりは見えず、どこまでも長く長く伸び続ける。
何も目印がないだけに、今自分が、どれくらい進んでいるのか、葵葉との距離が縮まっているのか、
状況がまったく分からず、ただただ不安ばかりが押し寄せてくる。
だが、ここで立ち止まるわけにはいかない。
何が何でもあいつを連れ戻さなくては。
俺は不安を押し殺そうと、進む速度を上げた。
その甲斐あってか、進んだ先、前方に、ぼんやりとだが人の姿を見つけた気がした。
もしかして――
「葵葉っ!」
俺はその人影に思わず声を掛ける。
虚無の空間では、反響するものはなく、声を発してもそれが音となってちゃんと響いているのか、それさえも不安になるほどの静寂が広がっている。
前を歩く人影に、止まる気配はない。
聞こえなかったのだろうか?
それとも人違い、なのだろうか?
俺は更に足を早めて、前を歩く人物に接近する。
「葵葉っ!!」
もう一度大声で葵葉の名を呼びながら、必死にその人物に向かって腕を伸ばした、その時
“ピチャン”と言う音が聞こえて、自分の足元に冷たい水を感じる。
「っ!」
その感触に、背筋にぞくりと寒気を覚え、一瞬にして俺の全身に鳥肌が立った。
ここは……三途の川?
「葵葉、行くな! それ以上進むな!」
俺は慌てて伸ばした手の先にいた人物の腕を掴んで、強引に俺の方を向かせる。
振り向いたその人は、やはり葵葉で、俺の顔を見ると、少し驚いた顔をしていたが、どこかぼんやりとした目をしていた。
「……神耶……君? どうしてここに?」
「お前を迎えに来た」
「迎え? でも、向こうで皆が私を呼んでるの。私、行かなきゃ」
「皆って?」
「私のおばあちゃんや、かほちゃん。雪ちゃん、それに亜美ちゃんも。ほらね、皆が私を呼んでるでしょ」
葵葉はぼんやりした目で、川の向こう岸を眺めながら言った。
だが、この薄暗い空間で、川の向こう岸など見えるはずはない。もし本当に何かが見えているとしたら、それは葵葉自身が魅せている幻覚だ。
「俺もお前を呼んでる。だからこっちへ戻って来い!」
俺は、何とか葵葉に幻覚ではなく、現実世界のこちらを見て欲しくて、必死に訴えた。
「神耶君が?」
「そうだ、 よく見ろ。あいつらは必死に来るなって叫んでるだろ。お前はまだ、そっちには行っちゃいけないんだ」
「どうして? どうして行っちゃいけないの? 私は……皆の所に行きたいよ」
「…………」
葵葉の発した言葉に愕然とした。
生きる事を諦めている葵葉。
死ぬ事を受け入れている葵葉。
俺がどんなに頑張ったって、今の彼女をこの世に繋ぎ止める事は出来ない。
望まない人間の願いを叶える事は出来ないのだ。
周囲の人間がどんなに『葵葉を助けて』と願っても、本人の意思を無視してその願いを叶えることは出来ない。
葵葉を助ける為には、葵葉自身が生きたいと強く望まなければ。
俺は焦った。
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