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第十九節気 立冬
次候――地始凍(ちはじめてこおる)
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「客?」
やって来た石蕗に言われて、暁治は小首を傾げる。心当たりがない。
「まずは一人目を紹介しますね」
「え、なんで一人目?」
開いた扉から外に声をかけた石蕗は、入ってきた人物を店内へ招いた。
「郵便局員の林田さんです」
「……どうも」
にこやかな石蕗とは対照的に、入ってきた郵便局員の制服を着た林田さんは、恐縮したように身を竦めてていた。どう見ても場違いそうだ。
見たことあるような気もするが、思い出せない。暁治は首を傾げたまま、彼を見つめる。
「林田さん、うちの家周辺の配達担当だよ」
待ちきれなかったらしい。朱嶺はそう補足しつつ、フライパンを抱えると、フォークを使って、隣でもぐもぐ食べている。行儀が悪いが、食べ方は綺麗だ。ただ山のようにチーズをかけるのが好きなせいで、赤い麺は半ば白くなっていた。
「うちの池にも配達に来てくれる働き者ですぞ」
と、河太郎が請け合ってくれる。彼の家が池らしいと、要らぬ知識が増えてしまった気がする暁治だ。人と変わらない姿とは言え、さすが妖。それよりも、河童も手紙を出すのかと、そちらに感心してしまう。後で聞いたら、お取り寄せが趣味らしい。
「えと、初めまして」
照れたように林田に言われて、こちらも頭を下げる。暁治よりも年下だろうか。純朴そうな若者だ。
「――じゃなくて石蕗、これってどういうことなんだ?」
「なんでも彼、宛先不明の郵便物を預かっていたそうで。僕の家に相談に来られたんです。ここいらで宮古という名前は先生だけですから、案内して来ました」
「なるほど。って、うちのポストに入れてくれればよかったんじゃ?」
「えぇ、本来ならそうなのですが。その前に先生、読んでもらっていいですか?」
「え?」
首を捻るものの、促されるままにシンプルな黄色い封筒を受け取ると、宛先を見る。
「番地がない」
そりゃ、届くわけがない。普通なら返却されるだろう。人の少ない狭い土地だからこそだ。
裏返すと、差出人の名すらなく、返却する相手もいないのが判る。郵便局泣かせの代物だ。
林田を見ると、ひたすら恐縮している。
暁治はため息をつくと、封を切った。
――拝啓 吐く息も白く、遠くの山々がうっすらと冬化粧を始めています。草木の露が霜へと変わり、そろそろ霜柱の声が聞こえるころでしょうか。すっかりご無沙汰しておりますが、お元気でしたか。
「宛先不明の割りに、ずいぶん丁寧な書き出しだな。ふむふむ、『君がいきなりいなくなって、ずいぶん探した。そのうち戻ってくるだろうと思っていたが、家族の話では田舎の家を継いだと聞く。ちょうどまとまった休みも取れたから、来週伺います。これからますます冷え込むことでしょう。朝夕の寒さには、どうぞご用心なさってください。 敬具』。名前もあるな、おい――桜小路高久だと!?」
あわてて周りを見渡した暁治は、笑みを浮かべた石蕗と目が合った。
「おい、これって」
「それが、封筒がこちらに届いたのが数日前らしく、受け取り期間が過ぎるので、困った局員の林田さんが、うちに訪ねて来られまして」
訪問を告げる手紙が届かなかったら、困るのは確かだ。だが、なぜそれが判ったのか。
「それは、二人目のお客さんの――」
石蕗が言いかけると、バタンと扉が開いた。
「兄貴! 来たよ~!!」
「英莉!?」
「へっへっへ、呼ばれて飛び出ちゃった!」
目を丸くする暁治に、ペロリと舌を出してみせるのは、彼の妹だ。もちろん誰も呼んではいない。
「母さんたちと、一回様子見に行かなきゃなって言ってたのよ。ちょうどいいから、あたしが来たよ!」
「お前学校は?」
「今日は創立記念。明日は土曜、日曜日までお世話になりまぁす!」
「世話じゃない! 連絡くらい寄越せ」
調子のいい妹に、文句を言いかけた暁治は、ふと思い出した。
「……おい、土曜日は平日じゃ?」
「そうそう、兄貴にお客さんを連れてきたのよ」
もしかして、自分の周りはこんなやつらばかりなのだろうか。話を聞かない妹に、項垂れる暁治である。
「客?」
「桜小路さーん、入って来ていいよ!」
「なっ……」
どうやらこちらが本命らしい。喫茶店のドアが小さく見えるほど、背の高い男が入ってきた。
清潔そうに整えられた黒髪と、黒いスーツ。白いシャツ。赤と青のストライプの入ったネクタイ以外はモノクロだ。
サングラスをかけた姿は、見るからにその筋の人間に見える。顔が整っている分、余計に迫力があった。一応彼の家は旧家で、極道の世界とは縁はないし、純日本人のはずだ。
「宮古」
「え、え~っと」
ぐいっと詰め寄られ、思わず腰が引けてしまうが、その背中ががっしりとホールドされた。イコール、それ以上逃げられない。
「朱嶺?」
「……ねぇ、はる。これ、なに?」
ずーんっと、耳元で低い声が聞こえた。いつものほにゃほにゃしたものではない。幽冥界で、鷹野を呼んだときと同じ声だ。
背中に張り付いた朱嶺を横目で見ると、不満げに唇を尖らせている。時折老成した面を見せる朱嶺だが、こうしているとどこか不安定で幼い。
朱嶺は上目遣いで桜小路を見上げると、ぷくりと頬を膨らませた。
「言っとくけど、はるは僕の――」
口を開いた朱嶺の頭に、後ろから飛んできたお玉が当たった。とてもいい音がした。
「末っ子邪魔。そろそろ営業妨害なんで、とりあえずみんな座って。一人ワンオーダー以上ね」
どうやらケーキが焼けたらしい。容赦なく弟を沈めた七番目の兄者兼、喫茶店のクールガイなマスターは、そう言うと生クリームを泡立て始めた。もちろん誰も逆らわない。否、逆らえない。
仕切り直しだと、みなで席に着く。林田さんはまだ仕事があるらしく、先に帰ってしまった。聞けば車で喫茶店までの道案内をしてくれたそうだ。
元は宮古家への郵便を届けに来ただけなのに、ちょうど家の前で鉢合わせした桜小路たちと出会って、これは順を追って説明した方がいいだろうと、石蕗に言われて連れてこられたらしい。いい迷惑だ。
暁治としては本当に申し訳ない。石蕗は気にしてないようだが、そこは気にして欲しいものだ。
「改めて。久しぶりだな、宮古」
店の奥にある四人がけのテーブルに、壁を背に座った桜小路は、向かいに座った暁治に、ちらりと頭を下げた。大きな身体が手狭そうだ。ここまで車で来たらしく、テーブルの上に置かれた車のキーを、所在なげに弄んでいる。
「あぁ、まぁ……こっちこそ」
ごにょごにょと、口の中で返すと、暁治は黙り込む。ちらりと目をあげると、桜小路と目が合い、思わずぱっと目を逸らした。気まずい。
彼となにがあったと言うわけではない。同じ大学、同じ学部出身で、どちらかと言えば仲のいい方だろう。お互いの家族とも顔見知りである。
そう、なにがあったと言うわけではない。ただ、今は暁治が彼とあまり顔を合わせたくないだけで。
まるでお通夜のような雰囲気を、なんとかしたいとは思うが、原因が自分なだけにどうしていいのかわからない。心の準備以前に、いきなりやって来た桜小路に驚きを隠せないのだ。
てっきりこいつは、いなくなった暁治のことをなんとも思ってないと考えていたのに。むしろ勝手にあの場所を去り、失望させてしまったはずなのに。
一人心の中で悶えていると、桜小路の隣でオレンジジュースを一口飲んだ英莉が、ひらりと手を上げた。
「兄貴、ひとつ聞きたいんだけど」
この重い空気に気づいたのだろうか。彼女はなにごともはっきりさせたいタイプだ。この説明しがたい感情をどう説明したものかと思っていた暁治を黙って見つめていた英莉は、思い切ったように口を開いた。
「ねぇ、これって、ハーレムなの? それとも逆ハーレム?」
やって来た石蕗に言われて、暁治は小首を傾げる。心当たりがない。
「まずは一人目を紹介しますね」
「え、なんで一人目?」
開いた扉から外に声をかけた石蕗は、入ってきた人物を店内へ招いた。
「郵便局員の林田さんです」
「……どうも」
にこやかな石蕗とは対照的に、入ってきた郵便局員の制服を着た林田さんは、恐縮したように身を竦めてていた。どう見ても場違いそうだ。
見たことあるような気もするが、思い出せない。暁治は首を傾げたまま、彼を見つめる。
「林田さん、うちの家周辺の配達担当だよ」
待ちきれなかったらしい。朱嶺はそう補足しつつ、フライパンを抱えると、フォークを使って、隣でもぐもぐ食べている。行儀が悪いが、食べ方は綺麗だ。ただ山のようにチーズをかけるのが好きなせいで、赤い麺は半ば白くなっていた。
「うちの池にも配達に来てくれる働き者ですぞ」
と、河太郎が請け合ってくれる。彼の家が池らしいと、要らぬ知識が増えてしまった気がする暁治だ。人と変わらない姿とは言え、さすが妖。それよりも、河童も手紙を出すのかと、そちらに感心してしまう。後で聞いたら、お取り寄せが趣味らしい。
「えと、初めまして」
照れたように林田に言われて、こちらも頭を下げる。暁治よりも年下だろうか。純朴そうな若者だ。
「――じゃなくて石蕗、これってどういうことなんだ?」
「なんでも彼、宛先不明の郵便物を預かっていたそうで。僕の家に相談に来られたんです。ここいらで宮古という名前は先生だけですから、案内して来ました」
「なるほど。って、うちのポストに入れてくれればよかったんじゃ?」
「えぇ、本来ならそうなのですが。その前に先生、読んでもらっていいですか?」
「え?」
首を捻るものの、促されるままにシンプルな黄色い封筒を受け取ると、宛先を見る。
「番地がない」
そりゃ、届くわけがない。普通なら返却されるだろう。人の少ない狭い土地だからこそだ。
裏返すと、差出人の名すらなく、返却する相手もいないのが判る。郵便局泣かせの代物だ。
林田を見ると、ひたすら恐縮している。
暁治はため息をつくと、封を切った。
――拝啓 吐く息も白く、遠くの山々がうっすらと冬化粧を始めています。草木の露が霜へと変わり、そろそろ霜柱の声が聞こえるころでしょうか。すっかりご無沙汰しておりますが、お元気でしたか。
「宛先不明の割りに、ずいぶん丁寧な書き出しだな。ふむふむ、『君がいきなりいなくなって、ずいぶん探した。そのうち戻ってくるだろうと思っていたが、家族の話では田舎の家を継いだと聞く。ちょうどまとまった休みも取れたから、来週伺います。これからますます冷え込むことでしょう。朝夕の寒さには、どうぞご用心なさってください。 敬具』。名前もあるな、おい――桜小路高久だと!?」
あわてて周りを見渡した暁治は、笑みを浮かべた石蕗と目が合った。
「おい、これって」
「それが、封筒がこちらに届いたのが数日前らしく、受け取り期間が過ぎるので、困った局員の林田さんが、うちに訪ねて来られまして」
訪問を告げる手紙が届かなかったら、困るのは確かだ。だが、なぜそれが判ったのか。
「それは、二人目のお客さんの――」
石蕗が言いかけると、バタンと扉が開いた。
「兄貴! 来たよ~!!」
「英莉!?」
「へっへっへ、呼ばれて飛び出ちゃった!」
目を丸くする暁治に、ペロリと舌を出してみせるのは、彼の妹だ。もちろん誰も呼んではいない。
「母さんたちと、一回様子見に行かなきゃなって言ってたのよ。ちょうどいいから、あたしが来たよ!」
「お前学校は?」
「今日は創立記念。明日は土曜、日曜日までお世話になりまぁす!」
「世話じゃない! 連絡くらい寄越せ」
調子のいい妹に、文句を言いかけた暁治は、ふと思い出した。
「……おい、土曜日は平日じゃ?」
「そうそう、兄貴にお客さんを連れてきたのよ」
もしかして、自分の周りはこんなやつらばかりなのだろうか。話を聞かない妹に、項垂れる暁治である。
「客?」
「桜小路さーん、入って来ていいよ!」
「なっ……」
どうやらこちらが本命らしい。喫茶店のドアが小さく見えるほど、背の高い男が入ってきた。
清潔そうに整えられた黒髪と、黒いスーツ。白いシャツ。赤と青のストライプの入ったネクタイ以外はモノクロだ。
サングラスをかけた姿は、見るからにその筋の人間に見える。顔が整っている分、余計に迫力があった。一応彼の家は旧家で、極道の世界とは縁はないし、純日本人のはずだ。
「宮古」
「え、え~っと」
ぐいっと詰め寄られ、思わず腰が引けてしまうが、その背中ががっしりとホールドされた。イコール、それ以上逃げられない。
「朱嶺?」
「……ねぇ、はる。これ、なに?」
ずーんっと、耳元で低い声が聞こえた。いつものほにゃほにゃしたものではない。幽冥界で、鷹野を呼んだときと同じ声だ。
背中に張り付いた朱嶺を横目で見ると、不満げに唇を尖らせている。時折老成した面を見せる朱嶺だが、こうしているとどこか不安定で幼い。
朱嶺は上目遣いで桜小路を見上げると、ぷくりと頬を膨らませた。
「言っとくけど、はるは僕の――」
口を開いた朱嶺の頭に、後ろから飛んできたお玉が当たった。とてもいい音がした。
「末っ子邪魔。そろそろ営業妨害なんで、とりあえずみんな座って。一人ワンオーダー以上ね」
どうやらケーキが焼けたらしい。容赦なく弟を沈めた七番目の兄者兼、喫茶店のクールガイなマスターは、そう言うと生クリームを泡立て始めた。もちろん誰も逆らわない。否、逆らえない。
仕切り直しだと、みなで席に着く。林田さんはまだ仕事があるらしく、先に帰ってしまった。聞けば車で喫茶店までの道案内をしてくれたそうだ。
元は宮古家への郵便を届けに来ただけなのに、ちょうど家の前で鉢合わせした桜小路たちと出会って、これは順を追って説明した方がいいだろうと、石蕗に言われて連れてこられたらしい。いい迷惑だ。
暁治としては本当に申し訳ない。石蕗は気にしてないようだが、そこは気にして欲しいものだ。
「改めて。久しぶりだな、宮古」
店の奥にある四人がけのテーブルに、壁を背に座った桜小路は、向かいに座った暁治に、ちらりと頭を下げた。大きな身体が手狭そうだ。ここまで車で来たらしく、テーブルの上に置かれた車のキーを、所在なげに弄んでいる。
「あぁ、まぁ……こっちこそ」
ごにょごにょと、口の中で返すと、暁治は黙り込む。ちらりと目をあげると、桜小路と目が合い、思わずぱっと目を逸らした。気まずい。
彼となにがあったと言うわけではない。同じ大学、同じ学部出身で、どちらかと言えば仲のいい方だろう。お互いの家族とも顔見知りである。
そう、なにがあったと言うわけではない。ただ、今は暁治が彼とあまり顔を合わせたくないだけで。
まるでお通夜のような雰囲気を、なんとかしたいとは思うが、原因が自分なだけにどうしていいのかわからない。心の準備以前に、いきなりやって来た桜小路に驚きを隠せないのだ。
てっきりこいつは、いなくなった暁治のことをなんとも思ってないと考えていたのに。むしろ勝手にあの場所を去り、失望させてしまったはずなのに。
一人心の中で悶えていると、桜小路の隣でオレンジジュースを一口飲んだ英莉が、ひらりと手を上げた。
「兄貴、ひとつ聞きたいんだけど」
この重い空気に気づいたのだろうか。彼女はなにごともはっきりさせたいタイプだ。この説明しがたい感情をどう説明したものかと思っていた暁治を黙って見つめていた英莉は、思い切ったように口を開いた。
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