願いが叶うなら

汐野悠翔

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夏物語

指切り

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「はぁ~楽しかった! 今日はどうもありがとう。久しぶりにとっても楽しい一日になったよ」 

「……そりゃどうも」


ニコニコ笑顔のこいつとは打って変わって、俺は一日散々こいつに振り回されてげっそりしていた。



「もう日も傾いてきたし、私そろそろ帰るね」



やっと奴の口から出た「帰る」の言葉に、俺は安堵のため息が漏れる。これでやっと解放される。



「神耶君、神耶君!」


「何だよ、まだ何かあるのか?」


「ちょっと小指出して」


「小指?」


思い掛けない言葉に首を傾げながらも、俺は素直に小指を差し出した。

すると奴は自分の小指を俺の小指に絡めて来て――





「明日もまた一緒に遊ぼうね。これからも、いっぱいいっぱい楽しい思い出作ろうね!」


と、無邪気な笑顔を浮かべて言った。

はぁ?! 楽しい思い出? 冗談じゃない! 俺にとって今日と言う一日は、思い出したくない悪夢でしかないと言うのに、馬鹿を言うのも大概にして欲しい。
誰が明日もお前なんかと――



「指切りげんまん嘘ついたら針千本飲~ます、指切った!」


「っ?! お前、今俺に何の呪いをかけた?」


「違いますよ神耶。これは人間同士が約束を交わす時にする、ちょっとした儀式なのです」


「儀式? もしそれを破ったら?」


「だから、針千本飲むんですよ」


「…………はぁ?! 針千本? 本気マジで?!」



ニコニコ笑顔の師匠と人間を交互に見ながら、俺は愕然とした。
今日一日を乗り越えれば、奴から解放されると思っていたのに、また明日もなんて……これは一体何の罰ゲームだ?



だが、その約束は明日と言わず、その次も、そのまた次の日も交わされていく。

奴は約束通り毎日社へとやって来ては、遊びと称して俺を振り回して行った。

毎日毎日、俺は奴の我が儘に付き合わされて――

今日は川で水遊び。
今日は神社で鬼ごっこ。
今日は山で昆虫採集。

たとえ雨が降ろうとも"トランプ"とか言うらしい人間の遊び道具を持参して、社に入り浸る。

師匠は師匠で奴と意気投合して楽しんでやがるし。

良く言えば好奇心旺盛。悪く言えば自由奔放な二人を、俺一人の手におえるわけもなく、日々生気を吸い取られているかのように、俺はこの数日で一気に老け込んだ気がする。

いつかこの繰り返される日々から逃げる道はないのかと模索しているのだが、奴が帰り際に必ず行う約束の儀式、あの儀式がやっかいだ。

針千本なんて、死んでも飲みたくない。

なんとかしてこの呪縛を断ち切る術を探さなくては。そんな葛藤の日々が暫く続いた。
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