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第1話 Aパート(ヒロインが美少女)
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1
香上 優16歳、高校2年生は両親が単身赴任で海外に行っているため、今は一人暮らしをしている。両親から生活に必要な分のお金は十分もらっているが、アルバイトをしている。知り合いのイタリアンレストランの店主に頼まれて手伝いをすることになったのである。学校に家の事情を説明してアルバイトが必要であるということにして許可をもらった。
高校2年生になる直前の春休み。明日から新学期が始まるが、この日もアルバイトをしていて帰りが遅くなってしまった。
22時を回り、春の夜はまだ肌寒さが残っている。時間も遅いためか人気がない住宅街を歩いて帰宅している。
「明日から学校か・・・。」
ため息とともに小さく独り言が出てきた。学校は嫌いではない。むしろ好きな方である。しかし、春休みが終わってしまうことの寂しさと、春休みのほとんどをアルバイトに使ってしまった虚しさが胸をつついた。
どれくらい歩いただろうか。ふと気が付く。ここはどこだ?まっすぐ家に帰っていたはずだが、まだ家に着かない。考え事をしながら歩いていたせいもあって、どこか違う道に入ったのか?いや、違う。いつも考え事をしながら帰っているが家にたどり着いている。
周りをよく見ると街灯もない。暗い闇が空間を支配していた。どんどん闇が深くなっているような気がする。感覚がおかしくなる。自分が立っているのか倒れているのかも分からなくなる。
「見ツケタゾ・・・。」
唐突に声がした。周りを見渡すが闇があるだけ。声はどこから聞こえてきたのか。
「我ノ 器 タリエルモノ!」
声はどこでもない、自分の頭の中に直接響いている。恐怖が一気にこみあげてくる。何が起こっているんだ?分からない。いつものようにアルバイトから帰る途中であった。何回も通った道である。今までに何か起こったことは1度もない。
「見ツケタゾ!」
今までで一番大きく声が響く。そして、意識を失う。優は意識を失う寸前、これで人生が終わるのかと感じていた。死ぬ前に走馬燈を見るというが、そんなものは実際には見ないのだなと思った瞬間意識が消えた。
2
ピピピピピピピ!ピピピピピピ!目覚まし時計がけたたましく音を荒げている。
あれ?いつの間に寝ていたんだ?優は半分寝ぼけた眼をこすって目覚まし時計を止める。夢・・・だったのか?記憶が曖昧なところがある。アルバイトの帰りに周りが闇に包まれて何かに襲われたような気がする。しかし、今は自室のベッドで横になっている。どうやって帰ってきたのか覚えていない。
ガチャっとドアノブを開ける音がした。
「優君。もう朝だよ。今日から新学期が始まるんだから早く起きて朝ごはん食べよう。」
優の部屋に入ってきたのは幼馴染の女の子、桐谷 綾である。大人しそうな見た目であるが、芯がしっかりしたところもあり、なかなかの美少女であるため、男子から密かな人気を集めている。
綾は一人暮らしの優のためにこうして毎朝朝食を作りに来てくれて、ついでに起こしてくれているのである。料理部に所属しているため、その腕は一級品である。
「あぁ、おはよう・・・。朝か・・・。」
「もう、優君たら、昨日もバイトで遅かったんでしょ?あまり、無理しちゃダメだよ。」
「あぁ・・・。うん。」
昨日のことが気になるため曖昧な返事しかできなくなる。
「大丈夫・・?」
綾が心配そうな顔をして覗き込んでくる。
「ああ。もう大丈夫だ。朝飯食ってしまおうぜ。」
「うん。」
昨日のあれは本当に夢だったんだろうか。妙に実感の残る夢だった。体に異常はなさそうだ。朝食も相変わらず美味い。大丈夫だ。問題ないだろう。
そうして、いつも通りの朝が始まり、二人で通う七星学園高校へと向かっていった。
3
おはよー!学校に着くと、それぞれが朝の挨拶を交わしている。春休みが明けて久々に会うメンツもいる。
「今年も同じクラスになれたね。」
綾は優の机の横に立って嬉しそうに話しをしている。思えば綾とはいつも一緒にいるな。何をするにしても綾と行動をしている。
「よう!香上。今年も一緒だな。」
「よう。佐伯。お前もまた同じクラスかよ。」
「おう、そうだよ。よろしくな!桐谷さんもよろしく。」
「うん。よろしくね。」
佐伯はだれとでも仲良くできる。軽いと言えば軽いやつであるが、交友関係は広い。そんな佐伯が神妙な面持ちで話をしてきた。
「ところで二人とも知ってるか?今日、転入生が来るらしいぜ。しかも女子!」
「何を緊張してるんだお前は。」
「佐伯君が緊張してるのは女子が転入して来るからだよね。」
「そう!転入生の女子とは美少女であるという定説があるのだよ!」
佐伯が力説しているところを優がちゃちゃを入れる。
「そんなのまだ分からねえじゃねえか。」
「あああ、てめえ、変なフラグ立てるんじゃねえよ!美少女が来なかったらどうするんだ!」
「だから、知らねえよそんなこと。」
「お前は桐谷さんがいるからそんな余裕をかましてられるんだ!」
「ちょっ、バカ。綾はそんなんじゃねえよ。」
隣で綾も少し顔を赤くしている。
「はい。席に着けよー。」
担任の岸田先生がざわついているクラスに一声かける。その声に従って周りも席に着くように動きを始めた。
今年も岸田先生か。岸田先生はまぁまぁ良い先生だ。もうすぐ50歳になる男性教諭。優は去年の担任になった岸田先生を見ながら、2年生になってもほとんど何も変わらないなと思いながら新学期がスタートした。
「ええ、今日は転入生を紹介する。もうすでに噂が回っているようだがな。」
クラスが、ざわめく。転入生が来ることはやはり一大イベントである。どんな生徒が来るのだろうかみんな楽しみにしているのである。
「静かにしろー。入りにくくなるだろうが。」
岸田先生の指示に従い、一応の静けさは維持できた。だが、空気はソワソワしている。
「入っていいぞー。」
ガラッ。教室のドアを開けて一人の少女が入ってきた。長く艶やかな黒髪に華奢な体。透き通るような白い肌が奇麗な黒髪から覗いている。身長は平均的な女子のそれと同じくらい。何より整った顔立ちでクールな感じのその転入生は驚くほどの美少女であった。
ワーーーーーーーーーーッ!!!
男子が一斉に沸き立つ。神に感謝の祈りを捧げる男子までいる。一方女子はそんな男子を冷ややかな目で見ている。優もその姿に言葉が出ない。騒ぎに参加してはいないが、その姿に思わず見とれてしまった。
「コラー!静かにしろー!騒ぐんじゃない!」
岸田先生は教壇を何回か叩くがなかなか男子が落ち着かない。何度目かの注意によってようやく男子は落ち着きを取り戻した。
「自己紹介をお願いできるかな。」
岸田先生に促されて転入生が自己紹介を始めた。
「雪宮 朔夜です。よろしくお願いします。」
雪宮の奇麗な声に反応した男子が再び沸き立つ。岸田先生が再度注意をする。女子も一緒になって男子を注意してようやくその場が治まった。
「雪宮の席は一番後ろの角席だ。隣の香上と前の席の桐谷。しばらくの間、雪宮の面倒を見てやれ。」
「はい。」
桐谷は素直に返事をした。優に向けられた男子からの怨念が籠った視線を感じながら優も小声で返事をした。
そして、HRが終わり始業式だけのこの日はこれで学校は終わり。案の定、雪宮の周りには男子が集まってきている。噂を聞いた他のクラスの男子までが一目姿を見ようと集まってきている。
男子からの質問攻め。女子は相変わらずそんな男子に冷たい目線を送っている。
当の雪宮は完全に無視をしている。最初は話を色々と振っていた男子であったが、雪宮のその態度に対して段々と困っていった。ついには、かける言葉が途切れる。
「もういいかしら。私はこの場から離れたいのだけれども。」
雪宮はそいうと、男子の壁が左右に開き、その間を通って雪宮は教室を出て行った。誰もあとを追いかける者はいなかった。
優は綾と顔を見合わせる。どうしたもんか。優の言いたいことを察して、綾が小さく首を左右に振った。
4
始業式の日からバイトが入っている。我ながらハードな労働をしているなと思いながらもディナーに向けて手際よく準備を進める。
友達から遊びに行く誘いを受けたが、バイトが先に入っているため、泣く泣く断ることになった。友達からはご愁傷さまと言われる始末である。
ようやくバイトが終わり、帰宅する。昨日の変な夢のことを思い出す。夢では帰宅途中に自分がどこにいるか分からなくなって、周りが真っ暗になってしまった。周りを見渡してみる。いつもの帰り道の風景である。特に変わったところはない。
臆病風に吹かれてしまった自分が少し恥ずかしくなり、自嘲した。変な夢を見ただけだ。そう思っていつもの帰り道を進む。
いや、やっぱりおかしい。しばらく進むと、昨日の夢と同じような感覚が襲ってくる。昨日ほどの違和感ではない。昨日は周りが全く見えず、立っているのか倒れているのかすら分からなかった。今は自分の場所が分かる。しかし、昨日の夢と同じような空気が漂っている。昨日の夢に比べればかなり薄い感じがするが、同じ空気であることには違いない。人気が全くなく、薄暗い。昨日と違うのは完全な闇ではなく、街灯が照らしていること。ただ、街灯が照らす空間があるだけで、他は無に思えた。
前方に何か嫌な気配を感じて目を凝らす。何か大きなものがゆっくりと近づいてくる。そして、街灯の照らす明かりがその何かを映し出した。
それは、昔、ホラー映画で見た宇宙生物に似ている。映画の中では宇宙船の中に未知の宇宙生物が侵入して、乗組員を次々と襲っていく内容であった。
頭と手足があり、前傾姿勢で二足歩行するそれはまさに、昔見た宇宙生物を思わせる容姿であった。真っ黒な体に大きな鉤爪のついた禍々しい手。獣のような顔つきに目は一つだけであり、大きな口を開けて牙を見せながらこちらを見据えている。
「な、何なんだよこれ・・・。」
恐怖で足が竦む。得体のしれない大きな怪物がこちらを見ている。逃げないと。そう思った瞬間。
「下がっていて。」
どこかで聞いたことのあるような澄んだ声が聞こえてきた。それと、同時、一陣の風が後ろから吹き抜けていった。
「鳴け!八咫烏。」
優を通り過ぎた一陣の風はその手に刃を持っている。漆黒の日本刀。素早い斬撃が怪物に向かっていった。漆黒の刀を持つ者は少女だった。長い黒髪に華奢な体。服は七星学園高校の制服。
うちの制服!?優は思わず前にのめりこんで少女を見た。怪物に刀を持って挑んでいるのは間違いない。今日、転校してきた美少女。雪宮朔夜だ。
「ゆ、雪宮!?」
優は思わず声が出る。とうの雪宮はそんなことお構いなく怪物と対峙している。優の声に反応したのは怪物の方であった。怪物の目がこちらを睨む。
朔夜は目線が一瞬自分から外れたことを察知し、素早く攻撃をしかける。その動きは人間ではとらえることのできないほどの速さである。
たまらず、怪物も鉤爪を振り、相手を迎撃しようとするが、あまりの速さにかすりもしない。朔夜はまるで舞を踊るような美しい動きで斬撃を重ねていく。
怪物の腕を横に交わすのと同時に一撃、続けて一撃。怪物が朔夜に振りむくと同時に一撃を加えて空に飛び上がり、反対方向に着地する時に一撃。怪物が朔夜を察知する前に払い抜けの一撃を入れる。そして、上空に飛び上がる。10メートルは飛んだであろうか、怪物の視界から完全に消えた朔夜は獲物目がけて斜めに急降下を開始した。
これが止めの一撃となった。上空から斜めに急降下して勢いをつけた一撃は怪物を両断した。その勢いは怪物を切っただけでは収まりきらず、ブレーキをかけるのに数メートルも地面に足をこすりつけることとなった。
「凄い・・・。」
優は思わず声が漏れた。
戦いを終えて街灯が照らす少女はさながら、ステージの上の演者がその完璧な演武を踊り終えた後のように凛とした美しさを映し出していた。優はその美しさに見とれてしまっていた。
朔夜は何かに気が付き、ハッとして声を張り上げた。
「香上君逃げて!」
「え・・・!?」
優は間の抜けた声を出す。振り向くと後ろには、雪宮が倒した怪物と似た姿をした別のもう一体がすでにその狂牙を優に向けていた。この距離はすでに怪物の間合いであり、獲物を見つけて喰いちぎらんとしている。雪宮は咄嗟に駆け寄るが、距離が離れている。いくら早くても間に合うかどうか分からない。
「うわああああああああああああ!!!!」
優は咄嗟に右手を前に出した。その刹那。右腕から黒い大きな影が出現し、怪物を握りしめる。怪物は優よりもはるかに大きな体をしているが、優から出た真っ黒い手はその怪物を握り、空中に持ち上げている。その手は怪物の手に似た禍々しい鉤爪のついた手。トカゲの手というよりも、図鑑で見た恐竜の手のような感じであった。
そして、優から出現したその手は、怪物を握り潰す。怪物の体の一部が手からこぼれ落ちる。開いた手の中には何も残っていない。手からはみ出た部分だけが地面に落ち、手の中にあった部分は完全に消滅していた。何が起こったのか優は理解することができなかった。
すぐ傍まで来ていた雪宮が優にぐいっと顔を近づけてきた。雪宮の汗ばんだ体から微かにいい匂いが鼻孔をくすぐった。優は場違いのことを思ってしまい、少し赤面して顔を背けた。
「香上君、今のは何?」
朔夜は冷静に問いただしてきた。その手には漆黒の刀が握りしめられている。
「お、俺にも分からないよ!何が起こってるんだ?あの怪物は何なんだよ?雪宮も何であんなやつと戦えるんだよ!知りたいのは俺の方だよ!」
雪宮の質問に対して、分からないことだらけである。昨日の夢と関係があるのだろうか。それすらも分からない。
「あれは<アビス>よ。」
「アビス?」
「そう、深淵よりいずるもの。アビス。アビスは人を襲うの。だから、私たち契約討滅者がアビスを狩るのよ。」
雪宮の説明に対して、優は何一つ理解できるものはなかった。
香上 優16歳、高校2年生は両親が単身赴任で海外に行っているため、今は一人暮らしをしている。両親から生活に必要な分のお金は十分もらっているが、アルバイトをしている。知り合いのイタリアンレストランの店主に頼まれて手伝いをすることになったのである。学校に家の事情を説明してアルバイトが必要であるということにして許可をもらった。
高校2年生になる直前の春休み。明日から新学期が始まるが、この日もアルバイトをしていて帰りが遅くなってしまった。
22時を回り、春の夜はまだ肌寒さが残っている。時間も遅いためか人気がない住宅街を歩いて帰宅している。
「明日から学校か・・・。」
ため息とともに小さく独り言が出てきた。学校は嫌いではない。むしろ好きな方である。しかし、春休みが終わってしまうことの寂しさと、春休みのほとんどをアルバイトに使ってしまった虚しさが胸をつついた。
どれくらい歩いただろうか。ふと気が付く。ここはどこだ?まっすぐ家に帰っていたはずだが、まだ家に着かない。考え事をしながら歩いていたせいもあって、どこか違う道に入ったのか?いや、違う。いつも考え事をしながら帰っているが家にたどり着いている。
周りをよく見ると街灯もない。暗い闇が空間を支配していた。どんどん闇が深くなっているような気がする。感覚がおかしくなる。自分が立っているのか倒れているのかも分からなくなる。
「見ツケタゾ・・・。」
唐突に声がした。周りを見渡すが闇があるだけ。声はどこから聞こえてきたのか。
「我ノ 器 タリエルモノ!」
声はどこでもない、自分の頭の中に直接響いている。恐怖が一気にこみあげてくる。何が起こっているんだ?分からない。いつものようにアルバイトから帰る途中であった。何回も通った道である。今までに何か起こったことは1度もない。
「見ツケタゾ!」
今までで一番大きく声が響く。そして、意識を失う。優は意識を失う寸前、これで人生が終わるのかと感じていた。死ぬ前に走馬燈を見るというが、そんなものは実際には見ないのだなと思った瞬間意識が消えた。
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ピピピピピピピ!ピピピピピピ!目覚まし時計がけたたましく音を荒げている。
あれ?いつの間に寝ていたんだ?優は半分寝ぼけた眼をこすって目覚まし時計を止める。夢・・・だったのか?記憶が曖昧なところがある。アルバイトの帰りに周りが闇に包まれて何かに襲われたような気がする。しかし、今は自室のベッドで横になっている。どうやって帰ってきたのか覚えていない。
ガチャっとドアノブを開ける音がした。
「優君。もう朝だよ。今日から新学期が始まるんだから早く起きて朝ごはん食べよう。」
優の部屋に入ってきたのは幼馴染の女の子、桐谷 綾である。大人しそうな見た目であるが、芯がしっかりしたところもあり、なかなかの美少女であるため、男子から密かな人気を集めている。
綾は一人暮らしの優のためにこうして毎朝朝食を作りに来てくれて、ついでに起こしてくれているのである。料理部に所属しているため、その腕は一級品である。
「あぁ、おはよう・・・。朝か・・・。」
「もう、優君たら、昨日もバイトで遅かったんでしょ?あまり、無理しちゃダメだよ。」
「あぁ・・・。うん。」
昨日のことが気になるため曖昧な返事しかできなくなる。
「大丈夫・・?」
綾が心配そうな顔をして覗き込んでくる。
「ああ。もう大丈夫だ。朝飯食ってしまおうぜ。」
「うん。」
昨日のあれは本当に夢だったんだろうか。妙に実感の残る夢だった。体に異常はなさそうだ。朝食も相変わらず美味い。大丈夫だ。問題ないだろう。
そうして、いつも通りの朝が始まり、二人で通う七星学園高校へと向かっていった。
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おはよー!学校に着くと、それぞれが朝の挨拶を交わしている。春休みが明けて久々に会うメンツもいる。
「今年も同じクラスになれたね。」
綾は優の机の横に立って嬉しそうに話しをしている。思えば綾とはいつも一緒にいるな。何をするにしても綾と行動をしている。
「よう!香上。今年も一緒だな。」
「よう。佐伯。お前もまた同じクラスかよ。」
「おう、そうだよ。よろしくな!桐谷さんもよろしく。」
「うん。よろしくね。」
佐伯はだれとでも仲良くできる。軽いと言えば軽いやつであるが、交友関係は広い。そんな佐伯が神妙な面持ちで話をしてきた。
「ところで二人とも知ってるか?今日、転入生が来るらしいぜ。しかも女子!」
「何を緊張してるんだお前は。」
「佐伯君が緊張してるのは女子が転入して来るからだよね。」
「そう!転入生の女子とは美少女であるという定説があるのだよ!」
佐伯が力説しているところを優がちゃちゃを入れる。
「そんなのまだ分からねえじゃねえか。」
「あああ、てめえ、変なフラグ立てるんじゃねえよ!美少女が来なかったらどうするんだ!」
「だから、知らねえよそんなこと。」
「お前は桐谷さんがいるからそんな余裕をかましてられるんだ!」
「ちょっ、バカ。綾はそんなんじゃねえよ。」
隣で綾も少し顔を赤くしている。
「はい。席に着けよー。」
担任の岸田先生がざわついているクラスに一声かける。その声に従って周りも席に着くように動きを始めた。
今年も岸田先生か。岸田先生はまぁまぁ良い先生だ。もうすぐ50歳になる男性教諭。優は去年の担任になった岸田先生を見ながら、2年生になってもほとんど何も変わらないなと思いながら新学期がスタートした。
「ええ、今日は転入生を紹介する。もうすでに噂が回っているようだがな。」
クラスが、ざわめく。転入生が来ることはやはり一大イベントである。どんな生徒が来るのだろうかみんな楽しみにしているのである。
「静かにしろー。入りにくくなるだろうが。」
岸田先生の指示に従い、一応の静けさは維持できた。だが、空気はソワソワしている。
「入っていいぞー。」
ガラッ。教室のドアを開けて一人の少女が入ってきた。長く艶やかな黒髪に華奢な体。透き通るような白い肌が奇麗な黒髪から覗いている。身長は平均的な女子のそれと同じくらい。何より整った顔立ちでクールな感じのその転入生は驚くほどの美少女であった。
ワーーーーーーーーーーッ!!!
男子が一斉に沸き立つ。神に感謝の祈りを捧げる男子までいる。一方女子はそんな男子を冷ややかな目で見ている。優もその姿に言葉が出ない。騒ぎに参加してはいないが、その姿に思わず見とれてしまった。
「コラー!静かにしろー!騒ぐんじゃない!」
岸田先生は教壇を何回か叩くがなかなか男子が落ち着かない。何度目かの注意によってようやく男子は落ち着きを取り戻した。
「自己紹介をお願いできるかな。」
岸田先生に促されて転入生が自己紹介を始めた。
「雪宮 朔夜です。よろしくお願いします。」
雪宮の奇麗な声に反応した男子が再び沸き立つ。岸田先生が再度注意をする。女子も一緒になって男子を注意してようやくその場が治まった。
「雪宮の席は一番後ろの角席だ。隣の香上と前の席の桐谷。しばらくの間、雪宮の面倒を見てやれ。」
「はい。」
桐谷は素直に返事をした。優に向けられた男子からの怨念が籠った視線を感じながら優も小声で返事をした。
そして、HRが終わり始業式だけのこの日はこれで学校は終わり。案の定、雪宮の周りには男子が集まってきている。噂を聞いた他のクラスの男子までが一目姿を見ようと集まってきている。
男子からの質問攻め。女子は相変わらずそんな男子に冷たい目線を送っている。
当の雪宮は完全に無視をしている。最初は話を色々と振っていた男子であったが、雪宮のその態度に対して段々と困っていった。ついには、かける言葉が途切れる。
「もういいかしら。私はこの場から離れたいのだけれども。」
雪宮はそいうと、男子の壁が左右に開き、その間を通って雪宮は教室を出て行った。誰もあとを追いかける者はいなかった。
優は綾と顔を見合わせる。どうしたもんか。優の言いたいことを察して、綾が小さく首を左右に振った。
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始業式の日からバイトが入っている。我ながらハードな労働をしているなと思いながらもディナーに向けて手際よく準備を進める。
友達から遊びに行く誘いを受けたが、バイトが先に入っているため、泣く泣く断ることになった。友達からはご愁傷さまと言われる始末である。
ようやくバイトが終わり、帰宅する。昨日の変な夢のことを思い出す。夢では帰宅途中に自分がどこにいるか分からなくなって、周りが真っ暗になってしまった。周りを見渡してみる。いつもの帰り道の風景である。特に変わったところはない。
臆病風に吹かれてしまった自分が少し恥ずかしくなり、自嘲した。変な夢を見ただけだ。そう思っていつもの帰り道を進む。
いや、やっぱりおかしい。しばらく進むと、昨日の夢と同じような感覚が襲ってくる。昨日ほどの違和感ではない。昨日は周りが全く見えず、立っているのか倒れているのかすら分からなかった。今は自分の場所が分かる。しかし、昨日の夢と同じような空気が漂っている。昨日の夢に比べればかなり薄い感じがするが、同じ空気であることには違いない。人気が全くなく、薄暗い。昨日と違うのは完全な闇ではなく、街灯が照らしていること。ただ、街灯が照らす空間があるだけで、他は無に思えた。
前方に何か嫌な気配を感じて目を凝らす。何か大きなものがゆっくりと近づいてくる。そして、街灯の照らす明かりがその何かを映し出した。
それは、昔、ホラー映画で見た宇宙生物に似ている。映画の中では宇宙船の中に未知の宇宙生物が侵入して、乗組員を次々と襲っていく内容であった。
頭と手足があり、前傾姿勢で二足歩行するそれはまさに、昔見た宇宙生物を思わせる容姿であった。真っ黒な体に大きな鉤爪のついた禍々しい手。獣のような顔つきに目は一つだけであり、大きな口を開けて牙を見せながらこちらを見据えている。
「な、何なんだよこれ・・・。」
恐怖で足が竦む。得体のしれない大きな怪物がこちらを見ている。逃げないと。そう思った瞬間。
「下がっていて。」
どこかで聞いたことのあるような澄んだ声が聞こえてきた。それと、同時、一陣の風が後ろから吹き抜けていった。
「鳴け!八咫烏。」
優を通り過ぎた一陣の風はその手に刃を持っている。漆黒の日本刀。素早い斬撃が怪物に向かっていった。漆黒の刀を持つ者は少女だった。長い黒髪に華奢な体。服は七星学園高校の制服。
うちの制服!?優は思わず前にのめりこんで少女を見た。怪物に刀を持って挑んでいるのは間違いない。今日、転校してきた美少女。雪宮朔夜だ。
「ゆ、雪宮!?」
優は思わず声が出る。とうの雪宮はそんなことお構いなく怪物と対峙している。優の声に反応したのは怪物の方であった。怪物の目がこちらを睨む。
朔夜は目線が一瞬自分から外れたことを察知し、素早く攻撃をしかける。その動きは人間ではとらえることのできないほどの速さである。
たまらず、怪物も鉤爪を振り、相手を迎撃しようとするが、あまりの速さにかすりもしない。朔夜はまるで舞を踊るような美しい動きで斬撃を重ねていく。
怪物の腕を横に交わすのと同時に一撃、続けて一撃。怪物が朔夜に振りむくと同時に一撃を加えて空に飛び上がり、反対方向に着地する時に一撃。怪物が朔夜を察知する前に払い抜けの一撃を入れる。そして、上空に飛び上がる。10メートルは飛んだであろうか、怪物の視界から完全に消えた朔夜は獲物目がけて斜めに急降下を開始した。
これが止めの一撃となった。上空から斜めに急降下して勢いをつけた一撃は怪物を両断した。その勢いは怪物を切っただけでは収まりきらず、ブレーキをかけるのに数メートルも地面に足をこすりつけることとなった。
「凄い・・・。」
優は思わず声が漏れた。
戦いを終えて街灯が照らす少女はさながら、ステージの上の演者がその完璧な演武を踊り終えた後のように凛とした美しさを映し出していた。優はその美しさに見とれてしまっていた。
朔夜は何かに気が付き、ハッとして声を張り上げた。
「香上君逃げて!」
「え・・・!?」
優は間の抜けた声を出す。振り向くと後ろには、雪宮が倒した怪物と似た姿をした別のもう一体がすでにその狂牙を優に向けていた。この距離はすでに怪物の間合いであり、獲物を見つけて喰いちぎらんとしている。雪宮は咄嗟に駆け寄るが、距離が離れている。いくら早くても間に合うかどうか分からない。
「うわああああああああああああ!!!!」
優は咄嗟に右手を前に出した。その刹那。右腕から黒い大きな影が出現し、怪物を握りしめる。怪物は優よりもはるかに大きな体をしているが、優から出た真っ黒い手はその怪物を握り、空中に持ち上げている。その手は怪物の手に似た禍々しい鉤爪のついた手。トカゲの手というよりも、図鑑で見た恐竜の手のような感じであった。
そして、優から出現したその手は、怪物を握り潰す。怪物の体の一部が手からこぼれ落ちる。開いた手の中には何も残っていない。手からはみ出た部分だけが地面に落ち、手の中にあった部分は完全に消滅していた。何が起こったのか優は理解することができなかった。
すぐ傍まで来ていた雪宮が優にぐいっと顔を近づけてきた。雪宮の汗ばんだ体から微かにいい匂いが鼻孔をくすぐった。優は場違いのことを思ってしまい、少し赤面して顔を背けた。
「香上君、今のは何?」
朔夜は冷静に問いただしてきた。その手には漆黒の刀が握りしめられている。
「お、俺にも分からないよ!何が起こってるんだ?あの怪物は何なんだよ?雪宮も何であんなやつと戦えるんだよ!知りたいのは俺の方だよ!」
雪宮の質問に対して、分からないことだらけである。昨日の夢と関係があるのだろうか。それすらも分からない。
「あれは<アビス>よ。」
「アビス?」
「そう、深淵よりいずるもの。アビス。アビスは人を襲うの。だから、私たち契約討滅者がアビスを狩るのよ。」
雪宮の説明に対して、優は何一つ理解できるものはなかった。
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