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第9話 Aパート(ヒロインが美少女)

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初めての正式なアビス討滅任務を終え、一夜明けた朝。いつもの幼馴染の少女が家に来て、いつものように起こされ、いつもの通りに綾の作った朝食を食べて、いつもの時間に家を出て、いつも通う学校へと向かう。何も変わらない朝。しかし、優はそんないつも通りに憤りを感じていた。

昨夜はムカデ型のアビスと対峙して何もすることができなかった。ただ茫然と見ているだけ、かろうじて飛んできたアビスの体を防ぐことができてたが、逆に言えば飛んでくるアビスの体を防ぐことで精一杯だった。

そんな悔しさの残るままに世界はいつもの通りに流れていく。綾もいつもの通りに朝に来て起こしてくれて、朝食を作ってくれた。自分だけが何もできなかったような心に穴の開いたような空疎な思い。川の流れのままに流されて、どこかの岩に一本だけ引っかかった流木のように流れに逆らうこともできず、抜け出すこともできないそんな無力感が優を襲っていた。

「優君大丈夫?」

一緒に登校している綾が心配そうに優の顔を覗き込んだ。本当はもっと前から、朝起こした時から気が付いていたと思う。しかし、綾は何も言ってこなかった。何があったか分からないにしろ、優の心情を察して何も聞かなかったのだろうが、やはり気になって仕方がない。たまらず学校に着く前に聞いてきた。

「・・・あ、何でもないよ。」

これしか答えられない。いつも支えてくれている綾だが、優が今直面している問題は素人がどうこうできる範疇を遥かに飛び越えている。

「あのね、私には何もできないことかもしれないけど、優君がしんどいことを受け止めることはできるよ。」

綾が優しい声で言った。それ以上に悲しい声が優の胸に突き刺さる。綾は事情を知っていないが、核心を突いてくる。長年一緒にいた幼馴染だからこそか、優の思っていることは筒抜けであった。

「いや、ホントに何でもねえよ。大丈夫だから。」

言ってどうにかなるものでもない。吐き出したら楽になるだろうか、一瞬そう思ったが、結局自分が力をつけないとどうにもならない問題である。

「そっか。それならいいんだけどね・・・。」

綾は少しだけ笑ったような気がした。俯いているので表情は見えなかったが。


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学校に着いても世界は変わっていなかった。当然と言えば当然のことである。世界は優の悩みなど無関心に回り続けていく。朔夜の周りの男子も優の悩みと比べればどれほどの違いがあるか分からないが、それなりに現実という名の苦痛を味わっていた。これもいつもの変わらない世界である。

朔夜は他校からも生徒が見に来るほど有名になっているが、寄ってくる男子生徒を全く相手にしていない。七星学園高校でも一番のイケメンと呼ばれる2年生の男子も無視。他校から来ている有名なバンドのヴォーカルも無視。モデルをやっている年上の美男も無視。これほどの男達が話を聞いてもらうことすらできずに惨たらしく散っていくと女子も朔夜に声をかける者がいなくなる。朔夜と一緒にいても男子からすれば朔夜にしか興味はなく、女子からしても、引き立て役にされるのはまっぴらごめんであるため朔夜に近寄らない。朔夜と仲良くするだけで女子からはハブられることになるのである。

そんな転校してから数週間で後世に語り継がれるような逸話を作り続けている朔夜が唯一話しかける人間が優であった。

「おはうよう、香上君。昨日のことを気にしているようだけど、大事なことはまず無事でいることよ。それに、くよくよするくらいなら他にやることがあるでしょ。」

少し前なら朔夜が優に話しかけただけで周りがどよめいた。綾も横で放心状態になっていた。それが今では周りの男子も女子も朔夜が優に話しかける時は遠巻きにしてひそひそ話をする程度に落ち着いている。綾は相変わらず動揺しているが、話の内容まで聞き耳を立てようとはしない。聞こえたとしても分からない内容で伝わる。今の朔夜の発言で、『昨日、優が朔夜と澪の三人でアビスを討滅しに行ったが、優だけほとんど何もできなくてへこんでいる』とは誰も想像できない。

「ああ、そうだな。雪宮の言うとおりだ。やらないといけないことは決まっているよな。何だかんだ言ってお前優しいよな。」

優も周りの反応に慣れてきて、この状況でも普通に会話をすることができるようになってきた。朔夜なりの励ましなのだろう、綾とは違った優しさを感じる。綾と決定的に違うところは、事情を話せるか話せないか。

「べ、別に優しくしてるわけじゃないわよ。一緒に仕事するんだし当然でしょ。」

朔夜が顔を少し赤らめて反論してきた。そのことで少し声が大きくなっている。

「おい、バカ。声が大きいよ!」

少し声が大きくなってしまった朔夜に優が注意をすると、朔夜は更に顔を赤くし、そして、無言で自分の席に戻って行った。

「優君、雪宮さんと同じバイトしてるの?」

一番聞かれたくない相手に話を聞かれた。小声で綾が優に話しかけてきている。朔夜の席は優と綾の近くであるため、聞かれないように耳打ちしている。

「あ、ああ、そうなんだよ。ただ、バイト禁止だろ?綾も黙っておいてくれないか。昨日、俺がバイトでヘマしたせいで色々あってな。」

我ながら上出来の嘘であった。綾が勘違いをしてくれたことが助かった。これに乗っからない手はない。今何を悩んでいるかということも付け加えておいた。これで完璧だろう。

「そうだったんだね。(嘘をつくと言わないでいいことまで言うからすぐ分かるんだけどね)」

優の嘘が綾には簡単に見破られることを未だに気づいていないため、安心した優は周りがどう誤解をしているかが気になっていた。綾以外に今の会話が聞こえていたのだろうか。そもそも朔夜の失態である。自分がそこまで気にする必要はないのではないかと優は思っていたが、すぐに考え直した。朔夜のことを直接聞ける男子が優以外にいない。男子だけでなく女子も朔夜から話を聞くことができないため、朔夜親衛隊の狙いは優ということになる。ちなみに『朔夜親衛隊』という組織が正式にできたわけではない。周りの女子が朔夜の周りから離れない男子をそう呼んでいるだけである。しかし、『朔夜親衛隊』という名は勝手に広まりだしていることも事実であった。

そうなると、優にとって当面の問題は朔夜親衛隊をどう処理するかということになる。誰が朔夜親衛隊なのか分からない。正式な組織でないためメンバー表もない。非公式で組織でもないため規律がない。そのため話したこともないような生徒ですら優に朔夜のことを聞いてくる始末だ。噂では秘密裏に朔夜親衛隊を本当に結成しようという動きがあるらしいが、真偽のほどは分からない。どこかの女子が「キモイ」と言いながら話していたのを聞いたくらいだ。

その日の昼休み。来るならこのタイミングで朝のことを誰かが優に聞きに来るだろうと予測していた。一緒に仕事をしているという情報が回れば、必ずどこでバイトをしているのかを聞き出そうとするに違いない。それをどうやって誤魔化そうか。実のところまだ良い案が浮かんでいなかった。

優の心配をよそに、その日の昼休みが始まっても優に誰かが朔夜のことを聞き出そうとしてくる動きがなかった。どうやら朔夜の声は綾以外に聞かれた様子はないようだ。

(心配し過ぎてたみたいだな。聞こえてなかったんならそれに越したことはない。ゆっくり昼食を食べれそうだ。)

優がそんな安らかな思いを馳せて昼食を食べているところに朔夜が話しかけてきた。

「ねえ、香上君。携帯電話の番号交換して。」

ブーーーッ!!

この発言には優も堪らず口に含んでいた弁当ごと噴き出してしまった。朔夜は半身を動かすだけでこれを華麗に回避し、澄ました顔で携帯電話を出してくる。スマホではなくガラケーだ。

優が噴出した弁当の中身は昼休みで席を外しているところに飛んだため被害はなくて済んだが、それどころの話ではない。安心して昼食が食べれると思った矢先に男子から命を狙われるような話を朔夜が持ってきた。飢えた鮫の群れの中で血の滴る極上のステーキ肉を持って泳いでいたらどうなるか、というくらいに単純明快な状況が予想される。

「大丈夫?急に話しかけてごめんね。もう一度言うわよ。携帯電話の番号を交換して。」

悪気のない朔夜は止めを刺しにきた。いや、すでに状況としては死んでいるので、死体蹴りと言った方が正しいか。

ガタガタと音を立てて椅子から立ち上がる男子。女子も含めて一斉に優の方向を向いている。当の朔夜は周りん視線を一切気にしていない。青ざめて動きの鈍くなった優を不思議そうな顔で見ている。

「あ、ああ、い、いいよ・・・。」

優は断ることもできず、恐る恐るポケットからスマホを取り出して赤外線通通信によって電話番号とアドレスを交換する。

「ありがとう。」

「いや、こちらこそ・・・。」

昨夜は礼を言うと、マイペースに教室を出て行った。残された優には殺意という名の純粋な感情の刃が無数に向けられていた。もし、感情に物理的な影響を及ぼすことができたとしたら、優の体はハチの巣になっていただろう。


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プルルルルルー、プルルルルルー、プルル

「はい、もしもし。」

優のスマホが鳴り、電話に出た。電話の相手は朔夜だった。時刻は夕方。もうすぐ日が沈むであろうという時刻。学校から帰ってきた優は自室で休息を取っていた。

『もしもし、香上君?雪宮だけど。』

「ああ、香上だけど、どうした?」

『何か疲れているようね。どうしたの?』

朔夜は天然で言っているのだろう。優が今疲れている理由を作った張本人が心配してくれている。今日の昼休みと放課後の攻防は凄まじかった。まずは、昼休みの朔夜が去った後、周りの男子から朔夜の電話番号とアドレスを教えろという要求が津波のように押し寄せてきた。優もこれに抵抗した。しかし、多勢に無勢。相手の数が多すぎる。何とか死守したものの結局優は碌に昼食を食べることすらできなかったのである。その後の放課後にはもはや相手は手段を選んでこなかった。実力行使。優のスマホを奪って朔夜の情報を入手しようと考えたが、これは優に分があった。アストラルでの訓練の成果か、アビスの力を開放できるようになったためか、身体能力が飛躍的に向上しているため、あっさりと逃げ切ることに成功したのである。

「俺が疲れている理由はなあ・・・。はあ・・・まぁいい。個人的なことだ。それより何だ?俺が疲れていることを心配して電話をしてきてくれたのか?」

『バ、バカなこと言わないでっ!仕事の話よ!』

何やら朔夜が慌てて話をしてきている。優が疲れていることは電話をして初めて知ったのであるから、それを心配して電話をかけてきたというのは冷静に考えればおかしな話だ。テスタメントならもしからしたらそれくらい分かるのかもしれいない。若しくは楓のような特殊能力者なら話は別だろう。

「ああ、分かってるよ。雪宮が俺の携帯電話の番号を聞いてきた時から仕事の話が入ってくることは予想してたよ。」

『あ、そう・・・。それなら丁度良いわ。明日の18時にアストラル総帥の部屋まで来て。』

気のせいか朔夜の声は少し残念そうな声に聞こえた。とはいえ、優には見当がつかないので朔夜の話に返事をする。

「了解。18時だな。大丈夫だ。」

『そう、ありがとう。って、もう私があなたに頼む立場でもないわね。あなたもアストラルの一員なんだから。』

「そうだな。俺もアストラルの一員なんだよな。昨日はなんていうか、情けない姿見せてしまったよな・・・。」

『最初はそういうものよ。それに香上君は私から見ても実戦投入の時期が早すぎると思うしね。』

「やっぱりそうだよな!あのロリババア、無茶苦茶しやがるな!」

『ロリババア・・・?』

「あ、いや、なんていうか、気にしないでくれ。取りあえずもっと訓練して実戦で活躍できるようにならないとな。人を守るなんて夢のまた夢になってしまうしよ。」

『ええ、その通りよ。正直、香上君がここまで付いてこられるなんて私も総帥も驚いているのよ。もちろん楓ちゃんや柳さんもね。よく頑張っていると思うわ。』

「おお、そうか。なんか雪宮に褒められるとこそばゆいな。」

『バカなこと言ってないで、そんなことより、明日の18時に遅れないようにしてね。』

「分かってるよそれくらい。」

『あとね、澪も明日の招集に来るの。おそらく、また三人で作戦を遂行することになると思うわ。』

「澪って、六道澪か?俺がいて大丈夫なのか?なんて言うか、恨まれてるんだよな俺は。」

六道澪。女子中学生で現役のテスタメント。幻魔フェンリルと契約しており、氷を操る能力を持っている。その六道澪がテスタメントになったきっかけは両親を目の前でアビスに殺されたことである。

『そうね。恨まれているわ。アビスを宿している香上君は多かれ少なかれ、テスタメントだけじゃなくて、アストラルの中でも良いように思っていない人がいるわよ。謂れのない非難であることは本人たちも分かっていることだけど、理屈では整理できないのよ。』

「言わんとしてることは分かるよ。心は理屈だけで制御できるものじゃないからな。それに、そのことで俺が六道澪を毛嫌いしたりはしたくないしな。」

『ありがとう、そう言ってくれると助かるわ。』

「雪宮って結構後輩思いなところあるんだな。」

『ふふふ、そうね。後輩思いなのよ私は。』

朔夜との電話はそうして切れた。明日の18時に集合。再度アビス討滅作戦が遂行される。今度こそ胸を張れるような活動をしてみせる。優はそう思って明日を迎えることにした。
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