転生して悪役令嬢な私ですが、ヒロインと協力して何とかハッピーエンドを目指します!

胡椒家-コショーヤ-

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●本編●

96.今日と謂う日は乱入者に事欠かない日? 〜医師と少年と傲慢幼女〜

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 フォコンペレーラ公爵家の嫡男が誕生するに至った経緯に、若干の疑問点が露呈したのは、つい10分ないし15分ほど前のこと。

記憶の奥底に追いやって、死物狂いで忘れようと努力した結果、なんで強くそう思ったのか、という1番重要且つ肝心な点諸共忘却してしまっていた筆頭医師メドゥサン・シェフDrドクトゥールユーゴ・ドラクロワの盛大なやらかしによって、10年の年月を経た、この日この時この場所で、予定外にも白日の下となってしまった。

回想話を聞いた感じだと、妊娠を望んでいたのは当時公爵家当主の婚約者だったアヴィゲイルの方のみ、との見方が強まる状況だった。

若き公爵家当主コーネリアスの、平常時とは雲泥の差の動揺ぶりを鑑みるに、合意の上で妊娠に至ったとはどうにも判断し難い。
しかも、双方納得の上で、ではなさそうな当時の状況の影には、明言されていない2人の人物の関与があったと推察できる、気になり過ぎる発言も婚約関係にある2人の会話からばっちり確認できていた。

謎の2人の人物とは、現在この公爵家で家令に任じられている2人、オズワルドマジョルドムサミュエルアンタンダンで間違いない、100%の自信を持ってそうだと断言できる。
寧ろあの2人以外に、お母様が頼れる人物なんて存在からして皆無で、他にどんな人物がいると想像すらできない。

そこまで考えた段階で、思考を強制的に打ち切る。
コレ以上は時間の無駄、本人たちの話を聞かずに考えるのは大事故の元でしか無い、との結論に至り、スッパリサッパリ頭を切り替えて、今現在直面している現実問題と向き合うことに決める。

「ふふっ、心配しなくても大丈夫ですよ、ユーゴ先生。 今度それとなくどちらかに聞いて事実確認してみますから、お気になさらず! わたくしこう見えても経験豊富なんです!! 断片的な情報だけで勝手な憶測をすると、痛い目見るだけだとばっちり学習しておりますからね!!!」

その現実問題とは、己のしでかした失態に自己嫌悪からの現実逃避を決め込んでいた、救護室に設えられた事務机突っ伏している松葉色のモジャモジャ癖っ毛がトレードマークの中年男性を励まして正気に戻すことだった。

「え? 3歳児が何言ってんすか??」

 ――うんうん、いい感じ! ちゃんとこちらの声は届いていらっしゃるようで一安心!! あとは勢いで誤魔化して何を思い悩んでたのかわからなくするって寸法ですよ!!!――

聞き間違いか?とわかり易く困惑をあらわにする筆頭医師メドゥサン・シェフが発した言葉に、がぶりと食いついてくださった条件反射の良さにしめしめとほくそ笑みながら、すかさずの鋭さで否定して切り返した。

「3歳幼女と侮るなかれっ!! 人は中身がモノを言うのですよ、ユーゴ先生!! と云うか、見かけで判断したら駄目って、ユーゴ先生のほうが良くわかっておいででしょうに!?」

「まぁ…確かに? ある意味では、そーーかもしんないんすけど、言葉の選択具合に若干の悪意を感じるって云う……ねぇ??」

返される言葉数が増えてきた、手応え上々。
この調子で明るく言葉を投げかけ続けるべし。

「それにどんな事情があるにせよ、私の中でのお父様とお母様は万年新婚かってくらいの相思相愛夫婦だって認識が冷めやりませんし、揺らぎもしませんからね!! 何の問題も横たわっていやしませんよ、ね!!?」

「いや、そんなキラキラした目で同意を求められましても? 答えに困るし、答えたくねぇーーしで、板挟みにしかなんねぇーーっすけどぉ??」

「あらいやだ、私としたことが…ホホホ、ごめん遊ばせ? でもユーゴ先生、これ以上私達だけでこの問題について悶々としていても、絶対に真実たる答えにはたどり着かないのですから、すっぱり諦めて考えることそのものを放棄するほうが、この場合の賢い選択だと思われませんか?! ね、ほらそう考えればスッキリ爽快で問題なしパ・ドゥ・プロブレム!!」

「ホントにそのまま素直に安心して良いのかって話なんすけど……? まぁ、良いっす。 言っちまったもんはしょーがねぇーーんで、諦めますけど。 どんな状況で、どんな風にしてこの話題を切り出すかは確認しませんけど、これだけは約束して下さいね?! くれ、ぐれ、も!! 俺の名前だきゃー口にしねぇーーって勿論約束してくれますよねぇっ!?!」

 ――おっとっとぉ~~?! ちよっと調子を取り戻させすぎてしまった模様…、痛いところに的確に、先んじて釘をガツンと打ち込まれてしまったわ!?――

「………っ、えぇーーと、はい、善処いたします、よ? も、勿論、全力で疑惑の出処は秘す所存でおりますとも?! ただわたくしと致しましても、さりげなぁ~~く、それとなぁ~~く、聞き出すという…ある種の繊細さを要求される会話運びなるものには慣れ親しんではおりませんからね?? お、大船には乗らず、小舟に乗ったつもりで、そこはかとなぁ~~く、お任せ下さい…ね?」

自信のなさがありありと露呈しまくった、挙動が不審な仕草しか取ることが出来ない。

 ――ふふっ、私ったらお茶目さん♪ 嘘がつけないのって、こーゆーところで損しちゃうのよね、失敗失敗、テヘペロ♡――

「そこははっきり『絶対言わない』って確約してくだせぇーーーよっ!?! 俺の首がスパーーーってなるでしょぉっ?!? ホント洒落じゃ済まされんのですよ、問答無用なんすからっ、この公爵家じゃ本気でやるわきゃ無ぇーーってことが当たり前にまかり通っちまうんすから気休めの安請け合いなんざ何の役にも立たねぇーーーんですよぉ???」

バシィーーン!!と事務机に平手打ちをお見舞いし、威力が強過ぎて自身の手を負傷する、というアクシデントに見舞われながらも、抗議をあげるその声の勢いは一切衰えなかった。
寧ろどんどんとヒートアップしていき、がなるまでにその声量を上げた言葉は、決して狭くない救護室の壁という壁に反響して室内に響き散らかった。

そんなとっちらかった救護室に、前触れもなく乱入する訪問者が1人、慣れた様子で扉を開いて少し面倒臭そう吐き出された溜息とともに押し入ってきた。

カチャ。

「うるさい奴だな…廊下までお前の馬鹿声が響いてるぞ。 1人でここまで騒がしく出来るなんて、大した特技だなユーゴ………? っ失礼しました、いらっしゃってるとは気付かず、大変なご無礼を…! お許しください、ライリエルお嬢様…!」

確認もなく救護室の扉を開けて入ってきた人物は、入室早々ユーゴ先生には一瞥もくれず、無遠慮な物言いで中傷に近い発言を淡々と投げかけてくる。
その途中でやっとこちらを向いた瞬間、ギシリ…、と軋んだ音がしそうなほど、目に見えて動きを悪くしたかと思うと、見事な反射神経で姿勢を改めて謝罪の言葉とともに頭を深々~~と下げられた。

「えーーと…? 取り敢えず、お気になさらないでください、診察を受けていたわけではないので、全然大丈夫ですから!!」

 ――うぅ~、どーしよぅっ!? 名前がわからないから、頭を今すぐに上げてもらいたいのに、主語が抜けてて上手く言葉を伝えられない!! この黄蘗きはだ色のロン毛が似合う、空色の涼し気な瞳が印象的な、スラッとした長身細身のイケ中年は、何処のどなた様かしら?!?――

「うっわ、何だそれめっっずらしぃーーーっ(笑)!! おまっ、そんな畏まった態度取れるとか、俺知らねーーんだけど!? 記憶にねぇっ、いつからできるよーになったんだよマジで!!」

ぶわっひゃっひゃっひゃっひゃ!!

バンバンバンバン!!

さっきの今で、手を痛めていたと忘れるはずもないのに、この筆頭医師は真新しい痛みを忘れてしまったかのように、力一杯全力で事務机の表面を凹ませる威力を込めて、笑いが収まるまでの間ずっと叩き続けた。

と云っても、その時間は長くは続かなかった。

「ひぃーーーーっひっひっひ、~っはぁ~~…、おっかしかったぁ、手も腹もいっってぇーーわ!! お嬢様、こいつはジェラルドっつって、公爵家ここで働く医師の1人なんすわ! おい、ジェリーちゃんよ、お嬢様が困っておいでだからとっとと頭上げやがれっつーーの。」

「……その呼び方はするなって言ってるだろ、ユゲットお嬢様・・・・・・・。」

 ――名前違うし、お嬢様って何?!――

「あ、お前っ!? その呼び方はもーすんなっつっただろぉーーーっ?! ガキの頃の黒歴史を本人の同意なしに暴露すんなっつーーの!!」

「お互い様だ。 美少女顔は今も健在なんだ、“ユゲットお嬢様”呼びしても問題ないだろう? 良かったな顔立ちに変化なくて。 いつまでも若々しくいられて羨ましいよ。」

 ――え、美少女顔…? ……ユーゴ先生が?? え、それ本当に本当の話???――

ジェラルド先生の言葉を聞いてすぐ、まじまじと覗き込んでユーゴ先生の前髪の奥を透かし見ようと必死になる。
けれど残念なことに、どんなに頑張ってもモジャっとした前髪に隠された素の顔を透かし見ることは適わなかった。

「っるせーーよ、巨大なお世話だ!! しかも羨ましいとかぜってー思ってねぇーーだろ、ったく!! てーか、何しに来たんだよ、お前今日明日勤務ねぇーーはずだろ? 休みの日にわざわざ寮からここまで来るの珍しぃーーんじゃね? あ、あれか、荷造り?!」

「荷造りじゃない、今回は帰るのはやめた。 明日大掃除するだろ、それ考えてたら私物でここに置きっぱにして忘れてた物があったって思い出して、取りに来た。」

「あー? なんでまた急に? 週の頭くらいまでは、普通に帰るって言ってたじゃんよ。」

「面倒だと思ってな。 今回は姉さんたちが全員実家に寄るらしい。 嫌いじゃないが、全員から一斉に絡まれるのは…できれば勘弁して欲しい。 でも言って聞く人らじゃないから……逃げた。 まぁ、問題ない、距離も近いし帰ろうと思えばいつでも帰れるからな。 そう云うお前はどうなんだ? 久しく帰ってないんじゃないのか?」

「あ~、いーのいーーの、俺も帰ろうと思やぁ~いつでも帰れっからな! それに今帰っても、余計な世話ばっかやかれて、居心地悪いだけだしな!!」

「…帰りたくない1番の理由は他にあるだろーに。 そーいや寮の方でも誰が帰る帰らないって話題になってたな。 なんでも今年は、普段帰らない奴が里帰りするって、従僕連中が騒いでたわ。 名前聞いても誰が誰やらさっぱり、だったけどな。」

「いや、従僕とか俺も名前覚えらんねーーわ。 面識あっても名前わかんねーー、って奴らばっかだしよ。 検診ん時はほとんど流れ作業っぽくなっちまうし、普段応急で来る奴らも簡単な処置だったら覚えてらんねーーしな。」

ペリペリペリーー…。

2人の会話に耳を傾けつつ、小腹の切ない呻きを鎮めるべく、何の気なしに破いた菓子の包装。
その音につられて、私が手に持つ菓子を目にしてしまったジェラルド先生が、サッと顔色を変えてからユーゴ先生に詰め寄った。

「おいっ、お前まさかここの…棚の奥にあった女共の菓子に手ぇつけたのか?! しかもあれ…数量限定とか何とか言ってたやつじゃねーーか!! 何考えてんだよ!?」

「どぅぁ~~ってぇ、公爵家のお嬢様のお口に合う高尚な菓子なんて、ここであれ以外、ねーーだろ? だからまぁ、しゃーねーーって話だよ、んなっ!!」

「ったくこの馬鹿は…! なんでも良いけど俺のことは巻き込んでくれるなよ? 俺はこの件に一切関与してないし、今後もしないからな?! 自分のケツは手前ぇで拭けよ!!」

「こっわぁ~~(笑) てか、ガッタガタにお言葉乱れてますけどぉ~?」

「チッ、誰のせいだと思ってんだよ! ガキの頃と変わってねぇーのは顔だけじゃねぇーーのかよ、ったく!!」

「ガキのまんまで悪かったなぁ~? これでもお前と6才違うんでねぇ、いつまで経ってもお前よりかガキのまんまだよ、ざまぁーー見ろ!!」

 ――あ~れあれぇ~~? すんごく既視感デジャブ!! 今朝方も同じようなセリフを耳にした覚えが、鮮明に残っておりますとも!! 組織は違えど、部下が上司に望むことって、大差ないのね……不思議。 大人社会って世知辛いわね。――

何とも言えない顔でジェラルド先生の横顔を見詰めてしまい、その視線に気づいたのか、こちらに顔を向けて不思議そうに尋ねられてしまった。

「? どうかされましたか、ライリエルお嬢様? 俺…私の顔に何か??」

「ぶっは!! “私”って、似合わねぇーーでやんのぉっ!!」

「お前は一生黙ってろ。」

「スミマセン、ジェラルド先生のお顔に何かあったとかではなくて、少し、思い出してしまって! 同じようなセリフを、騎士団の方も仰っていたなぁーなんて、回想に耽ってしまっただけで!! 紛らわしい視線を送ってしまってごめんなさい!!」

ぶんぶんっと手を振ってから、今朝方見送ったばかりの騎士団の面々を思い出し、ぐふふふっと怪しい呵いがもれないよう、しおらしく口元を押さえて表情だけは笑顔をキープする。

「え…、ライリエルお嬢様は、騎士団の面子と会われたんですか? まさかお一人で?!」

ギョッとして尋ねられてしまった。
何がそんなに駄目なのだろうか、見当もつかないキョトン顔で見返していると、呆れたような声が正面からも聞こえてきた。

「いやいやいや? お嬢様何なさっちまってんのよ?! よりにもよって、あの・・騎士団に…、何でまた会おうなんて思っちまったんです!?」

「騎士団の方々にお会いするのが本来の目的では無かったのですけど、成り行き上どうしても顔を合わせないわけにいかなくて。 でも皆さん、とっても面白くて個性的で、優しい方々でいらっしゃいましたよ? 始終好意的に接して頂けて、とっても楽しい時間を過ごせましたから♡」

軽く頭を傾げつつ、思ったままの感想をそのまま口にする。

 ――本当に、最高に楽しかったわぁ~、また会って眺めたい。 あの面子がキャッキャワイワイじゃれ合っている様を…♡ 密着取材してドキュメンタリーを制作したいくらい……私にそんな能力無いけど(泣)――

「え、それマジで言ってんすか? はは、お嬢様はやっぱ、変わってますね…? 3歳児って、こんなもんだっけか?? あっ?! 騎士団の例のガキンチョ、あれも確か3歳だっつってなかったっけか?!? やっぱなんか変わってんだな、この公爵家に居る3歳児って。」

「偏見が過ぎるぞ、偶々だ、きっと…単なる偶然だろ。 それに、酷さで言ったら騎士団あっちのが段違いで最悪だろ。」

「たぁーーしかに!! 言えてる。 ありゃ無いわ、ホント無理。 できれば今後関わりたくねぇーー類の規格外な問題児だわ。」

「えぇと、もしもし? 話が全く掴めないのですが、騎士団の何がそんなに問題なのでしょうか??」

「…なんつーーか、団長が新しくなってからこっち、結構大なり小なり程度の違いはあっても、揉め事が絶えねぇーーんですよねぇ、騎士団の方で! そのせいでいつもの倍以上、あっちに行った時の仕事量がいや増してて、ホント、大・迷・惑、してんすから!! 俺等が一番の被害者なんすからねぇーーーっ!?! 特別手当を要求したいくらいっすよ、ホント!!!」

「確かに、今あっちの勤務に割り振られて喜ぶ輩は女性陣くらいのもんだろうな。 俺も流石にキツイ。 それに騎士団には問題児以外でもガキが多いし、萎える。」

「色んな意味で言い方に気をつけろっての!! まぁーー、俺等前々からがきんちょ共からの受けが良くなくって、ですね?! だからって、お嬢様の存在を否定しようってんじゃなくて、一般論的な感想だったわけでしてぇ~~…、おいっ、ジェリーちゃんよ、お前も何か弁明しろって!!」

「あーー、軽率な発言でした。 お嬢様は例外です、話の通じる子供は全然大丈夫なので…ってぇな、何だよ、殴るなよ。 えーーと、私の発言は全部丸っとお忘れください。」

言葉の途中に強めに背中を小突かれ、言葉を選んで喋るのが面倒になったような顔で発言を記憶から消去しろという無茶な要求を迫ってきた。
天と地がひっくり返っても、私が応じるはずがない。

「忘れませんからね? というか、悪い意味には全然、受け取っておりませんからご心配なく! 子供らしくなくって苦手、と思われていないのなら、寧ろ嬉しい限りですし。 これからも仲良くして下さいね、ジェラルド先生!」

「いえ、お嬢様に先生などと…呼び捨てて頂いて構いませんから…? …は、何だよその顔?」

「あーあぁーー、言っちまったなぁ~~? それ、このお嬢様には禁句なや・つーー! まぁ、偶には全力で絡まれてみろって、何事も経験ってな、健闘を祈っててやんよ!!」

「はぁ? お前何言って……、あの、ライリエルお嬢様? 急に俯いて…って、震えておいでじゃないですか、どうかされましたか?!」

「ジェラルド先生、少し、私のお話にお付き合いいただきますね?」

「え? 確認じゃなくて…決定事項、ですか??」

「はい、是非とも私の崇高なる理念をご理解いただきとうございますから、どうぞこちらにおかけください。 遠慮なさらないで? 何も怖いことなど申しませんわ、だって私、たった3歳の幼女でしかございませんから、成人男性を恐れおののかすことなど出来るはずございませんでしょう? オホホ、ホホ、オホホホホホ!!!」

「あの、もう既に十分態度からして怖いのですが?」

それからたっぷりと時間の許す限り一杯一杯使って、相手が降参して音を上げようが、制止の声をかけてこようがお構いなく。
私が私よりも年上の、人生の先輩とも云うべき大人な方々を当然のように呼び捨てる不自然さを独自の見解を多分に含んだ持論を語り聞かせ、押しの強めな力技で“先生”という敬称をつけて呼ぶことへの同意を示す頷きを得るまでに、要したのは20分…は、かかっていないと思う、多分。

これでようやっと2件目・・・となる、パワハラスレスレの難易度高めなミッションを、見事成功せしめたのだった。


 謎の説法を聞かされきったジェラルドは、ぐったりげっそりして見えても、当初の目的である探し物を意地になって継続している。

幼女に執拗に絡まれて逃げ出せない幼馴染、という珍しい光景を見れたことで溜飲を下げ、ご機嫌になった筆頭医師メドゥサン・シェフは先程叫ぶ原因となった事柄をしみじみと思い起こし、ブルブルブルっと震えだした。
ついでに思い出してしまった恐怖を吹き飛ばすため、敢えての軽口を叩いてみる。

「しっかし、今思い出しても身が凝るっつーーね、ホント。 ひやっひやし過ぎて、人生一の肝冷え案件だったすわ、マジで!!」

「…そういえば、何の話をしててあそこまで騒いでたんだ? 肝を冷やすって、……鈍さの権化みたいなお前がか、冗談だろう?」

探し物はなかなか見つからないらしい。
けれどまったく焦る様子がないのは、時間に追われていないからか、もしくは彼の性格によるものか、だった。

「うっせぇーーよ!! てか皆まで聞くな、聞きゃーもれなく地獄に片足ドボンだぞ? でもまさか旦那様が覚えてたとは思わんかったっすわ。 こー言っちゃ失礼ですけど、めっちゃ意外! でもそのおかげ(?)でここに鞍替えできたって思うと……何か、複雑よなぁ~~…。 ここまで素直に喜べねえってのも、不思議だわ。」

「転職しといて酷いな。 どっちも同じ地獄なら、こっちのほうがまだマシだと思うけどな?」

「そりゃおまえが“筆頭”なんつーー七面倒臭い役職持ちじゃねぇーーから言えんのよ!! んなに地獄かどうか確認したきゃ、いつでも喜んでこの役職譲ってやんよ、熨斗つけてなぁっ!!」

「いらね。 死んでも御免だ。」

きゃんきゃん騒がしいユーゴ先生に対して、常に淡々と返すジェラルド先生。
真逆っぽい性格の2人の会話は、聞いていて素直に仲良しだなぁ~と思える、気心知れた親友のそれだった。

「…でもどうしてお父様は直ぐにユーゴ先生の事が分からなかったのでしょう? だってユーゴ先生ったら、こんなに特徴的でいらっしゃるのに! そこが本当に不思議です。」

2人の会話を邪魔しないよう、タイミングを見計らってずっっっと抱えていた疑問を口にする。

「それぜってぇーー良い意味じゃねぇっすよね? ぼやぁ~っとした表現のくせに滅茶苦茶貶された気分なんすけど…、まぁ、いっすわ、俺はぜぇ~~んぜんっ気にしてねぇーーーんでっ(泣)!!」

 ――あばばばっ、泣いてしまわれてる?! どうしようっ、私的には特徴的=超ポジティブな褒め言葉だったのにぃっ!!――

先程笑いものにされた腹いせか、泣いたついでにいじけようとした筆頭医師の前髪を問答無用で頭頂部に向かって梳き上げたジェラルドが、あらわになったユーゴの顔面を見るように促す言葉を差し向けてきた。

「…見れば解りますよ、ほら。 ………如何です? 今ご覧いただいた通り、35歳の中年男に似つかわしくない、この可愛らしい顔面と、普段の自堕落な為体との落差が激しすぎるせい。 これより他の理由など、ありはしないでしょう。」

そこには、エリファスお兄様以来の、ビフォーアフターの衝撃再来な“美少女顔”が顕現されていた。
細やかなケアなどしていなさそうなのに、つるつるで肌艶も良く、健康そのものなベストコンディションが保たれた美しく可憐なかんばせ
清廉に輝くペツォッタイトの双眸が、長い睫毛に縁取られついでに特徴的な下睫毛にも強調されて、その顔面にいっそうの可憐さを加味しているものだから、私にビシバシと襲い来る衝撃が一向に覚めやらない。

「…これで35歳……?! いえでも、前髪が無いだけで、こんなに違う(?)なんて、これじゃ……わからなくても仕方ない、ですね?? …ホホ、……ホホホホホホ!!」

「っだーーーから、巨大なお世話だっつーーの!! 俺だってなぁ、好き好んでこんな顔面になったわけじゃねぇーーっつーーのぉっ!! いーーよなお前は、年相応に見られる顔面でよぉっ!? へーへーー、こんな女顔じゃろくな奴が寄ってきませんよ、悪かったなぁ、童顔の女顔でっ!!!」

前髪を持ち上げる手をキツめに払い、わしゃわしゃっと乱暴に掻き乱していつもの状態に戻す。
筆頭医師は劣等感を刺激されたのか、自虐的なネガティブ発言を繰り返し、自嘲して嗤う。

「…別に、誰も悪いとは言ってない。 まぁ、ろくな奴が寄ってこないってのは的を得てるよ。 頑固で集中すると仕事にのめり込むお前を、家庭を顧みないダメ男と決めつけて見限った元嫁が、その最たる者じゃないか?」 

 ――“元嫁”って、ユーゴ先生は、バツイチってこと?! って、コレって私聞いてて良い情報なの?? それに何だか…ジェラルド先生が若干おこな雰囲気になられてしまって……る?!――

「しかもご丁寧に理由まで書き残してあったって? 慰謝料代わりに有り金全部持ち逃げして、そのくせ自分が浮気相手と駆け落ちしたのは単なる可愛い腹いせ程度で済まされると、本気で信じてたっていう。 そんな元嫁と離婚が成立したてで、独り寂しく職場で年末年始を迎えることになって、寧ろ清々してるだろ?」

 ――と云うか、“元”であったとしても、結婚までした相手のことをそんな悪意多めに語ってしまって…大丈夫なの? これって、流石のユーゴ先生も激怒してしまわれる、のでは……ないかしら?!――

しばらく放心したようだったユーゴ先生は、しおしお~~…と急激に水分を失って萎れきってしまい、しわしわになった体が事務机の縁にあたり、くしゃくしゃくしゃ~~…と腰のあたりで折れて被さっていった。

この件に関してはまだ激怒できるだけの気力が回復していないようで、ただただ沈痛な面持ちでどんよりと項垂れるばかりだった。

「おま……、ソレ言う? 今、ソレ言う必要………、あったか?? いや無ぇーーだろ?! んだょもぉおーー…、思い出さねぇーよーーにしてたのによぉ~~っ!? んでそんな急に不機嫌になってんだよお前ぇ、怒らせるよーーなこと、俺なんかお前にしたっけかぁ?!?」

「…さぁ、どーだったかな。 忘れたよ、昔過ぎて・・・・。」

声量を落として紡がれた言葉は、本人にしか聞こえないものだった。
私達の目には口元が微かに動いただけにしか見えなかった。

「もしもぉ~~しぃ、聞こえねーーんだけど?! ぶつくさ独り言言う暇あったら、ちったぁー誠心誠意込めて謝って下さいませんかねぇーーぇえーー?!?」

どん底にまで急速に落ち込んだ気分が底に激突して、その反動で斜めの方向に跳ね返ってしまったみたいに不機嫌絶頂で絡みだした年下の上司の言葉は黙殺して。
自分がここに来た本来の目的である探し物をやっと発見し、無感動のまま淡々と事実のみを宣う。

「あぁ、こんなところにあったのか…。 捜し物が無事に見つかったから帰るわ。 御前失礼致します、ライリエルお嬢様。 じゃーな…お先、後宜しくなシェフ。」

カチャ…。

「は、おいおい? 此の状況で放置して帰るって、お前正気かよ?!」

キィーーー……、パタン。

「最悪だ! あいつ、マジで最悪っ!! いきなり不機嫌になりやがって、今のだって唯の八つ当たりじゃねぇーーかよ?! 酷くねぇーーか!?」

「でも本当に、急に不機嫌になられてしまった感じは、凄くしますね…? 私…何かジェラルド先生を不快にさせるようなことを言ってしまったでしょうか??」

「…やぁ~~? それはねぇ~~と、思いますけど…。  言われて嫌なことがあったらあいつならその場で言ってますしね。 まぁ、琴線なんて人それぞれっすからね、一々気にしてたらこっちがどーーにかなっちまうんで! なんで、お嬢様のせいじゃなくてあいつ自身の問題だと思うんで、気にせんで下さいや!!」

 ――結構酷いことを言われてたと思うのに、それでもしっかりジェラルド先生をフォローして差し上げるなんて、上司の鑑ね!! ホントカッコイイ、性格…だけじゃなかった、顔面もイケてるし、最高か?!――

「ユーゴ先生ってホント、とっても良い人ですね…!」

「………褒めても何も出ませんよ?」

私の心からの賛辞に唇を尖らせてぶっきらぼうな言葉を返す筆頭医師。
どうやらこの童顔美少女フェイスな中年男性は、なれない褒め言葉に照れているらしい。

コン、コン、ゴン!

「 ?! 」

「へぇ~へぇ~、開いてるよ! 最後まで丁寧に叩けっつーーのに、一向に改善してかねぇーじゃねーか、直す気あんのかぁ?」

いきなり室内に飛び込んできたノック音に驚いたのは私だけで、ユーゴ先生はと云えば、その叩き方だけで誰が来たのかバッチリと理解しているようだった。

ガチャッ!

賑やかな音を立てて扉を開いたのは、下働きらしい少年で、閉じかけたの扉の隙間から廊下を油断なく確認して入室してきた。
その身に纏っているのは何人が着古したかわからない、肌の色がうっすら透けて見える薄くなった生地の、ところどころあて布がしてある辛うじて衣服と呼べる形を保ったものだった。

「しょーがねーじゃん、俺おギョーギ良くねぇもん! 見ての通り育ちが悪いもんでね!! って、センセーダメじゃん、人いるじゃん、そこにちっこいけどちゃんと1人座ってんじゃん!? …前髪のせいで見えなかったんじゃね?? も~その髪バッサリ切っちまえよ、いっそ丸坊主にすればいーーじゃん、手入れ要らずの手間いらずで一石ニチョーーだろっ?!」

少し艶を無くしているけれど明るめの赤銅色の髪がパッと目を引き、きりっと上がった意志の強そうな眉の下、同じく強い意志が宿っていると感じられる緑青ろくしょう色の瞳が、陰りの一切ない溌溂とした光を放っている。
その目で向かい合って座っている私達を真っ直ぐに見据えながら軽口を叩く。

「っざけんな、ぶっ飛ばすぞクソガキ…!! アホなことばっか言ってんなっつーーの!! 診察してたわけじゃねぇーから返事してやったってのに、診てやんねーぞ?」

「それは困るって! ほらコレ!! ちゃちゃっとみてもらって早く帰らねーと、またロクデナシ共によけーな仕事押し付けられちまうからさぁー?!」

慌てて自分が負傷した腕を掲げて示す、そこにはじわぁっと血が滲む布が巻き付けてあった。
自分でやったのか、意外とキチンと巻かれた包帯代わりの布は、衣服よりも薄くなっているようで強く引っ張ったらそのまま簡単に裂けそうなものだった。

「…っとに、お前らちゃんと言ってんのかぁ~? 担当の指導係とかに、助けてもらえねぇーのかよ??」

ちょっとした怪我ではない、遠目にもそう判断して椅子から音を立てて立ち上がる。
室内を横切って出入り口とは反対の扉に向かいながらも、ここの常連らしい少年との会話は続けられた。

「んー…、多分無理、無駄だと思う。 ロクデナシ共の中に、ちょっとだけ身分の高いのが居て、そいつが金握らせて黙らせてるからさぁ。 指導係以上のお偉いさんなんか、俺たちには声すらかけらんねーーもん、だから何ともなんねーの!」

「はぁ~、やっぱどこにでもいるんだなぁ~、そーゆー悪知恵ばっか働く馬鹿野郎は。 っと、すんませんねお嬢様、こんな話聞かしちまって! ちょっとコイツ診てやりてぇーんで、あっちの方で…。」

少年との会話が落ち着き、こちらを振り返ったユーゴ先生は患者に場所を譲って欲しいと声をかけてきた。
かわりの場所を示そうとするユーゴ先生を遮って、そろそろ帰らなくては、と声を上げる。

「お構いなく、私もそろそろお暇しなければと思っていたところだったので! 出てすぐの廊下でメリッサが来るのを待ちます、きっとすぐ来てくれますから♪ 長々と居座ってしまってごめんなさい。 …また今度、その、…怪我がなくても……来て良い、かしら?」

グレードの高い椅子から慎重に降り、床に着地する。
その場で少しもじもじしてしまいながら、私にとって重要なある確認事項を遠慮がちに問いかける。

「え? 来てもなんも楽しめる要素無いと思いますけど、それで良けりゃどーぞお好きに? お嬢様が来たいって言やぁ、旦那様だって止められやしませんよ! あんたが最強ってね!! 追い出しちまった詫びに、今度もまた同僚の持ち込んだ菓子をお裾分けしますから、楽しみにしといてくださいや!!」

本気とも冗談とも判断が難しい、けれど、煙に巻こうとして調子良く嘯いてるわけではないとは理解できた。
彼らしい気遣い溢れる言い回しに、途端おかしくなって思わず笑ってしまった。

「うふふっ…ははっ、それを2回もやったら、今度こそ怒られちゃうと思いますけど? ふふっ、でもその場合、怒られるのはユーゴ先生だけでしょうから、私は気楽に楽しみにだけしてますね♪」

「え、庇ってくれないの前提すか?!」

「ユーゴ先生はとっても立派な大人なので、お子様からの庇護なんて必要ございませんでしょう? 貴方も待たせてしまって、治療の邪魔をしてしまってごめんなさい。 ユーゴ先生にしっかり処置してもらって、お大事にね。」

これはわりかし本気で言っていたっぽいが、気にせずバッサリと可能性から否定する。
トコトコと扉に向かって歩き、その途中で治療を待っている下働きらしい少年にも声をかけた。

間近で見た少年は、遠目で見たときよりもずっと背が高く感じられ、見上げた感じからアルヴェインお兄様と同じくらいの背丈で、体格は…凄くやせ細って見えた。

「……どーも。」

ふいっ、と顔を斜めに逸して、首肯ともただの拒絶ともとれる曖昧な反応を返された。

スパンッ!

「ってぇ!」と痛みを訴える不満げな声が少年の口から小さくもれる。
いつの間にか少年の近くに来ていたユーゴ先生が、ツッコミにしては少し強い威力で少年の後ろ頭を叩いたようだった。

「おいこらガキンチョ! お前なぁ、もっとちゃんとした言い方ってもんがあんだろーーがよぉ!?! 見て分かんねぇーーかなぁ?? お前がんな態度とって良い相手じゃないんだぞマジで?!?」

自分の言動は棚に上げて、少年のつっけんどんな態度にすかさず突っ込む筆頭医師。

「ふふっ、気にしてませんからお構いなく。 それでは失礼します、ありがとうございましたユーゴ先生!」

「お嬢様、直ぐに侍女さん呼んでくださいよね! それだけは絶対に忘れんでくださいよ?!」

言葉は発さずに、にっこり満面の笑顔で振り返って応える。
ひらひらと掌を見せて振った私の手に、つられてひらひらと振り返してくれたユーゴ先生とオマケにつられた謎の少年の姿を見て、浮かべた笑顔が自然と大きくなった。

稀有なツーショットを漏らさず逃さず心のアルバムに永久保存して、想像していたよりもずば抜けて楽しく過ごせた救護室を後ろ髪引かれながらも後にする。


 シンとした人気のない廊下に出て、今は自分一人しか居ないとしっかり確認してから、もだもだと存分に身悶えた。
連日連夜、新たな出会いがてんこ盛り盛りで、今日は朝からずっとそうで、『情報処理が追いつかない~~っ!』と嬉しい悲鳴をあげてしまいそうだった。

 ――濃いキャラたちに次ぐ濃いキャラ+そのファミリー、間に挟んで癖強キャラからのローテンションキャラ、そして最後にダメ押しでショタキャラ、キタァーーーーー!!!――

テンションアゲアゲ~~↑↑状態で、しばらく悶え続けた後、『侍女を必ず呼ぶこと』と念押された超直近の出来事を忘れずに思い出した。

今日も今日とて、デイドレスの右ポケットにはサイボーグ侍女召喚アイテムたる呼び鈴がきちんと入っている。

それを右手で取り出して緩く握り、軽ぅ~~く1回、“チリーーン”か“カラァーーン”か、どんな音が奏でられるのか全く不明な手のひらサイズのそれをそぉ~~~っと鳴らした、はず。

 ――うん、鳴ったはず、よね? いつもと同じように、問題なく打ち鳴らせたはずだわ!! ここで不安に駆られていつかみたいに無闇矢鱈に振り回したら、とんでもない報復が待ち受けているとしか予測できないもの、絶対無しだわそんな未来!!!――

自分にも何かしら鳴らしたという確証が得られる音が聞こえればいいのに、そう思ってから、今度それとなくエリファスお兄様にお願いしてみようかな~、との考えに至るまでの間、遠くの方からキャンキャンと小動物が吠え合っているような、微かな喧騒がだんだんと大きくなりながら耳に届く。

 ――…何だろう? この聞こえ方からすると…厨房ラキュイジーヌから聞こえてきてる感じ?? トランス状態から覚めたジャン=ジャック氏といえど、こんな高めな声でキャンキャンするわけないし、だからって…ヤニス君が1人で騒ぐとも思えないけど…、何かあったのかしら???――

聞こえてくる言い合う声は終わりそうにない。
だからといって、お父様との約束事である『地下に居る間は絶対に侍女を伴い、決して側を離れない』を反故にはしたくない、してはいけないと頭では十二分に理解しているし、納得もしている。

けれど、どうしたって気になってしまう。
胸騒ぎがする、野次馬根性なるものの類のそれではなく、純粋にいい知れない不安から、胸の中がザワザワと騒いで落ち着かない。

 ――ユーゴ先生に一緒に来てもらえないか、聞いてみようかしら? …ううん、駄目よね。 治療中だもの、邪魔したら駄目だわ。 何かあるって決まったわけでもないのだし…確証もなしに職務の邪魔をしては駄目よね。――

すぐそこにある救護室の扉に視線を向けて逡巡し、結局は頼れないとの答えに至った。
『何があるかわからないけど、気になるから一緒に来て』なんて真剣に仕事をしている最中に言われたら、顰蹙を買うこと請け合いだ。
我儘で自己中心的なお嬢様、だと思われて、一気に煙たがられて距離を置かれてしまうかもしれない。

雑談に興じれるくらい仲良くなれたとはいえ、そこまでの我儘に付き合ってもらえるほどには、当たり前だけれど打ち解けられていないようにも感じる、というのが本音だ。

 ――私はユーゴ先生にそう言われても全然ウェルカムどんと来い!って即答できるけど、逆にユーゴ先生がそう言ってくれるって自信は……皆無なのよね、実際。 どこまで親しくなれば相手にお願いをして大丈夫なのか、“単なる我儘”と“お願い”との線引とか、その距離感がまったくわからないのよねぇ~、トホホ。――

ガッシャァーーーーン!!

「 !!?? 」

 ――っっっっびっくり、したぁ!! え、何、あれって…お皿が割れる音?! やっぱり何かあったんだ、約束を破ってしまうけど、駄目だってわかってるけど……、ゴメンナサイお父様!!!――

今の自分にできる最高の踏み切りで、床を蹴って駆け出す。

救護室から厨房までは同じ廊下の延長上にあり、道なりに真っ直ぐに進めば迷わずに辿り着ける。
けれどその距離は、幼女には決して短いものではなかったのは、云うに及ばず。

はぁっ、はぁっ、はっはっ、はぁっ。

息せき切らして辿り着いた厨房の東側の出入り口、その扉に手をついて、息が整うのに少しだけ時間をかけてしまった。

触れた扉がビリビリと振動しているのがわかる。
その振動と同じタイミングで、語気を強めた言い合う声が内容の分からない音の塊となって漏れ聞こえてくる。

中に居る人物は、声の種類からして最低でも2人は確定で、この2人が少しの間もおかず、先程からずっと息吐く間もなく、激しい舌戦を繰り広げている当事者たちのようだった。

すぅーーーーっ、はぁぁーーーーーーっ!!

大きく深呼吸をしてどうにかまともに息を整えると、ピタリと閉じられている扉を渾身の力で押し開けた。
けれど、それは過ぎたる力だったと押し開いてみて理解する。

先程はメリッサが開いてくれたので気付かなかったが、今自分で開けてみてわかった事実を反芻する。
この扉の下部には車輪…キャスターが取り付けられていて、開くためにこんなに力を込める必要はそもそもなかった。

「うわっ、わぁ~~~わわぁ~~~~~っと!! とぉーーとととっっっっとぉっ!!? ……っふぅう~~、良かったぁ~~…止まれて……。」

扉からは想定していた手応え満載な抵抗があるはずもなく、スィーーーっと軽々と開いた扉につんのめって、顔面から厨房の床にダイブをかましそうになる。
既の所でばたばたと無駄に動かしていた足がつっかえ棒の役割を果たせた、かと安心した矢先、堪えきれなかった勢いに押されて片足ケンケンを数度繰り返した先でやっと、転倒すること無く無事に静止できた。

勢いよく乱入した先で、ここまで勢いのある乱入をかますなんて想定外だったなぁ…、と嘆きながら、未確認で不明瞭だった諍い現場の現在の状況に、そろそろ~~っと目を向ける。

そこには3人の人物がおり、予め予想していた確定人数より1人多かった事に、まず驚く。
次に、3人の内2人が知らない人物、つまりは今日何度目かのはじめましてな人物たちとの遭遇、これに驚いた。
3つ目に、はじめましてな2人の内1人が、私と同年代と思しき幼女であったことに、驚いた。

 ――うわぁ~…、凄く、印象的な目。 ピンク…じゃなくて、ローズっていうのかなぁ? キレイな色の瞳に、……どこか既視感デジャブを感じさせる髪色、淡い…シルバーアッシュ?かな、それにあのハネ具合………、ある御仁とご子息を彷彿とさせるのですが、コレ如何に?!――

大きくパッチリとした猫目が目を引く、可愛らしい顔立ちをしたぷっくりほっぺの幼女。
その幼女の髪は肩にはどーやっても触れそうにないぴょんぴょこぴょんっと四方八方にハネ散らかしており、突如乱入してきた私を胡乱げに見ていたかと思うと、急にキッと睨みつけてきた。

「あんただりぇ? ここはブガイシャタチイキンなのよ?! カンケーないあんたは、さっさとここからでていきなちゃいよね!!」

 ――指摘はご尤も、でもそういう幼女な貴女はこちらの関係者なのでしょうか?!――

心の中で叫んだその疑問はすぐに解消された。

「おいっ、1番の部外者なお前がゆーーなよな!! 誰のキョカも無いのは、おまえだけだっつーーーのっ!!!」

 ――あらら、やっぱり厨房の関係者ではなかったのね。 良かった、あの格好で関係者だったら、総料理長シェフ・ド・キュイジーヌに意向を伺わないと、な事態に発展しかねないものね…。 だって、ぽんぽこお腹はもちろんおヘソまで丸出しなんですよ、彼女ったら!! 私には出来ない…、やれって言われても断固拒否、このぽんっと張り出した腹部を衆目の目に晒すなんてこと……一生できないわ!!!――

「あたいだけって…どーゆーこと?! このちんちくりんはキョカがあるってことっ!? なにそれっ、ひどいっ、おかちーーじゃないのさっ!! あたいのほーがさきに、ここにでいりしてるってゆーーのに、こんなのフコーヘーよっ!!!」

避難めいた怒りに燃えるキツイ視線を寄越された。
前世ではカラコン意外にありえない色彩の目に射抜く勢いで見られて、我知らず体がびくんっと竦み上がった。

「不公平なもんかよっ!! お前はまねかれてもないのに騎士のおっさん共にひっついて勝手に入り込んできただけだろ?! しかもテオにわけわかんねー理由でちょっかい出しやがって、そんなヤツにこの厨房に出入りするキョカなんてやるわけねーーだろ、このバァーーーーカッ!!!」

テオと呼ばれた少年は、ずっとヤニス君の後ろに隠れていて、鋭く睨みつけてくる少女の視線から精一杯、自分の身体を隠しているようだった。

典型的な売り言葉に返ってくるのは、やはり典型的な買い言葉だけだった。

「っ!? バカっていった?! それって、あたいのこと…!!? ……ゆるさない、あたいにそんなことゆーなんて、ぜったいに、ゆるさねーーーからなぁっ!!!」

「「「 !??! 」」」

いきなり口調がかわり、浮かべる表情も子供らしい可愛らしさの残る怒り顔、ではなく、憤怒と表現する他にない鬼のような形相へと変貌させ、ずんっ、ずんっ、と足音も怒らせて接近を開始した幼女に、平均年齢約5才のお子様3人が怯えないでいられただろうか。

この場での最年長者であるヤニスの背に庇われながら、距離を縮めてくる幼女の気迫に呑みこまれ、フルフルと身を震わせるしか無い自分の無力さを、今日感じてきた中で1番、恐怖を伴って噛み締める事となってしまった。
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