あけぬ帳の、アヤカシ帖

ツムギ

文字の大きさ
上 下
1 / 5

1

しおりを挟む
至極平和で何も起こらないのが俺が暮らしていた田舎だった。
ある日、届いたのは藍色の手紙と潰された折り鶴。
これが俺、高槻朔夜(たかつきさくや)の地獄の日々の始りだった。

田舎に母と姉を残して、俺はまた帝都『楓樂都(ふうがくと)』に戻って来た。

俺が住んでる国は龍藍(りゅうらん)帝国。さほど大きくない国なのだが、おかしな地形をしている。
それは約5年前、奇妙な地震が起きた時に起こった。国全土に渡り、その地震は震度が3ほどで10分も続いた。
永遠に続くのかと思われた頃、地震がやっと収まった時、大きな異変が起きていた。

それは国の中心に位置する帝都、楓樂都を切り取った様に周りが海に囲まれていた。
明らかな地形変動。本土が変わったのか楓樂都が変形したのか誰も答えが出せない。それは今も変わらずだ。
しかも面倒な事にこの地形変動以降、楓樂都に多くの数の妖が蔓延る様になってしまった。

妖とはこの世界に存在する実態の掴めぬ虚(うつろ)の事だとか人を襲う怪物の事なのだが、国によって名称や生態は変わるらしい。
良い事も悪い事も全て妖の為す力のせいだと言う程、我ら人間の世界に根付いている。

そしてこの妖が俺を楓樂都に呼び付けられる原因なのだ。
はぁ、やだやだ。あそこは危険な妖がいると言うだけじゃなく、治安がよろしいとは到底言えないから嫌だ。
しかも地形変動後、楓樂都への出入りは厳しいものとなった。
発展は進んでいても変化には追いつけない。なんと愚かな事だろう。
この国は軍隊が取り締まっており、中でも楓樂都の軍は厳しいと言うのは有名な話。
しかもなにやら不穏な雰囲気らしく、正直怖い。

俺は地形変動前に帝都にいた。楓樂都で研究をしていたのだ。
その研究こそが妖の研究。
俺は妖研究の界隈ではまぁまぁ名が通っているらしい。そんなつもりないのに…。

途端にガタンと大きく揺れた。
俺は楓樂都と本土を繋ぐ唯一の交通手段、汽車に乗って楓樂都にやって来たのだ。
長旅だったがようやく楓樂都の駅に着いたらしい。
ずっと椅子に座っていたせいで腰が痛い。あまり良い素材ではなさそうだ。
俺は大きめのトランクを持ち、汽車を降りた。
俺の他に人は降りない。そもそも俺と運転手以外に人間は乗ってないし、駅にも人は少ない。
いるのは、駅員や作業員だろう。楓樂都内にも駅はいくつかあるが、外と通じるこの駅の利用者はほとんどいないのだろう。
俺だって、あの最悪な手紙が届いて呼び出しを喰らわないとここに用はない。
妖が多いから研究が捗るなんて思わないでくれ。俺はこの場所が好きではないんだ。

駅の改札を抜け、廃れかけてる駅のホールに足を踏み入れた。
すると目の前にスタイルの良い背の高い女が仁王立ちして待ち構えていた。

「遅かったわね、朔夜」

到着時刻はぴったりだったよ…。
なんて言える気力はない。

「久し振りだね。また背が伸びた?」
「お前はまた若返ったの?」
「歳は取ってるんだけどね」

なんて話をしているが、目の前の女は軍服だ。つまり軍人。
彼女は上之島丈子(かみのしまじょうこ)。
俺が楓樂都にいた頃に知り合った子だ。
手紙で彼女が出迎えに来ると知ってはいたが、感動の再会とまでいく程の感情はない。
むしろ俺はうんざりしているんだ…。

「なぁ丈子、俺は何故呼ばれたんだ?しかもこんなゴミ付きで」
「それはとある奴が作った折り鶴ね。手紙と一緒に入れる為にペシャンコにしといたの」
「サイコかよ」
「まぁ、ある意味サイコかもしれないわね」

どう言う意味だ。

「今回お前を呼んだのは他でもないわ」
「この手紙に書いてある通りだろう?ちゃんと目を通したよ」
「それは嘘なの」
「…嘘?」

手紙に書かれていたのは、妖研究を楓樂都で行えと言う内容だった。
書かれてる内容からして命令口調。しかも断る事は許さないみたいな事も書かれていた。
ふざけんな。
そうは思っても、何をされるか分からないから大人しく従うのが俺だ。

しかしそれが嘘…。意味が分からないな。

「こうでもしないと上が納得してくれないの。どうしてもお前を呼びたくて」
「そんなに俺に会いたかったのかい?」
「お前にしか頼めなかったの」

丈子が見つめてくる。
美しくスタイルの良い女に真剣に見つめられて、ときめかない男はいないだろう。
俺は仕方ない話くらいは聞いてやる事にした。


さて、これから俺はどうなるのだろう。
妖が蔓延り、危険が伴うこの帝都、楓樂都。
そこで出会う人や妖との物語を、当然のことながらこの時の俺には知る由もない。
しおりを挟む

処理中です...