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●本編●

85.一言物申す!⑥ 〜面会、終了〜

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 言葉の響きほどには更々待ちわびたつもりは無いけれど、待ちに待ったアンジェロン子爵令息との面会が開始されて、早数分。
早速正面から相対したことを後悔し始めている今日此の頃。

それもそのはず、今世では身の回りには顔面偏差値の高い人物しか居なかったのだから、今顔を向き合わせている件の令息の顔面には、全くと言って良いほど、耐性が持てていないのだ。
イケメンスキー、で定評のある(自己申告)わたくしとしては、大変苦痛を伴う苦行に晒されている、と言って過言ない状況なのだった。

その上更に、あの髪色が目に痛烈な刺激を与えながらどんな角度からでも容赦なく刺してくる。
あの小さく纏まって頭の上にのっている髪の毛、何度目にしても目が痛くなる、ショッキングピンクの髪色が自然光の下だからか、余計に威力を増してダメージを与えようと襲いかかってくるのだ。

ただ視界に映り込んだだけでも、ゴーリゴーーリと気力と精神力とが堀削されていってしまうのだから、とんでもない最終破壊兵器もいたものだ。

しかもこの人物が駆使する言動は相変わらずで、短い問答の間に聞いた限りでは少しも改善された様子はなさそうに思える。
1週間以上拘禁したくらいではなんの仕置にもならなかった、ということだろうか?

いやいや…まだ見切りをつけるには早すぎる…、かもしれない。

偶々虫の居所が悪かっただけ、かもしれない。
それか偶々さっきまでの問答が彼の令息にとっては気に障る内容だっただけ、かもしれない。
若しくはこれも偶々、久々に外気に触れて気が緩んで、そんな油断したときに見知らぬ大人たちに睨みつけられながら囲まれて、異様な雰囲気の中話さないとならない状況下に置かれたせいで、緊張し過ぎてパニックに陥り、偶々言葉が乱れて、偶々声に力が入りすぎてしまっただけ、かもしれない。

偶々って、重なる時は幾らでも重なってしまうもの、だからここは一先ず色んな可能性を鑑みて今の状況を冷静に公平な目で見て分析することが先決、…なはず。

 ーーそうそう、兎に角落ち着いてぇ~落ち着くのよ! まだ始まったばかり、相手のペースに絡め取られて、良いように翻弄されてしまったら…駄目・絶対!! ここは深呼吸からの冷静な歩み寄りが大事!! 酒は飲んでも飲まれるな(?)よ!!!ーー

何とか心を落ち着かせることに成功してから、歩み寄りの精神を体現するため相手の真相を確かめる手段を模索して、思いついたのはたったの1つ。

「…念のための確認なのですが、貴方は今回、貴方が引き起こした騒動について、何かしらの反省、もしくは何かしらの後悔、などを少しはなさったのでしょうか?」

相手に直接超直球ドストレートで真意を問う、というシンプルな方法だった。
深く考えなくてもおわかりかと思うが、敢えて言わせていただくと、変化球みたいな婉曲な問いかけの例文や文言なんて、ボッチが標準だった私にはストックが空っ空なのだから、これ以外の方法を思いつけないのだから取りようがない、つまりはしょうがないのだ。

「っっはぁーーーー?! なんっで、俺様がぁ、んなしょーもねぇーーこと、しなきゃなんねーーーんだよぉ!! っはっはぁ、意味わかんねぇーんだよぉ!! 俺様がお前らに何しようと、反省も後悔も、する必要なんざ全く、欠片もぉ、ありゃしねーーーっつーーーのぉっ!!!」

 ーーはい、真っ黒でした。 清々しいほど開き直ってて、何の反省もしておられませんでした、丸。ーー

呆れすぎて思わず魂が肉体から解脱しかけてしまいそうになった。
内容は限りなく薄っぺらぁ~~いのに、出だしの数言、返答として寄越された言葉を聞いただけで、ここまで脱力しそうになる経験にブチ当たるなんて…全く嬉しくない。
こんな経験、今後の人生の中ではそうそうに体験することのない稀な事態であると願いたい。

 ーーそれにしたって、何かおかしくないだろうか? 何でこんなに自信満々に、自分は何をしても許されると思い込んでいるんだろう?ーー

う~~ん?と、心の中で首を傾げて何故彼の令息はこんな突飛な思考に思い至ったのか、と頭を捻って考える。

 ーーこれは、あれかな? 変な方向に甘やかされた子供が思春期によくやらかす、謎な根拠をもとにした万能感が極まった状態故の妄想が暴走したことによる幻惑状態というやつだろうか?ーー

それにしたって、何故ここまで突き詰めて思い込めてしまえるのか。
と云うか、パーティーの時にはもうちょっと…慌てふためいていたような…気がしたのだけど?
もっとこう…違う様子だったような気がした。
子分を身代わりにして逃げ果せようとか考えるくらい、普通に小物な悪童止まりな輩だったように記憶していたのだけど、ただの気の所為だっただろうか?

 ーー1人で牢に入れられている間に考えが煮詰まりすぎた結果“自分は何をしても許される神のような存在”だ、と本気で思い込んでしまったとでも?? え、それが本気マジなら本気マジヤバない?! 暗示がかかりやすい素直な性分なのか何なのか、知ったこっちゃないけれど、極端な自己暗示が極まり過ぎではないだろうか!?ーー

何が根本的な理由にしたって、相変わらずぶっ飛んだ思考の持ち主過ぎて、納得の上安心したようなぁ~、膝から崩折れそうなほどの脱力感に襲われたようなぁ~、何とも形容し難い気分だ。
どこまで考えても複雑な心境に追いやってくる、傍迷惑極まりない困った存在だ、と思わずにいられない事だけは確かだ。

 ーーでも…待てよ? そういえば、パーティー会場でも何か似たような内容の、変な自信に彩られた発言を喚き散らかしていたような…?ーー

先の令息の返答内容には触れず、再び気になった事柄のみを性懲りもなく超直球ドストレートに問いかけてみる。

「…これも念のための確認なのですが、それは一体何を根拠にした発言なのでしょう? 貴方が私達に無礼な行いや発言をして許されるのは、貴方がパーティーの日に仰っていた立派な後ろ盾があるから、でしょうか?」

「ちっげぇーーーよ、バァーーーかっ!! 後ろ盾なんかあってもなくてもなぁっ、関係ねぇっつーーのぉっ!! 俺様が俺様だからこそ、許されるに決まってんだろぉーーがよぉーーーっ!?」

「……では、貴方は誰に唆されたわけでなく、あなたの意志であのような傍迷惑な騒動をイタズラ感覚で引き起こした、そう理解して宜しいですか?」

「あったりまえだっ、バァーーーかっ!! 他の誰かなんて関係ねぇっつーーのぉっ!! 俺様は俺様のやりたいよぉーーにやっただけに、決まってんだろぉーーがよぉーーーっ!?」

 ーー答える度に、一々“ばか”を間投詞がわりにしてワンクッション置かないと、まとも(ではないけれど)に返答ができないとでも?ーー

ワンパターンな返答の仕方に、これまた早々に辟易してしまう。
しかもがなっているのにも関わらず、全然怖くない。
キーキーと喚き立てられているだけの此方にしてみれば、ただただ耳が痛くなるだけであり、ほとほと五月蝿いと思うだけだから早急に止めて欲しい限りだ。

「…そうですか。 でもそうなると困りましたね…。 貴方がずっと変わらずにその調子のまま、となると、改心する目処が一向に立ちませんからね。 ご両親に貴方の再教育をお任せすることも出来ませんし…、他に何方かいらっしゃいませんか? 貴方をしっかりと責任感を持って改心させられるような、頼り甲斐のある大人の方に、何方かお心あたりはないものでしょうか?」

溜息を鼻から逃しながら、少し意識して芝居がかった仕草に見えるよう動きを大袈裟にして、頬杖をついた片腕を反対の腕を組んで支える格好を取ってから、弱り果てた風に声を作って、ほんの軽い気持ちで問いかけてみたのだがーー。

「…何だと?」

「…? ですから、ご両親以外に何方か頼れる大人の方はいらっしゃいませんか?とお聞きしているのです。 貴方が身を置く生活環境はお世辞にも良いものとは思えませんし申せません。 そして同時に、貴方がご両親から真に愛されている、とは…口が裂けても申し上げられませんからーー」

「…いらねぇんだよ、最初っから……!!」

「え?」

「“真に愛されてる”…だぁ? っっはあっ?! んな必要なんざねぇーーってぇーーのっ!! いらねぇーーーんだよぉっ!! あんなクズみたいな親からなんてなぁっ、愛されたくもねぇっ!! はなっから一緒に居る意味もっ、必要もぉっ、ねぇーーーんだよぉっ!! 俺様と違ってなぁっ、何の才能も才覚も持ってねぇ親なんて必要ねぇっ、あんな奴らとの血縁関係すらいらねぇーーーっ、認めたくねぇーーーって、言ったんだよぉおっ!!!」

「 !?!? 」

「「「 !!? 」」」

頼りにできる両親以外の大人が居るかどうか。
この問いに対して、本当に当てがあるかを答えて欲しかったわけじゃない。
改心を求められる当事者である令息に、此方の意向を少しでも伝えたくて口にしたに過ぎなかった。
けれど、この言葉が彼の令息にとっては“禁忌タブー”に該当するものだったらしい。

唇を捲くりあげて歯を剥き出しにして、喰らいつくような勢いで語気を荒らげ、力一杯に怒鳴り散らして否定された。

令息が勢い余って身を乗り出した事で、背後に控えていた騎士たちが数人、臨戦態勢に移行しかけそうになったけれど、騎士団長たるヴァルバトスが緩く上げた左手に制されて、ピタリと直ぐに動きを止めて、元の待機姿勢へと戻った。

この一連の流れは全て、数秒間で完結したらしいのだが、一般ピーポーな幼女には全く察知も出来なければ、想像も及ばない世界の出来事でしかなかった、と云うのは本当にどうでも良い余談だった。

令息が飛びかかってくるかも…?!などと思う以前の話で、全く他の事に気を取られたいた私には騎士たちの動きに回せる気など、そもそもなかったとも云える。

それよりも何よりも、今ここで気になってしまっていたのは、ゲームの設定にはない目の前でいきり立つ令息のキャラクター事情だった。

 ーーおかしい…、ゲームだと、両親に対して何の不平不満も持ってないような、典型的な駄目貴族家の駄目令息って感じの頭の緩いキャラクター設定だったのに…? こんなに両親を毛嫌いしてる描写なんて、一切なかった…はずなのに…、何で?ーー

このゲーム設定との相違は、何を意味するのか。
それはつまり、できることなら決して受け入れたくも認めたくもない方の答えが確定する、そんな確率が濃厚になってきてしまっている、と云うことだろうか。

 ーー今は、ゲーム設定そっちのことは考えないようにして…! 今向き合って考えるべきは、この令息の抱える“禁忌タブー”がどんな類のものなのかってこと!! それだけを考えて、少しでも確実に相手の持つ情報を引き出さないと…!!ーー

こくり…、と生唾を飲み込んで、喉元まで迫り上がってきた不安な思いを飲み下す。
そして気を取り直して、努めて冷静に、令息が激怒するに至るまでの会話内容を振り返って考える。

 ーー両親が嫌いなだけなら、“愛されてる”とかって言葉にここまでムキにはならない…はず。 多分、嘲笑して終わるのが関の山、わたしだったら、きっとそんな反応を返すと思うし…。 でも今回それだけじゃなかったってことは、“両親以外の大人”、此方が“禁忌タブー”である可能性が高そうね!ーー

相手が隠したいと思っている情報を引き出すには、相手から冷静さを奪えばいい。
つまりは徹底的に、“禁忌タブー”をゴリゴリっとゴリ押して、過剰なまでに刺激してやれば良いのだ。

そうと決まれば後は簡単、だた思いつくままに相手が聞いてほしくない“禁忌タブー”ワードを乱用して質問攻めにすれば良い。
上手くやる必要はない、だって相手の好感度を気にする必要なんてないのだから、言いたい放題好きなように、意味が通る文章でさえあれば何を言っても許されるのだ。

「随分な言い様ですね。 貴方はご両親のことが、そんなに嫌いなのですか? それはなぜ? 貴方の周りに頼れる大人が居ないことと、何か関係があるのでしょうか?」

「うるっせぇーーーんだよぉっ!! さっきっから、一々気に障ること聞いてきやがってぇっ!? かんけーーねぇーーって、言っただろぉーーがよぉっ?! 俺様は他人の指図なんか受けねぇっ!! あんなもんっ、二度といらねぇーーんだよぉおーーーっ!!!」

「“二度と”ですか…? 確かに今、そう言いましたかよね? …と、言う事は、昔はいらっしゃったのですね? 貴方が頼れると思える大人の方が、ちゃんと身近にいらっしゃった。 けれど今は誰も居ない、そうなのでしょう? それは一体、誰のせいなのでしょうか?」

「てめぇにかんけーーねぇーーだろっ!! んな事聞いてっ、何になるんだよっ?! っどーーせ何も出来やしねぇっってぇのによぉっ!? くっだらねぇーー同情でもかけよぉーーってんならなぁっ?? こっちはんなもんっ、求めてねぇーーんだよぉっ!! これだからチビなガキは嫌ぇなんだよっ、ガタガタギャーギャー騒ぎやがってうっとうしぃーーーっ!!」

 ーーチビは…確かに? この令息に比べたら今の私の身長・体重共に敵いませんけどもぉ?? でもだからって、同じガキに分類されるこの令息にガキ呼ばわりされたくはないのですが???ーー

ついカチンときてしまった。
使い回された罵り言葉の常套句である“ガキ”は、自分がガキだと認識しているからか、少ししか変わらない年頃の相手に言われると何故か不思議とひっかかってしまう。
余計なことに引っかかってしまったせいで、続く令息の言葉を直ぐ様静止することが出来ず、数歩出遅れてしまった。

「っははっ、その点で言えばよぉーー、あの女っ、俺様が首輪かけてやった、アイツのほうがまだ可愛気があったよなぁーー?! 言うことだけはご立派ぶりやがってよぉ~~?? 俺様の親切心からの誘いを断りやがって、あんの身の程知らずなクソ女がぁっ!! 鈍臭ぇー上に、アホで間抜けな馬鹿女のくせしやがってよぉっ!? だっからよけーーに笑えたぜぇ~~あの女が泣き出しーー」
「駄目ですよ? それ以上言葉を続けないでください。」

今度は此方が“禁忌タブー”に抵触される番だった。
対話を始める前に私が独自に決めていた“禁忌タブー”、それをあっさりと、物の見事に踏み抜かれてしまった。
お願いする体で言葉を口にしたが、心情的には全く、お願いするなんてしおらしい感情から発した言葉ではなかった。

「っはぁっ?! 何でんなことっ、てめぇーーに指図されなきゃなんねぇーーんだよぉ!?」

「メイヴィスお姉様は勿論、他の何方についても、この場でこれ以上口汚く罵る行為は一切、控えて下さいね? 全く許容できません、そんな暴言を喚き散らすことは、今後誰の前であろうとも、私が金輪際許可致しません。」

口調は努めて冷静に、感情的になって喚いたのでは、目の前の令息の二番煎じになってしまう。
そんな不名誉な二の舞いの踏み方は、無い見栄を張ってでも御免被りたい。

「ああっ?! ってめぇーーにぃ、んなこと強制出来る権利も権力もぉ、あるわけねぇーーーだろぉーーーがぁっ!? 何度でも言ってやるよっ!! 誰にも俺様に命令することなんざできやしねぇっ!! 俺様は俺様の言葉しか聞かねぇっ!! 俺様は俺様の考えにしか従わねぇーーーんだよぉっ!!!」

最初の指摘は尤もで、けれどその後に続く言葉は再び彼の令息の願望的な自論何某か、な幼稚な訴えでしかなかった。

「それはそれは、素晴らしいですね。 本当に、そうできるのであれば…どんなに素晴らしかったことでしょう。 ですが、それは難しいと思いますよ? 貴方のおっしゃる通り、今現在の私には、権利も権力も持ち合わせがございません。 ですが…貴方を屈服させるに足る“力”なら……、何かしら持ち合わせていると自負しております。」

これに返す私の言葉は、酷く酷薄な響きを孕んでいたと思う。
それとは対照的に、この身の内では着実に、沸々と熱が沸き上がっている最中だった。
けれど沸騰しきるまでには至らず、この分だと日が暮れても沸点に掠りもしないままとなりそうだった。
だからこそ、冷静なままで居られた。

「…でも、そうですね、代わりと言っては何ですが、私のことは幾らでも、どれだけでも、お好きなだけ気の済むまで、口汚く罵って頂いて構いませんよ?」

「っはあ~~っ、正気かよ?! お前、自分が何口走ってんのか、ちゃんとわかってんのかぁ??」

「勿論です。」

「っは!! 意味わかんねぇっ!! 頭のおっかしぃ~チビガキだとは思ってたけどよぉ~~、ここまでおかしいなんてなぁ?! っはっは、こんなんじゃ、まともな縁談も来無さそーーだなぁっ?! 頭の中身はさておき、顔の造りだけは好みの範疇だからなぁ~~?? 俺様が貰ってやろーかぁ、愛人くらいにならしてやらないこともーー」
「結構です、御免被ります。 貴方にご心配頂かずとも、将来な自分の身の振り方は両親ときちんと話し合い、自分できちんと納得してから決められますので。」

呆気に取られて、令息の言葉を遮るのにまたも出遅れてしまった。
慌てて相手の言葉に被せるようにして、きっぱりとしたお断りの言葉を気持ち強めに口にする。

何故この歳でそんな発想が思い浮かぶのか。
思い浮かんだとして、何故この場で平然と口にしてしまえるのか、そんな若さ故の過ち的な無謀さが怖くてたまらない。

『縁談も来無さそう…』のあたりから、背後に控える大人勢が再び血気盛んに殺気立ってしまったものだから、こっちが被害者だというのに無駄にヒヤッヒヤしてしまうし、頭がズキズキと痛むほどの頭痛を禁じ得ない。

眉根を寄せて1つ嘆息し、令息の認識の誤りを正す為、再び冷静さを装って口を開く。

「ここで間違えないで頂きたいのですが、私が貴方に発言の自由を認めたのは、私の頭が至極正常だからに他なりません。 貴方が他人を貶すことでしか自分を高められない方だと知っておりますから、私は貴方の発する如何なる言葉でも、傷つくことはございませんので。」

口角だけを引き上げて、笑んで見えるよう、意識して表情を作る。

「そもそも本から何もないのですから。 貴方の言葉に私を傷付けるに足る威力も、傷付くだけの価値すらない。 貴方の紡ぎ出す如何なる言の葉にも、そんな要素は微塵も含まれていないのですから…ねぇ?」

「っんだとぉっ?! てめぇっ、言わせておけばっ、調子に乗りやがってぇっ!! ふざけんじゃねぇーーーっ!!!」

「勿論、巫山戯てなどおりません。 純然たる事実を申し上げている次第ですので。 貴方の口にする言葉はどれも、どの言葉を取ってみても、驚くほど軽い。 脅しつける威力を増すために持てる限りの語彙力で飾り付けているつもりなのでしょうけど、そのどれもが役目を果たしきれていない上、元の言葉の意味すら曖昧になってしまって、全く響いてこないのですから。」

ドックン…。

「なっ…んだとぉっ、てめぇっ、許さねぇーーぞっ!! 俺様に向かって、そんな生意気なっ!!」

「許していただかなくて結構、そもそもこの場で貴方に許しを乞うておりませんから。 それに生意気と思っていただくのも結構です、寧ろ、この場合ではそう思って頂けて光栄です。 貴方を熱り立たせられるほど、貴方の目に映る私の態度は不遜にお見えなのでしょう? でも貴方を前にすると、自然とこんな態度になってしまうのですから、仕方ありませんよね?」

ドックン。

「だって私のこの目に映る貴方は、とても滑稽なのですから。 自分が不幸だからと、それを言い訳にして、貴方は他人を傷付けて不幸にしても許されるとお考えなのでしょう? ご両親から愛されないことが1番の理由ではないにしろ、自分の境遇をただ嘆くばかりで、変えようと努力する事もせず、他人を自分と同じ境遇に貶すことばかりに思考が偏執している。 そんな貴方に、他人を嘲笑い貶していい資格なんて…あるはずもないのに。」

ドックン。

いつからか、鼓動の音が耳の中で反響して、周囲の音を飲み込んでしまいそうなほどに大きく響き渡っていている。
懐かしい感覚、これはあの日に感じた感覚と同じ。
私の誕生日パーティーの日に初めて体験した感覚と全く同じだった。
違うことと言えば、視界が変化していないこと。
私の目には、今も変わらず世界は本の色味のままに映っていることだろうか。

言葉を積み上げていく内に、私の中で怒りの感情も着実に積み上げられていった。
それが連鎖反応を起こしたらしく、私の体内で沸々と湧き上がり停滞していた熱が、このことを切っ掛けにして、一気に沸騰しきってしまった。
そのせいで、私は全く無自覚なまま、知らっず知らずの内に赤く煌めく目で以て、目の前に威張り散らして仁王立つ件の令息を静かに威圧していた。

「貴方が先程、“鈍臭い”と罵ったメイヴィスお姉様も、ご自分では変えられない不自由な境遇、生活環境に身を置くことを強いられておいでです。 それでも徒に嘆いて他人を恨むのでは無く、俯かずに顔をしっかりと上げて、脇目も振らずただ真っ直ぐ前を見据えて立ち向かうことができる方です。 どんな困難なことでも、逃げ出すことも目を背けることもしないで、挫けずに立ち向かえる、しゃんとした強さを持った方です。 貴方が罵れる要素など微塵もない、芯の通った気高さを持った、尊敬に値する立派なご令嬢です。」

メイヴィスお姉様を軽んじるような発言に、業腹だったのも相まって、語気が自然と強くなってしまった。

でもそこまで口にして、ふっと同情めいた感情が差し込んできた。
彼の生い立ちも同情の余地が多分にある。
だって生まれ落ちるその場所を、私達は自分の意志で選ぶことなど出来ない。
だから自分の運の無さを嘆いて、他の誰かにわかってほしくて、その気持ちが暴走して周囲に八つ当たりしてしまう気持ちも…分からなくもない。
前世のわたしには出来なかったけれど、心が上げる慟哭のまま、泣き叫びたい気持ちになった事は…数えきらないほどあった。

「…親の愛情がなくても、誰からも愛されなかったとしても、人は案外普通に生きて、成長できるものです。 でも、幼い頃に十分な愛情を得られないまま育ってしまったその心は、まるで死人しびとのよう、枯渇しひからびて、カラカラに乾いて人間味は希薄になってしまう。 まるで人間ひとの皮を被った人形のような、自我の乏しい味気のない人格になってしまうでしょうね。」

自嘲気味に笑う。
いまの整った顔立ちでそんな表情を浮かべると、どれだけ酷薄に見えるのだろうか。
想像することしか出来ないけれど、きっと、今向き合っている令息が浮かべる表情がその答えを如実に表している、と考えて相違ないだろう。

「貴方が身を置く、その生活環境には同情を禁じえません。 ですが先程も申し上げた通り、自分の事ばかりを考えている今の貴方のような人物にはどうしたって、それ以上の同情の余地はありません。 貴方の置かれた境遇は、貴方が犯した罪を免れるための免罪符には決してなり得ません。」

同情はしても、それを擁護する言葉ではないときっぱりと伝える。

「ですから、今後はもっとご自身の振る舞いに気を付けて、極力口を慎んでくださいね? まがり間違っても、二度と同じ失態を繰り返さぬよう、改心なさることを期待しておりますからね?」

赤い目に見つめられ続けて、たったそれだけの単純な行動で威圧されすぎてしまったようで、先刻まではふんぞり返って威張り散らしたような威勢の良さは何処へやら。

これもいつからだったのか、気が付かないうちに、声もでない程恐れ慄いてしまったようだ。
私の言葉に何の返答もなくなっていたことには気が付いていたけれど、ここまで怯えきっていたとは、今になってようやく思い至った、というよりも、見てわかった、と言ったほうが正しい表現だった。

そうするうちに彼の令息は、へなへな…とその場にへたり込んで、尻もちをついてしまった。
これも、あの日に見た光景と重なる。
けれど、今日はあの日のように、失禁するにまでは至らずに終わりそうだった。

「それでは思いの外長くなってしまったので、次で終いといたしましょうか? 最後に1つ、忠告を差し上げます。 これだけは絶対に、何があっての破らないでいただきたいので、しっかりとその耳で一言一句聞き漏らさず、しっかりと聞き届けておいて下さいね?」

右手の人差し指を立てて、自身の口元を指し示し、ちゃんとこれから発する言葉に耳を傾けるよう注意して促す。

「何も難しいことはございませんから、ご安心ください。 本当に至極簡単なことです。 私の大事なものを決して傷つけないこと。 物理的にも精神的にも、間接的にすら、何があろうとどんな理由だろうと決して。」

唇をこれでもかとわざとらしく、半円状にぱかりと開いて、殊更明るめた声音で告げる。

「もしもこの忠告を軽んじて無視し、今回拘禁するに至った騒動と同じような過ちを、凝りもせず再度犯すような事があればどうなるか…?」

言葉を区切って、その際にこてんと可愛らしく小首を傾げて仕草でも問いかける。

ドックン、ドックン、ドックン、ドックン。

へたり込んでいる彼の令息のわななく口元を見ながら、私の問に対して何と答えたのか、はたまた答えてなどいないのか、判別がつかず小首を傾げたままパチクリ、と目を瞬く。
今の私の耳には、拍動する心臓の音と、朗々と嘯く自分の声しか聞こえていない。

「その時には必ず、それ相応の覚悟を持って臨んで下さいね? 次は私も全力で応戦し報復致しますので、貴方がたが五体満足で生き存えられる可能性は…、限りなく低くなるやも、とだけ。 これ以上の明言は避けさせていただきますが、少なくとも生きていることを必ず後悔させて差し上げますので、悪しからずご承知置き下さい。 私としましても、二度目ともなれば、もう…どう自分を誤魔化しても容赦して差し上げられませんから。」

よくよく考えたら、令息の返答を確かめる必要もなかったのだ。
なのでもう、目の前の令息の反応は確認せず、自分の言いたいことを言い終えてしまおうと更に言葉を続ける。

「あぁ、これだけは勘違いなさらないで下さいね? 今の忠告は親切心からお伝えしたものではありませんので。 ただ単に私が貴方にちゃんと前もって宣告した、という事実を第三者立ち会いの下で行いたかっただけですので。 その旨お間違えなきよう、先程お伝えした忠告の内容とともに、脳髄にしっかりと刻み込んで記憶してから、お帰り下さいね。」

言葉の結びに合わせて、1度ニッコリと大きく笑んでから直ぐに、じ…っと、令息の目を見詰めて確認するように問いかける。

「ちゃんと覚えていらっしゃるかの確認は…、これ以上必要ございませんわね?」

見詰め続けながら、ニコリ…、と目元だけで笑いかけてやる。

「二度と相見える機会が無いことを、心から切に願っております。 貴方にとって今日1日が実りある充実したものとなるよう、及ばずながらこの地よりお祈り申し上げますね。 どうぞこれから赴かれる短い旅路を、心ゆくまでご堪能下さいな、ヒューシャホッグ子爵令息。」

一際煌々と煌めく赤い目で見据えて、向ける視線の強さでも念押しして脅しつける。
それがこの令息にとっては余計な1押しとなってしまった。
それまでは何とかかんとか、ギリギリのところで堪えていたらしい最後の堰が、この1押しで脆くも崩れ去り、決壊してしまったのだ。
つまりは、再びの失禁。

頭の端の方で、可哀想なことをしてしまったなぁ…、と思う自分がいる反面、これでも仕置には足りないくらいでは?と疑問に思う自分も居る。

昂ぶった感情は時間経過とともに徐々に静まって、落ち着きを取り戻してきたというのに、耳元で大きく響く鼓動の音は、未だに静まる気配がない。

ドックン、ドックン、ドックン、ドックン

まるで目の前で震え上がっている悪童が、旧来からの仇であるかのように、今直ぐにでも再起不能なほどこてんぱんに懲らしめてやるべきだ、と私に告げているようだった。

でも不思議と、この強すぎる感情に対して全くと言って良いほどに恐怖を感じない。

気を抜いたら完全に制御不能に陥り、すぐにでも暴れだすだろう冷めやらない怒りの感情に、恐怖するよりも親しみすら感じてしまい、愛しくさえある。

不可思議で理解できない感情が交じりに混じって融合しきらずに混在している。
この不思議と落ち着く感覚に囚われて、暫くの間ずっと、赤く煌めく目を逸らすことなく、目の前でへたり込み震え上がる哀れな子爵令息を無感情に見つめ続けたのだった。
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