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夏物語
人間が嫌いな理由②
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まるで、俺の気持ちを代弁するかのような言葉に、俺はびっくりして後ろを振り返る。
それは人間も同じだったようで、ビクンと肩を大きく震わせながら、声の方へと視線を泳がせていた。
今の声は?
「師匠?」
後ろに立っていたのは師匠だけ。
師匠以外には他に誰も居ない。声の主は師匠以外には考えられない状況で。
加えて、いつもニコニコと、穏やかな笑顔を浮かべているはずの師匠の顔は氷のように冷たい。
本当にこれがあの師匠なのかと、俺は自分の目を疑った。
「ではお聞きしますが、毎日お参りに来ておいて、今私達の姿が見えていないのは何故ですか? 貴方は神なんて存在を、本当は信じていないのではないですか? 」
「それは……」
「見えないと言うのがその証拠です。信じてもいないのに、願いを叶えて欲しいと手を合わせる。それは矛盾した行為だとは思いませんか?」
「…………」
「自分達の身勝手さを棚に上げて、願いを叶えろ? 叶わないのは私達のせい? 甘えるのも大概にしなさい。貴方達人間は、自分の願い事を叶えようと何か努力はしましたか? 何の努力もしないで、何かのせいにして責任逃れをしていれば、そりゃあ楽ですよね。でもね、その何かにされ、勝手に責任を押し付けられる私達からしたら、本当良い迷惑なんですよ。そんな人間達の傲慢さには、私たちももう、うんざりしてるんです」
「っ!?」
師匠の静かな怒りに、人間は息をのんで固まる。
「さっきの勢いはどうしたんです? 悔しかったら何か言い返してみなさい。それとも、心当たりがあり過ぎて何も言い返せませんか?」
「お兄ちゃん。さっきのはお兄ちゃんが悪いよ。神耶君と師匠さん達に謝って」
「……でも」
「お兄ちゃん!」
葵葉に促されて、葵葉の兄はゆっくりと頭を下げてみせる。
「……すみません。確かに俺の身勝手でした」
そして申し訳なさそうに、謝罪の言葉を口にした。
「ゴメンね神耶君。お兄ちゃんも悪い人じゃないんだよ。ただ、過保護って言うか……私の事を心配するあまり、いつも周りが見えなくなっちゃうの。どうかお兄ちゃんの事、許してくれないかな」
「許すも何も、人間の身勝手さなんて今に始まった事じゃない。別に、気にしてない」
俺の強がりに、一瞬葵葉が苦笑いを浮かべた。
そんな気がした。
「そっか。なら良かった。神耶君に嫌われて私達の友情まで壊れちゃったたらどうしようかと思っちゃった。じゃあ、いつもみたいに約束。今日は帰るけど、明日また遊びに来るから。夏祭りの約束も、忘れないでね。お願いだよ神耶君」
けれど、俺の強がりに気づかないふりをしてくれているのか、次の瞬間にはいつものように冗談混じりにそんな事を言いながら、俺に向かって小指を差し出している。
別れ際の、恒例になりつつあるあの儀式をせがんでくる。
「……よせ」
「……え?」
けれど俺は、初めて葵葉の小指を払いのけた。
俺のその行動に、葵葉は戸惑いの色を浮かべていた。
「もうお前と遊ぶ約束は二度としない。さっきの約束も、もう無しだ。お前はもう、ここへは来るな」
戸惑う葵葉から視線を地面に移して、俺は葵葉を突き放す。
「どうして? 急にどうしてそんな事言うの? やっぱり怒ってるの?」
「違う」
「じゃあ、どうして」
「……」
葵葉の問いに、俺は沈黙を続けた。
「神耶君、ねぇ、教えて! どうして急にそんな事言うの? どうして突き放すような事を言うの?」
そんな俺に、まるで縋り付くように葵葉は問い掛け続けてくる。
ついにはその状況に耐えられなくなって
「おい、早くこいつを連れて帰れ!」
少し苛立った声で葵葉の兄である男にそう叫んだ。
俺の声に「は、はい」と素直に返事をした男は、葵葉の手をとって帰るよう促した。
「ほら、葵葉」
「やだ、帰らない。神耶君が約束してくれるまで帰らない!」
「葵葉、いつまでも我が儘言ってないでほら、帰るぞ」
「嫌、帰らない! 離してよお兄ちゃん」
それでも駄々をこね続ける葵葉に「早く帰れ!」と俺の口調も強くなる。
「やだ、帰らないもん! 神耶君が約束してくれるまで私帰らないから!!」
「……わかった。お前が俺の前から消えないなら、俺から消えてやる」
「え?」
ついに、葵葉の態度に痺れをきらした俺は、そう吐き捨てると葵葉に対して背を向けた。
そして、再び山の奥へと向かって歩き出す。
「あっ……待って……待って神耶っっっ……」
必死に俺を呼び止めるも、葵葉が俺を追ってくる事はなかった。兄貴に止められたのだろう。
俺も、一度も葵葉達の方を振り返る事はしなかった。
それは人間も同じだったようで、ビクンと肩を大きく震わせながら、声の方へと視線を泳がせていた。
今の声は?
「師匠?」
後ろに立っていたのは師匠だけ。
師匠以外には他に誰も居ない。声の主は師匠以外には考えられない状況で。
加えて、いつもニコニコと、穏やかな笑顔を浮かべているはずの師匠の顔は氷のように冷たい。
本当にこれがあの師匠なのかと、俺は自分の目を疑った。
「ではお聞きしますが、毎日お参りに来ておいて、今私達の姿が見えていないのは何故ですか? 貴方は神なんて存在を、本当は信じていないのではないですか? 」
「それは……」
「見えないと言うのがその証拠です。信じてもいないのに、願いを叶えて欲しいと手を合わせる。それは矛盾した行為だとは思いませんか?」
「…………」
「自分達の身勝手さを棚に上げて、願いを叶えろ? 叶わないのは私達のせい? 甘えるのも大概にしなさい。貴方達人間は、自分の願い事を叶えようと何か努力はしましたか? 何の努力もしないで、何かのせいにして責任逃れをしていれば、そりゃあ楽ですよね。でもね、その何かにされ、勝手に責任を押し付けられる私達からしたら、本当良い迷惑なんですよ。そんな人間達の傲慢さには、私たちももう、うんざりしてるんです」
「っ!?」
師匠の静かな怒りに、人間は息をのんで固まる。
「さっきの勢いはどうしたんです? 悔しかったら何か言い返してみなさい。それとも、心当たりがあり過ぎて何も言い返せませんか?」
「お兄ちゃん。さっきのはお兄ちゃんが悪いよ。神耶君と師匠さん達に謝って」
「……でも」
「お兄ちゃん!」
葵葉に促されて、葵葉の兄はゆっくりと頭を下げてみせる。
「……すみません。確かに俺の身勝手でした」
そして申し訳なさそうに、謝罪の言葉を口にした。
「ゴメンね神耶君。お兄ちゃんも悪い人じゃないんだよ。ただ、過保護って言うか……私の事を心配するあまり、いつも周りが見えなくなっちゃうの。どうかお兄ちゃんの事、許してくれないかな」
「許すも何も、人間の身勝手さなんて今に始まった事じゃない。別に、気にしてない」
俺の強がりに、一瞬葵葉が苦笑いを浮かべた。
そんな気がした。
「そっか。なら良かった。神耶君に嫌われて私達の友情まで壊れちゃったたらどうしようかと思っちゃった。じゃあ、いつもみたいに約束。今日は帰るけど、明日また遊びに来るから。夏祭りの約束も、忘れないでね。お願いだよ神耶君」
けれど、俺の強がりに気づかないふりをしてくれているのか、次の瞬間にはいつものように冗談混じりにそんな事を言いながら、俺に向かって小指を差し出している。
別れ際の、恒例になりつつあるあの儀式をせがんでくる。
「……よせ」
「……え?」
けれど俺は、初めて葵葉の小指を払いのけた。
俺のその行動に、葵葉は戸惑いの色を浮かべていた。
「もうお前と遊ぶ約束は二度としない。さっきの約束も、もう無しだ。お前はもう、ここへは来るな」
戸惑う葵葉から視線を地面に移して、俺は葵葉を突き放す。
「どうして? 急にどうしてそんな事言うの? やっぱり怒ってるの?」
「違う」
「じゃあ、どうして」
「……」
葵葉の問いに、俺は沈黙を続けた。
「神耶君、ねぇ、教えて! どうして急にそんな事言うの? どうして突き放すような事を言うの?」
そんな俺に、まるで縋り付くように葵葉は問い掛け続けてくる。
ついにはその状況に耐えられなくなって
「おい、早くこいつを連れて帰れ!」
少し苛立った声で葵葉の兄である男にそう叫んだ。
俺の声に「は、はい」と素直に返事をした男は、葵葉の手をとって帰るよう促した。
「ほら、葵葉」
「やだ、帰らない。神耶君が約束してくれるまで帰らない!」
「葵葉、いつまでも我が儘言ってないでほら、帰るぞ」
「嫌、帰らない! 離してよお兄ちゃん」
それでも駄々をこね続ける葵葉に「早く帰れ!」と俺の口調も強くなる。
「やだ、帰らないもん! 神耶君が約束してくれるまで私帰らないから!!」
「……わかった。お前が俺の前から消えないなら、俺から消えてやる」
「え?」
ついに、葵葉の態度に痺れをきらした俺は、そう吐き捨てると葵葉に対して背を向けた。
そして、再び山の奥へと向かって歩き出す。
「あっ……待って……待って神耶っっっ……」
必死に俺を呼び止めるも、葵葉が俺を追ってくる事はなかった。兄貴に止められたのだろう。
俺も、一度も葵葉達の方を振り返る事はしなかった。
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