願いが叶うなら

汐野悠翔

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夏物語

友達になってください!

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「ど、どうしてですかぁ~?」


「どうしても何も、何で俺が人間なんかに名前を教えなきゃなんねぇんだよ。それに、もう会う事もねぇような奴に、態々名前教えたりしねぇだろ普通」



バカにするように俺が冷たく言い放つと、人間は大きな目にうるうると涙を浮かべながらこっちを見つめてきて、俺はいたたまれなくなって顔を背ける。



「もう会ってくれないんですか? せっかくお友達になれたのに」


「はぁ!?」


だが、聞き慣れない単語に顔を逸らしたばかりだと言うのに俺は思わず人間へと視線を戻してしまった。


「何言っちゃってんのお前。誰が、いつ、誰と友達になったって?」


「私とあなたが、今!」


自信満々の返しに目眩がした。いったいこいつはどんなおめでたい頭をしてるのか。人間の思考回路について行けず、俺は頭を抱えこむ。


「お前さ、どういう頭してるわけ? ちょっと話しただけで友達って、んじゃお前はいったい何人友達がいんだよ」


俺が更にイライラしながらそう訊くと、急に顔を曇らせて、蚊の鳴くような小さな声で言った。


「誰も……いない……。今は誰もいないの……」

「お、おい、何で急に暗くなんだよ……」



先ほどまでとの調子の違いに、オロオロしながら俺はどうしていいか分からなくなる。



「だから今はあなたが私の友達! ね、お願い、名前教えてぇ!」



かと思えば、また急に元の強引な調子に戻って



「何なのお前? いったい何なんだよお前!?」



じりじりと俺に向かって迫って来る。
2、3mはあったはずの距離は、あっと言う間に50cmにまで詰め寄られた。

危機感を覚えた俺は、人間が与える恐怖から少しでも逃れようと後ろへ下がろうとするも、背中には既に壁が在り、もうこれ以上後ろへ下がる事は出来そうにない。


「ねぇ~、教えてよ名前」


だが、人間の方は、まだまだ止まる気配は無さそうで、恐怖のあまりまるで金縛りにでもあっているかのように、体が固まって動く事のできない俺に、奴はじわりじわりと、でも確実に近づいてくる。




「や、やめろ、やめてくれ……それ以上俺に、近づくな……近づくなぁ~!!」



万事休す!
俺は大絶叫をあげて天に祈った。


(神様ぁぁ~! ……って俺じゃん! じゃあ、仏様……もう誰でも良いから、誰か助けてくれ~!!)



そして、恐怖に堪えられなくなった俺が、きつく目を瞑った、その時――

どこからともなく天のお声が聞こえて来た。



「神耶ですよ」


――って師匠っ!?  名前教えたら意味ないじゃん! 
奴の与える恐怖に耐えながら口を閉ざしてきた今までの俺の苦労は?

とも思ったが、何とか人間に喰われずにすんだわけで。



「神耶君かぁ! 教えくれてありがと! 私の名前は葵葉あおば。最近、この町に引っ越して来たの」


それで今は友達がいないってわけか?


「歳は15歳。血液型はB型で、星座は蟹座。身長は154cmの体重35Kg。好きな食べ物は~」

「おいおい待て待て!! 誰もそんな事は聞いてない!」

「えぇ~? 初めましてなんだから自己紹介しなきゃ。でしょ? 神耶君とは歳も近そうだし、仲良くなれそうな気がするんだ、私」


はぁ? 歳が近い? そんわけないだろ! 俺はゆうに400は超えてるんだ。たかだか15のクソガキと、仲良くするわけがない! 本当に、何なんだこの台風娘は!



「あ~あ~あ~~、もう十分だ! いいからお前、早く帰れよっ!」


「それもそうだね。もう大分暗くなって来たちゃったし。じゃあ私、今日は帰るね。明日また来るからまた遊ぼうね。それじゃ、お邪魔しました~」



そんな台詞を一気に吐き捨て、ペコリとお辞儀をして帰って行く人間。

そんな人間をニコニコ笑顔で手を振りながら見送り、社を出て行く師匠。

あいつのペースについていけず、一人放心状態で社に残った俺は、沢山の汗と一緒に涙を流しながら、狂ったようにぶつぶつと、今日学んだ教訓を呟いていた。



「人間怖い……人間怖い…人間……」


「大丈夫ですか、神耶?」



人間を見送って、社に戻って来た師匠が俺の顔を覗きながら尋ねて来る。

俺は見慣れた師匠の顔を見るなり、思い切り師匠に抱き付いて、情けない程ワンワンと、大きな声を上げて泣いた。



「うわぁ~ん師匠~、今日は師匠が神様に見えるよ」


「まぁ、本当に神ですしねぇ」


「師匠……人間怖いよ……人間……怖い……」


「人間全員が怖いって訳ではないんですけど。というか、あの子が特別?」


「師匠~師匠~~師匠~~~、あいつ、また来るって……」


この時の俺は完全に壊れていた。
でも、そんな俺を師匠はいつまでも宥め続けてくれて、この時初めて俺は、師匠の偉大さを感じたのだった。

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