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第二十一節気 大雪
末候――鱖魚群(さけのうおむらがる)
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温泉とは、火山活動や地熱で温められたお湯が沸いた場所、あるいはそのお湯のこと。であるらしい。
「わ~い、はる。貸し切りみたいだよ!」
先に戸口を潜った朱嶺は、はしゃいだ声を上げ、こっちだと暁治に手を振った。
目の前には湯口から、こんこんと温泉が沸いている。見上げる夜空には、ぽっかりと丸く白い月。温泉宿に来て、温泉に入りに来ているのだから、なにも問題はないはずなのだが。
「問題は、ここが異世界だってことだな」
宿の出迎えといい、着物姿の従業員たちといい、渡された浴衣といい、日本の温泉宿と遜色ない。
「はる、早く入ろうよ」
顎に手をやり考え込んだ暁治の腕をとり、朱嶺は共に湯に浸かる。
幽世とは、引き伸ばされて、細くって、なんだっけな世界、だよな。
ようするに、よくわからない不思議な場所だろう。そんな場所に、果たしてどういう原理で湯が沸いているのか。近くに火山があるようすもないし、とても奇妙だ。
それに。
「朱嶺、さっき風呂と飯の案内してきてくれた仲居さんがいたろ?」
「うん、ご飯はやっぱ肉だよね!」
「温泉といえば新鮮な魚介類が定番だが、それには同意だ。じゃなくて、あの人誰かに似てなかったか?」
「え~、どうだったかな。ほら、仲居さんずっと俯いてたし。僕夕飯の写真のお肉以外、あんま覚えてないや」
「写真の肉」
「うむ、今が旬の鮭もいいけどさ、ほどよく霜が降った幽世牛は、和牛に惚れ込んだ牧場主が、研究を重ねて生み出した逸品だって、宿の部屋にあったパンフに書いてたよ!」
「そうか」
「でねでね、その肉を薄く切ってそのまま焼くもよし、しゃぶしゃぶしてもよし、甘いタレで煮て、とろり溶き卵に浸してモグってもよし。はたまた塊肉を炙ったサイコロステーキも最高だよね! はるはどれがいい?」
わくわくと顔を輝かせる朱嶺の頭の中には、もう肉しか入っていないようだ。脳内お花畑で、会話の役に立たない。
「すき焼きかな――じゃなくて、あの仲居さん、崎山さんに似てなかったか?」
「サトちゃん? どうだろ。世の中には三人似た人がいるらしいし、お年寄りって大体似た感じじゃない?」
「う~ん、そうかなぁ」
考えてみればおかしな話だ。異世界で知り合いと会うなんて。
「そうそう。それより露天風呂で月見酒サービスがあるって聞いたから、頼んでおいたよ」
「言っとくが、高校生は――」
「卒業するまで、ダメ。なんだよね。僕のは桃を絞った炭酸水だから大丈夫。ちゃんとノンアルコール」
先回りに言われて、言いかけた口を閉じた。つんっと伸ばされた人差し指で、鼻の頭を突かれる。暁治が鼻を押さえると、面白そうにくすりと笑われた。
「はるってば、ほんと真面目だよね」
「お前らがフリーダム過ぎるんだよ」
毎日毎日どれだけ苦労させられていることか。
「今日はお前一匹だけだし、くれぐれも大人しくしてろよ」
「やだなぁ、人をトラブルメーカーみたいに」
「みたいじゃなくて、そのものだ」
ここらでピシリと言っておこうと、朱嶺の方へと向き直る。
「だいたい人の話聞かないわ、自分のいいように解釈して持っていくわ、こっちの都合は無視するわ、ほんとにお前というやつは――」
「え~。でも、そんな僕が好きなんでしょ?」
こてりと、首が傾けられる。
「うっ!?」
なんてあざと可愛い。思わぬ切り返しに絶句していると、朱嶺がすすっとすぐそばに来た。お湯は乳白色のため詳細ははっきりしないが、上半身のラインはおおよそ見えている。そもそも風呂なのだから、お互い裸だ。
「ねぇ、はる」
「なっ、なんだ!?」
意識しまくっているのか、目に見えて狼狽える暁治がおかしいのだろう。朱嶺はうっそりと目を細めた。
「これって、襲っちゃってもいいやつなのかな? かな?」
「へっ!? いっいや、ダメなやつだ!!」
なんてことを聞いてくるのかこいつは。
にじりにじりと後ろへずり下がろうとするが、背中はすでに湯船の端だ。壁ドンならぬ、湯船ドンである。
「あのね、はる。今夜は眠らせないから――」
「月見酒と桃の炭酸水、持ってきたでござるよ」
一触即発状態をぶった斬って声がした。暁治は固まったまま、きりきりとそちらに首を向ける。
「鷹野?」
見知った声と顔に、思わず言葉が溢れた。
「ちっ、違うでござる! 拙僧注文を持ってきた従業員でござる。こちら我が宿の地酒、『隠り世の誉』で、あに――もうひと方が頼まれた幽世の蟠桃を使った『蟠桃の炭酸割』でござるな。お待たせでござる」
鷹野そっくりの――いや、鷹野は慌ててそう言うと、木の桶に入った酒と炭酸水のグラスを湯に浮かべる。
朱嶺ははしゃいだ声を上げると、桶を引き寄せた。
「わぁ、ありがとう。美味しそうだね、はる」
「お前、なにか思わないのか?」
「え? なにが?」
きょとんっと、朱嶺は目を瞬かせる。
「鷹野だろ、あれ」
「そう言えば、よく似てたかも?」
指差そうとしたら、このやり取りの間に、自称従業員はいなくなっていた。
「……朱嶺」
「どしたの?」
「お前確かこの旅行、石蕗からチケット譲って貰ったんだっけ?」
「うん、ゆーゆのお家が経営してるお宿なんだって。現世で働きたい妖が、現世に似た環境で働けるようにって。しゅみれーしょん? を兼ねてるって言ってた。人と妖が共存できるようにだって。ゆーゆのお家はすごいねぇ」
「そうだな。いや、確かにそれはすごいとは思うが」
いまいち、賛同しきれないのはなぜだろう。そうだ。
「なぜここに、崎山さんや鷹野がいるんだ?」
現世に慣れるための場所に、彼らがいるのはそもそもおかしい。
「いたっけ?」
「いただろ」
「うーん、僕興味ないことはどうでもいいからなぁ」
「そこは興味持てよ」
あっさり過ぎる朱嶺に、暁治は言い疲れて肩を落とす。
「ほら、お出かけ先で知った顔に会うのって、よくあることだし?」
「ないな」
「こないだのキャンプでも、キャンプ場の管理人さん、ゆーゆのお姉さんに似てたし」
「あ~、あの人か――って、石蕗の姉さん!?」
あっさりと言われて目を見開いた暁治は、次いで入り口から入ってきた連中を見て、また固まった。
「え~、お背中を流しにきたにゃ」
「ほっほぉ、お客様はどこですかのぉ」
従業員の制服だろうか。旅館のロゴが入ったハッピを着た、どう見てもキイチと河太郎は、暁治たちのそばにやって来ると、笑顔で椅子へと促した。
「当店のサービスにゃ。お背中お流しするにゃ」
「ささ、こちらへどうぞ」
もしかしてこれはなにかの余興だろうか。だがキイチ似の従業員が、考え込む暁治の腕を取るやいなや、横からていっと手刀が下りた。
朱嶺は従業員の手を取ると、さぱっと風呂から上がって椅子に座る。
「従業員さん、僕のお肌はデリケートだから、優しく優し~く、いっぱい泡立てて丁寧に洗ってね」
ぎゅうぅっと、腕をつかんだままの朱嶺は、従業員を笑顔で見上げた。目が据わっている。
「お客様、お離せにゃください。誰が駄烏なお客様のお背中なんか流すか! 早くお離せくださいにゃ!!」
「やだなぁ、もうこの駄猫くんったら、宿の教育がなってなくなぁい?」
ぎりぎりと、従業員も朱嶺の手首を握りしめて笑う。押し合いへし合い。しまいには力比べとばかり、二人して両手を握りあうのを見て、暁治は寄せた眉の間をぐりぐりと揉んだ。
――こいつら、俺といるより楽しんでないか?
眉間の皺が戻らなかったら、彼らのせいだ。暁治は大きくため息をつくと、そろそろ大きくなってきた声に、自分も口を開いた。
「で、なんでここに?」
ぐつぐつと煮詰まってきた鍋に、大きな肉を入れる。薄切りとはいえ、一枚が大きくて食べ応えありそうだ。さらりと数回、鍋を撫でると色が変わった肉を、黄金色の溶き卵につける。
「美味しいね、はる」
「そろそろ豆腐もよさそうですぞ」
「おれは肉がいいにゃ。大きいの頼むにゃ」
「なに先に食ってるんだお前ら」
とりあえず部屋に戻ると、夕飯の準備ができていた。当たり前のように席に着くキイチたちに、もう突っ込む気すら起きない。
「桃ちゃんに連れてきてもらったにゃ」
「桃に?」
思ってもみなかった言葉に、キイチたちに釣られるように入り口を見ると、襖から丸い頭が覗いていた。
暁治と目が合うと、とてとてと駆け寄ってくる。
「そいえば、桃ちゃんの別荘に、ゆーゆがここ提供してくれるって聞いてたけど」
「はい、暁治どのもおられるし、いい機会だからとみなで見学に来たのでござる」
朱嶺のお茶碗を受け取ると、お代わりをよそいつつ、鷹野が後を継いだ。家と空間を繋いだらしく、これからはいつでもここに来れるらしい。山登りしなくても。
もちろん暁治はそんなの聞いてないし、今朝の苦労はなんだったのだろう。
こいつらをたとえるならこの季節、暁治を中心に群がる鮭のようだ。
「暁治をびっくりさせようと思ったにゃ」
サプライズにもほどがある。これからはここに来るのに、桃に気を使う必要がないのはありがたいかもしれないが。
思えば、座敷童の桃は家から出れないのだ。嬉しそうに笑う桃の頭をなでると、小皿に肉をよそってやる。
わいわいと、ご飯を食べながら騒ぐ光景は、いつものうちの食卓だ。
ふと最近加わった、ここにはいない誰かの顔が暁治の脳裏に思い浮かんだ。
あいつとも、こうやって飯を食えるだろうか。暁治はそんなことを思いつつ、大きめの肉にかぶりついた。
「わ~い、はる。貸し切りみたいだよ!」
先に戸口を潜った朱嶺は、はしゃいだ声を上げ、こっちだと暁治に手を振った。
目の前には湯口から、こんこんと温泉が沸いている。見上げる夜空には、ぽっかりと丸く白い月。温泉宿に来て、温泉に入りに来ているのだから、なにも問題はないはずなのだが。
「問題は、ここが異世界だってことだな」
宿の出迎えといい、着物姿の従業員たちといい、渡された浴衣といい、日本の温泉宿と遜色ない。
「はる、早く入ろうよ」
顎に手をやり考え込んだ暁治の腕をとり、朱嶺は共に湯に浸かる。
幽世とは、引き伸ばされて、細くって、なんだっけな世界、だよな。
ようするに、よくわからない不思議な場所だろう。そんな場所に、果たしてどういう原理で湯が沸いているのか。近くに火山があるようすもないし、とても奇妙だ。
それに。
「朱嶺、さっき風呂と飯の案内してきてくれた仲居さんがいたろ?」
「うん、ご飯はやっぱ肉だよね!」
「温泉といえば新鮮な魚介類が定番だが、それには同意だ。じゃなくて、あの人誰かに似てなかったか?」
「え~、どうだったかな。ほら、仲居さんずっと俯いてたし。僕夕飯の写真のお肉以外、あんま覚えてないや」
「写真の肉」
「うむ、今が旬の鮭もいいけどさ、ほどよく霜が降った幽世牛は、和牛に惚れ込んだ牧場主が、研究を重ねて生み出した逸品だって、宿の部屋にあったパンフに書いてたよ!」
「そうか」
「でねでね、その肉を薄く切ってそのまま焼くもよし、しゃぶしゃぶしてもよし、甘いタレで煮て、とろり溶き卵に浸してモグってもよし。はたまた塊肉を炙ったサイコロステーキも最高だよね! はるはどれがいい?」
わくわくと顔を輝かせる朱嶺の頭の中には、もう肉しか入っていないようだ。脳内お花畑で、会話の役に立たない。
「すき焼きかな――じゃなくて、あの仲居さん、崎山さんに似てなかったか?」
「サトちゃん? どうだろ。世の中には三人似た人がいるらしいし、お年寄りって大体似た感じじゃない?」
「う~ん、そうかなぁ」
考えてみればおかしな話だ。異世界で知り合いと会うなんて。
「そうそう。それより露天風呂で月見酒サービスがあるって聞いたから、頼んでおいたよ」
「言っとくが、高校生は――」
「卒業するまで、ダメ。なんだよね。僕のは桃を絞った炭酸水だから大丈夫。ちゃんとノンアルコール」
先回りに言われて、言いかけた口を閉じた。つんっと伸ばされた人差し指で、鼻の頭を突かれる。暁治が鼻を押さえると、面白そうにくすりと笑われた。
「はるってば、ほんと真面目だよね」
「お前らがフリーダム過ぎるんだよ」
毎日毎日どれだけ苦労させられていることか。
「今日はお前一匹だけだし、くれぐれも大人しくしてろよ」
「やだなぁ、人をトラブルメーカーみたいに」
「みたいじゃなくて、そのものだ」
ここらでピシリと言っておこうと、朱嶺の方へと向き直る。
「だいたい人の話聞かないわ、自分のいいように解釈して持っていくわ、こっちの都合は無視するわ、ほんとにお前というやつは――」
「え~。でも、そんな僕が好きなんでしょ?」
こてりと、首が傾けられる。
「うっ!?」
なんてあざと可愛い。思わぬ切り返しに絶句していると、朱嶺がすすっとすぐそばに来た。お湯は乳白色のため詳細ははっきりしないが、上半身のラインはおおよそ見えている。そもそも風呂なのだから、お互い裸だ。
「ねぇ、はる」
「なっ、なんだ!?」
意識しまくっているのか、目に見えて狼狽える暁治がおかしいのだろう。朱嶺はうっそりと目を細めた。
「これって、襲っちゃってもいいやつなのかな? かな?」
「へっ!? いっいや、ダメなやつだ!!」
なんてことを聞いてくるのかこいつは。
にじりにじりと後ろへずり下がろうとするが、背中はすでに湯船の端だ。壁ドンならぬ、湯船ドンである。
「あのね、はる。今夜は眠らせないから――」
「月見酒と桃の炭酸水、持ってきたでござるよ」
一触即発状態をぶった斬って声がした。暁治は固まったまま、きりきりとそちらに首を向ける。
「鷹野?」
見知った声と顔に、思わず言葉が溢れた。
「ちっ、違うでござる! 拙僧注文を持ってきた従業員でござる。こちら我が宿の地酒、『隠り世の誉』で、あに――もうひと方が頼まれた幽世の蟠桃を使った『蟠桃の炭酸割』でござるな。お待たせでござる」
鷹野そっくりの――いや、鷹野は慌ててそう言うと、木の桶に入った酒と炭酸水のグラスを湯に浮かべる。
朱嶺ははしゃいだ声を上げると、桶を引き寄せた。
「わぁ、ありがとう。美味しそうだね、はる」
「お前、なにか思わないのか?」
「え? なにが?」
きょとんっと、朱嶺は目を瞬かせる。
「鷹野だろ、あれ」
「そう言えば、よく似てたかも?」
指差そうとしたら、このやり取りの間に、自称従業員はいなくなっていた。
「……朱嶺」
「どしたの?」
「お前確かこの旅行、石蕗からチケット譲って貰ったんだっけ?」
「うん、ゆーゆのお家が経営してるお宿なんだって。現世で働きたい妖が、現世に似た環境で働けるようにって。しゅみれーしょん? を兼ねてるって言ってた。人と妖が共存できるようにだって。ゆーゆのお家はすごいねぇ」
「そうだな。いや、確かにそれはすごいとは思うが」
いまいち、賛同しきれないのはなぜだろう。そうだ。
「なぜここに、崎山さんや鷹野がいるんだ?」
現世に慣れるための場所に、彼らがいるのはそもそもおかしい。
「いたっけ?」
「いただろ」
「うーん、僕興味ないことはどうでもいいからなぁ」
「そこは興味持てよ」
あっさり過ぎる朱嶺に、暁治は言い疲れて肩を落とす。
「ほら、お出かけ先で知った顔に会うのって、よくあることだし?」
「ないな」
「こないだのキャンプでも、キャンプ場の管理人さん、ゆーゆのお姉さんに似てたし」
「あ~、あの人か――って、石蕗の姉さん!?」
あっさりと言われて目を見開いた暁治は、次いで入り口から入ってきた連中を見て、また固まった。
「え~、お背中を流しにきたにゃ」
「ほっほぉ、お客様はどこですかのぉ」
従業員の制服だろうか。旅館のロゴが入ったハッピを着た、どう見てもキイチと河太郎は、暁治たちのそばにやって来ると、笑顔で椅子へと促した。
「当店のサービスにゃ。お背中お流しするにゃ」
「ささ、こちらへどうぞ」
もしかしてこれはなにかの余興だろうか。だがキイチ似の従業員が、考え込む暁治の腕を取るやいなや、横からていっと手刀が下りた。
朱嶺は従業員の手を取ると、さぱっと風呂から上がって椅子に座る。
「従業員さん、僕のお肌はデリケートだから、優しく優し~く、いっぱい泡立てて丁寧に洗ってね」
ぎゅうぅっと、腕をつかんだままの朱嶺は、従業員を笑顔で見上げた。目が据わっている。
「お客様、お離せにゃください。誰が駄烏なお客様のお背中なんか流すか! 早くお離せくださいにゃ!!」
「やだなぁ、もうこの駄猫くんったら、宿の教育がなってなくなぁい?」
ぎりぎりと、従業員も朱嶺の手首を握りしめて笑う。押し合いへし合い。しまいには力比べとばかり、二人して両手を握りあうのを見て、暁治は寄せた眉の間をぐりぐりと揉んだ。
――こいつら、俺といるより楽しんでないか?
眉間の皺が戻らなかったら、彼らのせいだ。暁治は大きくため息をつくと、そろそろ大きくなってきた声に、自分も口を開いた。
「で、なんでここに?」
ぐつぐつと煮詰まってきた鍋に、大きな肉を入れる。薄切りとはいえ、一枚が大きくて食べ応えありそうだ。さらりと数回、鍋を撫でると色が変わった肉を、黄金色の溶き卵につける。
「美味しいね、はる」
「そろそろ豆腐もよさそうですぞ」
「おれは肉がいいにゃ。大きいの頼むにゃ」
「なに先に食ってるんだお前ら」
とりあえず部屋に戻ると、夕飯の準備ができていた。当たり前のように席に着くキイチたちに、もう突っ込む気すら起きない。
「桃ちゃんに連れてきてもらったにゃ」
「桃に?」
思ってもみなかった言葉に、キイチたちに釣られるように入り口を見ると、襖から丸い頭が覗いていた。
暁治と目が合うと、とてとてと駆け寄ってくる。
「そいえば、桃ちゃんの別荘に、ゆーゆがここ提供してくれるって聞いてたけど」
「はい、暁治どのもおられるし、いい機会だからとみなで見学に来たのでござる」
朱嶺のお茶碗を受け取ると、お代わりをよそいつつ、鷹野が後を継いだ。家と空間を繋いだらしく、これからはいつでもここに来れるらしい。山登りしなくても。
もちろん暁治はそんなの聞いてないし、今朝の苦労はなんだったのだろう。
こいつらをたとえるならこの季節、暁治を中心に群がる鮭のようだ。
「暁治をびっくりさせようと思ったにゃ」
サプライズにもほどがある。これからはここに来るのに、桃に気を使う必要がないのはありがたいかもしれないが。
思えば、座敷童の桃は家から出れないのだ。嬉しそうに笑う桃の頭をなでると、小皿に肉をよそってやる。
わいわいと、ご飯を食べながら騒ぐ光景は、いつものうちの食卓だ。
ふと最近加わった、ここにはいない誰かの顔が暁治の脳裏に思い浮かんだ。
あいつとも、こうやって飯を食えるだろうか。暁治はそんなことを思いつつ、大きめの肉にかぶりついた。
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