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愛しき再会

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 おくみだ。
 一刀斎に初めて挑もうとしたときに出会った芸人一座の娘。
 純粋な眼差しを典膳にまっすぐ向けた少女の美しさは少女のあどけなさと大人の妖艶さを兼ね備えていた。
 それは引き込まれるほどの年に合わない美しさだった。
 そのおくみが典膳に向けて走り出した。
 典膳は何も考えず、ただただおくみを抱きしめた。
 
 「典膳様、お慕い申しております」

 その場の全員が二人に見入ってしまった。
 
 「あらあら、せっかくの宴会がしらけちまったよ」
 
 気風のいい聞き覚えのある女の声が二人の空気を壊した。
 阿国だ。
 豊満な胸元を開き酔いもあるせいか妖艶さを全開にしている。
 
 「母ちゃん」

 「女はおくみだけじゃないんだよ」

 「阿国。二人に水を差すんじゃない」

 茶筅髷の男が阿国を制した。
 典膳が一刀斎と間違えた男だ。
 すっかり白髪が増えその場を和やかにする役者のいい空気が全身からにじみ出ている。
 
 「父ちゃんは黙ってておくれよ」

 父ちゃん?つまり阿国の父親ということはおくみの祖父ということになる。
 
 典膳が間違えたときは六十を過ぎていたのだが、そこは役者。
 若く強く見せていたわけだ。
 今の典膳なら見抜けたかもしれないが当時の典膳には演技力と強さの違いはわからなかったわけだ。

 「うちの一座はいい女しかいないんだよ。みんな一刀流を受け継いだ
 典膳を祝ってやろうじゃないか」

 一座の連中が典膳を酒の席に座らせてどんちゃん騒ぎを再開した。  

 典膳はこういった勢いを経験したことがなく、流されて阿国に酒を注がれた。
 しばらくし、おくみが典膳に視線を送ってきた。
 典膳がその視線に答えると、おくみはスッと立ち上がって静かにふすまを開け典膳に意味ありげな一瞥をして外へと出ていった。
 典膳は酔ったふり、つまり演技をしながら言った。

 「ちょっと厠へ行ってくる」

 「すぐに戻っておいでよ」

 という阿国の言葉に不自然な愛想で「わかった」と、答えた。
 典膳が外へ出ると廊下の先でおくみが待っていた。
 おくみは典膳に気づいているのか、その視線はあらぬ方を見つめていた。
 典膳が近づいて足音をさせてゆくと、少しずつ顔を向けようとするが
視線は伏せたままだった。
 女の自分から誘ったのでなく、あくまで男の方から声をかけ呼ばれるまで顔を見ない。
 女のささやかな意地のようなものだ。
 
 「おくみ…」

 おくみは、ぱっと顔を明るくし典膳を見た。
 典膳はおくみの手を取り引っ張るように歩き出した。
 おくみ顔をほんのりと赤らめて嬉しさを抑えながら典膳に従った。
 典膳はおくみを己の滞在する部屋に連れ込んだ。
 すでに丁稚が敷いた布団があり、典膳はおくみを優しく寝かせ唇を重ねた。
 おくみは初めてなのか興奮で息が早くなった。
 ひとつひとつの典膳の触れる手におくみは嬌声を上げた。
 おくみは典膳の愛をすべて受け入れことが終わると抱き着いて唇を求めた。
 典膳はそこで初めておくみが己を好いてくれていると感じた。
 それまでは己の想いだけだったが、おくみから求めらたことで初めて二人が互いに愛し合っているのだと実感した。
 おくみによると実はもう一座は明日江戸を出るとのことだった。
 典膳はおくみを放したくないが、おくみは一座を離れることはできない。
 典膳はおくみにこの旅籠に手紙を書くように言った。
 また再び会える日までなんとか連絡を取る必要があるからだ。
 典膳は純粋な男であるがゆえにもうおくみのことしか頭にない。
 おくみはただただそんな典膳を見つめるだけで愛される幸せを感じた。
 典膳はいま一度別れの前におくみを激しく抱き、お互い汗まみれになって別れた。
 おくみは宴会場に戻ると典膳が具合が悪くなり、もう部屋に戻ったと一座に話した。
 しかし若いほてった体でいくら冷静を装ったとしても母親の阿国には見抜かれていた。
 阿国は何も言わず酒を喰らった。
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