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手裏剣

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 忠明はとりあえず与一のところへ行った。
 与一はちようど厠から帰ってきたところだった。

 「苦無の投げ方を知りたい。教えてはもらえぬか」

 腕の立つ新しい仲間がそう言っている。
 与一はご機嫌になった。
 酒が入ってるがそれで手元が狂うような腕ではない。

 「そうか!よし、教えてやる。こっちに来い」

 与一は林の木の前に忠明を立たせた。
 そして与一は意気揚々と話しだした。

 「手裏剣というのは、そもそも投げるものではない。
 打つものだ」

 「打つもの?」

 そう言うと苦無を中指に沿わせて親指で抑え、片手で剣の上段の構えのように掲げると的に向けて鋭く投げつけた。
 的のど真ん中にまっすぐ垂直に刺さった。

 投げるのではなく、打ち付けるのか…

 忠明も見よう見まねで苦無を投げた。
 垂直ではないが、刺さった。

 あの構え…打つという感覚も、理にかなっている…

 「おぬし、やはり勘がいいな。もう打てるではない
 か!」

 与一は、忠明の才能を頼もしいと喜んだ。
 そして与一は練習用に何本か、苦無を忠明に渡した。
 忠明はひとりになると、一刻(二時間)の間、集中して覚えるべく夢中で苦無を投げた。

 時間がない…明日、倭寇の八幡船が出る。

 勝負をするなら今夜か、明日の朝だ。

 出発してからでは遅い。

 出航した船の甲板には鬼爪、六人衆、その他の手下全員がいる。

 逃げ場もない…

 動きも狭まれる。どう考えても不利だ。

 そろそろ一刻か。

 ほとんどの海賊達がそれそれの大部屋床で寝静まっている。

 苦無のコツもだいぶ身についた。

 普通の人間なら何年もかかるところを、忠明は一刻という時間で習得した。
 ここへ来て、手裏剣という武器、そして木本の居合術はありがたかった。
 たいした策はない。
 六人衆を倒して、鬼爪までたどりつけるか…
 あとはどう奇襲をかけるかだ。正面から六人衆と鬼爪が構えたら、勝ち目はないだろう。
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