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●本編●

67.言って後悔、やって後悔も質が悪い。

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 わたくしの渾身の懺悔を見事に笑い飛ばして下さったお父様には若干暴力的な思考が頭をよぎってしまったけれど、そのお父様以外、誰も何の反応も示してくださらない現状が……地味に辛い!

私の正面から倒れ込むように抱きしめて下さっているお母様は今は何も仰ってくださらないし、私の背をその体全体で支えて下さっているアルヴェインお兄様も沈黙を貫いていらっしゃるし、エリファスお兄様は……今の私の状態では様子が全く確認できないけれど、おそらく無言でいらっしゃるはず。

お父様の笑い声も勢いに衰えが見え始めては居るけれど、このまま笑いが収まってしまったら…どうすれば良いのだろう?
もしこのまま誰も口を開かなくなり、シンと静まり返った沈黙がおとずれてしまった場合どうやって話を切り出せばいいだろうか?

 ーーどうしよう…?! これ以上、何をぶっちゃければ許されるだろう?? あれ、でも待って、私ったら結局まだお母様に謝罪の言葉を1度も言えていない……!?ーー

私のお母様に対しての態度の理由は言えた、無駄に大声で高らかに発表してしまったくらいだ。
でもその内容の中には肝心な謝罪が含まれていなかった……?

 ーーえ、駄目じゃん? 意味ないじゃん、これってもう一回トライしないと、な感じ?? おんなじセリフを言って付け足せって?! え、羞恥の上塗りじゃん!?ーー

だからといって前置きもなく謝罪だけ切りだず、というのも私にはハードルが高すぎる。
だってまた少し…怖くなってしまった。
先程まであった勢いのある流れが立ち消えて改まってしまった今、謝罪を受け入れてもらえるとも許してもらえるとも思えなくなってしまって、怖い。
信じきれない自分がいて、それを理由にして逃げようとする弱い自分もいてしまう。

そうこう悩んでいる内にお父様の呵いはおさまってしまった。
懸念していた通りの沈黙が部屋の中に舞い戻った。

 ーー何か言わないと! でも何を?! どうしよう、全然言葉が出てこない、謝罪に分類された語彙が全部引き出しからトンズラこいて逃げ出してしまったみたいに空っぽすぎて無言でしかいられない!? やっぱりぶっつけ本番は前世エリートぼっちだった私には挑むには高すぎる壁だった!!ーー

現実逃避を始めた結果、魂が抜けかけて一瞬がくりと脱力してしまった体は少しも傾ぐことはなかった。
傾げるほどのスペースがなかったのが主な理由だった。
今現在もアルヴェインお兄様は私を文句も言わず甲斐甲斐しく支えてくださっているし、お母様も力なく私に寄りかかりきってしても抱きしめる腕を解こうとはなさらない。

そのお母様の腕に不意に力が追加され、ぎゅっと抱きしめられ少しの隙間もなくなり上体の密着度が≒100%になった。

「お母様っ?! 大丈夫ですか!? やっぱり横になって休まれてたほうが…!!」

今の態勢を維持するのが辛く、そのせいで体調が悪化したのかと思い、肝が冷えて絞り出した声もブルブルと震えてしまった。

「大丈夫よライラちゃん。 そうじゃないの、体調が悪くなったわけじゃないから、心配しないで? 考えていたの…ライラちゃんが教えてくれた理由の内容を。 私の短所…、昨日ならあの子達に聞いたのよね? ブティックのディオスクロイエ兄妹に…どんなふうに聞いたのかしら? あの子達は…私の……。」

殆どが囁き声であったけれど、耳元で語って下さったから一言一句漏らさずに聞き届けられた。
その言葉の最後は途切れたまま、続く言葉は聞けそうになかった。
お母様にとって余程言い辛い事だったのだ、とこの時になって初めて思い至った。
私が『欠点』と軽々しく口にしたものは、お母様にとってはまったく軽い内容ではなかったのかもしれない。
口にしにくい、もっと言えばまだ自分の口からは進んで話題に上らせたくない事、言いたくない事柄だったのかもしれない。

 ーー私は、自分のことばっかりで…理由さえ言えば、謝りさえすれば、解決する問題だって、勝手に思い込んでしまっていた…。 『欠点』なんて言われてしまったお母様が、どんな風に思うか、どれだけ傷付くかなんてことまで思い至れなかった、まったく配慮できてなかった。ーー

心臓がギュッと握りしめられたように痛む。
ぎちぎちと握り込まれて、正常に動作できなくなって、頭に酸素が回っていかない。
どっくん、どっくんと一回の拍動が鈍く重く響いて、身体の重みが増したように感じられてきた。

「あ……の、お母様、私……無神経で、思い至らなくて、本当にごーーっ!?」

ぶるぶるぶるっ!
またも『ごめんなさい』の言葉が言えなかった。
今度は突如激しく震えだした身体の異変に驚いて言葉をそれ以上紡ぐことが出来なかったのだけれど、その異常の発生源はどうやらお母様、らしい。
自分の人情の無さに愕然として、私の身体が震えているのかと思っていたけれど、どうやら違ったらしく、お母様が震えているらしかった。

 ーーまさか…泣いていらっしゃる……? どうしよう、私、どうしたら?? 謝って赦される範疇を凌駕してしまったのでは?! もうどうやっても赦される可能性なんて皆無決定、かしら……。ーー

どんな言葉をかけても挽回しきれない失態を犯してしまったと諦めかけた私の耳に聞こえてきたのは、場違いなほど朗らかな笑い声だった。

「ふふふっ、ふふっ、…うふふふふっ! 駄目ね、思い出したら、可笑しくなってしまって、あの子達、面白い表現をしていたでしょう? 私の色彩感覚を、あんな言葉で言い表されたことなかったから、可笑しくって! ふふふっ、隔絶してるって、言われたのは、本当に初めてだったわ!」

私がつい先日聞いたのは『美的感覚が常人の理解の範疇から一線を画してるというかそもそものはなし領域から隔絶しているんだよねぇ!』という内容、それをもたらしたのは双子の兄君、カスティオール様だった。
お母様もこれと同じような内容を面と向かってお2人のどちらかから言われたのだろうか。

もしそうなら、あのお2人は鋼鉄の心臓をお持ちだったのだとしか思えない。
この国に5家しかない公爵家の公爵夫人に対しておくびなく思ったまま感じたままに言ってしまえるだなんて、胆力があるなんて言葉では収まりきらない度胸の持ちようだ。

 ーーちょっと尊敬はできないわね、もっと言えば見習いたいとかあやかりたいとかも思えない、危うい部類の豪胆さだわ。 それを笑ってしまえるお母様って、懐が深い~~、と、感心して良いものなのかしら?ーー

「彼等が率直なのは今に始まったことではないけれどねぇ~、ちょぉ~~っと、歯に衣着せなさ過ぎではないかと、思わなくもないよねぇ~~? あの子達は昔っから、邪気無く言ってのけるから許せてしまっているけれどねぇ~。 アヴィのこの事に対してもだとは、流石に驚いたよねぇ~??」

「父上もいらっしゃるのに言えたのであれば、彼等は本物の怖いもの知らずか、天然のどちらかでしょうね。 母上が笑っておられるからこそ、命拾いしているとちゃんと理解していると良いのですが…。」

「あっはっはっはっは、ホントに父さんの前で言ってのけたんだ! 凄いねぇ~、あの2人、やっぱり面白いなぁ~~♪」

 ーーこんな笑って話してて良い内容なの? 本当にお母様は気にしておられないの?? だって、自分で自分の欠点を朗らかに言える人なんて、居る?! 無理に明るく振る舞っていらっしゃるのではないの…?ーー

お父様もお兄様たちも、お母様のこの『欠点』と呼ばれる事柄を勿論知っていらっしゃったのだろうけど、ここまであけすけに話題にして良いことなのだろうか、その判断に困り表情を硬くして固まっていると、少し体を離したお母様と目が合う。

先程も見たはずなのに、何故か久々に見たように感じてしまう優しく緩められたクンツァイトの瞳。
私と目を合わせたまま安心させるように、お母様がいつもと同じように微笑んで説明して下さった。

「今まで言う機会がなくて、それを言い訳にして言わずにいてごめんなさいね、ライラちゃん。 私がちゃんと言っていればライラちゃんがこんなにも驚かずにすんだのよね。 私はね、…わからないの。 ある頃からずっと、私の目には白と黒と、赤しか見えない、他の色が判別できなくなってしまったの。 目の異常ではないのですって、精神的な…心の傷が原因、とでもいうのかしら? それが理由で今もずっと色覚異常があるままなの。」

驚きすぎて目を見開いたまま、変わらず優しく微笑んで下さっているお母様の顔を見返すことしかできない。

 ーーわから…ない? 色が判別できない、心の傷、どうしてそんな? 何で微笑っていられるんだろう、お母様は、どうしてこんなに…平気そうにしていられるの?ーー

ゆらゆらと瞳が揺らいでしまう、全然軽くない理由でお母様の色彩感覚は異常をきたしていたのだから、動揺せずに居られない。
予想外過ぎてこれ以上どう反応していいかがわからない。

「でもねぇライラちゃん、不思議に思うかもしれないけれど、私は全然気にしていないのよ。 最後まで気にしていたのは子供たちに何かしらの影響がでないか、それだけが気がかりだったのだけど、その心配はないってお医者様に言われてからはもう全然。 勿論結婚した当初は公爵家の女主人には、こんな欠点がある私では相応しくないとか、務まらないのではとか、思い悩んだ時期もあったわ。 でもそれは杞憂なんだって、コーネリアスが言ってくれたから、私は平気なの、もう全然気になんてならないわ。」

理由を知った今、もう2度とがっかりなんてできるはずない、お母様の負った心の傷がどんなものであるにせよ、『欠点』とは口が裂けても呼ばせていいものではなかったのだから。
この事実を知ったあとでは、お父様の言葉の重さがまた変わってくる。
『欠点さえも愛おしい、愛すべきものだと想える』、それは原因を知っていたら尚の事重く響く、これ以上ない愛の言葉だ。

「わ、私、知らなくて…、そんな理由があったなんて、全然……。 それなのに、あんな言葉で、け…『欠点』なんて言ってしまって、ご、ごめんなさいっ!! お母様がどんな風に、受け止めるかって、ちゃんと考えて無くて!! 自分勝手に言いたいことだけ、思いついたままに、言ってしまって……ごめんなさい!!」

ポロ…ポロ…、ポロポロポロ…。

高まった感情と一緒に涙が込み上げてきて、一つ一つが大きな雫になって落ちていく。
知らなかったからって、許されない。
酷い言葉でしか自分の心情を説明できなかった自分の未熟さが悔しい。

「謝ってくれてありがとう、ライラちゃん。 でも本当に私は気にしていない事だったから、もっと早くに伝えていればよかったわね。 私は違う言葉のほうが、聞いて…言わせてしまって、辛かったわ。 『重荷になるなら側に居ないほうが』とか、『産まれてこなければ良かった』だなんて、ライラちゃんに思わせてしまって、ごめんなさい。 できれば2度と、そんなふうに思ったりして欲しくない、言って欲しくないわ。 ライラちゃんが自分を責める言葉を言わなくてもいいように、これからはちゃんと、向き合ってお話しましょ? 私も自分の気持を言葉にするのは今でも怖いわ、でもだからって逃げたりしては駄目だって、ちゃんとわかっているから。 今日みたいに言ってね? 私もちゃんと言うから、どんな言葉でも良いのよ、私はライラちゃんの言葉で聞きたいから、ね?」

「はい…はいっ! お母様ごめんなさいっ!!」

次から次へと玉になって目から溢れて零れていく涙を一つ一つ、余すこと無く柔らかい手、その両の親指の腹で優しく拭われていく。
酷い顔で泣いている自覚がある、でもその顔をじっと真剣に見つめられて、何事だろうと身構えているとお母様がまた違う言葉を紡いだ。

「これだけは覚えておいてね、本当にライラちゃんが居なくなってしまったら、私は壊れてしまうわ…。 もとのままの私でなんて居られない、貴女の存在が失われた瞬間に私の心もきっと死んでしまう。 ライラちゃんだけじゃない、アルくんでも、エリーくんでも、子供たちの誰か1人でも居なくなってしまったなら、私は正気でいられない! だって、大事なのだもの、愛しているのよ、あなたたちの代わりなんて居ない、あなたたちの存在を埋められるものなんて、この世界にあるはずないもの。 だからお願い、どんなに傷ついても、心を痛めることがあっても、居なくなったりしないで…? 独りで抱え込まないで、私に、私じゃなくてもいいわ、誰でも良いからちゃんと話して、全部じゃなくていいの、言えることだけでいいから、言って? お願いよ、ライラちゃん、お母様と…今ここで約束してくれる?」

真剣な瞳に射抜かれて、見透かされていたと気づく。
私が隠していること、それがどんなことで、どんな内容かはわかっていなくても、抱えているものがあると気付かれていた。
気付いてくれていた。
今までそっとしておいて触れないでいてくれた、なのに敢えて今この場で口にしたのは、今回のようなすれ違いで私が思い詰めてしまわないよう、逃げ道を示してくださるため、だと思う。

 ーーお母様って、凄い。ーー

「は…いっ、…やく、そく……します。 ちゃんと言います、話せるように、頑張ります…!」

「ありがとう、ライラちゃん。」

ふんわりと柔らかく、これ以上ないくらいに嬉しそうに笑ってくださる、お母様の満面の笑みはーー。

 ーー破壊力ヤヴァッ!! 召天するっ!! 召されちゃうから!! だってこんな妖精顔負け、天使もびっくりなエンジェルスマイル見た日には、命日だって思うしかないものっ!!!ーー

実母の笑顔に殺られかけながら、眩しさに目を細めるけれど、決して瞑ろうとはしない。
だってこんな美味しいシチュエーション、またとない、こんなに至近距離で障害物もなくご尊顔を拝せる機会を逃してなるものか!!

にこにこと後光を背に微笑んでいたお母様の笑顔が不意に止む。
そして申し訳無さそうなお顔になって、今度は隣りに座っているお父様に向けての言葉を口にする。

「今言ったことは私の本心よ。 私は昔の私のままでいられない、コーネリアスだけがそばにいれば幸せだった、あの頃の私には、もう戻れないの…。 子供たちが皆揃ってそばにいてくれて、コーネリアスが居てくれないと私は幸せだと思えないの…。」

そこで言葉を区切って、少し俯いてから自分の中で言葉を整理して、再びお父様の目を見て続く言葉を口にした。

「ごめんなさい、コーネリアス。 私の愛情はもう、貴方ただ1人だけに注ぐことは適わない…。 気持ちは変わってないの、でもどうしたって昔と同じには愛情を返せていないと思うの、子供たちに注ぐ分、貴方に向ける分が減ってしまっていると思うから。 だから、がっかりさせてしまったなら、ごめんなさい。 こんなふうに変わってしまって、ごめんなさい。」

お母様からの突然の謝罪に少し驚いて、すべての言葉を聞き終わってからは嬉しそうに笑って、お母様を安心させるようにいつもの調子で力強く言葉を返した。

「違うさ、アヴィ! 謝る必要なんてないともぉ!! それに減っていないさぁ、減ったんじゃなく増えたのだよぉ! 私たちの家族が増えたようにねぇ、愛情の総量も増えているんだよ、家族の人数分増しているだけさぁ!! 愛情には絶対値も上限もありはしないのだからねぇ、ずっと同じ総量のままなぁ~んてことぉ、あるはずがないだろう?! だってねぇ、私はアヴィからの愛情が減っただなんて感じない、全然全く塵ほども目減りしただなんて思わないともぉ~~!!!」

良いことを言っている、そのはずなのに何故か…無理をしているように思えてしまって。

「「「「 ………。 」」」」

誇らしそうに胸を張っているお父様に無言で視線を注ぐ、きっと今の私たち、お父様以外の4人の頭には同じ疑問が過ぎっている。
でもそれを言葉にするのは大層憚られる、一応相手はまがりなりにもこの公爵家の家長、一家の大黒柱なのだ。
家族だからって何でもかんでも言葉にして許されるにも限度は存在するはずなのだから、ここはお口にチャック、が正しい対応だと言える、はず。

「何だい、皆揃って同じような顔をしてぇ? 言いたいことがあるならこの際だ、はっきり言ってくれて構わないともぉ、勿論怒ったりなんてしないさぁ~、約束するともぉ~~!!」

家族からの何とも言えない生暖かな視線を一身に受けて、さすがのお父様も少したじろいでから、聞いたぶんには器の大きさを感じさせる発言をなさった。

「ん~~、じゃぁ、遠慮なく♪ それって父さんの勘違いじゃないのぉ~? もっといえばそう思い込んで強がってるだけぇ~、じゃなくてぇ~~??」

 ーーあ、言っちゃうんだ。 さすがエリファスお兄様、安定のマイペース&空気読まなさ。 なんかお兄様の口から聞くと、真剣味が減って丁度よい塩梅になるものね、不思議。 口調のせいかな? でもお父様が言うとそうならないから、やっぱりこれもエリファスお兄様だから、かな?ーー

「エリファス! いくら何でも言葉が率直すぎるだろう?! もっと歯に衣着せてものを言え!!」

 ーーアルヴェインお兄様ったら、全然フォローになってない、でもそこがとっても可愛くって萌え♡ アルヴェインお兄様って、ちょっと隙がある感じで可愛い。ーー

「んっん~~っ!? こらこらこらぁ、エリファスもアルヴェインもぉ~、どちらも率直が過ぎるのじゃないかねぇ~~?! 怒らないとは言ったが、気にならないわけではないのだからねぇ~~!!」

 ーーお父様ったら、結局ちょっと怒っていらっしゃるのね、でもそんなところがお父様らしい。 そっか…これが家族、私の今世の家族なんだ。 最初に感じた通り、家族が皆、それぞれの愛し方で愛情を示してくれてる、伝えてくれてる。 これは嘘なんかじゃない、作り物でもない、本物だって、やっと…わかった。ーー

ホッと安心して、気が抜けてしまった。
やっと気を抜けた、といったほうが正しいかもしれない。
ずっと、前世やら『悪い夢』やらで、色々な記憶を思い出してから張り詰めていた心が優しく解けていく、優しさで緩んで、温められていく、感じでーー。

2人の息子に大人気なく言い返しているお父様の言葉をBGM感覚で聞き流し、お母様の膝にそっと手をのせて、ぎゅっとスカートを掴んでポツリと呟いた。

「本当にごめんなさい…お母様。 あんな変な態度を取ってしまって、私はまだ、自分の感情が上手く掴めなくて…そのせいで傷付けてしまって、悲しい思いをさせてしまって、ごめんなさい。」

「謝ってくれてありがとう、ライラちゃん。 でも私も謝らないと、1度向き合うことから逃げてしまってごめんなさい、私からもちゃんと話し合おうとしていれば良かったのに、そうできなかった。 駄目ね、やっぱり少し怖かったのよ、ライラちゃんに嫌われてしまったんじゃないかって思ったら、臆病になってしまったの。 今度からはライラちゃんみたいに、勇気を出してちゃんと聞くわ。 だからまた教えてね? ライラちゃんが思ってること、感じていること。 ふふっ、可笑しいわね、私たち、謝ったりお礼を言ったりで、立場がころころ変わってしまって大忙しね。」

「えへへ、へふふっ、そうですね、私たち…おんなじですね…。 ありがとうございます、お母様。」

お母様の優しい笑顔に、私も笑顔を返せただろうか?
でもきっとそれはとても歪で、くしゃくしゃで、色んな感情がごちゃ混ぜになった酷い顔だったと思う。
それでも見返してくださるお母様の表情は変わらない、瞳にも愛しさが宿ったままで…心を優しさで包まれたように、安らぎきってしまった。

 ーーお母様は凄い、たった一言でも、何気ない仕草や沢山の言葉でも、こんなにも…私を救ってくれる、…安心させてくれる。ーー

それからまた涙がどっと溢れてきてしまい、お母様の脚に縋り付いて、上半身を預けきって泣きに泣いた。
今までのどの涙よりも熱くて、温かくて、幸せな気持ちから溢れてくる優しい涙だった。

悔しさや羞恥から流れる涙は頭が痛む激しさで心も抉られて、恐怖から流す涙は冷たくて、頬が引き攣れるほど乾いて、心が痛かったから。

一人で胸の中に秘めていたときは想像できなかった。
この問題はもう一生解決できないんじゃないか、誰に話しても受け入れられず見放されるんじゃないか、もし万が一受け入れられても小さなしこり程度でも禍根を残してしまうんじゃないか。
あんなにも難しく思えたことが、こんなにも簡単に解消されて、溶けて消えてしまうなんて…想像できるはずなかった。

ーーやっぱり私も…こんな風に誰かを安心させられる存在になりたいな。 いつの日か大事な人を、どんなことがあっても守ってあげられるような、絶対の味方で居てあげられるような、ほっと息がつける場所のように、安らぎを与えられる存在に……優しい“お母様”みたいな存在になりたいなぁ………!!ーー

心を偽らずに曝け出すのは恐ろしい、全て詳らかに晒した後で、否定されてしまったら、失望されてしまったら…、興味関心を無くされてしまったら……、拒絶されてしまったら………、そう心が怯えきっていた。
何も試みないうちから数々の過去・・で体験した、おとずれてしまった未来に囚われてしまって、現在に目を向けきれていなかった、信じきれていなかった。

それでも勇気を出して打ち明けて良かった、謝れてよかった…。
受け止めてもらえて、受け入れてもらえて、許してももらえたからこそ今こんなにも心が軽い。

言って後悔した、やってしまって、後悔した。
でもこれはきっと必要な経験だった。
私が自分の感情を、心情を、言葉で相手に伝えていくための必要なステップだったのだと思う。
失敗したっていいのだと、身をもって覚えていくための必要な試練だったのだ。

今日はいろんなことを知れたし、覚えることができた。

家族の絆、それを今日確かに感じられた。
言葉でも教えてもらえた、心の醜い部分を晒しても誰も嫌な顔をしない、真剣に考えて応えてくれる、私の考えを否定するためじゃなくて少しでも優しい感情に、前向きになれるよう導びいてくれる、そんな言葉を貰えた。

こんなに嬉しいことってない。
今世の私は間違いなく、家族を得られた、この上ない果報者だ。

縋りついて泣きつかれて、気付いたときには優しい夢の中。
目が覚めたときには内容も覚えていられない、けれどいい夢だったと確信が持てるような、温められた心が見せた優しい夢の中にゆっくりとおちていった。
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