夢端草(むたんそう)

ぐるぐるめー

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第六話 ロゼッタは天性のブースター

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 その夜、ジェイクは三度アントンに愛想を尽かされ出ていかれる夢を見て、夜中に覚醒しさすがに胸騒ぎを覚えた。こんなに繰り返し夢を見るということは、いつかこれが正夢になるのではないかと思えて仕方なかったのだ。
 そう考えていたのはジェイクだけではない。アントンもまたジェイクに好きだと告白し、ジェイクをレイプする夢を三夜連続で見て、三夜目はついにジェイクと相思相愛になる夢を見て、これは正夢になるのではないかと考えた。昼間の、彼を庇うジェイクのシーンを何度も反芻するうち、彼はこれは恋ではないかと確信した。彼とて、これが初恋というほど初心ではなかったが、自分に好意的な笑顔を向けてくれるのは家族以外で初めてだったため、ジェイクは生まれて初めての可能性のある人物だったのだ。
 ロゼッタもまたこれを正夢だと確信していた。三夜連続で巨大魔法を使うロゼッタ。そこで気になったのは、魔法を使う時必ず拳銃を使っていた点だ。拳銃に何かヒントがあるのではないかと考えたロゼッタは、ジェイクに拳銃を貸してもらおうと考えた。

 複雑な想いを抱える大人をよそに、ロゼッタは翌朝拳銃を貸してくれないかと頼み込んだ。
「拳銃なんか触るもんじゃねえ。腕が吹き飛ぶぞ」
 と、ジェイクは止めたが、ロゼッタはどうしても夢が正夢かどうか確かめたかった。
「お願い、あの夢がほんとかどうか、確かめるだけだから、たった一発でいいの。魔法の弾を詰めた拳銃を撃たせて」
 アントンも自分の見た夢が正夢になる予感を抱いているため、彼女に協力しようと考えた。
「じゃあ、僕の銃を貸してあげるよ。テストとして撃ってる弾も、あれも一応風の魔法を込めてある魔法弾だからね。安全を考慮してあの弾を込めてあげるから撃ってごらん。撃ち方は教えるよ」
 朝食を済ませた後、工房に三人集まってロゼッタに銃のレクチャーをする。脇を締めて、銃を手放さないように手を添えて、狙いを定めて引鉄を引く。ロゼッタは教わった通りに身体を硬直させて、恐る恐る、しかし力を込めて引鉄を引いた。
 すると彼女が引鉄を引ききる直前で彼女の周りにつむじ風が起こり、巨大な風の魔法が銃口から噴き出した!まるで突風のように工房の中を駆け抜け、奥の扉は吹き飛んでしまった。ロゼッタ自身もその威力を幼い体で支えきれず、後方に勢いよく吹き飛ばされて尻もちをついた。
 ジェイクとアントンは工房が破壊されたことよりもロゼッタの隠された力に仰天した。あんぐりと開いた口が乾くまで閉じられない。
「すっっっっっごい……」
「お前、すげえよ!こんな力があったんだな!」
 ようやく我に返ったジェイクがロゼッタを称賛すると、ロゼッタは驚いた。まるで夢の中と同じだったからだ。
「あ!ジェイク、夢の中でも全く同じこと言ってた!」
「ええ?!」
「やっぱり正夢だったんだ!あたし、大魔法使いだったんだ!」
 しかしアントンは一点気になったことがある。ロゼッタは学習障害で知能が低いため、魔法らしい魔法が一切使えなかったのである。魔法は知能をパワーソースにするというのが常識だ。なぜ魔法を使わせても使えなかったロゼッタにこれほどの魔力があったのだろう。
「ん、そうか!ちょっと確認したいことがある、ロゼッタ。店の裏の空き地に行こう」
 アントンに促されて店の裏の空き地に行くと、アントンは丸いビー玉のような玉をロゼッタに持たせた。
「これを一度握って、思いっきり放り投げてごらん」
「放り投げるだけでいいの?これを?」
 ロゼッタは促されるまま一度ぎゅっと握って、ビー玉を放ってみた。途端、大爆発。三人は爆風に吹き飛ばされた。
「やっぱり、そうだ!ロゼッタ、君は天性のブースターなんだ!マジックアイテムの力を何倍にも増幅して使えるんだよ!」
「ええ?!そんな、危ないじゃん!マジックアイテムに触ったらみんな爆発しちゃうの?!」
「なんてこった!おいロゼッタ、店の中の商品勝手に触るなよ!店がめちゃくちゃになっちまう!」
 アントンはこの力も利用方法によっては有益に使えると考えた。
「必ず爆発するとは限らないはずだ。傷薬の魔宝玉を使えば複数の人を一気に救うこともできるんじゃないかな。本で見たことがあるよ。ブースターと呼ばれる人の活躍を」
「じゃあ、夢で見た通り、冒険の旅に出たら、あたしがマジックアイテムを使えば仲間もみんな助けられるかもしれないのね?」
「おそらく」
「ねえジェイク!」
「なんだ」
 ジェイクは嫌な予感がした。
「あたしを冒険の旅に」
「できるわけねーだろガキ!お前みたいな貧弱なガキに冒険の旅が務まるわけないだろ!」
「できるかもしれないでしょ?あれ正夢だよ!」
「夢は夢だ!ホラ、店に戻って、工房の大片付けだぞ!」
 ジェイクに却下されたが、ロゼッタは冒険の旅に出ればジェイクの役に立つような気がしてならなかった。
 夢が正夢ではないかと確かめたくてたまらない人物はロゼッタだけではない。アントンも確かめたくてたまらなかった。アントンはロゼッタが眠りについた夜更け過ぎに、ジェイクに思い切って告白して、夢か正夢か確かめようと考えた。
「ジェイク、話があるんですが」
「ん?何だ?」
「実は僕も、ロゼッタのように、正夢じゃないかというような不思議な夢を見たんです」
「ほう、どんな?」
 アントンの胸がギュッと痛んだ。これを話してもいいものかどうか、確かめたい気持ちと、ブレーキをかけようとする自分が戦う。
「あ、貴方のことが……好きになる夢です」
 ジェイクはぎくりとした。夢の中でロゼッタが言った「その気持ちは恋じゃないの?」というセリフが蘇る。だが、なぜアントンから話されるのだろう?正夢というなら、ジェイクがアントンに恋をする夢のほうが正夢になるのではないだろうか。それなのに、アントンは彼がジェイクを好きになる夢だという。逆ではないのだろうか?一体これは?
「へ、へえー」
「そして、僕は確信したんです」
「何を?」
 アントンは大きく深呼吸し、決意を固めた。
「僕は、貴方のことが好きです。ジェイク」
「ええええええええ?!」
 ジェイクは焦った。それは困る。大変に困る。
「なんでまたそんなことになるんだよ?!夢だぜ、所詮?」
「いえ、僕はもう、はっきりわかりました。僕は、貴方を、恋人として好きだと」
「ちょっ、ちょっ、ちょっと待て」
 ジェイクは耳を後ろに伏せてアントンを手で制す。とりあえず落ち着いてほしい。
「あのな、言いにくいんだけど、俺、他に好きな人いるからさ、その気持ちには応えられないな」
「誰です?」
「は……花屋の、あの、大通りの花屋あるだろ、あそこで働いてる、黒猫族の……モモが好きなんだ」
 アントンは街に出た時のことを思い返す。確か、ジェイクはよく花屋の黒い猫族の女性に声をかけていた。モフモフの長毛の猫族。彼女か。
「ああ、なんとなく察していましたが、そうだったんですね」
「だから、その、お前の気持ちは受け取れない」
 アントンは意外に落ち着いていた。断られるのは想定の範囲内だ。
「いいですよ。すぐには僕のことを好きにならなくても」
「へ?いいの?」
 ジェイクの脳裏でアントンが愛想を尽かせて立ち去るシーンがリフレインする。これが原因ではないかと考えると恐ろしい。
「ゆっくり、時間をかけて僕のことをいずれ好きになってもらえれば、僕はそれで」
「よ、よくねーよ!俺には本命がいるって言ってるだろ!」
「夢では、貴方が僕を好きになってくれるシーンもありました。だから、時間をかければきっとあなたも僕のことを」
「夢だから!お前のそれは夢だから!」
 不意に、化粧品のようなフローラル系の香りが鼻腔をくすぐった。
 ジェイクとアントンは花瓶の花に注目する。そういえばこの花を見つけてからだ、おかしな夢を見るようになったのは。
 頭の片隅で、この花が原因でおかしな夢を見たのではないかという仮説が浮かんだが、そんなバカなと、口に出すまでもなくその仮説は却下された。そんなことがあるわけがない。考え過ぎだろう。そうに決まっている。
「……ジェイク、僕の気持ちは、揺らぎません。あなたが昨日、僕の腕に惚れ込んで雇ってくれたと、僕を尊敬していると言ってくれた言葉を、僕はとても誇りに思っています。だから、決めたんです。僕は、貴方に、地獄までついていこうと」
 ジェイクは沈黙した。あまりに拒絶すると彼を傷つけ、愛想を尽かせて出ていかれる予感が拭えない。なぜかそれだけは絶対に嫌だった。アントンを失うのは惜しい。あれほどの技術を他店の武器屋にとられるのは悔しいし、彼の技術を独占したい。だがそれと恋愛は全く別の話だ。アントンを失いたくはないが、アントンと恋仲になるのは御免被る。
「まあ……その、なんだ」
 ジェイクは耳を後ろに伏せて必死に当たり障りのない台詞を考えた。
「お前とそういう仲になるかどうかは言えないが、気持ちはありがたいよ。地獄までついてきてくれるってんなら、俺はお前を誇りに思うし、ぜひうちでこれからも腕を振るってほしい。お前のことは、頼りにしているのは、確かだ」
 アントンはその言葉に希望を見出した。拒絶されないのであれば、素直に彼についていこうと思える。彼のためならなんだってできると思えた。彼のためなら、たとえ汚れ仕事でも喜んでやろう。
「ありがとうございます、ジェイク」

 話がひと段落つき、ジェイクがシャワールームに向かったその後ろを、アントンはぴったりとくっついていった。影のように付き従い、ジェイクがドアを締めようとしたとき、アントンがドアの隙間に割って入った。そしてするりとシャワールームに一緒に入ってきてしまい、彼は後ろ手に鍵を掛けた。
「お、おい、シャワールームには入ってくるなって言っただろ!」
「ジェイク、僕は貴方のためならなんだってしますよ。ご奉仕します。僕に任せてください」
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