可惜夜に浮かれ烏と暁の月

るし

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第十三節気 立秋

次候――寒蝉鳴(ひぐらしなく)

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 そうめんというものは、わりと奥が深いものだと思う。
 水が少ないとくっつくし、気をつけないとすぐに吹きこぼれてしまう。すぐに氷水に取って締めるとざっくりザルに盛り付ける。

 おしゃれに一口分ずつに小分けなんてしない。百年単位で育ち盛りな居候どもが、生まれたての雛のように口を開けて待っているからだ。そんな手間などかけてられるか。

 薬味はねぎと錦糸卵と刻んだきゅうりとトマト。朱嶺のリクエストのオクラ、キイチのアボカドも切っておく。水煮サバ缶と昨日作った肉味噌と梅干しのコンテナ、そろそろ賞味期限が切れそうなキムチも冷蔵庫から出す。

 トッピングは種類豊富だが、つゆは市販のそうめんつゆ。手を抜くところは手を抜くのが彼のポリシーである。なにより市販でも十分美味しいそうめんつゆは、スープや煮物、和風パスタにも幅広く使える万能選手だ。
 盛り付けていると、そばに桃が来て、なにやら手渡ししてきた。

「茄子? 桃は茄子が食べたいのか。う~ん、確か茄子の浅漬けがあったから、それを添えるか」

 なでなでと、丸い頭をなでる。

「おーい、できたぞ。取りに来い!」

 台所から顔を出すと、みなで机を囲んでなにやらジャラジャラ音を立てている。

「あ、はい!」

 元気よく手を挙げて返事をするのは、朱嶺の弟弟子の鷹野だ。結局この町に居ついてしまったようだ。先日も職が決まったと、嬉しそうに報告してきた。
 住むところはというと、さすがに大の男四人が住むには場所が足りない。暁治は離れに寝室を持っているが、

「僕、はると一緒の部屋でいいよ! むしろ一緒のベッドでも大丈夫!!」

 と、先日も力強く拳を握った赤頭を遠慮なく小突いたところだ。なぜ押しかけ居候どものために、家主が窮屈な思いをせねばならんのか。

 本人からも「ライバルの施しは受けぬでござる」とか言われ、結局石蕗の家の離れに身を寄せることになった。部屋が余ってるから遠慮なくということなのだが、仕事以外四六時中この家にいるので、住んでいるのと変わらない。

「ほい、これでチューレンポウトウ。役満じゃな」

「えぇぇぇ~っ!?」

「うぁぁ~、また負けたにゃ!」

「なにやってんだ、お前らは」

 彼が物思いにふけっている間に、なにやら勝負がついたらしい。頭を抱える朱嶺たちの前で白い歯を見せて笑うのは、先日知り合った少年、つっくんだ。呆れたため息をつく暁治に、鷹野はなぜかキラキラした瞳を向ける。

「つっくん殿はすごいのでござる。あの四角い駒を並べていく遊びなのでござるが、先ほどから負け知らずでござる」

 四角い駒と言われて机を見ると、麻雀の牌だ。朝から暁治が部屋の掃除だの洗濯だの、昼食の準備だのうろついてる間に、みんなで麻雀をやっていたらしい。

 つっくんが家に来てから、賑やかな家が、さらに賑やかになった。
 朝から小学校でラジオ体操だと叩き起こされ、昨日は裏山でセミ採り。一昨日は前から朱嶺と約束していたホームセンターに出かけた。
 先日花火を見に出かけたことで、試運転ができたからと、暁治の中では終わったことになっていたのだが、一緒しなかった連中は忘れていなかったらしい。

 しまいに朱嶺も「中村屋のハンバーグ! まだ食べてない」と、余計なことを思い出し、桃に見送られて出かける羽目になった。自分は家主ではなく保父さんではないだろうかと、最近自問自答する毎日だ。

 ジャラジャラと卓をかき回す連中を見て、妖も麻雀をやるのかと感心しかけたものの、そういえば昔この家に遊びに来たとき、祖父母と朱嶺相手に麻雀をやったのを思い出した。机の上の牌もそのときのものだ。

「これでひーふーみー……、十二連勝じゃな」

 快活に笑う少年の前で、打ちひしがれる屍の背中に暁治は容赦なく足を乗せる。行儀が悪いというなかれ、両手は氷の入ったザルで塞がっているから仕方ない。ちょっと踏んでやりたい気分だったのだが、一応そう言い訳しておく。

「昼飯だ、手伝え」

 人が働いているというのに、なに遊んでんだこいつらは。わざとすごんで低い声を出すと、うなだれた頭がゆっくりと上がり、視線がこちらを向いた。
 ゾンビのような表情が、暁治の持つザルに目を留めるやいなや、浄化でもされたかのようにうっとりとしたものに変わる。

「そーめんだぁ!」

 朱嶺はひゃっほいとかけ声とともに立ち上がると、率先して机の上の牌をざらざらとケースに片付け始める。キイチたちもそれを見て、ならうように準備を始めた。

「そーめんにはねばねばがよく合うと思うんだよね、僕」

「せ、拙僧も兄ぃと同じでねばねばを」

「お前らトッピング全部載せとか、信じられないにゃ。邪道だにゃ」

「アボカド入りとは初めて食べたぞ。なかなか美味いものだな」

 女三人で姦しいと書くと言うが、男三人でも十分姦しい。前は訪ねてくるご近所さんで賑わっていたのに、いつの間にか居候どもに置き替わっている。時代の変化は気づかぬうちに起きているものだと、現実逃避をしてみる暁治だが、残念ながら現実は変わらない。

「はるは料理が上手いんだな」

 名を呼ばれぐったり俯いていた視線を向けると、つっくんの満面の笑みと目が合った。

「え? いや。それほどでも。文明の利器というか」

「暁治は料理の天才なのにゃ!」

 これも美味いにゃと、キイチはつゆに浸したアボカドを口に入れる。いや、それは切っただけだしつゆは市販だしと、暁治は訂正しかけてなんとなく口を閉じた。つっくんの視線が、見られているというより、見守られているような、そんな不思議な感じがしたからだ。

「うんうん。なんでも、得意なことはたくさんあるといいね。誰かから喜ばれるならなおさら誇れることだ」

「かなぁ」

 舌足らずだが達観した言葉遣い。子供の姿をしているが、見かけ通りではないのだろう。暁治は照れ隠しに頭をかくと、器に取ったそうめんをかっ込んだ。もたもたしているとなくなってしまう。

「家にも気に入られとるようだしな」

「家に?」

「座敷童に名を教えもらえるくらいだ。相当気に入られとるぞ。そんなやつ、ご先祖さまの中にもおらんかった」

 つっくんの隣に座り、小さな手でそうめんを食べていた桃は、顔を上げると暁治に笑いかけてきた。おかっぱ頭に着物姿。確かに昔話に出てくる座敷童だ。いや、朱嶺が兄妹だと名乗っていただけで、薄々そんな気はしていた。

「そうだ、はる。今夜はカレーが食べたいかな」

 つっくんのリクエストに、ここしばらく作ってなかったなと、頭の中で献立を組み上げる。幸いルー以外はある。宮古家のカレーは市販のルーにスパイスや蜂蜜、フルーツを加えた特別製だ。そのままで食べて欲しいという、メーカーが涙目になりそうな魔改造具合である。
 面倒だしと、メーカーの意を汲もうとしたことがあるのだが、家の味に慣れてしまっているせいか、そのままだとどうも物足りない。

「後でサトちゃんちにお使いに行ってくるよ」

「そんじゃ、ついでに洗剤も頼む」

「はぁい」

 率先して手を挙げる朱嶺に指令を伝えると、ごろりと横になる。片付けは居候どもの役目だ。
 食器の片付けを終えるや、朱嶺は崎山さんのお店に出かけた。帰りの買い食いアイスは想定内で、その分上乗せして財布に入れてある。鷹野は武術を鍛えるとかで、庭で木刀を振っている。暑い陽差しの中、元気なものだ。

 暁治のそばでは先日拾ってきた猫に、キイチがヤギミルクをあげている。微笑ましい午後の風景ではあるが、いつの間にこんな日常になったのかと、たまにふと我に返って自問自答してしまう。まったく自由なやつらである。暁治は許可した覚えなどないのに。

「許可はしておるぞ」

「え?」

 独り言が聞こえたらしい。彼の顔を覗き込んできたつっくんは、にぃと歯を見せた。いつもの屈託のない笑みではなく、どこか苦笑するような曖昧なものだ。

「家に入れただろ。あやつらは招かれねば入れないからな。招いたら居ついてもいいと思っておるようだ」

 思えば確かに心当たりはある。あるのだが。

「ただいまぁ、ルー買ってきた……って、やだはるったら積極的――って、痛い痛いっ!」

「うるさい。くそぉ!」

 帰って来た朱嶺に飛びつくと、首に腕を回してヘッドロックを掛ける。縁側からは落ちかけた陽射しと、カナカナと鳴くひぐらしの声。
 意図せず自ら妖たちを迎え入れていたと知り、とりあえず元凶を締め上げてみる暁治だった。
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