転生して悪役令嬢な私ですが、ヒロインと協力して何とかハッピーエンドを目指します!

胡椒家-コショーヤ-

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●本編●

89.出立の見送りは予期せぬ餞別と共に。

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 フォコンペレーラ公爵家が擁する私設騎士団【蒼鷹ロルドル・ドゥ・ロトゥー士団ルデパロンブ】、その栄えある騎士団長以下4名の騎士たちは、大変混迷を極め、理解し難い場面に遭遇していた。

と云うのも、今現在眼前で繰り広げられている光景を、目に見たそのままを素直に現実である、とは即座に理解・納得できないからだった。

1頭の青毛の竜馬シュヴァルガルグイユが自ずから背に乗せた幼い少女と共に、そこかしこを縦横無尽に翔けまわっている。
そればかりか、少女が嬉々として口にする様々なお願いを大人しく叶え、つい先刻初めて顔を合わせたばかりとは信じられない程、仲良さ気に難なく意思疎通をはかっているのだから、わけがわからない。

竜馬シュヴァルガルグイユとは、普通の馬と魔獣に分類される馬とを呼び分けるための総称であり、固有の種別を指すものではない。
この魔獣と言う概念がそもそも曖昧で、普通の馬とかけ離れた特異点が1つでもあれば、全て竜馬シュヴァルガルグイユと一括りにして呼ばれてしまう。

しかし分類されたからと云って、全てが全て、その後種別毎にネーミングされているわけでもない。
討伐対象になり得る危険度の高い種別以外は一括りのまま、それ以上細かく差別化されることはなく、ざっくりとした認識のまま放置されてしまう。

本来なら細かく細分化されて、各々系統別にネーミングされるべきなのだが、魔獣だとわかってさえいれば良い、という現実的な常識が根付いてしまい、それがそのまま現在まで続いてしまっている。

というのも、危険度の高い種は肉食である事が多く、食事量も多いため、自ずと食料となるモンストルが跋扈ばっこする地域、人間がおいそれと近づくことの出来ない領域を好んで住処としているのである。
裏を返せば、人間の暮らす領域近くに生息する種には然程の脅威はなく、わざわざ種別を振り分けて呼び分ける必要性がないと判断されてしまったからだった。

話を戻して今現在、公爵家唯一の令嬢が興奮MAXのまま跨っているオロヴァスは、アグレアスの説明にあった通り、討伐対象とされることもある危険度の高い種である。
その為、確固たる種別名が定められており、その生態も大まかには知られている種でもあった。

だからこそ、この状況は全く受け入れ難い、と騎士たちが感じてしまうのである。
この種について教わるとき、新人であれば誰もが念押して頭に叩き込まれる言葉がある。
『アールヴィク種に遭遇したら、一も二も無く全速力で逃走しろ。 命が惜しくないのなら挑んでみることは止めはしないが、きっと後悔する未来が待ち受けているだろう。』

アールヴィク種と呼ばれるこの種は、体躯の巨大さを除けば外見は普通の馬と何ら変わらず、一見すると無害そうに見えてしまう。
けれどその見解は全くの誤解であり、個体によってその度合いはまちまちだが、外見からではそうと判断できない、魔獣と分類されるだけの危険性を十分備えた危険極まりない種であった。

本気で翔けている姿を一度でも目にしていれば予想できるはずだが、普通に野に降り立った状態では想像もできない、高度な風魔法を自在に操る事が出来る上、その用途は翔ける以外にも適応され、多岐にわたり応用が効く。
つまり、戦闘にも問題なく有効活用され、その威力はこれもまた個体差はあるものの、記録にあるその最たるものを一例にあげるなら、次の通り。
大地を深々と割り渓谷を生み出した、とか、あるいは海峡を裂き、その裂口は1週間持続し続け、その間は難なく海底を歩いて海峡を渡れた、とかであった。

そしてこのオロヴァスはと云えば、本気を出せばそれらのどれか1つは確実に再現出来る日も遠くない、くらいにはメチャ強な威力を発揮できる個体であり、マナ操作もお手の物~な器量良しでもある為、この場で披露した以上に速く翔ける事も可能なのだった。

長所となり得る事柄ばかり枚挙にいとまがないが、そんな超ハイスペック個体なオロヴァスにも、致命的に才能が欠落している事柄が1つだけ、顕著な短所として確実に存在している。

それがこの種特有のスキル、【念話】だった。
本来なら異種族間でも問題なく意思疎通が可能で、このスキルは条件が揃えば更に進化できる、という伸びしろのあるスキルだった。
しかし、このオロヴァスに関して云えば、それは夢のまた夢、到底進化など期待できぬほどには絶望的躓き具合だった。
初期段階であるはずなのに…壊滅的に意思が疎通されない。
簡単な単語を組み合わせた、片言の外国人が発する言葉のような具合にしか伝わってこない。

先程、この少女がオロヴァスに擦り寄られて転がされそうになり、それを助けたオロヴァスと目を合わせた瞬間に脳裏に閃いた考えは、オロヴァスからの拙い【念話】によるものだった。

『オレ、助ケタ。』や、『オ前、面白イ、背中乗ル。 翔ケル、舌噛厶、気ヲ付ケル。』的な内容だったのだが…、ボソボソと呟く体の念話のせいで、余計言葉の意味が伝わりにくいものだった。

しかしその体験こそが貴重なもので、本来の相棒以外にここまで気を許し、意気投合してみせた相手は他にいない。
今の今まで、相棒であり家族でもあると認めるヴァルバトス以外に、他に類を見ないほど気位の高いオロヴァスが背に乗ることを許した人間は人っ子一人いなかったのだ。

そもそもの出会いは戦場で、偶々通りかかったらしい全くの野生状態だったオロヴァスと否応なく戦闘する流れとなり、紆余曲折を経て相棒と認められた際に、オロヴァスと名付けたこの竜馬シュヴァルガルグイユは、今ではヴァルバトス唯一の愛馬であった。

ヴァルバトスが他の馬に乗ろうものなら、途端に気分を害して暴れ始めてしまうため、今回の護送任務に駆る馬は、このオロヴァス以外に選択する余地がない。
だからこそ、愛馬の世話を(拒否権なく強制的に)一手に引き受けさせられているアグレアスが、少し離れた場所で時間まで自由にさせていたオロヴァスを此の場に連れて来ようとした…のだが、そこで突如オロヴァスが暴走ともとれる疾走を開始したのだ。

大の好物であるヴェール色の葉で気を引こうとしても、全く意に介さず、目的も不明なまま疾走を続けるオロヴァスを、全身全霊をかけて追走していたアグレアスは、ついうっかり葉束をしまい損ねて取り落としてしまった、らしい。

本人はきちんと腰元の収納鞄の1つに納めたつもりでいたのだが、どうやら違ったらしい。
アグレアスが落としてしまったその葉を、律儀に拾い上げてしまったのがあの少女の運の尽き。
先程はまったく興味を示さなかったソレを、何故か興味津々と見詰めた挙げ句、異変を察知したアグレアスとヴァルバトスからの静止を無視して大口を開けて少女の腕ごとかぶり付いた。

流石にパニックになって泣き出すだろうと予想されたやんごとなき貴族のご令嬢は、予想に反して笑い転げだした。
葉を持つ手を舐められていたようなのだが、外からはそんな口の中で繰り広げられている状況など全くわからないでいた。
その為、無事吐き出され解放された涎まみれでデロデロになった腕を見て、今度こそ泣くか…と身構えたが、これまた楽しそうにケタケタ笑い出した少女に、もう疑問しか無い。

魔獣に腕をまれて、何故平気でいられるのかわからない、疑問に思ったままを問いただしてみれば普通の馬と思っていたらしく、草食だから自分が食べられるとは夢にも思っていなかった事がわかった。

魔獣だと伝えた後の反応も、いちいち予想を裏切る結果となった。
遂に怯え慄くか、と思ったら『こんなに可愛いのに…。』と信じられない言葉を口にした。
その少女はオロヴァスからの抗議を受けて、『格好良い』と意見を翻し、前言を撤回してみせたが、これで大人しく溜飲を下げ納得するオロヴァスではなかった。

グイグイ鼻先を押し付けて、耐えきれなくなった少女が後ろに倒れ込みそうになったその時に、得意の魔法で難なく助けて、それからあれよあれよと言う間に、現在のこの状況に至った。

此の場にようやっと合流した領地家令アンタンダンの発した素朴な疑問に、ここに至るまでの経緯を正確に、事細かに答えられる者は…残念ながらこの場には1人しかいなかった。
けれどそのたった1人は、目の前の光景にいたく動揺しまくっていて、サミュエルの声などまったく耳に届いていなかった。
その理由は、次の会話が示す通り。

「嘘だぁっ!! え、何でっ?? うっそぉ、…何で?? だって、俺…手綱にも触らせてもらえたことないんだけど?! なのにあんなっ、ポンって!! 軽く背に乗っけちゃってさぁっ?! おじょー様は良いって、どーゆーことっ!? 何でぇっ、俺っ、きっと親父よりちゃんっと、ずぅーーーっと、毎日だって世話してるのに、何でなのぉっ!?!」

「がぁ~~はっはっはっは!! そりゃおめぇ、オロヴァスにはお見通しなのよぉっ!! おめぇーが俺様の倅で、まだまだて~~んでっ、ひよっ子だって事がなぁ!! んでぇ、そーするとよぉ、半人前の下っ端だと思っちまうのも、しゃーねーわなぁっ!! んまっ、この俺様の愛馬だからなぁ~~?! アレだアレ、しゃーねーーってぇ話よ!! 」

「どんだけ下に見られてんだよ俺っ?! ひっでぇーーじゃんっ!! おっかしぃーーじゃんさぁーーっっ!?!」

日頃から甲斐甲斐しく、一日も欠かさずに世話をしてきたオロヴァスから、今まで一度だってその背に乗ることを許された試しがない。
それなのに、年端もいかないあの少女はいとも簡単に乗ることを許されてしまった、しかも自分の目の前で。
この理不尽な状況に、誰が動揺せずにいられただろうか、立腹せず冷静でいられる者など、いただろうか。

頭を抱えて懊悩する青年に、いつの間にか翔けるのを終えたらしい少女が青年たちの側近くに降り立ち、先の親子の会話を受けて意外過ぎる言葉を返す。

「ん~? でも、下っ端云々は…関係なさそうですよ? えぇっと…『女子供は物の数じゃない。 ただ相棒だと認めてない野郎を背に乗せるのは、自分の流儀に反するだけだ。』…多分、こんな感じです。」

オロヴァスが軽く鼻から息を逃しつつ、ビビッと伝えてきた片言念話の内容を自分なりに要約して伝える。

アールヴィク種が【念話】を使えることは、此の場にいる誰しもが知っている。
騎士たちは当たり前として、意外なことにあの家令もサイボーグ侍女も知っていたことには驚きを禁じ得ないが、この場では敢えて取り沙汰さず、そのまま受け流す。

「…っナニソレ?! それって結局、オロヴァスの感じ方次第ってコトじゃん?? 俺がいっつもかも、シックハックしながら世話してんのにぃっ!? 相棒判定に掠りもしてないって、ホント、コイツの性格酷くないぃ~~っ?!?」

涙を目に滲ませて、途中意味を理解しきれていない単語を間に挟みつつ、なにかの感情に塗れさせた声をブルブルに震わせながら嘆きを叫ぶアグレアス。

「成る程ねぇ。 相棒以外の人間には世話する事は許しても、心は全く許さない、と。 (自分勝手な)性格は相棒団長そっくり、多大に影響を受けてるってわけだ、納得。」

理不尽な俺様理論を瞬時に相棒の悪影響の賜物であると理解して、1人しみじみと納得するヨアヒム。

「なぁーーっはっはっはっはぁ!! けぇ~~~っさく!! 今日1の傑作じゃねぇーーのぉっ?! 世話焼いてる魔獣にまでっ、軽んじられてる坊って、そらぁっ、笑うしかねーーっっ!! っは、腹いってぇ~~~っっ!!!」

ゲラゲラと笑い、笑い過ぎたため言葉の通り引き攣り痛む腹を抱えて前傾姿勢になりながらも、尚一層笑い続けるミルコ。

「ミルコ副団長、笑い過ぎですって! そんなに笑ったら、若が可哀想じゃないですか!? そーゆーとこが駄目なんですよぉっ?! ……うぅ、気が滅入ってきた…、こんな環境で明日まで過ごさないとならないなんて……、鬱になるぅ………。」

副団長の配慮を欠いた遠慮の無さにドン引きしながら窘めの言葉を口にして、己の身にこれから降りかかるだろう、ストレスフルな道中を悲観して、悲嘆に暮れだしたジークムント。

「はいはい、そこまでにしてくださいねぇ~、ジークムント君? この期に及んで往生際悪く、四の五の泣き言を云うのな・らぁ~? 誠に残念ではありますが先に宣言したとーり、個人の如何なる失態であれすべからく連帯責任となりますのでぇ~、騎士団全体の評価はさ」

「嘘っす!! 勘違いっ、気のせーーーでしたぁっ!! 俺、超元気っすから!! ホント、鬱になるとかって、あれは単なるジョーーーダンっす!! 言葉の綾ってやつですからねっ!? だからっ、だから俺が原因で評価下げるとか、絶っっったいにやめてくださいねぇっ?!? お願いしますサミュエルさんっっっ!!! 後生ですからぁ~~~っっっ!?!」

サックリ釘をぶっ刺して、ジメジメする場所を探す間も与えずに、精神薄弱な年下の青年の行動を自分の思う通りの方向へ誘導することにあっさりと成功してみせたサミュエルは、勿体ぶる様子を見せつつも譲歩を示す言葉を愉しげに口遊む。

「仕方ないですねぇ~、今回だけは見逃して差し上げましょうか…ネ? で・す・がぁ~、2度目がある、なぁ~んて、甘い期待は抱かないでくださいねぇ? しっかりと肝に銘じて、今日これからの任務に励んで下さいね♡」

「…っはっ、はぁーーいっ、っちょーー頑張りまぁーーーっす!!!」

縋りついた家令から、拒否する権利をキレイに奪い去られた命令を下されて、ニゴリ…と引き攣るのを通り越したゴリゴリの硬さしかない笑顔と思しき表情をその顔に添付する。
こちらもアグレアスに負けず劣らずな、潤々涙目になりながら、声だけは溌溂と元気一杯に塗装して言葉を返す。

これで現実逃避の手段は奪われてしまった、道中に1度でも後ろ向きな発言をしたなら、この家令は情け容赦無く有言実行することだろう。

そうなったなら、己に待ち受けるのは他の騎士たちからの盛大なバッシング・ブーイングの嵐、で済めば可愛いもの。
それ以上に凄惨で目もあてられないような内容が盛大に盛り沢山♡な私刑劇が開演されてしまうこと請け合いだった。

ガックガクと身を震わせブレブレに体の輪郭を歪ませながら、自分も愛馬を連れてこようと、ギクシャクとして動きの悪い身体をどーにかこーにか駆動させ、此の場を静か~に、気配を塵以下に貶しながら離れようとする。
これはせめて精神を逃がせないならば、と思い詰めた結果、今現在の彼に実現可能な範囲で取れる、限られた逃避的行動だったのかもしれない。

その後ろ姿をクスクスと微笑いながら見送る家令の表情は、正に悪魔の如く候な実に愉しげな表情だった。


 所変わって、知りたくなかった現実を突きつけられ、項垂れる青年はと云えば、今も盛大に凹みまくっている真っ最中だった。

「……はぁあぁ~~…。 何か、すっげーーー…、凹む。 今までの俺の労力って、一体……。 良いように使われてただけの俺って……、しかも魔獣に……、っはぁあぁ~~…。」

しゃがみこんだ姿勢で、曲げた両膝の上にだらん…と脱力させた腕を無造作に乗っけながら、首をガックリと落として項垂れて、ブツブツゴニョゴニョと恨み言を漏らしながら凹みまくる。
その姿は、およそこの青年には無縁の、全く似つかわしくないネガティブそのものな姿だった。

「…でも、わたくしはアグレアス卿が羨ましいです。」

そんな青年に、救いの手となるか、は今のところ未知な言葉をかけたのは、凹む原因となった少女その人だった。

「え……えぇっ?! 何がですかぁ?? っていうか、羨ましいって………え、何処らへんが???」

目を真ん丸に見開いて、何処に羨ましがられる要素があるのか見当もつかない、と顔にデカデカと書いて、素っ頓狂な裏返った声で問い返された。

「だって、アグレアス卿はいつだって、オロヴァスの相棒に認められる為の…試練に挑戦できるのでしょう? 今までずっと、ちゃんと挑戦する資格が与えられ続けてたって事じゃないですか? そう考えると、私は正規の手順を踏んで、ちゃんとした相棒として認められたわけじゃないですから! ただの例外で、最初から対象外で、本当の相棒には…一生なれないわけですから。」

言いながら視線が段々と下がる、自分で思っていたよりもずっと、オロヴァスにとって友人以上の存在にはなれない現実が…、かなり堪えている模様。
さっき出逢ったばかりだというのに、もう何年も前から親しんできた存在のように、オロヴァスが身近な存在になってしまっている。
そんなオロヴァスに、自分は一生かかっても相棒とは認めてもらえず、特別な存在にはなれないという現実が、凄くもどかしく、やたらめったら悔しく感じてしまう。

「そう考えると、凄く羨ましいです! 絶対にオロヴァスの相棒に認められて下さいね、アグレアス卿!! アグレアス卿なら絶対大丈夫です、応援してますからね!!!」

下がってしまった気分を無理矢理に上げて、殊更明るく励ましの言葉、のような何某かを無理矢理相手に押し付ける。

「あ……はぃ、……はいっ!! 俺っ、頑張りますっ!! 絶対、ぜぇーーったいにっ!! オロヴァスに正面から、正々堂々ぶつかって、いつかぜっっってぇーーーに、相棒だって認めさせてやりますからっ!!! 見てて下さいねぇ~~、ライリエルおじょー様ぁっ!!!」

ほんの数分前まで、凹みまくってしょげ返っていたのが嘘のように、たちどころに気分を上方修正して持ち直してみせた青年は、力強く元気一杯に、ブンブンと首を上下に振って何度も頷いてみせた。

「はいっ、その時が来るのを楽しみに待ってます!! これからも頑張ってくださいね、アグレアス卿!!」

青年を元気づけられたことにホッと安堵して、心からのニッコリ笑顔を返せていた、と思う。
気持も新たに、変わらぬ目標に向かって精進することを誓った青年も、自身が今日明日駆ることになる竜馬シュヴァルガルグイユのもとへと向かっていった。

青年が十分離れた頃合いをはかって、いつの間にか直ぐ側へとやって来ていた家令が驚かさないよう、細心の注意を払って小さな主人に声をかける。

「んふふっ、昨日からずぅ~~っと、ライリエルお嬢様には驚かされてばかりおりますよぉ。 まさか竜馬シュヴァルガルグイユにまで好かれるとは、御見逸れ致しました♡」

「サミュエル…! こんなことを経験できるなんて、思っても見なかった!! 自分でも吃驚し通しなのだけど…、でも、とってもとっってもとぉ~~っても、楽しかったわ!!!」

そこから少しの間だけ、昨日中断された家令との会話を引き継ぎ、2、3雑談を交わした後、出立の準備を終えるため此の場を離れるサミュエルを見送った。


 程なくして、パンパンパンッと小気味よく手を打ち鳴らし、少し緩んだ空気と騎士たちの心持ちを引き締めにかかる家令からの檄が辺りに響いた。

「さぁ~~て、皆さぁ~~ん? これだけの時間があったのですからぁ、勿論余計な確認をするまでもなく、出立の準備は万端恙無ぁ~~く、終えられていらっしゃいま・す・よ・ねぇ~~?? 出立の予定時刻は軽ぅ~く超過してしまっております為、これ以上モタモタしていられる猶予は微塵もございませんからねぇ~~??」

指摘されてすぐに、気持ちと頭をしっかりと仕事モードに切り替え終えた騎士たちは、誰に急かされるでもなく、各々の竜馬シュヴァルガルグイユの元へ向かい、準備しておいた旅の装備をテキパキと確認して、順次身につけていく。

各々がサッと旅装を整えて、それぞれの竜馬シュヴァルガルグイユにササッと跨がって、出立の時を今か今かと待つばかりとなった。

「いってらっしゃい、皆さんの道中の安全を心よりお祈り致します。 どうぞくれぐれも気を付けて、明日無事にお帰りくださいね。」

その言葉に返す表情は、程度の差はあれど、誰の顔にもまったく気負う気配はなく、ふてぶてしいくらいに自信と余裕が感じられる笑顔に彩られていた。

道中遭遇すると予想される如何なる危険に対して、丸っきり何の不安も抱いていない様子だった。

 ーーサミュエルまで余裕綽々な雰囲気を崩していないなんて…、いつも通りと云えばそれまでなのかもしれないけど。 遭遇する可能性のあるモンストルって、話に聞いたほど、脅威ではないのかしら?ーー

ゲームでの戦闘はお馴染みの選択肢形式で、出現するエネミーはストーリの進行具合に合わせた無理のないレベル設定となっていた。
それが現実の世界にそのまま適応されることは有り得ないとは理解しているが、武装した騎士なら無理なく倒せるくらいのものなんだろうなぁ~、とこのときは単純に、これから出発する男たちの落ち着き払った態度に誤った認識を植え付けられて、深く考えもせずに納得してしまった。

この世界の常識がまだまだ穴だらけで、欠落した情報しか持ち合わせがなかったのだから、この場合は仕方のない認識齟齬だった、とこの時した自分の思い違いを後々に項垂れながらしみじみと思い返すこととなるのだが、それはまた別の話。

事前に取り決めていたらしく、それぞれが決められた配置についた。
オロヴァスに跨ったヴァルバトスが先頭に立ち、次いでサミュエル、その次に4頭の竜馬シュヴァルガルグイユが牽引する箱馬車が来る。
そしてその箱馬車の四方を囲うように、進行方向に対して右前方に副団長であるミルコ、左前方にヨアヒム、右後方にジークムント、左後方にアグレアスという人員配置で護送にあたる。

視線でこの護送の指揮を取る家令に出発の可否を問うと、狐に激似なニッコリ笑顔で「可」であると答える。
それを正しく理解してオロヴァスの手綱を緩く引く、それだけでオロヴァスはヴァルバトスの意図を正しく汲み取り、自ずから進行方向へと首を巡らせ体勢を整える。
この程度の動作に念話を用いるなど、全くお呼びじゃないのだ。
そんな必要がない程、この1人と1頭の間には確固たる揺るぎない絆が確立しているのだった。

「んじゃぁ~なぁ、嬢ちゃん!! ちょっくら行ってくらぁ~~!! がっはっはっはっは!!」

「はぁ~やれやれぇ。 出立の挨拶までもが厳かさとは無縁だなんて、先が思いやられてしまいますよ。 気を取り直しまして、それでは行ってまいります、ライリエルお嬢様。 また明日、戻り次第一度ご挨拶に覗いますネ♡」

「いってきまぁ~~~っす!!! おじょー様ぁ!!!」

「いや、ぼんうるっせぇーーーって!! 何で後ろに居てそんだけ五月蝿く出来んだよ?!」

「耳イッタ! ミルコさんまでアグレアスにつられて大声出さないで下さいよ。 声量馬鹿でホント五月蝿いんで、止めて下さい。」

「あぁ~~…静かな部屋が恋しい……。 っっっは!! 違う違うぅっ!! 今のは唯の呟きですからねぇっ?! 探してませんからっ、求めてませんからっ!! ジメジメ出来る場所とかっ?! 今の僕には無用の長物ってやつですからぁっ!! ホントのホントっ!! 今日1のガチですからぁっ!!!」

「「うるっ(せぇ/さい)!! 黙ってろジーク!!!」」

「何っで僕だけぇっ?! 2人揃ってとかっ、何でなんですかぁっ!?」

ギャーギャーワーワー騒がしいまま、道中降りかかるだろう危険などなんでも無いことのように、軽やかな蹄の音と、重厚な車輪が大地を踏みしめる音を響かせて、賑やかしいままの一行は一路アンジェロン子爵邸を目指す。


 見えなくなるまでその一行の後ろ姿を見送り、朝食をとる為食堂へ向かわなければ、と思い出して踵を返す。
踵を返し振り返った目線の先で、今の今までずっと、自分に付き添ってくれた静かに佇む侍女の無な表情を見て、ふとある事を思い出す。
それについてわざわざサミュエルの説明を遮ってまで聞くのが憚られた為、聞き倦ねていた居る内に…色々ありすぎて忘れてしまっていた。

 ーーそういえば、あの護送特化型箱馬車にはシートベルト的なモノが見当たらなかったわね…。 でも、この世界には魔法があるのだから、わざわざ物理的に固定するような安全対策なんて、取るはずないわよね? ついつい前世の常識が先行して浮かんできてしまって、私ったらいつまで経っても慣れないわねぇ~…。ーー

これも前世の記憶に囚われた自分が勝手に設けてしまった基準による取るに足らない躓き。
きっと何かしらの魔法による補助で搭乗する者の安全は万事例外なく守られるのだろう、と自分の感じた疑問を一笑に付し、それ以上とくに気にすることもせず、すでに疑問に思ったことすら忘却の彼方へと葬り去った。

勝手な見解を理由に納得し、自己完結を終えたところで、少女の頭の中は、本日の朝食、その食事内容についてのパンク寸前に膨れ上がった膨大な質量の期待で目一杯に占められきっていた。
本日は1週間寝込んで目覚めてから、3日目となる雪月ニヴォーズ34日、つまりは病理食が終わりを告げ、普通の食事解禁日と目される期待大な最重要な一日なのだ。
病理食でも目が飛び出そうなくらい美味しかったけれど、通常の食事なら如何程の類稀な美味具合だろうか…と期待するなと云う方が無理な相談だ。

でも、ここで今一度思い出して欲しい。
箱馬車を見学する際、家令の男がどうやって内部へと至る唯一の出入り口の扉を固定していたかを。
あの扉を固定するのに、何らかの魔法ではなく、頑丈な固定金具(物理)が使用されていたという記憶に新しいだろう事実を。

刻印魔法が普及しているとは云え、腕の良い術者はそこまで多くはなく、運良く腕の良い術者を見つけられたとしても、それに費やす費用と労力に見合わないほど、あの護送特化型箱馬車の使用頻度は少ない。
それなのに敢えてと選んで刻印魔法を施すなど、到底許容されるはずなどない。
そんなコストが嵩むだけの無駄な贅沢を、あの守銭奴ドケチで定評のある領地家令アンタンダンが安々とその首を縦に振るはずもない。

『絞れるところはギュギュ~~っと、引き千切れる限界まで絞る』を座右の銘に、一切の不必要な贅沢と無駄を可能な限り排除することに日夜心血を注ぎ、この公爵家の財政を当主の許しを得て一括管理する、金勘定が大好物♡な領地家令アンタンダンの為人をもう少し正しく理解できていれば、この時の少女にもきっと真実にたどり着くことは可能であったはずだ。

この致命的な見落としによって、全く預かり知らない内に、粛々と護送されて行った子豚令息から予期せぬ理由で恨みを買うこととなった、などとは露知らず。
自分の目的を概ね計画通り、平穏無事に完遂せしめた、と油断しきっていたこの時の満3歳ちんちくりん幼女は、全く知る由もなく決して嬉しくない餞別を賜ることとなった。
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