33 / 134
七本槍の密命
しおりを挟む
関ヶ原の合戦は徳川軍の勝利で終わったが。
典膳をはじめとする上田七本槍の七人は軍規違反により真田信之預かり上野国吾妻で蟄居となった。
七人が七人とも軍紀違反。
歴史にはそう記録されている。
だがあまりに偶然にしてもおかしな話である。
武の道を志し日々その技を錬磨し道に達した七人が同時に軍機違反を犯すだろうか?
じつはこれには裏があった。
七本槍の七人は、秀忠から密命受け公儀隠密となっていた。
関ヶ原で勝利した家康は、真っ先にスペイン船がメキシコまで渡航するために浦賀湊を貿易港として開港し、さらに日本とフィリピンを渡海する朱印状を発行した。
目的は金銀製錬法であるアマルガム法の職人を招致することだったという。(現代では歯の詰めものなどに採用されている)
そのためフィリピン近海における私貿易船や海賊を極秘に絶滅させる必要があった。
この件を家康は右近衛対象大将である秀忠にまかせることにした。
関ヶ原に参戦できなかった恥を挽回したかった秀忠は「おまかせください。命に代えても」と、その場で家康に応えた。
海賊退治。
軍を率いて出ればたやすいことだが、あまり大々的にやると家康の金銀製錬法を手に入れたいという思惑が諸国の大名にばれてしまう。
豊臣の残党にはとくに知られたくない。
そこで秀忠は上田七本槍の七人を派遣し少数精鋭で海賊絶滅に暗躍させることにした。
無論、そのすべてのお膳立てをしたのは柳生但馬である。
そのためにまず上田合戦で七人が軍規違反をしたとした。
そして真田信之預かりとし上野国吾妻でという形をとったのだ。
蟄居とは幽閉されることである。
幽閉されてると世間に思わせておき、存分にフィリピン近海の海賊壊滅作戦を実行する。
それはすべては柳生但馬の策だった。
後に秀忠が二代目征夷代将軍に任命されたのも、但馬の策と暗躍した者達の功績が大きい。
柳生但馬は剣も徳川指南役であったが、裏で暗躍する策士としては右に出る者はいなかった。
当然、但馬の策を実現すべく力を振るった者には、もちろん小野典膳がいる。
典膳をはじめとする上田七本槍の七人は、浦賀湊から出向する商人のを装って、海賊と出くわすのを海の上で待った。
太陽の光が海面に反射し波を打っている。
海は一刀斎との武者修行で何度か見たことがあったが、船に乗り航海するからだった。
「あの水平線の先に別の国がすぐ先にあるのだろうか?それともどれほどの海を渡らなければならないのか…」
海が広いと言っても水平線を超えれば別の国がすぐ見えると典膳は思っていた。
しかし、実際に船で出てみると水平線はどこまで続き、どこまでいこうが常に水平線だった。しかもどこを見ても岸など見当たらない。
すべて海…
その巨大さ、雄大さに典膳はひそかに感動していた。
「海がこれほど大きいとは…いや、こんな巨大な水の世界があるとは…人の考えな
ど到底及ばない世界だ」
そして船の傍を見下ろして思う。
「この海の下にも無限に水の世界が…その深さも計り知れん」
上田七本槍のひとり、典膳の手柄を横取りしようとした辻太郎助は船酔いで初日は立ってすらいられなかった。
七本槍の中には他にも船酔いで動けなくなる者がいた。
船を動かしている水夫達は柳生の手の者達だ。
あらゆる状況に応じて任務を遂行する訓練を受けているので当然、船酔いする者などいない。
典膳もまったく平然としていた。
屏風の上で蹲踞を取るほどの身体能力だ。
その海を眺めている典膳に話しかけてきたのは、最年長の齋藤久右衛門だった。
「わしは、朝鮮出兵の際には船酔いにやられてな。いよいよ水上合戦だというときには、往生したものよ」
朝鮮出兵。
海を渡り、言葉の通じない敵と船上で戦う。
典膳がまだ経験したことのない戦だ。
「船酔いで水上合戦とは…それでどうされた?」
「気合で乗り越えたのよ!敵兵を見た途端、船酔いなど吹っ飛んでしまってな。
あとは無我夢中よ!はっはっはっはっは!」
「小野殿も、水上戦に慣れているとお見受けしたが、朝鮮出兵ではござるまい」
「水上戦もなにも、某このたび初めて船に乗りもうした」
久右衛門は目を見張った。
「なんと!初めて船に乗ったとな」
斎藤は思わず典膳の姿を頭からつま先までまじまじと見た。
典膳の隙のない立ち姿。
いつなにが起きても相手を斬り伏せる獣のような空気を典膳はまとっている。
それで船が初めてだというのが、斎藤には信じられなかった。
その傍で、もう死にそうな顔をして聞いていた朝倉蔵十郎も平然とした典膳を見て呆れていた。
なんの訓練もなく平然としている。それでいて隙がない。
揺れる船の上で軸、頭の位置がまったくぶれることなく浮いてるのではないか、と思えるほど典膳の船上の歩き方は人間離れしていた。
天女のような柔らかさと常軌を逸した鬼のような剛力。
それは腕に覚えのある者なら見ただけでわかる。
その技が己に向けられたら…などと、考えると辻などはぞっとせずにはいられなかった。
さてそれも出航して三日目になると、さすがに船酔いした者達も慣れてきた。
しだいに合戦での武勇伝、出会った女の話、身の上話などで甲板の上には笑い声がするようになった。
一日中、海を見張ってるわけにもいかず、典膳もなんとなく話の輪に入り、聞き手に回っていた。
そういえば、関ケ原へ向かう途中で知り合った佐々木鉄斎はどうしている?…
無比無敵流を無事に立ち上げられたのだろうか…?
一通り、皆己の話をすると、今度は典膳に視線が集まった。
「小野殿も、なんぞ武勇伝を聞かせてもらえないか?」
「一刀流で小畑殿や柳生殿を、倒したと聞いてますぞ!」
武勇伝…そう聞かれて典膳の脳裏に浮かんだのは、最後に出家すると言い残して去ってしまった、今は見ることのできない師匠の姿だった。
典膳をはじめとする上田七本槍の七人は軍規違反により真田信之預かり上野国吾妻で蟄居となった。
七人が七人とも軍紀違反。
歴史にはそう記録されている。
だがあまりに偶然にしてもおかしな話である。
武の道を志し日々その技を錬磨し道に達した七人が同時に軍機違反を犯すだろうか?
じつはこれには裏があった。
七本槍の七人は、秀忠から密命受け公儀隠密となっていた。
関ヶ原で勝利した家康は、真っ先にスペイン船がメキシコまで渡航するために浦賀湊を貿易港として開港し、さらに日本とフィリピンを渡海する朱印状を発行した。
目的は金銀製錬法であるアマルガム法の職人を招致することだったという。(現代では歯の詰めものなどに採用されている)
そのためフィリピン近海における私貿易船や海賊を極秘に絶滅させる必要があった。
この件を家康は右近衛対象大将である秀忠にまかせることにした。
関ヶ原に参戦できなかった恥を挽回したかった秀忠は「おまかせください。命に代えても」と、その場で家康に応えた。
海賊退治。
軍を率いて出ればたやすいことだが、あまり大々的にやると家康の金銀製錬法を手に入れたいという思惑が諸国の大名にばれてしまう。
豊臣の残党にはとくに知られたくない。
そこで秀忠は上田七本槍の七人を派遣し少数精鋭で海賊絶滅に暗躍させることにした。
無論、そのすべてのお膳立てをしたのは柳生但馬である。
そのためにまず上田合戦で七人が軍規違反をしたとした。
そして真田信之預かりとし上野国吾妻でという形をとったのだ。
蟄居とは幽閉されることである。
幽閉されてると世間に思わせておき、存分にフィリピン近海の海賊壊滅作戦を実行する。
それはすべては柳生但馬の策だった。
後に秀忠が二代目征夷代将軍に任命されたのも、但馬の策と暗躍した者達の功績が大きい。
柳生但馬は剣も徳川指南役であったが、裏で暗躍する策士としては右に出る者はいなかった。
当然、但馬の策を実現すべく力を振るった者には、もちろん小野典膳がいる。
典膳をはじめとする上田七本槍の七人は、浦賀湊から出向する商人のを装って、海賊と出くわすのを海の上で待った。
太陽の光が海面に反射し波を打っている。
海は一刀斎との武者修行で何度か見たことがあったが、船に乗り航海するからだった。
「あの水平線の先に別の国がすぐ先にあるのだろうか?それともどれほどの海を渡らなければならないのか…」
海が広いと言っても水平線を超えれば別の国がすぐ見えると典膳は思っていた。
しかし、実際に船で出てみると水平線はどこまで続き、どこまでいこうが常に水平線だった。しかもどこを見ても岸など見当たらない。
すべて海…
その巨大さ、雄大さに典膳はひそかに感動していた。
「海がこれほど大きいとは…いや、こんな巨大な水の世界があるとは…人の考えな
ど到底及ばない世界だ」
そして船の傍を見下ろして思う。
「この海の下にも無限に水の世界が…その深さも計り知れん」
上田七本槍のひとり、典膳の手柄を横取りしようとした辻太郎助は船酔いで初日は立ってすらいられなかった。
七本槍の中には他にも船酔いで動けなくなる者がいた。
船を動かしている水夫達は柳生の手の者達だ。
あらゆる状況に応じて任務を遂行する訓練を受けているので当然、船酔いする者などいない。
典膳もまったく平然としていた。
屏風の上で蹲踞を取るほどの身体能力だ。
その海を眺めている典膳に話しかけてきたのは、最年長の齋藤久右衛門だった。
「わしは、朝鮮出兵の際には船酔いにやられてな。いよいよ水上合戦だというときには、往生したものよ」
朝鮮出兵。
海を渡り、言葉の通じない敵と船上で戦う。
典膳がまだ経験したことのない戦だ。
「船酔いで水上合戦とは…それでどうされた?」
「気合で乗り越えたのよ!敵兵を見た途端、船酔いなど吹っ飛んでしまってな。
あとは無我夢中よ!はっはっはっはっは!」
「小野殿も、水上戦に慣れているとお見受けしたが、朝鮮出兵ではござるまい」
「水上戦もなにも、某このたび初めて船に乗りもうした」
久右衛門は目を見張った。
「なんと!初めて船に乗ったとな」
斎藤は思わず典膳の姿を頭からつま先までまじまじと見た。
典膳の隙のない立ち姿。
いつなにが起きても相手を斬り伏せる獣のような空気を典膳はまとっている。
それで船が初めてだというのが、斎藤には信じられなかった。
その傍で、もう死にそうな顔をして聞いていた朝倉蔵十郎も平然とした典膳を見て呆れていた。
なんの訓練もなく平然としている。それでいて隙がない。
揺れる船の上で軸、頭の位置がまったくぶれることなく浮いてるのではないか、と思えるほど典膳の船上の歩き方は人間離れしていた。
天女のような柔らかさと常軌を逸した鬼のような剛力。
それは腕に覚えのある者なら見ただけでわかる。
その技が己に向けられたら…などと、考えると辻などはぞっとせずにはいられなかった。
さてそれも出航して三日目になると、さすがに船酔いした者達も慣れてきた。
しだいに合戦での武勇伝、出会った女の話、身の上話などで甲板の上には笑い声がするようになった。
一日中、海を見張ってるわけにもいかず、典膳もなんとなく話の輪に入り、聞き手に回っていた。
そういえば、関ケ原へ向かう途中で知り合った佐々木鉄斎はどうしている?…
無比無敵流を無事に立ち上げられたのだろうか…?
一通り、皆己の話をすると、今度は典膳に視線が集まった。
「小野殿も、なんぞ武勇伝を聞かせてもらえないか?」
「一刀流で小畑殿や柳生殿を、倒したと聞いてますぞ!」
武勇伝…そう聞かれて典膳の脳裏に浮かんだのは、最後に出家すると言い残して去ってしまった、今は見ることのできない師匠の姿だった。
応援ありがとうございます!
0
お気に入りに追加
2
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる