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疑問から疑惑へ

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渡世人は河本一家のあった場所を訪れた。
家屋は空き家で、立ち入ること禁ずるというお上の立て札が立ててあった。
しばらく懐かしそうに家屋を眺めると、前にある飯屋に入った。
その飯屋も河本一家で世話になったときよく寄ったところだ。

「へい。いらっしゃい」

「酒をくれ」

「冷で?」

「ああ。冷でいい」

渡世人は傘を外し窓際の席で河本一家の家屋を眺めていた。
店の主人が酒と肴を盆に載せて持ってきた。

「ど~ぞ」

店の主人は渡世人を見て思い出した。

「あれ?あんた河本一家にいたいつぞやの…」

「へっ。覚えててくれたのかい」

「いやぁまさか河本一家があんなことになるとは…お天道様でもわからなかったでしょう」

「相当な人数で来たらしいじゃねえか」

「そうなんでしょうね…」

「なんだ。目の前にいて気づかなかったのか?」

「へい。もう夜中も夜中のことだったので」

「だが、音だの怒号だの聞こえただろ?」

「いやそれがね。まったくわたしら気づかなかったんですよ」

「河本一家は十人近くいただろ。全員やるなら最適十人以上の奴らが襲ってきてるはずだ」

「いや。あたしはまったく気づきませんでしたよ」

渡世人は目を細めた。

どういことだ?

やくざの出入りに近所の者が気づかねえなんてそんなことあるのか?

「河本の親分も戸口の近くで叫んでたんじゃねえのか?」

「いや親分さんは…」

店の主人は宙を見て思い出しながら「たしか奥の部屋で斬られていたと聞いてますよ」

「それはおかしいな。俺が聞いた話ではよ…」

「あの朝、中をあらためた岡っ引きの旦那が言ってたんでたぶん間違いないですよ」

なぜ地井頭はそんな嘘をついたんだ?

それとも親分がやられたのを見ずに逃げたので、それを誤魔化そうとしただけか?

渡世人は言いようのない疑問の幕に頭を覆われ黙って酒を飲んだ。

そして疑問は疑惑へと変わっていった。
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