夢端草(むたんそう)

ぐるぐるめー

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第三十話 ロゼッタ帰国

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 あれ以来ヨッケはしばしばロゼッタのことをルチアと呼ぶようになった。クラスメイトに指摘されると、「二人の間だけのあだ名だよ」と言い訳し、周囲から冷やかされていた。
 ヨッケとロゼッタは周囲の公認の仲になっていた。
 そんな、ある日のことである。担任の教師がロゼッタのことをルチアと呼ぶ様子を見て、何かが心に引っかかった。ルチア……どこかで聞いた名前だ。ルチア・ウェイドッター。
 担任の教師は警察の前を通りかかった時、貼り紙に目を止めた。
《探しています ルチア・ウェイドッター 8歳 見かけたら警察まで》
 その写真は幾分幼い顔つきだったが、間違いない。ロゼッタ・ウェイドッターと名乗った転入生である。担任の教師はすぐさま警察に駆け込み、
「もしかしたら、うちの転入生がこの探し人の少女かもしれません」
と、届け出た。

 数日後、ジェイクの武器屋に警察がやってきた。
「ジェイクさん、お宅のお子さんの両親、見つかりました」
 ジェイクは「ついにこの日が来てしまったか」と、無意識に苦い顔をした。
「あー、そうすか。よかった」
「お子さんに会わせていただけますか?」
「ロゼッタ─!お客さんだ!」
 隣の工房で宿題を解いていたロゼッタはすぐに出てきた。
「はーい!なあ……に……」
 警察の制服を着た犬族の男の姿を見て、ロゼッタは全てを悟った。弾かれたように逃げ出し、階段を駆け上がって自室に飛び込み、鍵を掛けた。
それを追いかけるジェイクと警察官。
「ロゼッタ、警察が話を聞きたいって!お前の親が見つかったらしいんだ!もしかしたら間違いかもしれねえ、話だけでも聞いてみねえか?」
「あたしの親はジェイクとアントンだもん!あたし絶対行かない!ずっとここにいる!」
「そういうわけにいかねえだろ!親御さん悲しんでるぞ!」
「悲しんでないよ!あたしいらない子だから!」
 そこで警察官はジェイクを手で制し、落ち着いた声で語りかけた。
「ルチア・ウェイドッターだよね?」
 ロゼッタは黙った。本名を言い当てられたら、もう逃げられない。
「誰から聞いたの?」
「君の担任の先生からね。ウェイドッターという子がうちのクラスにいますって」
 担任か……。こんなことになるならヨッケに本名を教えるんじゃなかった。聞かれてしまったのかもしれない。
「君の正しい住所は、ネルドラン王国、スワネギー県、リュックブルム市だね?間違っていたらいいんだよ。答えてくれるかな」
 自分の住所など覚えていないが、聞き覚えのある地名だというのはわかる。
「よくわかんない」
「お父さんの名前はトマス・ウェイド。お母さんの名前は、パトリシア・ショーンかな?」
「知らない!!」
 ズバリ正解を言い当てられた。やはり夢端草の予言は当たるのだ。ついに帰るべき日が来てしまったと、ロゼッタは涙を流していた。
 警察官はその反応を聞いて察した。間違いない。この子は家出したルチア・ウェイドッターだ。
「わかりました。マクソンさん、ちょっといいですか?」
「あ、じゃあ、下のリビングで……」
 そして二人の気配が消えたのを確認すると、ロゼッタはドアに背を預けて座り込み、泣いた。帰りたくない。ずっとここの子供でいたい。でも、帰らなければいけないことも、解っている。

「ともかく、彼女はルチアちゃんで間違いないようですので、明日ご両親を連れてまいります。彼女の身の回りの荷物と、学校の手続きを済ませておいてください」
「解りました」
「ジェイク……」
 そこへ、アントンが上ってきた。
「アントン。ロゼッタの両親と身元が分かった。明日か明後日にも帰るらしい」
「彼女は、今?」
「上にいて、帰りたくないって駄々こねてる」
「解りました。ちょっと話してきます」
「頼むぜ」
 ジェイクと警察は今後の動きについて話し合いを続けた。

「ロゼッタ、ちょっといいかな」
 アントンはドア越しにロゼッタに話しかけた。
「君とは、ジェイクをめぐってだいぶ喧嘩したね。僕は、ライバルと競い合うことができて、内心すごく楽しかったよ」
「アントン……」
「君はすごく賢くて、センスが良くて、実はすごい力を秘めていて、そして何より可愛くて美しかった。まず僕は君に実力で勝てる方法はなかったと思う。だからジェイクにはかなり……卑怯な手を使ったよ。子供の君には言えない、大人の手を使った。でも、結局君にストレート勝ちはできなくて、君が大人になるまで、僕に貸してもらうっていう結果になってしまったね」
「そうだね。あたし可愛いからね。普通にアントンと戦ったらあたし勝つもんね」
 相変わらず自信満々な様子が小憎らしい。
「だから、君は、決して知恵遅れなんかじゃない。すごく頭のいい子だ。要領が良くて、したたかで。今だって学校の勉強についていけてるだろう?そばで毎日君の勉強を見てきたから、解るよ。君は知恵遅れの特別学級行きじゃ決してない。出来る子だ。元の学校に戻っても、今度はちゃんとついていけるよ」
 ロゼッタは目を見開いた。帰りたくない理由、覚えていたんだ、アントン。
 ロゼッタはドアを開けて、アントンの腰に抱き着いた。
「アントン……うううううえええええええん……」
 自然と涙が溢れてくる。ジェイクをめぐって競い合ったライバル。優秀な家庭教師。育ての親。優しいお兄さん。形容すると色々な呼び方ができる存在感の大きな人。離れたくなかった。小憎らしい存在だったけど、大好きな人だった。
「ロゼッタ。きっとうまくいく。だから、いつか僕に語ってくれた夢を叶えて、大人になったら、またここに帰っておいで」
「……学校の先生?」
「そう。学校の先生の免許を取ったら、この街で先生になるんだ。このマクソン工房から学校に通ってね」
 アントンに言われると、まるで夢端草の見せる夢のように、現実的な夢のように聞こえてくる。
「君なら、君の先生のように気軽に特別学級行きだとか匙を投げるようなことはしないだろう。きっと、できない子に寄り添った優秀な教師になれるよ。応援してる。だから、元の学校に戻って、周りの子たちを見返してやるんだ。いなくなっていた間も勉強を休まず、もっとずっと成績が良くなったところを見せてやるんだ。君ならだれにも負けない。僕にも勝てるくらい頭のいい子だからね」
「ありがとう……アントン。大好きだよ、アントン」
「僕も大好きだよ、ロゼッタ。また、いつか、帰っておいで。それまでジェイクは僕が借りておくから」
「うん……ジェイクをよろしくね」

 翌日、ロゼッタの両親がやってきた。ロゼッタによく似た美しい人たちだった。
「今まで預かっていただきありがとうございました。ご迷惑をおかけしたでしょう?」
「とんでもない。すごく賢くていい子でしたよ」
 アントンがロゼッタを褒めると、ジェイクもそれに付け加える。
「彼女のおかげで楽しかったですよ」
 ロゼッタはカバンの中からみんなに貰ったプレゼントや、お気に入りの人形・ジェイディーを両親に見せた。
「これ……ジェイクに貰ったの。それからこれはアントンから貰って……。これとか、これとか、いっぱいみんなから貰ったの」
「そうか、いい思い出をいっぱい貰ったんだね。……ありがとうございます、本当に、何から何まで」
「学校の手続きは済ませました。明日最後の登校になるようです。それまで、ご両親とも、うちでゆっくりしていってください。部屋はいくらでもあるんで」
「すみません、ご厄介になります」

 最後の登校日、ロゼッタは本名を皆に打ち明け、最後の挨拶をして、その日は授業を受けずに帰宅となった。教科書や授業で作った作品、授業の道具を両手に抱え、皆に暖かく送り出されて帰宅する。帰宅後、荷造りして、両親の持ってきたスーツケースや家出したときに持ってきた旅行鞄に荷物を詰めると、いよいよお別れの時間だ。
 ジェイク、アントン、ロゼッタ、ロゼッタの両親が駅に着くと、授業を終えたクラスメイトやヨッケたちも駆け付けた。
「ロゼッタ、手紙書くからね!元気でね!」
「絶対また帰ってきてね!」
 クラスメイトの声にロゼッタが答えていると、ヨッケが進み出てきた。
「ルチア、あの約束、忘れないから。お前を絶対、忘れないから」
「……ヨッケ」
 するとロゼッタはヨッケにキスをした。途端に歓声が上がる。
「大人になったら、絶対帰ってくるから。待っててね」
「お、おう」
 そしてロゼッタと両親は汽車に乗り込む。汽笛が鳴り、いよいよ発車だ。ゆっくりと進む汽車を、皆が追いかける。ロゼッタは窓から顔を出し、手を振った。
「大人になったら、絶対学校の先生になって、帰ってくるから!またね!」
 ジェイクも叫ぶ。
「きっと、大人になったら帰ってこい!それまで待ってるから!店潰さねえでずっと待ってるから!病気すんなよ!達者でな!」
 アントンも声を張り上げる。
「君なら絶対にいい先生になれる!頑張れ!」
 ヨッケも声の限りに叫ぶ。
「好きだルチア!大人になったら結婚しようぜえーーー!」
 それに応えて、距離が開いていく皆にロゼッタもあらん限りに声を張り上げる。
「みんなだいすきだよおーーー!!!じゃあねえーーーーーー!!!」

 いつかまた、きっと、必ず帰ってくるから。それまで、じゃあね。
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