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伊集院忠真

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 島津の街道場でも佐々木小次郎のことが噂になっていた。

 「黒田道場の奴ら、よそもんとケンカしたそうじゃ」

 「またか!」

 「よそもんとケンカ?この間、義弘公のとこで小野忠明にやられたばかりぞ。今度はなにもんじゃ?」

 「巌流とかいうよそもんらしい。女連れでめっぽうちゃらちゃらした奴だったそうじゃ」

 「女連れだぁ?そんな奴に負けたのか?」

 一方、薬丸示現流の道場でも佐々木小次郎の噂をしていた。

 「その巌流ってなんじゃ?」

 「なんでも三尺の剣を使いこなすそうじゃ」

 「三尺?長物じゃのう」

 「女連れで三尺の刀か…」

 突然、奇声が道場に鳴り響いた。

 「きえええええええ!」

 身をかがめ、剣先から後ろ足まで一直線の姿勢で木刀を下から斬り上げる男がいる。

 島津藩家臣伊集院忠真だ。
 伊集院の気迫に全員、黙り込んだ。
 島津に反旗を翻した男だ。
 腕も度胸も道場では伊集院にかなう者はいなかった。
 
 「そやつの名は?」

 「…たしか…佐々木小次郎とか…」

 「佐々木小次郎?…」

 この間、幕府剣技指南役の小野忠明と島津義弘と抜刀隊がやりあったばかりだ…

 そこへまたよそ者が島津に腕自慢にやってきたのか。

 偶然なのか?

 忠真は眉間に深いしわを作り思考をめぐらせた。

 小野忠明の気質は聞いている。

 あの義弘公と抜刀隊が共に飲み明かすほどの男だ…

 女連れで三尺の剣を見せつけるなどするはずもないし面が割れている。
 
 まずそのような派手な者が幕府の間者であるはずもない。

 仮にもしそうだとしても、こちらの計画の邪魔になるようであれば斬って捨てればよい…

 三尺の長剣を多少使うくらいの輩、薬丸示現流の敵ではない。

 もう少し情報がほしい…

 道場を出て伊集院は近くの飯屋に入った。
 窓際の席に着くと「握り飯を包んでくれ」と言った。
 その言葉を合図に窓の外に物乞いの男が座った。
 男は周囲に目を光らせながら伊集院に報告した。

 「手筈は整っております。予定どおりいけば今夜あた 
 りかと」

 「ぬかるな…して、おぬし。佐々木小次郎なる者の話 
 を聞いてるか?」

 「佐々木小次郎。聞いております。なんでも最近小倉
 藩で剣技指南役に召し抱えられそうな者が三人おりま
 して、そのひとりが佐々木小次郎だということでござ
 います」

 「なに小倉の?…そうか小倉藩の剣技指南役を目指し、それで島津に乗り込んで己の腕を見せつけようというのか…」
 
 では間者ではなさそうだな…

 まあいい。そやつの目的がこちらの計画に関係がないとわかればそれでよい…
 
 「小野忠明といい、近頃よそ者が多い。十分に注意を
 払ってことを進めよ」

 「はっ」
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