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●本編●

68.忍び寄る魔の手、その矛先は…。

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 金皇きんこうが傾きを増し、その分空が少し明るさを落としてきた頃合いになっても、アヴィゲイル専属担当の医療魔術師たち到着の知らせは未だになく、公爵夫人の寝室にはこの屋敷の主一家が勢揃いしたまま、時間つぶしも兼ねての雑談が続いている状況だ。

そんな中、先程まで話の中心だった少女、もとい幼女は母の温かな膝の上で安心しきったように安らかな寝息を立てて夢の中の住人の仲間入りを果たしてしまっている。
警戒心を解き放った寝顔は、無防備の一言に尽きる安らぎきったものだった。

「あらあら…寝てしまったみたいね? ふふ、とっても疲れていたみたい、もうぐっすり寝入ってしまっているものねぇ。 ピクニックはどうだったの、コーネリアス? ライラちゃんは楽しめていたかしら?」

愛しい娘の可愛らしい寝顔に、一層優しく目元を和らげて思う存分に眺めて、今思い出したように自分が提案したピクニックの成果をすぐ隣に腰掛けている最愛の夫に明るい声で問いかける。

「いやぁ~、それがねぇ、概ね楽しめたとは思うんだがぁ~~…。」

歯切れ悪く言葉を濁して目を逸らす夫の態度に、きょとんとして尋ねる言葉を追加した。

「? 何かあったの?」

それに答えたのは尚も目を逸らし続けている隣の夫、ではなく下の息子のエリファスだった。

「父さんがライラをのぼせさせちゃったんだよねぇ~♪ 丁度ボクが薔薇園ロズレに居るときに父さんがライラ抱えて駆け込んでくるからさぁ、何事かと思ってびっくりしたよねぇ~、実際。」

兄の肩に背中側から腕を引っ掛けて、おぶさるように凭れ掛かりながら嬉々として母親の問いに答える。
寝室の扉近く、ずっと立っていた場所からわざわざ移動してこちらに来た目的は家族の会話へ参加する為、では勿論なく、末っ子のライラのそばに来るためだった。

「駆け込んで行ったのか? 魔法を使わずに?」

伸し掛かられながらも器用に体を動かしてどうにか弟を引き剥がすことに成功してから、疑問に思ったことをそのまま問いかける。
10歳児に似つかわしくない堅い言葉遣いと同様に、表情も余り動かないのが標準仕様なアルヴェインには珍しい事に、ほんの少し目を見張って弟に問いかけていた。

「ね、これもまたびっくりなんだけどぉ、忘れてたんだってさぁ~! 自分が魔導師だってこと(笑)」

引き剥がされたことは特に気にとめず、そのままちゃっかりと寝台の上、母親の膝で寝入っているライラの隣に腰掛けて、常の調子を崩さないまま兄の疑問に端的な答えを返した。

「は?」

「あははっ、兄さん、面白い顔ぉ~~(笑) 真面目な話ぃ、父さん頭が真っ白になってたんだってさぁ~! それにしたってさぁ、途中で思い出せそうなのにねぇ~? 結局ライラに言われるまでずっと魔法使ってなかったからねぇ、父さんってば!」

昨夜の晩餐会も例外的だったが、第三者がいる場でここまで表情を崩したことは非常に稀だっただろう。
エリファスが指摘した通り、弟の返答を聞いたアルヴェインの表情は理解できない言葉を聞いて思考停止してしまった者のそれ、鳩が豆鉄砲を食ったような表情だったのだ。

「あらあら、本当なの? コーネリアス?」

エリファスの言葉に驚きを示したのはアルヴェインだけではない、妻であるアヴィゲイルも目を丸くして驚きを表した。
小首を傾げて問いかけてくる愛しい妻から、それ以上顔を背けていられるはずもなく、その上息子に己の失態の数々を赤裸々に暴露されてしまった手前、ここはもう素直に白状するか、と腹を決めてその時の自分の心情を思い出しながら観念しておもむろに口を開いた。

「ん~…、そうだねぇ、その通りなのだけれどもねぇ~~? 自分でも驚きだったんだがぁ、ライラのぐったりした姿を目にした瞬間に、こうっ、なんて言えばいいのかねぇ~?! わ~~って頭が真っ白になったところに悪い想像ばかりが思い浮かんでねぇ、動揺し過ぎてしまったのさぁ!! いやはやぁ~、今思い出すと貴重な経験だよねぇ、またとない経験をしたものだよホントにねぇ~~!!!」

『戦場でだって動揺したことはないのに』とか『寝込みに糞爺の転移魔法で敵陣に送られた時でもしなかった』とか、次々に共感し難い例を挙げて今日の自分がどれだけの異常事態に見舞われたかを説明しようとした。
けれど挙げた例が良くなかった、列挙されたそのどれもが過去にコーネリアスが実際に直面した事象、今では笑い話な緊急事態だったのだろうが、アヴィゲイルには笑えるはずもなく、鎮痛な面持ちで見返されてしまい、めでたく本日2度目の『わ~~っ』な状態を再体験することになった。

「父上がそこまで動揺を……? 昨日の疲れが残っていらしたのでしょうか、いい機会ですから父上も診察を受けられては如何でしょう? 丁度ユーゴもまだ部屋にいますし、是非どうぞ。」

父親が抱えているかもしれない心身の異常の原因を探るためには医師による診察が最も有効な手段だ、と優秀な頭脳が導き出したのは自然な流れだったと言える。
勿論頭脳明晰な公爵家嫡男は彼の父親が大の医者嫌いだという事も知っている、知っているからこその提案でもあった。
何故なら常日頃から、嫌いを理由に医師の診察を断って、もっと言えば全力(魔法行使有)で逃げ回っているのがこの公爵家当主だとちゃんと知っているからに他ならなかった。
情報源はこの部屋にいる、今は壁際に静かに立ち、空気と同化したかの如く気配を絶っている父と付き合いの長い家令だ。

いい機会とはよく言ったもので、父親の健康を気遣う息子の言葉に少しでも耳を傾けてほしい、なんていう健気さは皆無で、ただ単純にこの逃げ足が異常に速い父親が逃げ出せない状況で提案できたことこそが『いい機会』の言葉の本質だった。
父の唯一のアキレス腱である母の目の前で、且つこの手の話題が出ることを全力で阻止しようとする父が茶々を入れられない状況がここまで見事に整ったのは、正に奇跡的だった。

「アルヴェイン~? それは本気で私の体調を心配して・・・・言っているのだろうねぇ~~?! 得意の嫌味ではないのだよねぇ、分かり辛いんだよぉ~、君の発言はさぁ~~??」

息子が自分の所業を全てまるっと把握しているらしいと察して、ジト目になって真意を探りにかかる。
はっきりきっぱりと医師の診察を断る言葉を口にしないのは、アヴィゲイルがすぐ隣に居て、夫を心配そうに見遣っているから。

「そんなまさか、僕が父上に対して嫌味など…言うはずありませんとも。」

言葉の途中で逸した視線も、言葉の終わりにはごく自然に父親の座す方向へと軌道修正を果たし、嘘くささを隠す気もなく綺麗にニコリと表情を作り上げて、誤魔化しているとわかりきった微笑みを浮かべて嘯いた。

「何だい、怒っているのかい? ライラのことを…ちゃんと気遣え無かった不甲斐ない私に対して、その当てつけというわけなのかなぁ~??」

自分の失態をダシにしてでも話の論点をずらし、話題をすり替えにかかる。
そうまでして医師に診察されることを拒もうと足掻く父親の往生際の悪さに、思わずくすり、と忍び笑いが漏れる。
それを誤魔化すように困り眉をつくってから微笑みにすり替え、父親の詰りの言葉をきっぱりと否定する。

「それは有りえません、父上がそういったこと・・・・・・・に疎いのは僕が1番身をもって・・・・・理解していますから。 それでももし万が一、ライラの身に異変があったとして父上がそれを看過するほど無情な方でないことも、重々承知していますので。 純粋に父上の健康を慮っての言葉ですよ、今回は。」

「そのわりに今の発言もそうだがぁ、言葉の端々にそこはかとない棘を感じるのだがねぇ~? まるで私が家族に無頓着だった、とでも言いたげに聞こえるんだがぁ、まっったく思い当たるフシがないのだけれどもねぇ~~??」

「そうでしょうとも、意図していたなら僕も少なからず父上に不信感や反感を抱いていたことでしょう。 今日までの態度が無自覚且つ無意識であったと知れて、寧ろ安堵致しました。」

「父さんってさぁ、母さんのことしか頭になかったもんねぇ~、ライラが産まれるまで。 ボクたちのことは使用人任せで殆ど放置、だったもんねぇ~? ボクもそうだけどぉ、父さんって極端でわっかりやすいよねぇ~♪」

息子2人からの予想外の指摘に、一瞬呼吸を止めてから反論しようと即座に口を開く。

「えぇ~~?! ……そうだったかい、アヴィ? いやいや、そんなはず……、おやぁ~~?? おっかしいねぇ~、アルヴェインとエリファス……、確かにあまり、構った覚えが無いなぁ…!?」

そして反論は失速し失敗、過去を振り返ってよくよく考えてみると、息子たちが指摘した言葉の通りだった為素直に自分の過失を認めることとなった。

「大丈夫です、父上、お気になさらず。 構われなくて寧ろ良かったです。 そして今後も今くらいの距離感が望ましいです。」

「そ~そ~、ボクら気にしてないからさぁ~♪ これからも今ぐらいで丁度いいよ、現状維持で全然大丈夫ぅ~、放置のほうが気が楽だしねぇ~~♪♪」

今度は息子2人の率直な要望を言葉にされて、慌てて食い下がる。

「いやいやいやっ!? それは流石に、駄目だろう~?! ライラがあれだけ自分の態度のことで思い悩んでしまったんだからぁ、私がこのまま変わらずに2人を放置したら、今度はこのことでまたライラが気に病むだろう?? それはつまり、本末転倒というものだろうよぉ~~??!」

「大丈夫です、もしライラが気に病んでしまったなら僕らからちゃんと説明しますから、放置でお願いします。」

「そ~そぉ~♪ 父さんは今までと変わらず、母さんの事だけ考えてくれれば大丈夫だからさぁ~♪ 放置一択で!」

「あらあら、コーネリアスったら、悪いお父様だったのねぇ? 2人を蔑ろにして…それなら嫌われてしまっても、しょうがないわねぇ。」

「アヴィ?! 誤解だよぉ、ちょっとした意思疎通の不一致というやつだともぉ~!! そうだろう、2人とも私が本当にそんな薄情なだけの父親だっただなんてぇ、本気で思っているわけではないだろうともぉ~!?」

父の哀願を含んだ言葉を受けて、兄弟の間で交わされる終始無言でのアイコンタクト。
後の2人の発言は次の通り。

「「 黙秘で。 」」

軍配は息子たちに上がり、父親としての威厳は失墜したがその代わりに医師の診察云々の話題はきれいさっぱり流れ去った、はず。


 気のおけない家族の会話、そしてそれを温かく見守る数人の家人の中にあって、1人の中年男性はその見守りの輪に参入せず、率先して除け者になろうと行動して見事にその目的を果たし果せた。

その人物とは、先程アルヴェインが名指しした人物、ユーゴと呼ばれた中年男、存在感をできるだけ消して何事か書かれた書類を真剣に読み耽ることに全神経を集中させている、もじゃついた癖っ毛の筆頭医師のことだった。

公爵夫人への簡易的な診察を行ない、必要な発言を終えてからはずっと、彼はあることを念頭に置いて行動していた。
それはこの公爵家で長く勤め上げるには必須であり必要最低限且つ初歩的な処世術、『THE・私は空気』だ。
その為名前を口遊まれても全く気付いていない体で、完全に自分の世界に立て籠もっていたのは、何を隠そう自衛が主な目的だったからだ。
ここで重要とされる押さえておくべき点は、はっきりとこちらを向いて名前なり何なりを呼ばれない限り、決して主人たちに目を向けてはならない、という点だ。
少しでも反応して不用意に動けば良くて叱責、少し悪くてあわや解雇?!しかしそれで済めば御の字で、最悪の場合は命すら危うい場合もある。

特に今の状況は、あたかも辺り一面が地雷原であるかのような危険極まりない様相を呈していると言える。
なぜなら此処は、この公爵家当主の最愛じらいたる公爵夫人の寝室なのだから、もう空気というより埃にでも……いやいや!?もっと害のない物質に変容してしまいたいと切に思うのは、自衛に重きを置き、非暴力不服従を旨とする小市民が抱く当然の心境なのだった。

しかし最初こそ現実逃避のために手にとって目を通していたに過ぎなかったこの書類を、今は目を皿にして真剣に読み進めている。
一通り目を通し終えてからも、行ったり来たり、繰り返し忙しなくページを移動しては記載された内容に目を走らせて、その度に1段、また1段、と表情を曇らせていく。

疑惑だったものがある確信を明確に呼び寄せた段階で、唸り声とともに独り言には大きすぎる声量で言葉が絞り出された。

「こりゃぁ……大分不味いなぁ。」

「? どうしたんだユーゴ、何かあったか?」

それに反応して即座に問いかけたのは、医者嫌いの公爵家当主では絶対に有り得ず、基本的に妹にしか興味関心がない公爵家の次男坊でもない。
アルヴェインの問いかけに、やっと書類から目を離して向き直り、がしがしと頭を掻き毟った後覚悟を決めてから、強い語気である提案を口にした。

「いえねぇ…、これ・・が本当なら大分不味い展開なんですわ。 なんでちょっと、医療魔術師が来たらやる奥様の診察、俺も立ち会わせてもらいますんで。」

この発言が素直に受け入れられるはずもなく、紆余曲折、喧々諤々な数々の問答+雑談の後に渋々、本当に渋々、当主からの許可が降りた。
医療魔術師たちが到着したという知らせはこの後すぐ、頃合いをはかったように絶好のタイミングでもたらされた。


 ゆらゆらと揺らぐ、体の感覚も自分を取り巻く環境すべてが揺らいで定まらないまま安定を欠いている。
そんな状態の耳に届く音はどれもが不明瞭で、その音とその音が持つ意味を私の頭の中に上手く結びつけさせてくれない。
今だに揺らぎ続けている空気を次に揺らしたのは、聞き馴染みの深い声が誰かに何事かを問いかけている言葉だった。

「ライリエルお嬢様はどう致しましょう? このまま掴み上げて回収致しましょうか?」

 ーーわたしゃ荷物か?!ーー

反射的にツッコんで、自分がそれを実際に口にしてしまったか?!と慌てたことで目がバチッと開いた。

 ーーここは何処、わたくしは……誰?ーー

見慣れない天井が眼前に広がる、本当に見慣れないのが寝起きの頭をさらなる混乱の渦に追い込む。

「目が覚めたのね、ライラちゃん。 ぐっすり眠っていたから起こすに起こせなくて、見慣れない部屋で目が覚めて驚いてしまったのかしら?」

「はい…お母様、ちょっと、驚いてしまいました…♡」

目をぽかっと開いて仰向いて寝転がったまま、微動だにしない私に声をかけて下さったのは、この寝台の本来の使用者であるお母様だった。

 ーー…寝起きで見ても、美少女フェイスが心臓に与える衝撃は変わらないのね、萌え♡ーー

実母に何度目かのときめきを実感してから、ようやく自分が何処にいるのか思い至った。
眠りに落ちる前まで、今日一日自分がとった行動、体験したあれこれをつぶさに思い出したのだ。

優しく微笑んで見守るように見下ろしていたお母様が体をずらした、私の真上から身を引いて下さったことで起き上がる為に十分な空間的余裕が確保できた。
そのことを頭が理解してから、体を動かすよう脳が命令を下し、のろのろとその命令に従う身体が…すごく重い。
なんとか寝台の上で上体を起こし、座位に移行できたところでぞろぞろと連れ立って部屋から出ていく人影がまばらに蠢いているのが視界の端にぎりぎりひっかかって見えた。

ごしごしっと少し強めに、手の甲でまだ眠気に冒されてしぱしぱする目を擦る。
その最中、不規則に歪む視界の端に黒い靄の残滓がチラついたように見えた、見間違いかもしれない、それなのに一瞬でゾッとした恐怖に心も体も捉えられてしまった。

すぐさま靄が見えた方向、寝室の扉の奥に身を乗り出して視線を向けるが時すでに遅し、靄の残滓は立ち消えて空気に溶けてしまったあとだった。

バックン、バック、バック。

心臓が歪な鼓動を1回刻んだあと、俄に音を大きくして騒ぎ出す。
まだ少しぼやぼやしていた思考も一気に覚醒して、それからどっと押し寄せた怖気が一息に体を走り抜け、去った後には冷や汗がドバぁっと吹き出した。

「っ今! 誰が出ていったのですか?! この部屋に誰が居たのでしょう??!」

恐怖が抜けきらないまま言葉を発してしまったせいか、酷く取り乱しているのがまるきり分かってしまう震えた声での問いかけになってしまった。

私が突然発した切羽詰まった問いかけに、驚きに目を見張っていながらも正確な答えを返して下さったのはやっぱり他でもなく、この部屋の主であるお母様だった。

「私の専属の医療魔術師様たちよ、今診察していただいて終わったところだったのよ。 やっぱり異常はないのですって、自覚はないのだけれど、少し無理に動きすぎてしまったみたいね。 今後はもっと気をつけないとね。」

困ったように眉尻を下げて、自主的に今後の行動をセーブする旨の殊勝な言葉を口にする。

「アヴィが彼らに敬称をつけて呼ぶ必要はないよ、今後一切、付けなくていい。 それで、どうだったのかな? あれほど意固地に主張して同席してたんだ、勿論何かわかったのだろうねぇ?」

普段の間延びした口調をわざと引っ込めて、威圧的に問いかけたのは寝台の脇に置かれた椅子に姿勢を崩して座る、ひと目見て不機嫌とわかるお父様だった。

「んなあからさま不機嫌に絡まんで下さいよぉ…。 こっちだって、命懸けの提案だったんすからね?! ほんっと、勘弁して下さいよぉ~~、必要以上の圧出してくんの!!」

もじゃついた髪を振り乱して、果敢にも不機嫌絶頂のお父様に噛み付いてみせた人物は…何処の何方様だろうか。

 ーー………誰、だっけ? このもじゃもじゃ癖っ毛の御仁は……?? 何かこの人物に関する情報を少なからず知ってたはずなのに、咄嗟に出てこないぐらいの認知度しかない人物だってことはばっちり理解できたけれども?! この場にいるということは、公爵家うちの関係者だったはず、よね!?ーー

私の困惑しきった視線、『あんた誰?』と言わんばかりの視線を受け取った御仁はがしがしと頭を掻いた後、少し面倒そうにしながらも、意外なことに律儀にちゃんと私に向き直って簡潔に自己紹介して下さった。

「あーー…、ども。 お初にお目にかかりますぅ、一応・・この公爵家で筆頭医師なんつー大層な肩書背負しょわされてます、ユーゴっす。 名前は覚えなくてもいいんで、その不審者を見るような目ぇだけ、今後は止めて欲しいんすけどぉ~、みたいな?」

「!? 私ったら、ごめんなさい!! そんなつもりは…、なかったのですけれど、不躾にまじまじと見てしまって、不快でしたよね…。」

謝罪と言い訳を早口に捲し立てて、顔を俯けて押し黙る。
これ以上言葉を並べたら、墓穴しか掘れない。

 ーーバレてたっ!! ヤヴァッ?! そんな、目、してたかしら!? 目は口ほどに物を言うって、ホントだったのね、気をつけよぉっと!!ーー

的確に図星を突いて指摘され、ぐうの音も出なくなってしまった。
これ以上何かを指摘されるのを恐れて俯けた顔が上げられない、その態度を大人から叱責されて怯えたと捉えた過保護なモンペと化したお父様が無礼な被雇用人に威圧感を増し増して忠告する。

「もっと他に言い方があるだろう、言葉遣いを改め給えよ。 君はいい加減、場に則した話し方を覚えていい頃合いだと思うのだがねぇ?」

「うぅっ、それが嫌でここに来たってのにぃ、また就活しろって事ですかぁ?! 遠回しに辞めろって言ってますよねぇ、今の完全に、ホントは俺を解雇するって言いたいんでしょぉっ!?」

お父様の発言でなんか変なスイッチがONされてしまったみたいで、無愛想な喋りが一転してぴよった小鳥の囀りのように弱々しくなってしまった。

 ーー何だか、情緒が不安定になりやすい方なのかしら…? 私が言うのも何だけど、ちょっとネガティブに物事を捉えすぎなのでは??ーー

私が思ったことをお父様も思ったらしく、続く辛辣な言葉でピシャリと釘をさしてみせた。

「鬱陶しい被害妄想を喚き立てるんじゃない。 アヴィはまだ本調子じゃないんだ、これ以上騒ぐならその頭が冷えるまで大人しく退室していてもらおうか?」

 ーーきょわい…!! お父様、おこだとほんと、きょわいですぅ~~っ!!!ーー

私が言われたわけけではないのに、ぶるぶるっと震え上がってしまった、正面から目を見て言われたら……なんて想像もしたくない。

「あぁ、驚かせてしまったねぇ! ライラ、安心しておくれ、もちろん今の言葉はライラに言ったものではないからねぇ~? こちらにおいでライラ、お父様の膝の上にお座りよぉ、その方が姿勢が楽だろうからねぇ~?」

視界の端で私が震えたのが見えたのだろうか、お父様がころっと調子を変えて気遣わし気に表情を緩めて謝って下さった。
そして私の為を建前として全面に押し出して、裏庭に引き続いて味をしめた膝抱っこをニッコニコ顔で提案してきた。

 ーーえーーとぉ? これを断ったら、もしかしなくてもユーゴ、さん、への当たりの激しさが八つ当たりによって激増するのかしら?? ここで断ったら、私が鬼ってこと???ーー

ちらっと横目でユーゴさんに視線を流して、私の予想は恐らく的中確率120%だと確信して、観念してお父様が大きく広げた腕に向かってよたよたと寝台の上を四つん這いで移動を開始した。

待ち構えていたお父様の腕が難なく私を回収して、お膝の上にちょこんと乗せられた。
途端、飛躍的なV字回復を見せたお父様の機嫌の良さに、若干引き気味に一瞬はたじろいでから、気を取り直すために咳払いを2、3してからうっちゃられていた本題を口にする。

「えぇーーと、まぁ、結果から言えば、医療魔術師たちやつらの診察結果も俺のと同じで、奥様は毒は盛られてません。 体に害のあるものは今回の精密な検査でも感知されなかった。 だからと言って、奴ら全員が揃って無罪放免っては言い難いっすねぇ、やっぱ。」

説明する最中も後頭をぽりぽり掻いていたけれど、言葉を全て言い終わった後では激しく掻き毟るまでになっていた。
感情が昂ぶると頭を掻いてしまう癖があるようで、本人は無自覚にやっているようだった。

「そぉかい、よぉ~くわかったよ、君の憶測が憶測のまま、確証を見出だせなかったって事がよぉ~~~っく、ねぇ?!」

「ちょっ、待って下さいって?! 聞いて下さいよぉ、これ、この診察記録!! これに記録された数値が本当なら、奥様にこんな栄養剤・・・必要ないんすからっ!! こんなに出したら過剰摂取になって、今日みたいに昏倒するだけじゃすまない、最悪の場合、二度と目覚めなくなっちまってたかもしれないっすからね!!!」

 ーー……それって、お母様が………死………っ!?ーー

突然もたらされた驚きの事実、お母様が昏倒されたのは過度な運動の反動でも、心労によるものでもなく、人為的に引き起こされたというのだから、驚かずにいられない。
私が寝てる間にどんなやり取りがあったのかはわからないけれど、お父様たちは知っていたのだろうか?

「おい、何でそんな重要なこと…!! 今まで言わずにいたんだ!?」

「言ったら!! 旦那様が、冷静で居てくんないじゃないっすか、今みたいに激怒しかねない!! それじゃ相手に勘付かれて証拠隠滅されちゃうでしょうに?! だから今まで言わなかったんすよ、診察が終わるまでね!! まだ医療魔術師たちやつらここに居るんでしょう、手筈通りに足止めしてくれてるんすよね?」

「…別室で、オズが引き止めてる! どうしてこんなに来るのが遅れたのか、その理由を問うために、それを口実にできるだけ長く足止めするよう、言われなくてもやっているだろうよ。」

「ならそっちは大丈夫そうすね、んじゃ奥様、これ、もう飲んだら駄目なんで! 今日ももしなんか錠剤が処方されたら、受け取ってくれて構わないですけど、やつらが帰ったら即行でこん中に捨てて下さいね。 今度はホントに毒盛ってるかもしれないんで、できるだけ長く触らず、あーー、そか、なんなら代わりに侍女さんに受け取ってもらって下さい。」

「それじゃメリッサが危険なのでは?!」

思わず声を張り上げてしまった、だって、メリッサを身代わりみたいに、言われて、普通に動揺してしまったから。

「あーー、まぁ、袋かなんかに入れて渡してくるとは思うんで、それなら触っても平気っすよ。 奥様には控えるようにって言ったのは、抵抗力が落ちてるから、えーーとぉ、なんて言や良いんだ? どーーやったら伝わっかなぁ…。」

子供にもわかるような、簡単な言葉への変換に頭を捻って、またも無意識に手が頭に伸びて勢い良くがしがしっと頭を掻き毟る。

「あ、わかります、大丈夫ですよ? お母様が、病気とかにかかりやすい状態だって事ですよね? お腹に赤ちゃんもいるし、それも考慮して控えるよう仰ったのですね、私、早とちりしてしまって…、ごめんなさい! お話の邪魔をしてしまって、どうぞ続けてくださいな!」

言っている内に段々、自分の勝手な勘違いで、勝手に慌てて、その勢いのまま話を遮ってしまったことが急激に恥ずかしくなった。
意味もなく体の前で手を左右にぶんぶん振って誤魔化そうと試みるも、失敗しているとしか思えない。

ぽかん…と口を半開いて、無言で見つめてくる(前髪に隠れて目は見えないけど恐らく)筆頭医師の視線が……刺さる、気がする。
しばらく何とも言えない沈黙が続いた後、「ぶっっっは!」と空気と一緒に吐き出された音を皮切りに呵いが起こった。
妖精の庭ジャルダン・フェーリックでお父様がそうしていたように、身体をくの字に曲げて、お腹を抱えて呵い出した筆頭医師は、しばらくまともに話すことが出来ない状態になってしまった。
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