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●本編●

42.待ち人来たりて…。 ③

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 メイヴィスお姉様のある種衝撃的な食べ方を目撃して悶えること10分。
変わらず冷静な乳母に再三お小言をくらった後、ようやく平静を取り戻して姿勢を正す。
その時には、メイヴィスお姉様のスープ皿の中身はきれいサッパリ平らげられた後で、なんなら他のお皿もほとんど空になっていた状態だった。

 ーーしまった! メイヴィスお姉様の勇姿を見損ねてしまった?! スープ以外もやっぱりあの姿勢で食べたのか見たかったのに、何たる失態、一生の不覚だわっ!!!ーー

再びテーブルに突っ伏したい衝動に駆られたが、こちらを睨み見据えている(ように見えてしまう)侍女が怖いので出来なかった。

「ライリエル様…やっぱり、ご不快でしたよね? すみません、本当に…申し訳ないです。 同じ言葉の繰り返しになってしまいますが、謝ることしか出来ません…。」

しょもん…としょげかえって謝罪の言葉を繰り返している。

 ーーその姿がもう、仔犬にしか見えないっ!!ーー

「いいえ、全っ然! 不快だなんてとんでもない!! むしろその逆ですわ!! わたくしとっても感動してしまいました♡」

「へ…? 感動、ですか? えっと…それは…なんでまた?? そんな感動的な光景なんて、提供できた覚えがまったくないのですが…?」

そんな事を言われるとは露ほども予想していなかったメイヴィスお姉様は、パチパチッとまん丸に見開いたお目々を瞬いている。

「うふふっ、お姉様に自覚がなくても私には感動的だったのです。 私はメイヴィスお姉様の食べ方、とっても好きです♡ 凄く可愛いですよね♡♡ だってそのあまりの可愛さに、感動してしまったのですもの♡♡♡」

言いながら、うっとりと先程見たメイヴィスお姉様が一心不乱に食事をとる姿を脳裏に思い描いてしまう。

「え、可愛いっ?! …そんな事、言われたの初めてです、だって、両親からは『必死過ぎて恥ずかしいからやめて、早急に直しなさい』って言われてて…。 でも長年培ってきた癖なので全然直せなくて…諦めていたんですぅ。 笑われても仕方ないって。」

この言葉も心底意外だったようで、ぎょっと目を剥いてから、もじもじと恥ずかしそうに気にしていた理由を話してくださった。

「まぁ、お姉様ったら! 諦めるのは早すぎますわ!! だってお姉様はまだ6歳でしょう? まだまだいくらだって直せますとも、ご安心くださいな!! お姉様が私に言ってくださったように、私にも見えます、その癖を直して令嬢らしくお食事をなさるお姉様の姿が、この目にはっきりと浮かんでおりますわ!!!」

力強く少しでもお姉様を励ませるように、気持ちを込めれるだけ込めて微笑む。
私がお姉様に言ってもらえて嬉しかったように、お姉様も喜んでくださったら良いな、とも思いながらできる限りの笑顔を向ける。

「ですが、その癖を直しきるまでのお姉様の勇姿は、私の記憶にばっちり残させていただきますので、あしからずご了承下さいな?」

「えぇぇえっ?!? それは、ちょっと、いや…大分、困りますぅ、恥ずかしいですからぁ~~っ!!! 記憶に残さず抹消して下さいぃ~~~っ!!!」

全力で首を横に振り、両手もバタバタと振り回しながら抗議してくる相手をツンと澄ました顔で見返しながら要求を突っぱねる言葉を述べる。

「お断り致します! メイヴィスお姉様だって、私の令嬢らしからぬ振る舞いの数々を記憶から抹消してと私がお願いしたら、断固拒否されるでしょう?」

「それは勿論、全力で拒否致します! 私の記憶が残せる限り、限界まで忘れぬ努力を惜しみませんとも!!」

 ーーやっぱり、類友だ! 思考回路の似通った私たちは出逢うべくして出逢ったのだわ!!ーー

改めて同類であることを再認識し、メイヴィスお姉様への親愛の情がぐーーんと深まるのを実感した。


 その後はメイヴィスお姉様の癖を直す良い方法を実際に食べながら2人で模索した。
見るたびにキュンキュントキメイてしまい心の震えが身体にも顕現したが、何とかやり過ごしてあーでもないこーでもないと試行錯誤を繰り返した。

少し実践してまず間違いなく、はっきり判ったことは一度に全て正しくやろうとするのは無理だということだった。
通しでやってみたら数分もしないうちにお姉様の頭から煙が絶え間なく吹き出しはじめてしまったからだ。

取り敢えず、少しずつ段階を踏んで矯正していくことで2人の意見が一致した。
第一ステップ:食事の間姿勢を垂直に保ったままでいること。
身体が無意識に傾いでいくのを、意識して食い止めるところから始めようと思ったのだけど…、これがとんでもなく難しいことだった。

姿勢に意識が向いている最初の1分くらいは垂直に保てているが、食べることに意識が集中してしまうと、途端に前傾姿勢へと緩やかに移行していつの間にか腹ペコ仔犬スタイルに静か~にモードチェンジを果たし終えてしまっているのだ。

少し目を離した隙に態勢がパッと変わってしまうので、ビフォー・アフターの写真でも見ているような気分になる。
『片時も目を離してはいけない!』と、謎の使命感が胸中にわき起こり、自分の食事もそっちのけでお姉様の姿勢を監視する。
姿勢が崩れだした段階で、一切の情けを排除して容赦なく愛のムチ(デコピン・弱)を振るうことに終始した。

 ーーこれ…、めっちゃくちゃ楽しいわ…! 愛のムチ(デコピン・弱)を振るう度に、お姉様が「きゃうっ!」と悲鳴を上げてビクッと飛び上がる様がしこたま可愛いっ!! 早くその姿が見たくて姿勢が崩れて無くても愛のムチ(デコピン・弱)を振るいたくなってしまう、くぅっ…駄目だわっ、私、弱々で…、甘美な誘惑に抗えない……っ!!!ーー

お姉様の愛らしすぎる反応を早く見たい衝動とそれを断固阻止しようとする理性が心の中でせめぎ合う。
このジレンマに耐えきれず、指がぷるぷると震えてしまい、その僅かな振動で親指で押さえていた中指が外れ、誤発射されたデコピン・弱がメイヴィスお姉様のおでこに命中してしまった。

「きゃうっ?! ライリエル様ぁ~、酷いですぅ~~っ!! 私、今のはまだ、姿勢崩れてませんでしたよねぇ~~?!」

「あわわっ、ごめんなさいっ! わざとじゃないんですよっ!? ホントのっ、ホントにっ、誘惑に抗おうとした結果、奇しくも暴発してしまった愛のムチ(デコピン・弱)がメイヴィスお姉様のおでこにキレーに命中してしまったのは、不幸な事故以外の何物でもありませんともっ!!!」

慌てふためいて言い訳には似つかわしくない言葉ばかり並べ立ててしまった。
ほとんどそのまま、あるがままの心情を吐露してしまいながらも、最後は事故であることを強調して悪足掻きまでする始末。

 ーーこんな時でも往生際悪く自分を守ろうとしてしまうなんて、ホント駄目人間だわ。 公爵家の令嬢として不可欠な高潔な精神なんて、欠片も持ち合わせられない未来しか視えないのだけど?ーー

「愛のムチって……、ふふっ、あははっ、あはっ、あははははっ!!!」

『愛のムチ』という言葉がメイヴィスお姉様のツボにドはまりしてしまったらしい。

 ーーお腹を抱えてコロコロと笑い転げていらっしゃる様が…これまた仔犬のようで愛らしい! もう何をやってもメイヴィスお姉様の姿に仔犬がチラついてしまって、可愛さが極まりすぎてて…辛いっ!!ーー

笑い転げるメイヴィスお姉様の横でソファーの背に倒れ込みその愛らしさに悶える私。
その異様な光景を見据える、終始無言で佇む侍女の顔は、分厚すぎる眼鏡の奥から冷ややかな視線を送るのみで1㎜も表情は変化することはなかった。


 結局あの後直に、メリッサに窘められて癖を直す訓練は中止と相成った。
というのも、いつまで経っても片付けられないことに業を煮やした侍女様の堪忍袋の緒が切れてしまったからだ。
それもそのはず、この部屋に来て優に2時間は経過している。

 ーーちょっと、熱が入りすぎてしまったわね…?ーー

自分でも変なスイッチが入っていたのは自覚していたが、時間を忘れて没頭しすぎてしまった自分には引かずにいられない。
自分の行動に呆れつつ、黙々と用意された食事を口に入れては咀嚼して飲み下していく。

 ーーでも時間がかなり経ってるのに、パンもスープも温かいままなのは本当に有り難いわよねぇ~~っ♡ 刻印魔法、様々っ♡♡ーー

今日仕入れたばかりの知識を思い起こしながら、メイヴィスお姉様に事実確認も兼ねて聞いてみることにした。

「メイヴィスお姉様のご自宅には刻印魔法が施してある品物は何かあるのでしょうか?」

「えぇっ?! そ、そそっ、そ~~んなっ、こっ高級品、家ではとても手が出ませんよ!! アグネーゼ男爵家うちはかろうじて貴族の端っこにぶら下がってる下位も下位、平民と変わらないくらいの貧乏な名ばかり貴族なんですから!! 持ってるとしたら…シャロンの家でチラッと話を聞いたくらいで、実物は見せてもらえませんでしたよぉ~、何かあっても弁償なんて出来ませんしぃ~~っ!! 家宝にしても良いくらい、私たちにとってはおいそれと手にできない高級品です!!」

 ーーおっとぉ? 予想外な情報キタコレー(汗)ーー

「………そうなのですね。 私ったら、まだ全然物の価値が把握できていなくて…驚かせてしまってすみません。 ですが今後も非常識な質問ばかりしてしまうかもしれません、その時はご容赦くださいね?」

ニコリと微笑み、しおらしく弁明の余地を求めながら『えらいこっちゃ~っ!』と叫びたい衝動に駆られて内心冷や汗たらったらになってしまった。

 ーー『今お姉様がお使いの食器はすべて刻印魔法が施してあるんですよ?』なーーーんて言った日には、今まで見た中で最上級に震え上がる仔犬なお姉様が見れることだろう、まず間違いない!!ーー

そんなお姉様も見てみたいが今後のコミュニケーションが難航する未来しか視えないので止めておく。

 ーーうっかり口にしなくて良かったぁ~! アルヴェインお兄様が大体の物価を教えてくださったけど、そういえばこの国での平均年収がどれくらいとか、最低賃金はいくらとか、そういうのには全然触れてなかったものねぇ。 公爵家うちに普通にある物≠一般家庭にある物。 ついつい忘れがちだけれど、私の家はベリーベリーハイソだったわ!!ーー

ドッキドッキと強く拍動する心臓を押さえるように胸に手を当てながら、項垂れてしまう。
この家にいたら一般常識なんて身につけられる気がしない。

「そんな、知らなくって当たり前ですよ! ライリエル様が直接街に降りてお買い物~なんて、まだ3歳の身空でできないですから!! 私は庶民と変わりませんから、簡単なお使いをさせられる機会が多くて、市場なんかで買い物をして知っているだけですから、ね? そうでなければちゃんとした貴族のご令嬢は知る機会はもっと遅いですよ、ライリエル様が非常識とか、そんなことありませんからね!?」

身振り手振りを交えて必死にフォローしてくださるメイヴィスお姉様の姿に、今朝の食堂でのメリッサの勇姿がピッタリ重なる。

 ーーいやいや、ホント、上手すぎだったわメリッサったら! 一度見ただけのはずなのに、特徴をばっちり押さえて完コピとか、カメラアイならぬムービーアイ持ちだったの?! 私が夢にまで見た魔法でしか実現し得ないだろう奇跡の技を既に持っているというのっ??! 羨ましいっ、心底恨めしいっ、じゃなかった、羨ましいぃ~~~っ!!!ーー

最後のパン切れを飲み下しながら侍女への見当違いで思い込みでしか無い勝手な羨望を抱く。
その怪しい気配を敏感に察知した有能過ぎる侍女は眉間に力を込めて訝しげに小さな主人へ苦言を呈する。

「ライリエルお嬢様、また何か良からぬ妄想をなさっておいでなのは分かっておりますが、程々になさいませ。 お食事がお済みなら食器を下げても宜しいでしょうか?」

私の食事の進捗状況をしっかり経過観察していた侍女は質問しながらも、既に私が食べる気がないのを正確に察知して食器を下げるために動き出していた。

「メリッサには何でもお見通しなのね、どうやったらそんなに察知が得意になるのかしら? エリファスお兄様の考えていることも分かったりするの?」

目の前の空になった食器をテキパキと片付ける侍女の横顔を見ながら頭に浮かんだ疑問をそのまま問いかける。
ほんの一瞬、メリッサの正確無比な手元がピクリと震えて動きを悪くした、ように見えたけど…勘違いかしら?

「……エリファス坊ちゃまのお考えは殆どの場合で掴めません。 ライリエルお嬢様のように単純な方ではないので、私には一生理解しきることはできそうにございません。」

 ーー単純ですって、褒められてしまったわ!ーー

『馬鹿』とか『頭が弱い』と言われていないのだから、メリッサ語録からしたら褒め言葉に相違ない。
ルンル~ン♪と気分を良くしながら、頭に思い描いて予想した2人の関係性を口にする。

「あら、そうなの? メリッサは私よりもエリファスお兄様とのほうが長い付き合いでしょう? だから私のことよりもっとよく把握しているのかと…、それこそツーと言えばカーみたいに以心伝心できてしまうもの、と思ったのだけど、違うのねぇ。」

「簡単にはお考えを悟らせて下さいませんから、お嬢様と違ってエリファス坊ちゃまは大層捻くれ遊ばされておりますので。」

「まぁっ! メリッサったら、お兄様に対しても辛辣な物言いは変わらないのね! そう云えば、お願いしていた物は準備できそうかしら?」

「それにつきましては、現在鋭意制作…、いえ、創作・・中でございます。 おそらく夕刻までには準備が整うかと存じますので、できしだいお持ち致します。 お嬢様はこの後はどうされるのご予定でしょうか?」

「? そうなのね、わかったわ、引き続きお願いね? この後は…、メイヴィスお姉様は何かするご予定はお有りですか? 無ければこのままご一緒したいのですけど、ご都合如何でしょう?」

 ーー捜索・・中…? まだ見つかっていない、ということかしら?ーー

この時はこの言葉の齟齬にも気づかずに、軽~く受け流してしまった。
その事で後ほど仰天することとなるのは、また別の話だ。

自分単独でこの後の時間を過ごすのも気が引けるので、メイヴィスお姉様と2人で親交を深めるとともに世間一般の常識的な情報を引き出したい思惑も有り、相手の都合を伺う。

「私は全然かまいません! あっ、ですが、ライリエル様が寝込まれている間、公爵夫人にお選びいただいた新品のドレスが今日出来上がる予定とのことで、この後の時間夕刻までのどこかで受け取ることになっているのです。 その時少しバタバタ・・・・・・してしまうかもしれませんが、それでも良ければ、是非この後もご一緒したいです!!」

照れつきながら、本人は全くの無意識だろうがソワソワモジモジと身体のどこかしらをせわしなくうごめかせて、今日ドレスが届くことを教えてくださる。
嬉しさを必死に堪えながらも、ほころぶ表情を隠しきれないはにかんだ様が、何とも愛らしい!

「今日ドレスが届くのですか?! バタつくなんてそんな事、全然かまいません!! 私もお姉様の新しいでドレス、早く見たいですから! 今から待ちきれないくらい、楽しみです!!」

 ーードレスはお母様が選んでくださったのね、どんなデザインかしら…ホント、楽しみすぎるぅ~~~っ!!!ーー

未だ目の前にはないドレスに期待を膨らませて、2人でキャッキャとはしゃいでしまう。
落ち着けという方が無理な相談だ。

 ーー新品のオーダーメイド、つまりこの世に1着しか無いドレス、と聞いてトキメカないわけがない! 1週間で仕上げてしまうなんて、さすが公爵家御用達の一流テーラーだわ!! 高まりすぎた期待値が限界突破してしまいそうっ!!!ーー


 今日の午後という曖昧な予定ではあるが、テーラーが到着したら直ぐ知らせが来るよう音もなく静かに部屋を辞そうとするメリッサをすんでのところでつかまえて、耳打ちにて念押ししてお願いしておく。

 ーーさてと、本日のメインイベントが急遽決定したのは朗報だけれど、それまで何をしようかしら? お喋りだけでは私の乏しい会話スキルではネタが早々に尽きてしまいそうだし…何か良さ気な妙案はないものかしら? う~~~ん……、あ!! そうだわ、そうしましょう!!ーー

何か時間潰しになることは無いか、と頭を捻った結果、パッと良案が天啓のようにもたらされた。
このままでは学習できるのがいつになるかわからない、けれど早急に知っておきたいことの1つ。

「メイヴィスお姉様、この国の文字を書くことはできますか?! 私、とってもとっても、とぉ~~~っても!! 文字が書いたり読めたりできるようになりたいのです!!!」

キラッッッキラに輝かせきった瞳でメイヴィスお姉様を超至近距離から見つめる。
もうギラギラが正しい擬音になる程に、溢れんばかりの期待に満ち満ちた瞳を容赦なく真っ向から差し向けられた少女は、そのあまりのギラつきに目を白黒させつつしこたまチカチカさせられた。

「えぇ~~っと、基本的には、はい、書けます。 読める文字を習得できていると、自負しておりますです、ハイ!」

過度なギラつきを超至近距離から見てしまった為に思考回路までチカチカさせられて言語が少し乱されてしまった模様。
それでも何とか肯定の言葉に繋がる単語を紡ぎ出した少女に感極まった幼女が言葉の終わりとともに抱きつく。

「っっっきゃ~~~~っっっ!!! 流石ですぅ~~メイヴィスお姉様ぁ~~~っ!!! こんな素敵なお友達、世界中何処を探してもメイヴィスお姉様しかいませんわぁ~~~っっっ!!!」

歓喜の奇声を発して大げさな感想を声を大にして部屋中に轟かせた幼女を、音もなく部屋に舞い戻った冷静な侍女の言葉の拳が横殴りにした。

「奇声を発するのを即刻おやめ下さい、ライリエルお嬢様。 甚だ耳障りでございますので、もうお黙り下さいまし。 何事かあったかと警備兵が駆り出される事態に発展しかねません、もっとご自重下さい、お嬢様。」

「……申し訳ございません。」

「使用人に対してそのように遜った言動はなさらないよう、今朝も申し上げたはずですが…まさかお忘れになったなどと、おっしゃいませんよね、お嬢様…?」

「もっもちろんよ! 忘れていないわ!! 貴女の(殺意のこもった)言葉を忘れられるものですか!!!」

分厚い眼鏡の奥から殺気漲る鋭い視線を向けられ、ゾクゾクっと震え上がりながら必死で釈明する。
怖いのは本当だけれど、ちょっと嬉しくもある。
この相反する感情が一挙に去来する感覚が、少し癖になりそうな中毒性があって困る。

震え上がる幼女を少しの間見つめ続け、フッと殺気を消し去ってから再び部屋を出ていこうとする侍女を怯えながら呼び止める。

「メッ、リッサ…さん、やっ、違う違う、遜ってないわ! 断じて違いますとも!! お、お願いがっ、新しく用意してもらいたいものが、あるのだけど、忙しいとは重々承知しているけれど貴女にお願いしても、良いかしら?」

「何をご用意すれば宜しいのでしょう、手短に、簡潔に、要点だけ、お申し付け下さいまし。」

「紙と筆記具を用意して欲しいの! 私とメイヴィスお姉様の2人分、あ、紙は多めにね!! 文字を練習したいのよ、できれば今直ぐ持ってきてほしいのだけど、良い?」

「かしこまりました、直ぐにお持ち致します。」

「あっ、それと、筆記具のことだけれど…!」

礼をして取りに向かおうとする侍女に追いすがり、スカートを引いて引き止める。
そしてくいくい引っ張って屈むよう促して、侍女の耳元へ潜めた声で要望を伝える。

「メリッサ、くれぐれもふっつうな物で! 筆記具は必ず刻印魔法が施してないふっつーーーなものでお願いね!!」

 ーー刻印魔法ありのものなんて見た日には、おそれ多いと言って文字を書いてもらえなくなってしまうわ! 本末転倒、断固回避!! ーー

「声を潜める必要が? いえ、そちらも、かしこまりました。 少々お待ちください、直ぐお持ち致しますので。」

余分な一言を雑に処理して、今度こそ部屋を出ていく侍女の背中を見つめながら、高まっていく気分に合わせて鼻息を荒くしてしまう自分を止められない。

 ーー街に繰り出す前に必須の技能、それは文字の読み書き! 今日その基礎形成をしっかり整えて見せますとも!!ーー

やる気は十分、向かうところ敵なし!!な浮ついた気分で、今か今かと侍女が戻ってくるのを扉の見える位置で仁王立ちして飽きることなく待ち構えてるのだった。
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