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廊下を確認すると私が上に来たとまだ知られていないようで、あまり人は居なかった、歩いていた侍女が何やらティーカップなどを載せた台を引いているだけ。
その侍女との距離が少し離れた事を確認して廊下に出ると2つ隣の部屋に入ってみる。

少しだけ豪華なベットルームだ。
ただ見る限り常に誰かが使用しているようには見えないので客人向けの物だと気がつく。

私は、ベットから毛布を剥ぎ取ると丸めてベットの下に潜らせた。
何個もある枕を掴むとクローゼットを開けて全部詰めておく。もこもことした枕は案外しっかりと全体に詰め込まれてくれた。ただし上部には本棚に置いてあった本を重ねておいておく。
クローゼットの後ろを確認すると細工はないようで、頑張って引けば倒れそうだ。

ソファを引っ張り扉の前に置き簡易なストッパーにし、カーテンを引きちぎった時、廊下の方が騒がしくなってきた。
カーテンをテラスの手すりにくくりつけた後、下の階にテラスがある事を確認する。

私は一旦部屋に戻るとクローゼットを少しだけ動かして後ろ側にテーブルに置いてあった物置を右側の後ろにだけセットした。
少しだけグラグラするクローゼットの完成だ。

私は再度テラスに出ると先ほどまで騒がしかった

少し賭けであったが、既に部屋には人は居ないらしい。簡単な物置だったらしくさまざまな物がひっくり返りすごい状況となっている。

少しだけ部屋に踏み込んで体を隠した。

「…………」

疲れからくる呼吸の乱れは全くない。
ただ、すこしだけ心臓がばくばくと音が鳴り、そのせいでいつもよりも呼吸が乱れているだけ。

屋敷中で人探しが行われている今、確実に私の存在がただの人間ではないと知られてしまっているだろう。
私の体は、探知しようと私の体に触れた魔力を吸収する。
魔法を使える者は私を探し出すことができずに悔しがっているに違いない。

私は、魔女である事を隠していたかった。
私は魔力を使えないであると、思われていたい。

そうすれば、万が一奇跡が起きて『純愛の石』が見つかり、彼に魔女ですねと言われたい、彼が知っているという認識を私は絶対に持ちたくなかった。

バッターンという音が聞こえてきた。
クローゼットが倒れた音だろうか。
誰かがテラスに出て、下だと叫んでいる。



再び隣の部屋に飛び移ると、倒れたクローゼットから枕を取り出して中に入った。枕はベットの下に入れておく。
まさか倒れたクローゼットの中に人が居るとは思わないはず。こんな方法でしか時間を稼ぐ事ができず、このやり方で本当に良かったのかと不安で仕方がない。次に見つかったら魔力を使用して逃げざるおえない。

あいつらよりも先に、私を伯爵が見つかれくれれば私が魔女である疑いがあると話す前に会う事ができるだろう。そうしたら、すぐに逃げたいと言えばいい。きっと私の要望なら……。

でも、その後は。
この事件の話し合いをするだろう。
それならば証言する者を消してしまえばいいだろうか。
いや、そんな事をしたら私は世界に殺されてしまうだろう。
もういっそう、諦めて、私は魔女であると伝えてしまえばこれは楽になるのだろうか。

もう、もう……心がぐらぐらしすぎて気持ち悪い、心臓だけを取り出して色々なものを洗い流したい。この気持ちから解放してほしい。

なるほど、これこそ恋の病というやつか。

苦しくて吐き気がして、本当に重い病気みたいだ。


いっそうのこと、この気持ちが消えてなくなれば良いと思うほど。



しばらくじっとしていると、カタリと音がした。
誰かが近づいてくる。

「エマ、どこ」
「……伯爵?」
「ああ、やはりここにいたんだね」

当たり前のようにクローゼットから救出されたことに言葉を無くしていると、伯爵は静かに私を抱きしめてきた。
いつもより強く抱きしめてくる伯爵の背に両手を回してみる。
不思議だ。これだけで先ほどのぐらぐらと揺れていた気持ちが軽くなった。

「ねぇ、エマ」
「はい」
「こんな場所で、全くロマンチックじゃないんだけど……受け取ってほしいんだ」

そう言葉を並べると、私のこめかみにキスをし、体を少しだけ離された。
彼は胸ポケットから真っ黒な石を取り出し、私に見せてくれる。

「…………?」
「これは、であるエマの為に、私の人生をかけた宝石。ファミリアが成し得なかった、光を全く逃さない『石』だ」
「は……?」
「私は随分と昔に魔女に一目惚れをしてから、ずっと恋の病にかかっているんだ。これは私の薬にもなりえる」
「………………」

彼の言葉が上手く処理できなかった。
どういう事、
彼は私が、初めから魔女だと知っていたというのか。
随分と昔というのは一体いつの時代の話なのか。
恋の病って、私と……同じような、そんな、

「さぁ……『南の魔女殿、私のお願いだ。この石を、【純愛の石】にしてくれ』」

心臓の鼓動が急に早くなると、私は無意識にその石に手をかざしていた。それが当たり前かのように私は口を開き唱えていた。

『願いを、叶える』

その瞬間その石は、本当に存在しているのか危ぶまれるほど光り輝き、最早、現実離れした物体ではないかと思われる石に変わった。

「…………」

自分でやったことなのにあまりの衝撃に身動きが取れなかった。
伯爵に色々と聞きたいのに口が動かない。

「……ふふ、時間がないけど一回普通にキスしておく?」
「へ?」

そう伯爵がいうや否や、伯爵は顔を近づけて唇を重ねていた。バシッと腕を叩いて肩を押す。

「な、な、何するんです?!」
「んーやっぱりちょっとピリッとするんだな」
「わ、分かってて…もう!貴方は!溶けたらどうするんですか!」

バタバタと後ろから何人かの足音が聞こえてきた。
それは先ほどまで私を閉じ込めていた人たちが息を切らして走ってきた音だった。

見つかってしまうなどと考える余裕はない。
キスをされた。
想像よりも柔らかく、ずっと唇の感触が消えない。
恥ずかしくて隠れたい。
目の前の男がニコニコと笑っている事が本当に憎たらしい。

「リチャード!!早くそれをよこせ!」

後ろで何やら騒いでいるが、そんな事どうでも良かった。
私を見つめてくる男も、まるで後ろの声が聞こえていないかのように石を飲み込もうとしていた。

しかし、止めなければ、と頭で思った。
この、人間を不死身にしてしまう石を飲む事を阻止しなければ、不死身というのはその人間の人権を奪ってしまう。
伯爵が永遠に死ねなくなってしまう。

「はくしゃ……」
「これでようやく、貴方の心を完全に捉える権利を得れるのだね」
「…………それ、は……」

伯爵の瞳があまりにも嬉しそうに輝くものだから。
私は止める術を失ったのだ。

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