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●本編●
40.待ち人来たりて…。 ①
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小さいながらも見事な七色の虹が室内の一角を彩る。
メイヴィスお姉様が滞在している客室に入ると秒で号泣された。
ーー噴水のように噴き出る涙を自分以外が噴出するところを見ることになろうとは…、さすが類友! 一切貴族令嬢ぶることなく自然体でギャン泣きしてくれるなんて、愛い奴!!ーー
好感度が爆上がる反面、内心『マジかぁ!』と十分驚愕もしているのだけれど、多種多様、様々な経験を経て、今現在の私は慈愛のこもった生暖かい微笑みを顔に貼り付けてソファーの上で現在進行形で号泣している年上の令嬢を見守っている。
ーー私のお澄まし顔スキル(?)には磨きがかかりましたことよ!ーー
自慢気に言ってみせたがちょっと虚しい。
表情を取り繕えたところで、誰も見ていないのでは意味がないのだから。
メイヴィスお姉様の両目からは継続して噴水のような涙がとめどなく溢れ、衰えぬ勢いのまま噴き出し続けている。
こもままでは体中の水分が放出され尽くすのも時間の問題だ。
ーーこんな時、なんて声をかければ正解?ーー
目下私を悩ませている事柄は、ボッチが長すぎたせいで経験が不足していることが原因で間違いない。
ボッチ=友達皆無=コミュニケーションスキル最弱、こんな私に何ができるとお思いで?
ーーそうだ! 逆転の発想!! 自分ならこんな時どうやって声をかけてもらいたいか考えれば良いのだわ!!!ーー
「………、………! ………………。」
頭を捻りに捻っても、絞り滓ほどの言葉も出てこない。
最大の盲点は、わたしが人前で泣いたことが一度たりともなかったことだ。
自室で声を殺して泣く、でもそれも回数は少なかった。
泣くほど心が傷つくには、痛みに鈍感になりすぎた精神が邪魔をしていたからあまり泣けなかった。
誰かに慰めてもらおうという考えもなかった。
救けてなどもらえないことは、嫌というほどわかりきっていたのだから。
ーーつまり、このまま待たなければならないのよね…? メイヴィスお姉様が自然に落ち着いて泣き止むまで、見~て~る~だ~け~♪ それって友人として、どうなの??ーー
涙を拭ってあげたいが、噴水の勢いが強すぎて押し負けてしまいそうだ。
ーーTHE・無力再び!? 私って、ホントしょーもなっ!!ーー
またも無力感を噛み締めて、棒立ちするのみな自分が情けない。
こんな自分に何ができるのだろう?
何かできることがあるはず、多分!!
結局良案は思いつかず、あーでもないこーでもないと考えている内に時間だけが無常にもその針を進めるだけだった。
メイヴィスお姉様が落ち着きを取り戻し泣き止むまで、20分ほど要した。
時計を見て驚愕!
お父様と分かれてからこの部屋に入るまで…1時間以上要している…だとぉっ?!
ーー私…どれだけ扉に魅入られてしまったの? 自分に限りなくドン引きなんですけど??ーー
結局黒歴史更新!
でも不幸中の幸いは、目撃者が不在なこと!!
扉の前で立ちすくむ姿を誰にも見られないで良かったぁ~!!
安堵よりも呆れが多い表情をして無意識に溜息を1つ零してしまった。
「ライリエルざまぁっ、もうじわげありまぜん~~~っ!!」
それを自分に対してと勘違いしたメイヴィスお姉様が再びプルプルと震えだした身体に揺られた涙声で謝罪してくる。
「メイヴィスお姉様?! ち…違うのです、他事を考えていて! 慰めの言葉も思いつかず、棒立ちで傍観しているだけだった自分が…恥ずかしくて情けなくて…自己嫌悪していたのです。 ごめんなさい、メイヴィスお姉様。」
自分の黒歴史には一切触れず、もう1つ心悩ませた事柄を口に出して、言葉にしたことで余計落ち込んだ。
「ひょぅえぇっ?! いえいえ、そんなぁ、全っ然!! 私が勝手に泣いてしまっただけなので、ライリエル様が気に病まれる必要なんて皆無ですから!? むしろあんなに豪快に泣いてしまって、驚かせてしまって申し訳ありません!!!」
驚きにぴょっとお尻でソファーから跳ね上がり、両手をブンブンと左右に横振りし、顔も左右にグリグリ振って、最後は両手の平をパンっと叩き合わせたまま頭だけ下げる拝みポーズで謝罪された。
ーー動きがいちいち可愛いっ!!? もうっ、わっしゃわしゃしたい!! 頭を余すところなく揉みくちゃに撫でくりまわしたいっ!!ーー
込み上げる愛しさに悶え震えてしまう。
ーー子犬さんだぁ~~~~っ! 愛らしさしかないっ!! まってまって、尊すぎて愛しいしか無い、つらっ!!!ーー
キュンキュンとときめく胸を握り合わせた手で押さえながら、申し訳無く思っている表情を意識して眉間に力を込める。
「謝らないで下さい、メイヴィスお姉様! 私が不甲斐なくも熱を出して寝込んでしまったことも原因でしょう? 不慣れな環境で1人過ごさせてしまって、申し訳ありません。 さぞ心細く居心地が悪い不安な日々でしたでしょう?」
「いいえ、全然? むしろ日々このお屋敷の豪華絢爛な美しさに見惚れて気づいたら日が暮れている、みたいな? なんか壊しちゃったり汚しちゃったらどうしようっ?!って恐ろしさは今もありますが、それを上回るほど眼福過ぎる毎日を過ごしておりましたので! ご飯は毎回ほっぺたが落ちるほど美味ですし、ベッドはふっかふかで、毎日メイドさんがシーツとか全部取り替えて下さっていつも清潔な寝具で寝起きできて、最高に快適な毎日でしたとも!! 自堕落になりすぎて、家に帰ったときのことを思うと憂鬱になるくらいで…、年末年始の準備に追われる忙しなくて騒がしさしかない現実が……はぁあぁ~~~って、盛大な溜息を誘いますよぉ。」
この屋敷での滞在がいかに素晴らしくも充実しており快適なものであるか力説してからの、これから自分を待ち受ける現実とのギャップに萎れきってしまう。
けれど私は気づいてしまった。
思い出してドッと気疲れしきった表情の中に、隠しきれない温かな感情が確かに根ざしていることを。
苦笑する口元に、思い出した家族の顔を宙空に描き輪郭をなぞるその視線に、家族との邂逅を待ち遠しく思い、その時が早く実現することを願う感情が溢れていた。
「メイヴィスお姉様はご家族のことが大好きでいらっしゃるのね…!」
「えぇっ?! そんなまっさかぁ~~っ!! あり得ませんてぇ、ホント、どうしようもないくらい騒がしくって口を開けば喧嘩ばっかりなんですよぉ、親も姉弟も、四六時中!!?」
「うふふっ、喧嘩は1人ではできませんものね。 家族から離れて寂しいと思うことは、全然恥ずかしいことではありません。 きっと私も…今なら寂しいと思えるはずですもの。」
最後の言葉は自分にしか聞こえないように囁いてから、ニッコリ笑顔でメイヴィスお姉様に笑いかける。
それから今現在のメイヴィスお姉様のお顔をまじまじと見る。
ーーこれはこれで…、可愛いわね!ーー
今朝の寝起きの私といい勝負な瞼の腫れ上がり具合となっている。
そんな目元の惨状も、仔犬なイメージを損なうことはなく、むしろ愛らしさをアップする結果となっていてほっこりと癒やされてしまった。
いい笑顔でメイヴィスお姉様のお顔を眺めてしまい、早急に冷やさねばとハッと思い至る。
ーー冷やすためにはお水を準備しないと!ーー
思い至ってすぐに客室の中をキョロキョロとくまなく見回す。
ソファーがあるこちらとは反対側、振り返った先にある棚の上に探していた目的の物を見つけ、次に手頃な器を探す。
再び彷徨わせた視線がある一点で止まる。
鏡台の上に置かれた器が丁度良さそうだ、と当たりを付ける。
それぞれの所在地を確認し終えたところで、早速取りに向かう。
何分歩幅が短いので、効率を優先して道のりを定めないといつまで経っても目的を達成できないのだ。
ーー幼女ならではの悩みよね! 足が短いとかそういう事じゃないのだ、決して!!ーー
先ずは鏡台へと足を向ける。
鏡台と揃いの椅子によじ登り、立膝の状態で器を確認する。
ーー大きさも深さも丁度良さそうね!ーー
目測が正しかったことに安堵して、むんずと器を掴み取り椅子から降りる。
慎重に、慎重を重ねて…、何とか無事に床に降り立てた。
器は椅子の上に置いて、降り立った位置から次なる目的の物が鎮座する棚を見上げて、高さを目測する。
ーーこの椅子を使えば、何とか手が届きそうね!ーー
何度か視線を往復させて、棚の位置まで不足している身長を十分補うに足る高さであると確信してから行動に移す。
ーー石橋は叩いて渡る、今日の私は一味違いますからね! ちゃんと心に決めたスローガンを実践してみせますとも!!ーー
誰に対してか不明だが心の中で鼻高々になりながら、鼻歌交じりに椅子を押して次なる目的地を目指す。
鏡台から少し距離をとって隣に置かれた棚。
近い距離のはずなのに、椅子を押して向かうと…結構な時間がかかってしまった。
丁度よい位置に移動し終えたときには息があがっていた。
ーーはぁ…、はぁ…、はぁーーしんどっ! 悲しいかな、幼女の体力の無さよ……!!ーー
歩けばたった数歩の距離なのに、椅子を押して歩くだけで倍の時間がかかった。
見た目そんなに重量があると思えない椅子は、腕も足もプルプルしてしまうくらい幼女にはしっかり重量物だった。
息を整えてから、椅子の上に置いていた器を棚の一番下の棚板の上に避難させておく。
それから再び椅子によじ登り、目的の物を見据えて手を伸ばす。
椅子の上で背伸びをして、それでも足りないからつま先立ちになり限界まで伸び上がる。
そうしてやっと、目的の物に手が届き手中に収める。
掴み取れたことでホッと安心して力を抜いた途端、プルついていた脚が限界を迎え身体を支えるという重要な役目を放棄してしまった。
椅子を押していたことで蓄積された疲労が抜けきっていなかったのだ、大誤算!
傾いだ身体を持ち直そうと、力の抜けた脚に再び力を込め直し、腕をバタつかせてみたが、その結果は身体の向きが変わったことのみ。
1度支えを失いバランスを崩した幼女の身体は、顔面から床へと向かい落ちてゆくのみ。
ーーうわ~~お、すっごく既視感感じるぅ~~~♪ って呑気に考えてる場合じゃな~~~いっ!!!ーー
ぶつかる!
そう覚悟して目をギュッと瞑り、顔面にもたらされる避けられない痛みに備える。
しかしもたらされたのは痛みなんかではなく…。
ポフッ……。
柔らかな感触に包まれる感覚、一拍遅れておとずれた頸部への少しの負荷。
トサッ…、ドテッ!
その後も、身体が床ではないこれまた柔らかな物体の上に落ちる。
全てが終わった数瞬の後、恐る恐る目を開く。
開いた目の前には一面の肌色。
近すぎてそれしか見えなかったようだ、手をついて身体を起こすとその肌色はメイヴィスお姉様の鎖骨あたりだったことがわかった。
落下する私を見て、咄嗟に駆け寄りその身をクッションにして受け止めてくれたようだ。
自分のおかれた現状を理解して、申し訳なさから慌てふためき、必死になってメイヴィスお姉様の体の上から退こうと身体を動かす。
しかしパニックになった頭では正常に身体を動かすことができず、結果としてはもだもだとメイヴィスお姉様の体の上で藻掻いているだけとなってしまった。
私が退くよりはやく、衝撃をやり過ごしたメイヴィスお姉様が私が上に乗った状態のまま体を起こした。
その勢いに押され、そのまま床に転げ落ちそうになった身体をガシッと肩を掴まれたことによって止められる。
上半身を起こしたメイヴィスお姉様の身体から若干ずり落ちてお尻は床に、脚は片方が床の上でメイヴィスお姉様の両足の上にもう片方が乗っかったままの不自然な格好で尻餅をついて座ることとなった。
「メイヴィスお姉様、ありがーー」
「ライリエル様っ! なんて無茶なことなさるんですか?! 私が間に合わなくて、お怪我だけですまなかったら…どうなさるおつもりですかっ!? もっとちゃんと後先考えて気をつけないと駄目じゃないですかっ!! 1人で考えて行動する前にもっと周りを頼って下さい、お願いですからっ、寿命が縮みますからっ!!!」
感謝の言葉を遮られて、怒られてしまった。
言っているうちに段々と感情もヒートアップして語気が強くなっていったようだ。
言葉とともに吐き出して減った空気を取り込むため肩で息を繰り返す。
ややあってから、必要な酸素を取り込み終えて冷静さを取り戻した頭で改めて現状を把握してから、メイヴィスお姉様の顔色がサッと変色した。
「もぉっ?! もーーーしわけっ、ありません、ライリエル様ぁ~~~っ!! 私ったらつい、弟妹を叱りつけるのと同じ要領でっ、何てことをっっ!!? ナンテコトヲーーーーッ!!!」
蒼くなって、白くなって、口から魂を出さんばかりに昇天しかかっている。
「メイヴィスお姉様、ごめんなさい、心配をかけてしまって。 そして…ありがとうございます! 本当に心から…怒って、叱って下さって、ありがとう!」
ついつい、もじもじして俯いてしまった。
相手の顔を真っ直ぐ見つめては言えなかった。
怒られることは吃驚して、キュッと鳩尾の辺りが絞られる感覚もあるけれど、温かな感情が確かに感じられる叱責だった。
私のことを心配してくれる心が根底にあるからこそ感じられる温かさなのだと、はっきり感じられた。
そのことがここまで嬉しく感じられるのは…間違いなく今生の私の心が感じている喜びの感情だからだ。
告白をしてしまったかのような気恥ずかしさが込み上げてきて、頬が上気する。
ポワポワする両の頬を両手でそれぞれ押さえながら恥ずかしさに悶える。
反応が返ってこないことに気付き、俯けた顔はそのままでチラリと視線だけで上目遣いに見上げる。
メイヴィスお姉様の顔は、叱ったことに対して御礼を言われるなんて…という驚嘆顔で、何に対してかは定かではないが怒りではなさのうな感情によって茹でダコかと思うほど紅潮しきって口をパクパクさせていた。
「メイヴィスお姉様…大丈夫ですか……?」
心配になって声をかけてみた。
すぐにはその問いに対しての返答はなく、しばらく経ってから一言。
「っっっっ可愛いっ!!」
ーー流石私の類友、思考回路に共通点しかないわね!!ーー
今の一言でメイヴィスお姉様の心理状態を全てを理解して、発言に対して深く突っ込むことはしない。
俯けていた顔を上げて、微笑みながら口を開く。
「メイヴィスお姉様のおかげです♡ 改めまして、身を挺して受け止めてくださり、ありがとうございます! こうして無事に目的の物をしっかり掴み取って……、あら?」
ーーしっかり掴んでいたはずの物が無い…?!ーー
先程落下する前まではしっかりとこの右手に握りしめていたのは確かなのだ。
落ちて受け止められるまでに力の緩んだ手の平から何処かにすっぽ抜けてしまったようだ、一体何処へ?!
「ライリエル様…? えぇーと、何かを…探していらっしゃるのですか、ねぇ?」
言葉の途中で一心不乱に頭を四方八方に動かし始めた私に少しビクついてからそれでも声をかけてくださったメイヴィスお姉様。
「そうなのです、ちょっと、落ちた衝撃で…。 あぁ! 身体は勿論、何とも、無いのですが! 手に持っていた、はずの、物が、何処かに飛んで、しまったようで……?」
探す頭の動きは止めずに言葉を返すものだから不自然に途切れがちになった返答の途中で、扉を叩く音が部屋の中に響いた。
少し癖のあるノックの仕方、もしかして…?
「メリッサなの?」
「?! …左様にございます、入室しても宜しいでしょうか?」
「勿論よ、あ、やっぱりちょっと待って! 私の侍女のメリッサなのですが、入室させても大丈夫ですか?」
乳母であることを隠したい訳では無いが、侍女と言ったほうがこの場合は良いだろうと考えて、入室の許可を今のこの部屋の主であるメイヴィスお姉様に問う。
「ひえぇっ?! いいですいいですっ! 私にはおかまいなく、じゃんじゃん入ってもらって下さいませっ!!」
ーーじゃんじゃんって(笑)、やっぱりメイヴィスお姉様、可愛い好き尊い♡♡♡ーー
「ありがとうございます、メイヴィスお姉様♡ メリッサ、入ってちょうだいな。」
「…失礼致します。 ご昼食をどうされるか伺いに参りました。 ……これは、……何をなさっていらっしゃるのですか? 床の上に座られるなど、しかも、ご友人に脚までかけて、はしたのうございます、ライリエルお嬢様!」
こちらい至るまでの通路で何かを拾い上げた後、私たちの格好を見てから、私にだけお小言を言う安定の反応のメリッサ。
ーー確かにはしたない、けど、ここに至ったプロセスを問うのが先決ではなくて?ーー
「どうしてこうなったかは、聞かないの?」
「ライリエルお嬢様のお転婆の結果であることは聞かずとも明白でございますので。 こちらの魔石を落とされたのはお嬢様でしょうか?」
「!! そうよ、ちょうど探していたの!! 見つけてくれてありがとう、メリッサ!!」
問いかけてしまった自分に若干後悔する。
前半の言葉で、ぐぅの音も出ないほど見透かされきっていることがわかりこれ以上劣勢に追い込まれないよう敢えてツッコまず。
後半の言葉にだけしっかり反応して、両手をメリッサに差し出す。
「……?」
待てど暮らせど、魔石を渡してくれる気配が微塵も感じられない。
「……メリッサ、その魔石を渡して欲しいのだけれど?」
微動だにしない侍女の態度にじれて、催促の言葉を投げかける。
「魔石を取ろうとして、落ちられたのですか?」
「え、そうだけれど? でもほら、メイヴィスお姉様が受け止めて下さってこの通り無事だわ! それよりもその魔石ーー」
「お嬢様は、ご自分の安否がどれほど周囲に影響を与えるか、この期に及んでも理解しておられないようですね…?」
「え?」
「私が今朝どれだけの心労を伴って看病の日々をおくっていたか申し上げたばかりかと存じますが、お嬢様は私をまたあの地獄の日々に逆戻りさせる気でいらっしゃったのですね? と、そう問うているのでございます。」
「え、と、…そ…んなつもりは一切なーー」
「そんなつもりがお嬢様にはなくとも、結果そうなるのです。 最悪の結果を想定して行動を起こす義務がお嬢様にはございます、それがご理解頂けないのなら奥様なり旦那様になり申し上げて、落ち着きを身につけるまで部屋から出ることを禁じていただくしかございません。」
「メリッサぁ、おぉおぉ…怒っているのぉ?! わたっ、わたくし…にぃ? それとも、私の軽率な行動にぃっ?!」
「……怒ってはおりません、一般論を申し上げているのです。 この屋敷での一・般・論を。」
「この屋敷限定の一般論は世間で云うところの一般論ではないのではなくて?! 矛盾を感じるわメリッサ、語彙の理解に隔たりを感じてしまうのだけど!?」
「気の所為でございます。 お嬢様の異常な行動に目をつぶるのにも限度と限界がございます。 先程この客室前の廊下でのことでも、奥様に報告するかどうか、という際どい行動であったというのに。 あまり次々と判断に困る行動を重ねないで下さいまし。」
ーー廊下での行動…ですって? え、ちょ、まっ、まぁっ?! ほんっと、何なのこの侍女このやろぉ~~~~っ!!!ーー
「居たのなら黙って見てないで、声をかけてちょうだいなっ?!」
「嫌でございます。 気まずいのはお嬢様だけではございませんので。」
ーーもうヤダ~~! この乳母ヤダァ~~!!
コワイよ~~~、でも好きぃ~~~っ!!!ーー
今度は私の両目から噴水のごとく涙がドっと噴き出すこととなった。
つい最近、途中までまったく同じセリフを心に呟いたことは記憶に新しい。
3歳児の精神衛生上大変宜しくない侍女は、お仕着せの何処からか取り出したふっかふかのタオルでもって被害が出る前に涙を受け止め、押し戻し、私の目元になんの躊躇いもなくそのタオルを押し付けた。
私はこれからの人生で後何回、この侍女にタオルを目元に押し付けられるのだろうかと、再び考える。
涙腺が正常な機能を復旧するまでの間、ずうっっっと、今回も例外なくタオルは目元に押し付けられたままだったのは、云うまでもない。
メイヴィスお姉様が滞在している客室に入ると秒で号泣された。
ーー噴水のように噴き出る涙を自分以外が噴出するところを見ることになろうとは…、さすが類友! 一切貴族令嬢ぶることなく自然体でギャン泣きしてくれるなんて、愛い奴!!ーー
好感度が爆上がる反面、内心『マジかぁ!』と十分驚愕もしているのだけれど、多種多様、様々な経験を経て、今現在の私は慈愛のこもった生暖かい微笑みを顔に貼り付けてソファーの上で現在進行形で号泣している年上の令嬢を見守っている。
ーー私のお澄まし顔スキル(?)には磨きがかかりましたことよ!ーー
自慢気に言ってみせたがちょっと虚しい。
表情を取り繕えたところで、誰も見ていないのでは意味がないのだから。
メイヴィスお姉様の両目からは継続して噴水のような涙がとめどなく溢れ、衰えぬ勢いのまま噴き出し続けている。
こもままでは体中の水分が放出され尽くすのも時間の問題だ。
ーーこんな時、なんて声をかければ正解?ーー
目下私を悩ませている事柄は、ボッチが長すぎたせいで経験が不足していることが原因で間違いない。
ボッチ=友達皆無=コミュニケーションスキル最弱、こんな私に何ができるとお思いで?
ーーそうだ! 逆転の発想!! 自分ならこんな時どうやって声をかけてもらいたいか考えれば良いのだわ!!!ーー
「………、………! ………………。」
頭を捻りに捻っても、絞り滓ほどの言葉も出てこない。
最大の盲点は、わたしが人前で泣いたことが一度たりともなかったことだ。
自室で声を殺して泣く、でもそれも回数は少なかった。
泣くほど心が傷つくには、痛みに鈍感になりすぎた精神が邪魔をしていたからあまり泣けなかった。
誰かに慰めてもらおうという考えもなかった。
救けてなどもらえないことは、嫌というほどわかりきっていたのだから。
ーーつまり、このまま待たなければならないのよね…? メイヴィスお姉様が自然に落ち着いて泣き止むまで、見~て~る~だ~け~♪ それって友人として、どうなの??ーー
涙を拭ってあげたいが、噴水の勢いが強すぎて押し負けてしまいそうだ。
ーーTHE・無力再び!? 私って、ホントしょーもなっ!!ーー
またも無力感を噛み締めて、棒立ちするのみな自分が情けない。
こんな自分に何ができるのだろう?
何かできることがあるはず、多分!!
結局良案は思いつかず、あーでもないこーでもないと考えている内に時間だけが無常にもその針を進めるだけだった。
メイヴィスお姉様が落ち着きを取り戻し泣き止むまで、20分ほど要した。
時計を見て驚愕!
お父様と分かれてからこの部屋に入るまで…1時間以上要している…だとぉっ?!
ーー私…どれだけ扉に魅入られてしまったの? 自分に限りなくドン引きなんですけど??ーー
結局黒歴史更新!
でも不幸中の幸いは、目撃者が不在なこと!!
扉の前で立ちすくむ姿を誰にも見られないで良かったぁ~!!
安堵よりも呆れが多い表情をして無意識に溜息を1つ零してしまった。
「ライリエルざまぁっ、もうじわげありまぜん~~~っ!!」
それを自分に対してと勘違いしたメイヴィスお姉様が再びプルプルと震えだした身体に揺られた涙声で謝罪してくる。
「メイヴィスお姉様?! ち…違うのです、他事を考えていて! 慰めの言葉も思いつかず、棒立ちで傍観しているだけだった自分が…恥ずかしくて情けなくて…自己嫌悪していたのです。 ごめんなさい、メイヴィスお姉様。」
自分の黒歴史には一切触れず、もう1つ心悩ませた事柄を口に出して、言葉にしたことで余計落ち込んだ。
「ひょぅえぇっ?! いえいえ、そんなぁ、全っ然!! 私が勝手に泣いてしまっただけなので、ライリエル様が気に病まれる必要なんて皆無ですから!? むしろあんなに豪快に泣いてしまって、驚かせてしまって申し訳ありません!!!」
驚きにぴょっとお尻でソファーから跳ね上がり、両手をブンブンと左右に横振りし、顔も左右にグリグリ振って、最後は両手の平をパンっと叩き合わせたまま頭だけ下げる拝みポーズで謝罪された。
ーー動きがいちいち可愛いっ!!? もうっ、わっしゃわしゃしたい!! 頭を余すところなく揉みくちゃに撫でくりまわしたいっ!!ーー
込み上げる愛しさに悶え震えてしまう。
ーー子犬さんだぁ~~~~っ! 愛らしさしかないっ!! まってまって、尊すぎて愛しいしか無い、つらっ!!!ーー
キュンキュンとときめく胸を握り合わせた手で押さえながら、申し訳無く思っている表情を意識して眉間に力を込める。
「謝らないで下さい、メイヴィスお姉様! 私が不甲斐なくも熱を出して寝込んでしまったことも原因でしょう? 不慣れな環境で1人過ごさせてしまって、申し訳ありません。 さぞ心細く居心地が悪い不安な日々でしたでしょう?」
「いいえ、全然? むしろ日々このお屋敷の豪華絢爛な美しさに見惚れて気づいたら日が暮れている、みたいな? なんか壊しちゃったり汚しちゃったらどうしようっ?!って恐ろしさは今もありますが、それを上回るほど眼福過ぎる毎日を過ごしておりましたので! ご飯は毎回ほっぺたが落ちるほど美味ですし、ベッドはふっかふかで、毎日メイドさんがシーツとか全部取り替えて下さっていつも清潔な寝具で寝起きできて、最高に快適な毎日でしたとも!! 自堕落になりすぎて、家に帰ったときのことを思うと憂鬱になるくらいで…、年末年始の準備に追われる忙しなくて騒がしさしかない現実が……はぁあぁ~~~って、盛大な溜息を誘いますよぉ。」
この屋敷での滞在がいかに素晴らしくも充実しており快適なものであるか力説してからの、これから自分を待ち受ける現実とのギャップに萎れきってしまう。
けれど私は気づいてしまった。
思い出してドッと気疲れしきった表情の中に、隠しきれない温かな感情が確かに根ざしていることを。
苦笑する口元に、思い出した家族の顔を宙空に描き輪郭をなぞるその視線に、家族との邂逅を待ち遠しく思い、その時が早く実現することを願う感情が溢れていた。
「メイヴィスお姉様はご家族のことが大好きでいらっしゃるのね…!」
「えぇっ?! そんなまっさかぁ~~っ!! あり得ませんてぇ、ホント、どうしようもないくらい騒がしくって口を開けば喧嘩ばっかりなんですよぉ、親も姉弟も、四六時中!!?」
「うふふっ、喧嘩は1人ではできませんものね。 家族から離れて寂しいと思うことは、全然恥ずかしいことではありません。 きっと私も…今なら寂しいと思えるはずですもの。」
最後の言葉は自分にしか聞こえないように囁いてから、ニッコリ笑顔でメイヴィスお姉様に笑いかける。
それから今現在のメイヴィスお姉様のお顔をまじまじと見る。
ーーこれはこれで…、可愛いわね!ーー
今朝の寝起きの私といい勝負な瞼の腫れ上がり具合となっている。
そんな目元の惨状も、仔犬なイメージを損なうことはなく、むしろ愛らしさをアップする結果となっていてほっこりと癒やされてしまった。
いい笑顔でメイヴィスお姉様のお顔を眺めてしまい、早急に冷やさねばとハッと思い至る。
ーー冷やすためにはお水を準備しないと!ーー
思い至ってすぐに客室の中をキョロキョロとくまなく見回す。
ソファーがあるこちらとは反対側、振り返った先にある棚の上に探していた目的の物を見つけ、次に手頃な器を探す。
再び彷徨わせた視線がある一点で止まる。
鏡台の上に置かれた器が丁度良さそうだ、と当たりを付ける。
それぞれの所在地を確認し終えたところで、早速取りに向かう。
何分歩幅が短いので、効率を優先して道のりを定めないといつまで経っても目的を達成できないのだ。
ーー幼女ならではの悩みよね! 足が短いとかそういう事じゃないのだ、決して!!ーー
先ずは鏡台へと足を向ける。
鏡台と揃いの椅子によじ登り、立膝の状態で器を確認する。
ーー大きさも深さも丁度良さそうね!ーー
目測が正しかったことに安堵して、むんずと器を掴み取り椅子から降りる。
慎重に、慎重を重ねて…、何とか無事に床に降り立てた。
器は椅子の上に置いて、降り立った位置から次なる目的の物が鎮座する棚を見上げて、高さを目測する。
ーーこの椅子を使えば、何とか手が届きそうね!ーー
何度か視線を往復させて、棚の位置まで不足している身長を十分補うに足る高さであると確信してから行動に移す。
ーー石橋は叩いて渡る、今日の私は一味違いますからね! ちゃんと心に決めたスローガンを実践してみせますとも!!ーー
誰に対してか不明だが心の中で鼻高々になりながら、鼻歌交じりに椅子を押して次なる目的地を目指す。
鏡台から少し距離をとって隣に置かれた棚。
近い距離のはずなのに、椅子を押して向かうと…結構な時間がかかってしまった。
丁度よい位置に移動し終えたときには息があがっていた。
ーーはぁ…、はぁ…、はぁーーしんどっ! 悲しいかな、幼女の体力の無さよ……!!ーー
歩けばたった数歩の距離なのに、椅子を押して歩くだけで倍の時間がかかった。
見た目そんなに重量があると思えない椅子は、腕も足もプルプルしてしまうくらい幼女にはしっかり重量物だった。
息を整えてから、椅子の上に置いていた器を棚の一番下の棚板の上に避難させておく。
それから再び椅子によじ登り、目的の物を見据えて手を伸ばす。
椅子の上で背伸びをして、それでも足りないからつま先立ちになり限界まで伸び上がる。
そうしてやっと、目的の物に手が届き手中に収める。
掴み取れたことでホッと安心して力を抜いた途端、プルついていた脚が限界を迎え身体を支えるという重要な役目を放棄してしまった。
椅子を押していたことで蓄積された疲労が抜けきっていなかったのだ、大誤算!
傾いだ身体を持ち直そうと、力の抜けた脚に再び力を込め直し、腕をバタつかせてみたが、その結果は身体の向きが変わったことのみ。
1度支えを失いバランスを崩した幼女の身体は、顔面から床へと向かい落ちてゆくのみ。
ーーうわ~~お、すっごく既視感感じるぅ~~~♪ って呑気に考えてる場合じゃな~~~いっ!!!ーー
ぶつかる!
そう覚悟して目をギュッと瞑り、顔面にもたらされる避けられない痛みに備える。
しかしもたらされたのは痛みなんかではなく…。
ポフッ……。
柔らかな感触に包まれる感覚、一拍遅れておとずれた頸部への少しの負荷。
トサッ…、ドテッ!
その後も、身体が床ではないこれまた柔らかな物体の上に落ちる。
全てが終わった数瞬の後、恐る恐る目を開く。
開いた目の前には一面の肌色。
近すぎてそれしか見えなかったようだ、手をついて身体を起こすとその肌色はメイヴィスお姉様の鎖骨あたりだったことがわかった。
落下する私を見て、咄嗟に駆け寄りその身をクッションにして受け止めてくれたようだ。
自分のおかれた現状を理解して、申し訳なさから慌てふためき、必死になってメイヴィスお姉様の体の上から退こうと身体を動かす。
しかしパニックになった頭では正常に身体を動かすことができず、結果としてはもだもだとメイヴィスお姉様の体の上で藻掻いているだけとなってしまった。
私が退くよりはやく、衝撃をやり過ごしたメイヴィスお姉様が私が上に乗った状態のまま体を起こした。
その勢いに押され、そのまま床に転げ落ちそうになった身体をガシッと肩を掴まれたことによって止められる。
上半身を起こしたメイヴィスお姉様の身体から若干ずり落ちてお尻は床に、脚は片方が床の上でメイヴィスお姉様の両足の上にもう片方が乗っかったままの不自然な格好で尻餅をついて座ることとなった。
「メイヴィスお姉様、ありがーー」
「ライリエル様っ! なんて無茶なことなさるんですか?! 私が間に合わなくて、お怪我だけですまなかったら…どうなさるおつもりですかっ!? もっとちゃんと後先考えて気をつけないと駄目じゃないですかっ!! 1人で考えて行動する前にもっと周りを頼って下さい、お願いですからっ、寿命が縮みますからっ!!!」
感謝の言葉を遮られて、怒られてしまった。
言っているうちに段々と感情もヒートアップして語気が強くなっていったようだ。
言葉とともに吐き出して減った空気を取り込むため肩で息を繰り返す。
ややあってから、必要な酸素を取り込み終えて冷静さを取り戻した頭で改めて現状を把握してから、メイヴィスお姉様の顔色がサッと変色した。
「もぉっ?! もーーーしわけっ、ありません、ライリエル様ぁ~~~っ!! 私ったらつい、弟妹を叱りつけるのと同じ要領でっ、何てことをっっ!!? ナンテコトヲーーーーッ!!!」
蒼くなって、白くなって、口から魂を出さんばかりに昇天しかかっている。
「メイヴィスお姉様、ごめんなさい、心配をかけてしまって。 そして…ありがとうございます! 本当に心から…怒って、叱って下さって、ありがとう!」
ついつい、もじもじして俯いてしまった。
相手の顔を真っ直ぐ見つめては言えなかった。
怒られることは吃驚して、キュッと鳩尾の辺りが絞られる感覚もあるけれど、温かな感情が確かに感じられる叱責だった。
私のことを心配してくれる心が根底にあるからこそ感じられる温かさなのだと、はっきり感じられた。
そのことがここまで嬉しく感じられるのは…間違いなく今生の私の心が感じている喜びの感情だからだ。
告白をしてしまったかのような気恥ずかしさが込み上げてきて、頬が上気する。
ポワポワする両の頬を両手でそれぞれ押さえながら恥ずかしさに悶える。
反応が返ってこないことに気付き、俯けた顔はそのままでチラリと視線だけで上目遣いに見上げる。
メイヴィスお姉様の顔は、叱ったことに対して御礼を言われるなんて…という驚嘆顔で、何に対してかは定かではないが怒りではなさのうな感情によって茹でダコかと思うほど紅潮しきって口をパクパクさせていた。
「メイヴィスお姉様…大丈夫ですか……?」
心配になって声をかけてみた。
すぐにはその問いに対しての返答はなく、しばらく経ってから一言。
「っっっっ可愛いっ!!」
ーー流石私の類友、思考回路に共通点しかないわね!!ーー
今の一言でメイヴィスお姉様の心理状態を全てを理解して、発言に対して深く突っ込むことはしない。
俯けていた顔を上げて、微笑みながら口を開く。
「メイヴィスお姉様のおかげです♡ 改めまして、身を挺して受け止めてくださり、ありがとうございます! こうして無事に目的の物をしっかり掴み取って……、あら?」
ーーしっかり掴んでいたはずの物が無い…?!ーー
先程落下する前まではしっかりとこの右手に握りしめていたのは確かなのだ。
落ちて受け止められるまでに力の緩んだ手の平から何処かにすっぽ抜けてしまったようだ、一体何処へ?!
「ライリエル様…? えぇーと、何かを…探していらっしゃるのですか、ねぇ?」
言葉の途中で一心不乱に頭を四方八方に動かし始めた私に少しビクついてからそれでも声をかけてくださったメイヴィスお姉様。
「そうなのです、ちょっと、落ちた衝撃で…。 あぁ! 身体は勿論、何とも、無いのですが! 手に持っていた、はずの、物が、何処かに飛んで、しまったようで……?」
探す頭の動きは止めずに言葉を返すものだから不自然に途切れがちになった返答の途中で、扉を叩く音が部屋の中に響いた。
少し癖のあるノックの仕方、もしかして…?
「メリッサなの?」
「?! …左様にございます、入室しても宜しいでしょうか?」
「勿論よ、あ、やっぱりちょっと待って! 私の侍女のメリッサなのですが、入室させても大丈夫ですか?」
乳母であることを隠したい訳では無いが、侍女と言ったほうがこの場合は良いだろうと考えて、入室の許可を今のこの部屋の主であるメイヴィスお姉様に問う。
「ひえぇっ?! いいですいいですっ! 私にはおかまいなく、じゃんじゃん入ってもらって下さいませっ!!」
ーーじゃんじゃんって(笑)、やっぱりメイヴィスお姉様、可愛い好き尊い♡♡♡ーー
「ありがとうございます、メイヴィスお姉様♡ メリッサ、入ってちょうだいな。」
「…失礼致します。 ご昼食をどうされるか伺いに参りました。 ……これは、……何をなさっていらっしゃるのですか? 床の上に座られるなど、しかも、ご友人に脚までかけて、はしたのうございます、ライリエルお嬢様!」
こちらい至るまでの通路で何かを拾い上げた後、私たちの格好を見てから、私にだけお小言を言う安定の反応のメリッサ。
ーー確かにはしたない、けど、ここに至ったプロセスを問うのが先決ではなくて?ーー
「どうしてこうなったかは、聞かないの?」
「ライリエルお嬢様のお転婆の結果であることは聞かずとも明白でございますので。 こちらの魔石を落とされたのはお嬢様でしょうか?」
「!! そうよ、ちょうど探していたの!! 見つけてくれてありがとう、メリッサ!!」
問いかけてしまった自分に若干後悔する。
前半の言葉で、ぐぅの音も出ないほど見透かされきっていることがわかりこれ以上劣勢に追い込まれないよう敢えてツッコまず。
後半の言葉にだけしっかり反応して、両手をメリッサに差し出す。
「……?」
待てど暮らせど、魔石を渡してくれる気配が微塵も感じられない。
「……メリッサ、その魔石を渡して欲しいのだけれど?」
微動だにしない侍女の態度にじれて、催促の言葉を投げかける。
「魔石を取ろうとして、落ちられたのですか?」
「え、そうだけれど? でもほら、メイヴィスお姉様が受け止めて下さってこの通り無事だわ! それよりもその魔石ーー」
「お嬢様は、ご自分の安否がどれほど周囲に影響を与えるか、この期に及んでも理解しておられないようですね…?」
「え?」
「私が今朝どれだけの心労を伴って看病の日々をおくっていたか申し上げたばかりかと存じますが、お嬢様は私をまたあの地獄の日々に逆戻りさせる気でいらっしゃったのですね? と、そう問うているのでございます。」
「え、と、…そ…んなつもりは一切なーー」
「そんなつもりがお嬢様にはなくとも、結果そうなるのです。 最悪の結果を想定して行動を起こす義務がお嬢様にはございます、それがご理解頂けないのなら奥様なり旦那様になり申し上げて、落ち着きを身につけるまで部屋から出ることを禁じていただくしかございません。」
「メリッサぁ、おぉおぉ…怒っているのぉ?! わたっ、わたくし…にぃ? それとも、私の軽率な行動にぃっ?!」
「……怒ってはおりません、一般論を申し上げているのです。 この屋敷での一・般・論を。」
「この屋敷限定の一般論は世間で云うところの一般論ではないのではなくて?! 矛盾を感じるわメリッサ、語彙の理解に隔たりを感じてしまうのだけど!?」
「気の所為でございます。 お嬢様の異常な行動に目をつぶるのにも限度と限界がございます。 先程この客室前の廊下でのことでも、奥様に報告するかどうか、という際どい行動であったというのに。 あまり次々と判断に困る行動を重ねないで下さいまし。」
ーー廊下での行動…ですって? え、ちょ、まっ、まぁっ?! ほんっと、何なのこの侍女このやろぉ~~~~っ!!!ーー
「居たのなら黙って見てないで、声をかけてちょうだいなっ?!」
「嫌でございます。 気まずいのはお嬢様だけではございませんので。」
ーーもうヤダ~~! この乳母ヤダァ~~!!
コワイよ~~~、でも好きぃ~~~っ!!!ーー
今度は私の両目から噴水のごとく涙がドっと噴き出すこととなった。
つい最近、途中までまったく同じセリフを心に呟いたことは記憶に新しい。
3歳児の精神衛生上大変宜しくない侍女は、お仕着せの何処からか取り出したふっかふかのタオルでもって被害が出る前に涙を受け止め、押し戻し、私の目元になんの躊躇いもなくそのタオルを押し付けた。
私はこれからの人生で後何回、この侍女にタオルを目元に押し付けられるのだろうかと、再び考える。
涙腺が正常な機能を復旧するまでの間、ずうっっっと、今回も例外なくタオルは目元に押し付けられたままだったのは、云うまでもない。
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