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第二十四話 どこにも行かないで
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すっかり夏の暑さも和らぎ、さわやかな秋晴れの続くある日。今日はアントンの誕生日であった。
ことの発端はジェイクの誕生日の七月の夜。
「そういえばお前らの誕生日っていつだ?」
ジェイクが訊くと、アントンが「九月ですねえ」と答え、「え!あたし十月だよ!誕生日近いんだ!」と、誕生日の話題で盛り上がった。
「じゃあ、お前らの誕生日も派手にお祝いしないとな!」
とジェイクが言ったので、カレンダーには二人分の赤丸が書き込まれていた。
待ちに待ったアントンの誕生日ということで、ジェイクは腕によりをかけてご馳走を用意した。ロゼッタもテーブルセッティングや配膳を手伝う。一方アントンは「主賓は何もするな!」との言いつけに、身を固くして料理の出来上がりをただ待っていた。
『誕生日おめでとうアントン!』
祝ってくれるのはロゼッタとジェイクだけの、小さな誕生パーティーだが、アントンは心の底から喜んだ。
「お前に、プレゼントをやる。毎年はくれてやれないレベルの誕生プレゼントだ。働き始めて一年目の記念に、特別にくれてやる」
そう言ってジェイクは重いスチール製の箱を手渡した。開けてみると、TP工房のレアものの銃だった。
「えっ、これ、店で一番高いやつ……!いいんですか?!」
「まあ、あんまり高くて売れないから、身内に譲ってやろうかななんて」
「ありがとうございます!大切にします!」
一方ロゼッタは、「いつも手が真っ黒のアントンにはこのくらいないとだめかなって!」と、ハンカチ五枚入りのギフトボックスを手渡した。
「ありがとうロゼッタ!ちょうど持ってきたハンカチが全部真っ黒になっていたところだよ。大切に使わせてもらうよ!」
そして二七個のラズベリーが乗ったケーキを三人で切り分けて食し、パーティーはお開きになった。
ご馳走でパンパンに膨れたお腹を撫でながらリビングで休んでいると、後片付けを終えたジェイクがアントンの元にやってきてこう言った。
「なあ……アントン。話したいことがあるんだ。一休みしてシャワー浴びたら、俺の部屋に来てくれ」
「えっ……?は、はい」
そう言うと、ジェイクはシャワーを浴びに行ってしまった。
「話って何だろう?」
もったいぶった前フリで呼び出されるとどんな重い話が飛び出すやら不安になってしまう。アントンはネガティブな妄想に駆られてまんじりともせずジェイクのシャワー上がりを待った。
アントンがシャワーから上がってジェイクの部屋に来ると、ジェイクは下着姿でこちらに背を向けベッドに横たわっていた。
「ジェイク。話って何ですか?」
声をかけると、ジェイクはこちらに顔だけ向けて、「ああ、こっちに来い」と答えた。
「あの……あのな。すごく言いにくいんだけど……お前にしか頼めないからさ」
アントンがベッドに腰を下ろすと、ジェイクはモジモジしながらごにょごにょ何事か話しだした。言いにくいお願いだが、どうしても伝えたい。ジェイクは意を決してアントンに向き直り、ベッドの上で土下座した。
「ま、また、この前のアレ、やってくれないか?」
「この前のアレ……?」
「あの、その…………………せ、セックス」
「えっ」
驚いた。発情したときだけの応急処置で、二度と再び体を重ねることはないだろうと思っていたアントンは絶句した。
「あの、さっきちゃんと浣腸もした。ここに、豚の腸も買ってきた。だから、お願いだ、また、抱いてくれ。頼む」
用意周到だ。まさか避妊具の豚の腸まで用意しているとは思わなかったので、アントンの方までかしこまってしまった。
「そ、そこまでしていただいたなら、断ることはできないです。あの、こ、こちらこそよろしくお願いします。前回と同じでいいんですよね?」
「ああ、頼む。まずは俺のを抜いてもらってだな……」
そして、二人は再び肌を重ねた。
「どうでした……?痛くありませんでしたか?」
「ん……大丈夫だ。気持ちよかったよ」
事後処理を済ませアントンが声をかけると、ジェイクはとろんと目を潤ませ、夢見心地で答えた。
「あれからさ……何度自分で抜いても、お前とのセックスが忘れられなくてさ。またあの快感を味わってみたいって、我慢できなくてさ。忘れられなかったんだ。どうしても。だから、もう一度、抱いてほしくて」
「……ジェイク」
「でも、やっぱり気の迷いだけじゃなかった。今回もすげえ気持ちよかった。へへ、癖になっちまうな、これ」
アントンはベッドに横たわり、ジェイクを抱きしめた。
「なあ、また……してほしいって言ったら、嫌か?」
「嫌なわけがないです。ジェイクの為なら何だってします。僕がジェイクとのセックスを嫌がるわけがないでしょう。愛しているんです。こんなに」
「愛……か」
そしてジェイクは、一番言いにくかったことを語り出した。
「なあ、お前たちがここにきて間もない頃、夢端草で夢見たって言ってたよな。あの時、俺、黙ってたけど、俺も夢見たんだよ」
「やっぱりジェイクも夢見てたんですね。どんな夢でした?」
「あの……それがだな、……お前がいなくなる夢だった」
「……?」
いなくなる?こんなにジェイクを愛している僕がいなくなるだって?と、アントンは驚いた。だが、あの草が見せた夢なら遠からず現実になるかもしれない。
「俺は、どうしても行ってほしくなくて引き留めるんだけど、お前はそれを振り切っていなくなってしまうんだ。いなくなった後で、ロゼッタにこう言われるんだ『ジェイク、それはアントンのことが好きってことだよ』って」
「……」
「目が覚めてまさかと思ったよ。俺が、モモ一筋の俺が、男のアントンを好きになることなんて絶対ないって思った。でも、最近不安になるんだ。ロゼッタの夢は叶ってる。アントンが俺と結ばれるって夢も、不可抗力で叶ってしまった。次は俺の番かなって」
「ジェイク、僕がジェイクの元を去ることなんて万に一つもありません。信じてください。こんなに愛しているのに、そんな僕がジェイクの店を辞めることなんて考えられません。だから、安心してください」
アントンはギュッとジェイクを抱きしめる腕に力を込めた。
「そうだといいけど、不安なんだ。お前がいなくなったら、銃のカスタムできる人間がいなくなるし、俺……」
(俺はまた一人ぼっちになっちまうよ)
その本音はどうしても言えなかった。寂しさを口にしたら、いよいよアントンに降伏してしまう。イニシアチブが奪われると感じて、そんな弱音は口が裂けても言えない。既に体の弱い部分まで許しているというのに、ジェイクはどうしてもプライドを捨てられなかった。
「大丈夫です。安心してください。もしジェイクが僕のことを好きにならなかったとしても、僕の忠誠心は揺るぎませんから」
「そうか……頼むな」
そしてその夜は、アントンに抱きしめられながら眠ったジェイクだった。
実に久しぶりの快眠だったという。
ことの発端はジェイクの誕生日の七月の夜。
「そういえばお前らの誕生日っていつだ?」
ジェイクが訊くと、アントンが「九月ですねえ」と答え、「え!あたし十月だよ!誕生日近いんだ!」と、誕生日の話題で盛り上がった。
「じゃあ、お前らの誕生日も派手にお祝いしないとな!」
とジェイクが言ったので、カレンダーには二人分の赤丸が書き込まれていた。
待ちに待ったアントンの誕生日ということで、ジェイクは腕によりをかけてご馳走を用意した。ロゼッタもテーブルセッティングや配膳を手伝う。一方アントンは「主賓は何もするな!」との言いつけに、身を固くして料理の出来上がりをただ待っていた。
『誕生日おめでとうアントン!』
祝ってくれるのはロゼッタとジェイクだけの、小さな誕生パーティーだが、アントンは心の底から喜んだ。
「お前に、プレゼントをやる。毎年はくれてやれないレベルの誕生プレゼントだ。働き始めて一年目の記念に、特別にくれてやる」
そう言ってジェイクは重いスチール製の箱を手渡した。開けてみると、TP工房のレアものの銃だった。
「えっ、これ、店で一番高いやつ……!いいんですか?!」
「まあ、あんまり高くて売れないから、身内に譲ってやろうかななんて」
「ありがとうございます!大切にします!」
一方ロゼッタは、「いつも手が真っ黒のアントンにはこのくらいないとだめかなって!」と、ハンカチ五枚入りのギフトボックスを手渡した。
「ありがとうロゼッタ!ちょうど持ってきたハンカチが全部真っ黒になっていたところだよ。大切に使わせてもらうよ!」
そして二七個のラズベリーが乗ったケーキを三人で切り分けて食し、パーティーはお開きになった。
ご馳走でパンパンに膨れたお腹を撫でながらリビングで休んでいると、後片付けを終えたジェイクがアントンの元にやってきてこう言った。
「なあ……アントン。話したいことがあるんだ。一休みしてシャワー浴びたら、俺の部屋に来てくれ」
「えっ……?は、はい」
そう言うと、ジェイクはシャワーを浴びに行ってしまった。
「話って何だろう?」
もったいぶった前フリで呼び出されるとどんな重い話が飛び出すやら不安になってしまう。アントンはネガティブな妄想に駆られてまんじりともせずジェイクのシャワー上がりを待った。
アントンがシャワーから上がってジェイクの部屋に来ると、ジェイクは下着姿でこちらに背を向けベッドに横たわっていた。
「ジェイク。話って何ですか?」
声をかけると、ジェイクはこちらに顔だけ向けて、「ああ、こっちに来い」と答えた。
「あの……あのな。すごく言いにくいんだけど……お前にしか頼めないからさ」
アントンがベッドに腰を下ろすと、ジェイクはモジモジしながらごにょごにょ何事か話しだした。言いにくいお願いだが、どうしても伝えたい。ジェイクは意を決してアントンに向き直り、ベッドの上で土下座した。
「ま、また、この前のアレ、やってくれないか?」
「この前のアレ……?」
「あの、その…………………せ、セックス」
「えっ」
驚いた。発情したときだけの応急処置で、二度と再び体を重ねることはないだろうと思っていたアントンは絶句した。
「あの、さっきちゃんと浣腸もした。ここに、豚の腸も買ってきた。だから、お願いだ、また、抱いてくれ。頼む」
用意周到だ。まさか避妊具の豚の腸まで用意しているとは思わなかったので、アントンの方までかしこまってしまった。
「そ、そこまでしていただいたなら、断ることはできないです。あの、こ、こちらこそよろしくお願いします。前回と同じでいいんですよね?」
「ああ、頼む。まずは俺のを抜いてもらってだな……」
そして、二人は再び肌を重ねた。
「どうでした……?痛くありませんでしたか?」
「ん……大丈夫だ。気持ちよかったよ」
事後処理を済ませアントンが声をかけると、ジェイクはとろんと目を潤ませ、夢見心地で答えた。
「あれからさ……何度自分で抜いても、お前とのセックスが忘れられなくてさ。またあの快感を味わってみたいって、我慢できなくてさ。忘れられなかったんだ。どうしても。だから、もう一度、抱いてほしくて」
「……ジェイク」
「でも、やっぱり気の迷いだけじゃなかった。今回もすげえ気持ちよかった。へへ、癖になっちまうな、これ」
アントンはベッドに横たわり、ジェイクを抱きしめた。
「なあ、また……してほしいって言ったら、嫌か?」
「嫌なわけがないです。ジェイクの為なら何だってします。僕がジェイクとのセックスを嫌がるわけがないでしょう。愛しているんです。こんなに」
「愛……か」
そしてジェイクは、一番言いにくかったことを語り出した。
「なあ、お前たちがここにきて間もない頃、夢端草で夢見たって言ってたよな。あの時、俺、黙ってたけど、俺も夢見たんだよ」
「やっぱりジェイクも夢見てたんですね。どんな夢でした?」
「あの……それがだな、……お前がいなくなる夢だった」
「……?」
いなくなる?こんなにジェイクを愛している僕がいなくなるだって?と、アントンは驚いた。だが、あの草が見せた夢なら遠からず現実になるかもしれない。
「俺は、どうしても行ってほしくなくて引き留めるんだけど、お前はそれを振り切っていなくなってしまうんだ。いなくなった後で、ロゼッタにこう言われるんだ『ジェイク、それはアントンのことが好きってことだよ』って」
「……」
「目が覚めてまさかと思ったよ。俺が、モモ一筋の俺が、男のアントンを好きになることなんて絶対ないって思った。でも、最近不安になるんだ。ロゼッタの夢は叶ってる。アントンが俺と結ばれるって夢も、不可抗力で叶ってしまった。次は俺の番かなって」
「ジェイク、僕がジェイクの元を去ることなんて万に一つもありません。信じてください。こんなに愛しているのに、そんな僕がジェイクの店を辞めることなんて考えられません。だから、安心してください」
アントンはギュッとジェイクを抱きしめる腕に力を込めた。
「そうだといいけど、不安なんだ。お前がいなくなったら、銃のカスタムできる人間がいなくなるし、俺……」
(俺はまた一人ぼっちになっちまうよ)
その本音はどうしても言えなかった。寂しさを口にしたら、いよいよアントンに降伏してしまう。イニシアチブが奪われると感じて、そんな弱音は口が裂けても言えない。既に体の弱い部分まで許しているというのに、ジェイクはどうしてもプライドを捨てられなかった。
「大丈夫です。安心してください。もしジェイクが僕のことを好きにならなかったとしても、僕の忠誠心は揺るぎませんから」
「そうか……頼むな」
そしてその夜は、アントンに抱きしめられながら眠ったジェイクだった。
実に久しぶりの快眠だったという。
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