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●本編●

82.一言物申す!③ 〜ここに来てやっと、正式なメンバー紹介!?〜

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 フォコンペレーラ公爵家のタウンハウスは魔導を用いた最古の建造物であり、連綿と続く公爵家が生み出してきた数限りない血塗られた歴史を刻みつけてきた建造物でもある。
物騒な歴史に相応しく、屋敷というよりは城塞と言ったほうがしっくりくる堅牢な外観を呈している。

大公家だった時代は、王家が国を興して多少安定したとは言え、国土全体から見れば無法地帯もそこかしこに残っているような状態で、正直に言ってしまうと王都から遠く離れた辺境地では未だに治安は悪かった。

その当時で最も紛争が絶えなかった地域、北西ノルウェストゥ北東ノルエストゥの2方向にある隣国との国境くにざかい周辺地帯では、他国からの度重なる侵略行為に晒され、荒廃の一途を辿り、生き延びるため犯罪に走った自国民からの暴威にも晒されていた。

北西ノルウェストゥは隣国に接する国境が広範囲であり、王国も防衛に力を注いでいたために北東ノルエストゥに比べると甚大な被害を被る機会は少なかった。

対照的に北東ノルエストゥは隣国に接する国境が北西ノルウェストゥに比べると狭く、その為に王国からの何かしらの支援は侵略が開始されてからとなり、甚大な被害ばかり被っていた。

そんな地を好んで領地にと欲したのが、フォコンペレーラ大公家を興した人物、リーンハルト・ロワ・フリソスフォス、後にリーンハルト・ロワ・デ・フォコンペレーラと名を改める、時の第二王子だった。

北西ノルウェストゥで国境を接する隣国から同盟を目的として王妃を迎え入れて誕生した第二王子だったため、名前が彼の国に依存してしまったのは仕方のないことで、彼が北東ノルエストゥの国境周辺を領地にと望んだ理由にもなった。

領地にと望んだからには長く住み続けたい、だから住心地も良くしたいと思うのは当然のことで、それには治安を良くすることが先決、と思い立ち、自身の居城を築造するにあたり、構想の段階から地下牢ありきで進められていった。

投獄されるに足る犯罪者には事欠かなかったため、地下牢は必然広大さを求められ、堅牢さも十二分、魔導の粋を注がれて頑強なものへと仕上がった。


 そんな名残を建物ごとそっくり当時そのままの姿を残し、当主一家に住み続けれらているタウンハウスは現在も変わらずに城塞のような様相を呈している。

白亜の城壁も当時のまま、一切色褪せることも、汚されることもなく、城塞の与える威圧的な印象を和らげ、その壮麗さで見る者を圧倒する美しさを今日まで変わらず維持し続けている。

そんな見目麗しい城塞の前後には1つずつ物見の塔が造り付けられており、前方の塔は屋根より少し高い位置までで、建物内部の3階からしか登り上がることが出来ず、あまりその役割は重要視されていない。

対して後方の塔は前方の塔よりも頭2つ分高く、建物の内外どちらからでも登り上がることが出来るばかりか、地下牢へ至る唯一の通路がこちらの塔に造られている。

地下牢に至る出入り口の扉は魔法と特殊な鍵によって施錠され、仮に鍵を手に入れて解錠しようとしても、資格を有さないものには決して開くことが出来ない魔術式が施されている。

だから大丈夫とばかりに、地下牢への出入り口が造られた場所は建物の外部、地上1階の裏庭に面した塔の外側部分にある。
仰々しい見張番も立っておらず、一見すると無防備に思える警備体制は、現在に至るまで破られたことがないという揺るぎない実績が証明する確固たる理由が根底にあるからに他ならなかった。

その塔が造り付けられているのは正面から見た城塞の右側、横幅全長の右から1/3地点を際にして、半円形に出っ張っている。
先日ライリエルの誕生日パーティーが開かれた際、会場となった大広間部分の丁度境手前の位置を際にして造られている。

そもそも大公家の時代に大広間は無く、公爵家となってから社交の会場となる場を設ける必要に迫られて増築された為、物見の塔が中途半端な位置になってしまったのだった。
その為、城塞と大広間部分はよくよく目を凝らして見ると、外壁の質感が若干異なっている。
この増築された大広間は、横幅は元の城塞の1/2の幅があり、奥行きは城塞の奥行きと同じだけある。

つまり、馬鹿みたいに広いのだ。
誕生日パーティーの際は大広間を半分に区切って会場として開放してたので、公爵家だしこんなものかと完全に納得しないまでも、何とか理解しようとは思えた。
けれど本当はその倍の広さがある、などとは言葉の説明でだけでは、到底理解できなかったと思う。
外周を実際に散策してみて、この奥行きはおかしくないか?と疑問に思い、はじめて心の底から理解できるに至るはずだ。

この追加された大広間の分、余計に歩かされたと後で知った身としては、たまったものではないだろう。
とはいえ、この事実をライリエルが知るのは数年後のこと、この時点から見ればまだまだ遠い未来の話だった。


 話は逸れたが、何故長々とこのタウンハウスの造りを説明したかと云えば、今日の落合場所として、なぜ裏庭の一角が選ばれたのかを説明するために他ならない。

先に説明した城塞を平面地図で見た時に、大広間は右側にあり、落合場所に指定された裏庭の一角は、その大広間の右上端の周辺一帯の位置を指す。

この一角はライリエルが躓いて転倒しかけたことで記憶に新しい、庭園として開放された部分とは異なり、樹木をはじめ芝もなく、剥き出しの地面が見える見通しの良い少し開けた場所になっている。
その剥き出しの地面はしっかりと踏み均されており、出っ張った塔の手前まで同じような地面の状態が続いていた。

それもそのはず、この場所は人通りが多い場所で、早朝と夕方は誰かしらが歩いている姿に頻繁に遭遇する場所だった。
勿論、地下牢に至る扉に向かう人々が多いのではなく、出っ張った塔の部分の手前にある、増築された大広間部分の壁にある別の扉を目的として、人々がこの場所を毎日往復しているのだ。

その扉の先には地下へと続く長い階段が待ち受けているが、その行き着く先は地下牢ではなく、いつだったか説明した厨房や洗濯室がある、屋敷に勤める使用人たちの仕事場に直結している。
つまりここは使用人の通勤経路の終点でもあり帰宅経路の始点でもある場所、ということだった。

牢の扉の前を集合場所としなかったのは、万一使用人が遅れて出勤してきた場合を考えて、地下牢の存在を知られることがないよう注意を払った結果だった。

自分たちが毎日足を向ける場所の近くに、罪人が囚われている地下牢に至る扉がある、などと知って、気分が良いものなど居るはずもない。

知られたら絶対に不味い、という事は全然ないが、敢えて全員に周知させる必要も微塵もない為、一部の上級使用人と今回同行する騎士の面々以外には知らされていない伏せられた事実だった。

それにこの場所から右に向かって進めば直ぐに、きちんと舗装された道に出ることが出来る。
その道は正門まで続いており、面会を終えて直ぐ出発するにも都合が良い場所だったのだ。

そして今この場には、騎士団長(?)と4名の騎士、面会を所望した張本人のわたくし、それに道案内をしてくれた乳母兼侍女のメリッサ以外の姿はない。
サミュエルは未だ、地下牢から地上に戻って来ては居ない。

そのはずだったのに、いつからそこに居たのか。
ちょっとばかし騎士たちの気の置けない戯れ付きが極まって、混沌カオスと化しているこの場の惨状に驚くでもなく、昨日からよく目にする作った笑いをその顔にキレイに貼り付けて、姿勢良く佇んで静観していらっしゃった。

「?! サミュエル…貴方いつからそこに…? 来ていたのなら、声をかけてくれれば良いのに! おはよう、今日は忙しい中時間を作ってくれてありがとう、サミュエル!!」

サミュエルが佇んでいたのは私の左後方、メリッサが立っている壁際にほど近い位置だった。
騎士たちが織り成す(私にとっては)楽しい会話に耳を傾けて、ジークムントさんが再びジメジメしだしてしまった辺りで、何となく気配を感じて振り返ったら、サミュエルが居た、という寸法だ。

感情の読めない視線をこちらに向けて、黙って立っていたサミュエルにはちょっとビックリしたけれど、それよりもお礼を言う事の方が今の私にとっては大事な事柄だったので、直ぐに気にならなくなった。

トテトテっとサミュエルの佇む方に駆け寄って、見上げて首が痛くならない位置で止まり、ニコッと笑ってお礼を告げる。

「おはようございます、ライリエルお嬢様♡ ヴァルバトス君は先程ぶり、ですねぇ? ちゃぁーんと指示しておいた通りにぃ、お・し・ご・と、して頂けてますよねぇ~? よもや見ているだけ、なぁ~~んて事、ありませんよねぇ~~?」

私に対してはそのままのニッコリ笑顔で、ヴァルバトスに対しては少し胡乱げな表情で言葉を淀みなく紡ぐサミュエルは、もうどこからどう見ても、私の知るいつも通りのサミュエルだった。

「おっ、おいおいぃ~、言葉には気ぃ付けろって!! んな事あるわきゃねぇーじゃねーの?! 俺様がいつそんな…全部の仕事ぉ部下に丸投げして、他人任せにしたよ!? 馬鹿言っちゃいけねー、んな事、この俺様がするはずねぇーーじゃねぇのっ!!!」

ギクッと一瞬だけ肩を不自然に動かしてしまったのが運の尽き、一層胡乱げな表情を深めた領地家令アンタンダンがまるで一部始終をその目で見ていたかのように詳細で的確な追求の言葉を畳み掛ける。

「…本当でしょうかねぇ? まさかとは思いますがぁ…、こんな早朝から一杯引っ掛けつつその肴に作業を進める部下たちをただ眺めて座ってただけ、なんて事、ありませんよねぇ~? まさかもまさか、そぉ~んなおさぼりなんて、なさってませんよねぇ~~??」

「あぁっったりめぇじゃねーーかっ!! んな馬鹿なこと、するはずねーっじゃねーの?!!」

タラリ…と脂汗が一筋、ヴァルバトスの顔の輪郭に沿って音も静かに流れ落ちた。
たったそれだけの事で、目の前の騎士団長が嘘をついていることを確信したサミュエルは、はぁ~~、とわざとらしく溜息をついてから、騎士団長のブレ動く瞳をひたと見据え、言い聞かせるように続く言葉を浴びせかけた。

「私がこの後の道中を心安く過ごせる為だけに、敢えて忠告させて頂きますが、下手な嘘をつくぐらいなら始めから黙って口を閉じている事をお勧め致しますよぉ~? 良いですかぁ、今回こちらの意向・人選を一蹴して、ご自身始め、今この場に居る騎士たちを強引に推挙したのは他の誰でもなく、ヴァルバトス君、貴方でしたよねぇ~?? 人数が1/4に減って、人件費が削減されたのは大変喜ばしい出来事でしたがねぇ~、それと引き換えにお荷物あなたの目付け役が私の業務に追加されたのでは、割に合わないのですよ??」

言葉とともに指を突きつけて、『そこんとこちゃんと理解してる?』と少し傾げた頭の位置から疑惑の籠もった視線を惜しみなく差し向ける。

「お荷物っておめぇ、そりゃちぃーっとばかし、言葉が過ぎんじゃねぇのかぁ?! 俺様のどこがどう、荷物だってぇーんだよぉっ!?」

「おやおや、確かにそうですねぇ! 私としたことが、言葉を選び間違えてしまいました。 役立たずの木偶の坊、の間違いでしたね? 大変失礼致しました♡」

「おめぇなぁ~~!! もっとましな言いようがあんだろーーがよぉっ!? 悪意しかねーじゃねーーか!!」

サミュエルの発言を聞くにつれて、目尻の下や頬が小刻みに痙攣したような動きが激しくなっていく。
目に見えて分りやすく頬をピクピクとひくつかせつつも、何とか笑み(らしき表情)をその顔に貼り付けて、爆発しそうな感情を抑えて低めた声音で無駄と知りつつ悪態をつく。

「悪意だったとしても分りやすく晒して差し上げているだけマシでしょうとも。 それにご承知とは思いますが、今回同行して頂く騎士たち全員の働き如何では、来年以降の騎士団へ、と見越している予算そのものを根底から見直す必要に迫られかねませんからネ? 突発的だからとの理由で査察の対象外になどならないことは、勿論ご理解いただけておりますよネ??」

「おいっ、それは脅しかよっ?! 減給するってぇ話で、俺様を脅しつけようって腹積もりかぁ!?」

歯を剥いて吠える騎士団長に、1㎜だって怯むヤワな領地家令アンタンダンではなかった。

「嫌ですよぉ~、人聞きの悪い! 私がそんな遠回しなコトすると本気でお思いですかぁ~~? 無能に割く為に無駄にできる時間なんて、あるはずないでしょう?? 脅すなんて手間をかけるまでもなく、わかり易ぅ~く端的に、実力行使クビでお終い♡一択ですよぉ~♪」

胡散臭いニコニコ笑顔で一分の隙無く武装して、物分りの悪い子供でもわかるように、心を砕いて懇切丁寧に一から十まで説明してやる。
そして最後に、これでもかと胡散臭さに拍車をかけてにこやか過ぎる笑顔と共に、これ以上無駄な足掻きをさせない為に最後通告を申し渡した。

「これは純然たる善意からの事実確認の一環ですとも! で・す・か・らぁ、私が優しぃ~く事実確認にとどめているう・ち・にぃ~~、今果たすべきお仕事を指示の通り完璧に完了して下さいますよ、ネェ?」

「お…ぉうともよぉっ!! あっったりめぇーじゃねぇのっ!! 軽い軽いっ、そんなこたぁおめぇ、俺様たちにかかれば朝飯前ってぇーーヤツよぉ~~っ!! がぉーーっはっはっはっはぁーー!!!」

言い終えないうちから回れ右をしてそそくさとこの場から疾く離れようと足を不自然なくらい普段よりも大股で踏み出す。

「最終の見直しまで、ちゃんと終わらせておいて下さいねぇ~? 勿論皆まで言わずとも、ちゃぁ~んとわかっているとは思いますが、今念押しして頼みましたからねぇ~~??」

顔の横に手を添えて、少し大きめに声を張る。
既にここから遠く離れて、尚も遠ざかろうとしている騎士団長の背に届くよう声をかける。

「やれやれ、相変わらず頼もしいのは戦闘面でだけですね。 本当にぃ、困った御仁が騎士団長になってしまっものですねぇ~。 まさかこの年になって、年上相手に一から十まで説明して、言い聞かせなければならないなんて…。 はぁ~、出発前から先が思いやられて、気が滅入ってしまうったら! こちらの身にもなって頂きたいですよ、ホント!」

「あ…、やっぱりそうなのね!」

後半の嘆きは聞かなかったことにして、前半部分を意図的に拾い上げて勝手に納得する。

「? 何が『やっぱり』なのでございましょう?」

 ーーしまった、嬉しくなりすぎてつい!! 心で言ったつもりが、普通に声に出してしまったわ、しかもわりかし大きめに!!ーー

脈絡なく一人勝手に得心がいった声を上げた私に、最も過ぎる疑問が投げかけられた。

「えっとね、大したことではないのよ? ヴァルバトスきょ……、が、他の騎士から団長と呼ばれていて、その後本人の口からも喧嘩(?)で勝ち残った流れでそうなったって聞いていたのだけど…俄には信じきれなくって、本当なのかしらって、ずっと半信半疑だったものだから…。 今のサミュエルの言葉で確証が取れて、疑惑が解消されたのが嬉しくって…つい、大きく声に出してしまったの! 驚かせてしまってごめんなさい、サミュエル!!」

私が掻い摘んであのセリフに至った経緯を話していくうちに、普段は極細にしか開かないサミュエルの目が、みるみるうちに限界まで見開かれていった。

 ーー私の喜ぶポイントがサミュエルの感覚とズレすぎてて、『コイツ馬鹿?』とか思われてたらどうしよう…!? 今まで好感触だったサミュエルの態度が急変して、よそよそしく接されたら…、普通に泣きそう、というか考えただけの今でももう泣ける(泣)ーー

「いえいえ、どうぞお構いなく。 それに今驚いたのはライリエルお嬢様に対して、ではないのですが…。」

目を元の細さに戻し、ニコリとした笑みを口元にたたえて、謝罪の言葉は必要ないと短い言葉と共に軽く手を振って断られた。
その手には昨日とは違い、革製の黒い手袋を嵌めていて、そのことが不思議と気になって手の動きを無意識に目で追ってしまう。
振り終えた手は軽く顎に添え置かれて、その指先が顎のラインを緩く辿った…と思った次の瞬間にはもう、思考を終わらせたサミュエルが、自身が驚いた事について事実と摺合せて確認を取るために、可愛らしく小首を傾げて私に問いかけてきた。

「ふぅむ…? まさかとは思いますが、最低限行うべきであろう自身の正式な名乗りさえもせず、今に至るまで十分な時間があったにも関わらず、アレな紹介もどきしか行っていない、…そう理解して宜しいでしょうか?」

「え? あ…、えぇっと、そうね……? お名前は(本人の口からでなく)先日から知っていたのだけど、ね? それ以外にこれといって、きちんと名乗って頂いた記憶は…サミュエルの言う通り、無いわね!」

問われた内容の一部おかしな点について、特に疑問に思うことなくそのまま素直に考えて答えたあと、おかしな点に遅れて気が付き、引っかかる。

 ーーでもおかしいわね、サミュエルったら、どうして『アレな紹介』なんて言ったのかしら? ヴァルバトスきょ……の、個性的な人物紹介の段階ではここに居なかったはずなのに、何で知ってるっぽいの?!ーー

「……っはぁーーーー~~…。 やはり、減給対象ですね、あの御仁だけはガッツリと。」

「え。」

頭が痛い、と言いたげに額に右手を添えて、長々とした苦い溜息を吐いてから、もう既に確定した決定事項のように聞き流せない単語を吐き捨てる。

「ライリエルお嬢様、大変申し訳ございませんでした。 思慮の欠片も然ることながら、最低限度の一般的な常識すら持ち合わせていない、あのような人物が騎士団の長を務めておる現状に、さぞご不安を募らせたことでしょうとも…!」

「えーと?」

うんうん、と芝居がかった仕草でわざとらしく何度も頷く。
こちらが何か言おうにも、こちらに意識を向けてくれない為、全く言葉を挟める隙が見いだせない。
この場の流れは完全に、サミュエルの独壇場になってしまっている。

「ですがどうぞご安心を♡ サクサクっと現職の騎士団長ヴァルバトスを排し、サックサク~っと次なる騎士団の長に相応しい人物を即座に見出して、その座に就かせてみせましょうとも♪ 明日戻り次第、早速着手致しますので、ほーーんの暫しの間、ご辛抱くださいね?」

「ちょっと待ってサミュエル? 私は不平も不満も何一つ言っていないわ。 ね?? だからとにもかくにも一旦、一旦落ち着きましょう?! お願いだから私の話をちゃんと聞いてちょうだいな!?」

この後、少ない語彙を効果的に活かせるよう頭を捻りながら駆使して、必死に言い募り、今持てる全力で以って、既に頭の中でウキウキと算段をつけ始めている領地家令アンタンダンを止めにかかったのは、言うまでも無い。


 てんやわんやしながらも、何とか領地家令アンタンダンを思いとどまらせることに成功し、人生最大級に安堵の溜息を漏らしたはつい先程のこと。

『何でダメなの?』と言いたげに唇を尖らせて不満気にブーイングされ、思いの外しつこく食い下がられたけれど、今回は渋々ででもちゃんと引き下がってくれた。

 ーーブーイングしていた時の顔が、ス●夫みたいに見えて、ちょっと(嘘、かなり!)面白かったのはさておいて!! 私如きの拙い説得に、あの抜け目なさそうで妥協知らずっぽいサミュエルが引きさがってくれたことに、素直に驚きしかない。ーー

私達の平行線を辿りそうだった『辞めさせる、辞めさせないで論争』は、開始から終了まで、当事者である騎士団長はじめ、騎士たちの興味関心を存分に惹きつけていた。

私が何とか辛勝できた際には、諸手を挙げた騎士全員が駆け寄ってきて、ワッショイ、ワッショイと地面と水平になった身体を天高く放り投げられた。
通算人生で初となる生胴上げを体験して、一生記憶に残る、ドキドキとウキウキが爆発した瞬間だった。

解雇クビにならず、純粋に喜んでいたのはヴァルバトス本人アグレアスその息子のみで、その他残りの3名は、怒り狂ったヴァルバトスに八つ当たられずに済んだことをこそ喜んでいた様に思う。

喜びのベクトルが違ってるにしても、一緒に喜べたことで、何だか不思議な連帯感が芽生えた…気がする。

体格ががっしりしていて背も大きい騎士たちに囲まれていても、全く威圧感を感じないでいられる。
というかそもそもの話、彼等の顔面偏差値が高いので、怖いとか云う感情そっちのけで眼福♡と喜んでしまえる要素しか無いので、今更気付いたけど…的な与太話ではあった。

「ライリエルお嬢様ぁ、ちょ~っと、お耳を拝借して宜しいでしょうか?」

「 っっ………っ?!? 」

右(上方)を見ても左(上方)を見ても、前後(上方)を見ても、全方位イケメンだらけ♡な逆ハーレム状態に、胴上げで上がりきっていたテンションが振り切れて限界突破しそう、な一歩手前で、いつの間に背後に来ていたのか、私の耳元に囁きを落としてきたサミュエルの近すぎる声に、ビビッと全身の毛を逆立てて、声にならない叫びを上げて固まってしまった。

浮かれきって油断しきっていたとは云え、気配を殺して近寄られて背後をとられた挙げ句、耳元に囁きを落とされた幼女がどんだけ驚き慄くか、せめて一晩くらい費やして考えてから実行して欲しかった。
その場の思いつきでやっていいことと悪いことの判断基準を、一度しっかり見直してもらいたい、と切に願った。

「これはこれはっ! 驚かせてしまい、申し訳ございませんでしたライリエルお嬢様! 私としたことが、つい悪戯心が働いてしまいまして…。 予想を上回る良い反の…んんっ、失礼致しました♡ 予想を上回る驚嘆具合に、冷や汗が吹き出る心地でございました。」

 ーー雑に言い直したわね…、別に良いのだけど、何で冷や汗?ーー

最後の一文が意味するところがわからず、きょとんと目を丸くする私に、くくっと小さく笑ってから説明してくれた。

「おわかりになりませんかぁ? よぉ~~っく考えてみて下さい、ライリエルお嬢様を驚かせた、と知ってお怒りになるのは誰か…想像出来ますでしょう? 旦那様が例に漏れず、烈火の如く怒り狂ってしまわれますよぉ~? その後、事情を知ったお坊っちゃま方からも漏れなく冷ややかな視線を寄越されることでしょーしぃ、うんうん、ライリエルお嬢様は愛されておいでですからねぇ、からかうのも命懸けとなってしまうのは必定でございますから♡」

「ここに居ないお父様たちには、ここで何があったかなんて伝わらないと思うのだけど?」

「んふふっ、ライリエルお嬢様ぁ、旦那様を侮ってはなりませんよぉ~? あの方は腐っても公爵家の当主でございますからねぇ~~?? 我々の知らない情報収集の手段くらい、持ち合わせていても不思議ございませんからネ♪」

「そういうもの…なのね……? でももし伝わっていたとしても、安心して! 私は驚くなんてこと、よくしてしまうし、サミュエルや騎士の皆さんが万が一にでも怒られないよう、お父様たちにを説得してみせるわ…、うん、お願いしたら……聞き届けてもらえると思うし、多分出来るはずっ!!」

「お優しいですねぇ~、ライリエルお嬢様は! 私、いたく感動致しました! お礼と云ってはなんですが、先程お伺いした事を、今から実行しても宜しいでしょうか?」

よよよ…、とこれまた芝居がかった仕草で懐から取り出したハンカチで目元(全く潤んでもいない)を拭う振りをしてしゃーしゃーと宣う。

「『お耳を拝借』を実行するの…? 私は構わないけど、具体的には一体何を?」

「んふふ、多分今のライリエルお嬢様に不足しているだろう情報をご提供しようかと、思い立ちましてねぇ~? 少々お時間いただきますネ♪」

しゃがみ込んだままのサミュエルの顔に浮かぶ狐っぽい笑顔を間近で見て、化かされるんじゃないか…と一瞬だけ不安になったことは、胸に秘めておこうと固く誓った。

コクリ、としっかり頷いて、サミュエルの提案に是と仕草で答える。

「ありがとうございます、ライリエルお嬢様。 でわでわ、そ~と決まりましたら、サクサクっと始めてしまいますネ♪」

言い終わると同時に、すっくと立ち上がって、掌を上にして差し出した手でヴァルバトスを示す。

「では、まず最初はこちらの御仁から。 ヴァルバトス・ゴーディアゼル、47歳、見ての通り厳つい強面の大男です。 既にご存知でいらっしゃる通り、当公爵家が有する私設騎士団、【蒼鷹ロルドル・ドゥ・ロトゥー士団ルデパロンブ】の栄えある騎士団長その人、でございます。 奥様には頭が上がらず、娘様方に滅法弱い、いつでもどこでも酒を呷るのをやめられない、ダメ人間です♡」

「おいっ!? おめぇなぁーーっ?!」

 ーー何か駄目なところをここぞとばかりな列挙されまくってるわね…、ちょっと可哀想だけど、聞いてる分には大変面白いわね(笑)ーー

「はい、お次は隣の御子息。 アグレアス・ゴーディアゼル、17歳、この中では1番年若く、もうおわかりとは存じますが、ヴァルバトス君の実子、ご長男ですね。 今回選ばれたその理由は大方次の2つ、雑用全般を押し付ける為と、経験を積ませる為、が9:1の比率で確定、な押しに弱々~な青年、でもあり、料理の腕は騎士団のお墨付き♡な意外性ある特技の持ち主でーす♪」

「え、俺って、そんな理由で選ばれたの?! 嘘っ、嘘だろ親父っ!? でも、料理の腕…特技、になってたのか…、かーちゃん手伝ってただけだけど、何か嬉しいなぁ~~!!」

 ーーホント意外! 料理ができるとか、とっても失礼だけど見かけからは全然そうは見えなかったわ!! 食べるの専門っぽいのだもの、凄く意外!!ーー

「お次は副団長が順当でしょうかね? ミルコ・カルツォラーリ、45歳、名前で分かる通り、ここからほど近い北東ノルエストゥにある隣国出身で傭兵団時代からヴァルバトス君の副官を務める伊達男。 細かいことに無頓着で無自覚に人の神経を逆撫ですることが儘ある、人の心の機微に鈍感で団員から不信がられてる方の副団長でーす。」

「なははっ、サムの旦那ひでぇー言いぐさすんなぁ~~! んまっ、その通りなんだけどよぉ、なっはっはっはっは!!」

 ーー笑って受け流してしまわれた…。 不信がられてる方って、副団長はもう1人いらっしゃるのかしら…?ーー

「はい次ぃ、年齢順でいきますか。 ヨアヒム・ディーツ、30歳、弟の世話を焼くことが生き甲斐な第2団隊隊長です。 弟以外ゴミ屑以下、と思ってる節のある口を開くと毒しか吐かない系問題児。 彼は北西ノルウェストゥ側の見放されてない方の隣国出身でーす♪」

「弟以外ゴミ屑以下…、確かにその通りだ。 この世に弟より大事なものなんて存在しないからな、問題ない。」

 ーーあっさり納得して受け入れてしまわれた! しかもなんか、誇らしげ且つ満更でもなさそう!?ーー

「そして最後。 ジークムント・メスナー、26歳、休日は食事時以外一歩も部屋から出ようとしない引きこもり体質の精神薄弱、取扱い★要★注意な繊細系問題児。 彼もヨアヒム君と同じで北西ノルウェストゥ側の隣国出身ですねぇ、あ、あとご兄弟が多くて食い扶持を減らすため自活できそうな方は容赦無く成人したと同時にご実家を追出だされるそうです♡」

「えぇっ?! 取扱い要注意って、俺そんな問題児じゃなですって!! てか、何で俺の家庭事情知ってるんすか?! 怖っ!! え、普通に怖いんですけど、どこ情報ですか!?」

「「まぁ、(ジークだし)言っても問題ないかと。」」

いつかと同じでヨアヒムとミルコのセリフがもろ被ってタイミングも被る。

 ーーわぁー、めっちゃ身近に情報提供者いたコレ(笑) しかも清々しいほど悪びれてない…。ーー

「ホント止めて下さいって!! あんたら何目的で情報提供してんすかっ!? も、ホント、ヤダ…、帰りたい……、部屋が恋しい………。」

 ーーあわわっ、精神薄弱だから優しくしてあげてほしいけど、ある意味ではもう既に凄く優しく接されてる気がするのも否めない…っ!!ーー

「くらぁっ!! おめぇ~ら何時まで駄弁ってるつもりだよっ?! アグレアスっ、おめぇも、いつまでデレーっとしてやがる?! 満更でもなさそうに、だらしのねぇ面晒してんじゃねぇーーよ!! さっさと作業に戻りやがれっ、この馬鹿どもがぁっ!!!」

ヴァルバトスの一喝で蜘蛛の子散らすように作業に戻っていく騎士たちを微笑ましく思いながら眺めつつ、考える。

 ーー騎士の皆さんのフルネームとか諸々のプロフィールが聞けたのは嬉しい誤算だったわ!! でもまさか本人たちを差し置いて、サミュエルの口からあんなに赤裸々に個人情報が暴露されるなんて、まったくの想定外だったわ!! ホント、ビックリよね、サミュエルの子飼いの情報源さんから収集せしめた情報量もさることながら、そのプライバシーをガン無視してる情け容赦ない収集具合が超怖い!!!ーー

そんな事は口が裂けても云えやしないので、取り敢えず嬉しかったのは本当なのでお礼を言うことにした。

「貴重(?)な情報を教えてくれてどうもありがとう! 何も見ないでスラスラっとここに居る皆さんのお名前とか年齢とかが諳んじれるなんて、凄く記憶力が良いのね…! サミュエルの説明も分りやすくって、とってもためになっわ!!」

自分でも何に対してのお礼と賛辞なのか分からなくなりながら、取り敢えず聞いても不快にはならないだろうから、まぁいっか!とあまり気にせずに言い切る。

「そうでございますか、それはそれは、良うございました…。 …ちょっと、失礼しますね?」

言葉の終わりの方で口元を押さえて、何故か私を見ないようにしながら、壁際に向かって驚くほど早足で歩き去っていき、こちらに背を向けたまま、壁に左手をついて、急に項垂れたかと思いきやその直後には盛大な笑い声が続いた。

「ぶぅっふーーっ…、ぐくっ…くっ、……うくくくっ……!! ンアッハッハッハッハ!! ハッハ、ハハッ…、アッハッハッハッハ……ッハ!!」

「あぁん?? なんでぇ、サムの野郎ぉ…わざわざ壁にひっつて、何笑い悶えてやがんでぇ?!」

「本当、何でわざわざ移動したのかしら? それにしても、とっても苦しそう…大丈夫かしら?」

「まーアレだぁ、アレ!! 死にゃしねーーっつーな?! 放っときゃ良い、自分で何とでもすんだろーーよっ!! がっはっは、んでも珍しーーなぁ、あんだけ笑い転げるサムの野郎にゃ、お目にかかったのなんざぁ…あの日くれーーのもんだぜぇ!! 何のかんのと付き合いのなげぇ俺様でも、あんだけ笑える奴だたぁ~、とんとしらなかったっつーー話よぉっ!!」

「……そうなのですか? 昨日初めて(ちゃんと)顔を合わせてからずーーっと、あそこまでではなくとも、声をたてて笑っているサミュエルしか見た覚えがないのですけど、珍しい事だったのですか…。」

「嬢ちゃん、やっこさんはなぁ、普段ぜってぇーーーーに、笑わねえ!! 胡散臭せぇ~人を食ったよーーなニヤついた笑顔かおしか寄越しやがらねーーのよ?!」

普段はそれしか見たことがないらしく、口調は変わらなかったけれど表情は今日一の真顔で全否定された。

「嬢ちゃんにはアレだな、きっとサムの野郎ぉも警戒なんざ必要ねぇって思えるよーな何かが備わってたんだろーーなぁ!! んまっ、あの野郎に好かれて、ちぃーーっとでも得することが有るといぃ~~けどなぁ!? 随分苦労しそうじゃねぇの、災難だったなぁ~~嬢ちゃん!!」

「 !!? 」

 ーー憐れみをたたえて災難と言われてしまうほど、サミュエルの興味関心を買った事はただならぬ事態だとでも?! 何かさっきと立場が逆転してる、今度は私が可哀想と思われてしまってるっぽい!!ーー

ふぅ~~、と長めにつかれたため息と、悲哀の籠もった眼差しで憐れむようなほくそ笑まれてしまった。

でも人間誰しも、人から嫌われるより、好かれたほうが良いと思うものではないだろうか。
前世では嫌われるばかりだったので、今の状況が悪いものだとは到底思えない。
そんなふうに考えてしまった私は、全く考えが甘かったのかもしれない。
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