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●本編●

35.この際だから、聞いてみようと思います! ①

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 決意が固まり、今後の生きる目標がはっきりしたことでグラつき易い心も幾分か安定感を得て、気分も大分スッキリした!
そうしたら俄然、お腹が空いてきた!!

千切ったまま口に運んでいなかったパンをお皿からつかみ取りパクつく。
時間が経っているのはずなのに、まだ焼きたてのような温かさと柔らかさがしっかり残っていることに驚く。

視線を巡らせ、テーブルの上の料理を確認すると、どの料理も未だに湯気がたっている。
目をパチクリとしばたいて料理を眺めていると、アルヴェインお兄様が不思議そうに問いかけてきた。

「今度はどうしたんだ、ライラ? 何をそんなに驚いているんだ? 驚くようなことがテーブルの上にあったか?」

お兄様たちには常識的風景でも、前世の常識に上書きされたわたくしの目には非日常的風景にしか見受けられませんとも!
ビックリ箱がそこかしこに置かれているようなものですけれども?!

決して口にできない考えを飲み込んで、最初に疑問に思ったことだけを口にする。

「お料理がずっと温かく柔らかで、時間が経っているのに冷めてぱさつかないのが不思議だったのです。」

「あぁ、成る程。 ライラは冷めたものを口にしたことがあったのか? 食堂で出る料理は常に適温に保たれて鮮度も維持されているはずなんだが?」

「…お部屋でいただくおやつを…ときどき手に長く持ったままにしてしまって、冷えてぱさついてしまうので!」

「ふっ…、そうか、それは冷めてしまってもしょうがないな。 何で今目の前にある料理が温かくできたてのままなのかの答えは、ライラが今言っていた経験談からでも推察できそうだが、わかるか?」

私の体験談、つまりはおやつのことに答えがあると言いっているのか。
皿に戻さず手に持っていたから、冷めてしまった。
そこから導き出される答えは、1つしか無い。

「もしかして…お皿…食器に、何か施されているのでしょうか?」

「あぁ、正解だ。 保温と鮮度維持の刻印魔法が施されている。 公爵家で使用する食器全てにな。 パーティーの際には必要があれば同じ刻印魔法が施された調理器具も使用される。」

「全て…、え、えぇっ!? 全部にですか?! そんな…安価なものでは無いのでしょう? なのに、全部ですか?!」

「普通の食器よりは値は張るだろうな。 まぁ、通常通りに購入すればの話だが?」

 ーーえ? 普通に購入してないの?!ーー

言葉にする前に私の表情で問いたい内容を察したお兄様はクスクス笑いながら続ける。

「ライラ、父上が魔導師であることは知っているな? 刻印魔法ももちろんのこと使える。 ただ父上が施すのは家族が日常で使う食器だけなんだ。 残りの食器の入手経路は主に2つある。」

そこで言葉を区切って、私の表情を見る。
話の内容を理解していることを確かめてから説明を続けた。

「今は父上の職務も関係しているが、公爵家では永きに渡って魔術師の養成機関を幾つも支援してきている。 今は刻印魔法に限定して説明しよう。 どの養成機関でも、刻印魔法の実技試験の課題として提出させるのは決まって食器なんだ。 試験の合格水準を通過した中から更に1段階上の基準を通過して最終選考を経た後に最優秀に選ばれたたった1つが、日頃の支援の返礼品と銘打って毎年決まった時期に献上品よろしく各所から贈られてくるんだ。これが1つ目の入手経路だな。 ここまでで、なにか質問はあるか?」

「試験の課題で…ですか。 それは…刻印魔法を施した方々には、褒賞もなく、無償で公爵家への献上品とさせているのですか…?」

「ははっ、気にするところはそこなのか。 凄いな! 我が家の姫君は目の付け所が違う!」

「ふふっ、本当ね、ライラちゃんはとっても賢いわ。」

「いやはや、まいったねぇ~、そこまで思い至るとは! 心配いらないよぉ、公爵家への献上品に選ばれたの食器の提出者へは決められた額の褒賞がきちんと支払われているのさぁ~。 もちろん全額公爵家持ちだよ、きちんと授受の証明書類に提出者本人の直筆署名も貰っているしねぇ~! ライラは考えが大人だねぇ~~!」

皆が何をそんなに感心しているのかわからない。
手放しで褒められまくるので、面映ゆくなり熱くなった頬を小さな手で撫でる。
そこではじめて思い至った。

 ーー私ったら…全然3歳児らしくない…?!ーー 

頭で思い描いた手の感触とは違う、小さすぎる手が今の私の年齢を思い出させたのだ。
冷水を浴びせられたように、先程まで感じていた頬の火照りは一気に冷めきった。

 ーーだって3歳児は褒賞とか言ったり考えたりしない!! 賞金の有無を気にするがめつい幼女だと思われた?!ーー

家族の顔を窺い見る。
皆一様に笑顔だ。
私に向ける目も、優しいまま。

 ーー取り敢えず、可怪しいとは思われていない…? こんな考え方をする3歳児、本当に変だと思われていないだろうか…?ーー


 不安になったせいか、心臓が不規則にドクドクと律動してくる。
何とも言葉に言い表せない複雑な心境で家族を見遣る。
その表情をどう解釈したのか、アルヴェインお兄様は笑いを収めて居住まいを正してから説明を続けた。

「あぁ、笑いすぎてしまったな、話が途中になってすまなかった。 2つ目の入手経路は1つ目の延長線上とも言えるかな。 育成機関の決められた履修課程を修了した者且つ評価が優良とされた者に、公爵家からの援助を申請する資格が与えられる。 必要書類を揃え面談を受けてもらい、厳正な審査を経て、こちらの審査基準を満たしていれば期間を定めて賛助契約パトロナージュを結ぶ。 その契約期間の間、こちらの求めに応じて刻印魔法を施した物品を納品してもらうというわけさ。」

「結果的には…えと…、いえ、何でもありません。 お兄様、丁寧に説明して下さってありがとうございます!」

また色々と3歳児らしくない質問をしてしまいそうになり、雑に誤魔化して話しを切り上げた。

「どうしたんだライラ、聞きたいことがあるなら先程のように遠慮せず聞けばいい。 それとも何か言いづらい理由でもあるのか?」

しかしそれを気付かぬふりしてくれるはずもなく、逆に訝しまれる結果となってしまった。

「いいえ、そ、そんな事ございません! えぇと、結果的には通常通り購入するよりも安上がりになるという理解で宜しいのでしょうか? 物の価値の相場がわからないので、損か得かしかわかりませんが。」

「そうだな、それについては父上から説明してもらったほうが良いだろうな。」

「ははっ、アルヴェインも知っているだろう~? 言ってくれて構わないともぉ、私に気を遣う必要はないからねぇ~~?」

「そうですか? 先日のパーティーで下がりきったライラからの好感度を回復するいい機会かと思いますが?」

 ーーん~? 先日のパーティーって、私の誕生日の? お父様の好感度が下がるようなこと、何かあったっけ??ーー

そこまで考えて思い出す。

 ーーあれか?! オーヴェテルネル公爵家御一行への顔合わせの時!!ーー

そこで聞いたお父様のセクハラ発言にドン引きして、好感度は最底辺に抉り込んでいたのだった。
それ以降に色々ありすぎて、すっかり忘れてしまっていた。

 ーーうん、今思い出しても、あの発言はナイわ!ーー

「ん~~、そう言われると揺らぐがねぇ~、また別の機会を見つけて回復するとするさぁ~~! アルヴェインの理解度も知れるいい機会だからねぇ。」

似合わない口髭を弄りながら少しの間思案顔になり、結局はそのまま長男に花を持たせることに決めた。

「わかりました、では僕の理解が間違っていたら訂正をお願いいたしますね、父上。」

変わらず冷静さを装っているが、先程までよりも表情が若干ほころんでいる。
その反応から、自分に向けられた親からの関心に年相応に喜んでいることが窺える。

 ーーお兄様ったら…超ラブリィ~~ッ♡ーー

大人びているとは言え、お兄様はまだ10歳。
親に期待されて、嬉しくないはずない。
それを上手く隠せないあたりが幼さを感じさせ、普段とのギャップを誘い、結果尊いと思わされるに至る。

その後のお兄様の説明は淀みなく、理路整然としていて、まるで教科書でも見ながら朗読しているのかと思えるほどだった。

 ーーふむふむ、なるほどなるほど? 我が国の通貨単位はルクスというのね!ーー

そこから?…と思う事なかれ!
ゲームでは通貨設定はなく、何をするにもポ・イ・ン・ト頼みだったのだから!!
課金を迫るかのごとく高すぎるポイント設定に何度涙をのんだことか!!!

死ぬ気でミニゲームとクラフトワークとクエスト攻略を繰り返した苦しい記憶が思い起こされる。

 ーー私ったら、この後も何でも繰り返すばっかりの人生にならないわよね…?ーー

自分の考えにゾッとする。
今は深く考えないようにして、アルヴェインお兄様のお話に集中しましょうっと!!

お兄様が例に出してくださった品物の値段で大体の相場を記憶する。

数の数え方は同じ、硬貨が主流で紙幣はないが銀行は在るみたいだ。
しかし硬貨といっても前世の日本では馴染みのない、銅貨、銀貨、金貨、という硬貨なのだった。

1銅貨=10ルクス。
1銀貨=1,000ルクス。
1金貨=100,000ルクス。

先程私がお兄様に質問した刻印魔法を施した食器の価格だが、お皿であれば1枚平均3,000~5,000ルクス(銀貨3~5枚)が相場だそうだ。
因みに何の変哲もない普通のお皿は高くても1,000ルクス(銀貨1枚)を超えない額だそう。
しかも価格は刻印で付加する魔法効果の数や質によっても増減するとのこと。

腕のいい刻印魔法の使い手が施した製品は倍以上の価格で売買されるそうだ。
別途指名料的なものまで取られるそう。
なので青田買いが成功すれば、腕のいい刻印魔法の使い手から契約期間中は優先して製品を融通してもらえるという寸法だ。

公爵家から委託された審査員の審美眼が問われることにもなる。
審査員の面子はここ数年入れ替わりもなく、実績は十分のベテラン揃いで信頼も厚い。


 お兄様が説明する間、お父様は一度も口を開かなかった。
それはつまり、お兄様の説明に補足を差し挟む必要がなかったからに他ならない。
説明を終えたお兄様を、満足そうに目を細めて見ているお父様。
その表情を見ただけで、お兄様が十二分にお父様の期待に応えられたとわかった。
お兄様もそのことにとても満足気且つ、誇らしげだ。
口元に噛み殺しきれていない笑みが浮かんている。

 ーーはにかむお兄様…っ最っ高~~っ♡♡ 可愛さが極まって……っつらいぃ~~~っ!!!ーー

美少年時代のアルヴェインお兄様のレア度設定不可能なはにかみスマイル(照れ多分に含む)を瞳のシャッターは連射状態にしつつ、現像した静止画は心のアルバムに永久保存する。
動画よりも静止画のほうが個人的に鑑賞に向いている、とは前世からの考えだ。
動画も勿論素晴らしいが、目移りしてしまって鑑賞に集中できないのだ。

そうしながらも、ついつい考えてしまう。
この目で見た等身大の景色を写真のように切り取って、好きな形で保存する。
切り取った瞬間の全ての情景を、360℃見られて、都度好きなようにアングル変更して鑑賞できるような…そんな夢のような保存方法ができてくれないだろうかと。
いつか実現できないだろうか、否、魔法を以てすれば叶うのではないかしら…?

 ーー私の眼球をカメラのレンズのように、そして脳を記憶媒体としてフル活用できるような魔法!! でもそれって、何系統の魔法なの?!ーー

イメージはバッチリでも、魔法の理についての知識はがさっぱりなのだった。
しかし目の前には魔法に造形の深い人物が2人もいる。
『聞きたいことがあれば遠慮せず聞けばいい』とお兄様も言ってくださった。

 ーーならばやるべきことは1つ!!ーー

「刻印魔法の他には、どんな魔法があるのでしょう? それらは私にも使えるのでしょうか?」

キラッキラにラピスラズリの瞳を輝かせて、期待を込めに込めた眼差しでお兄様とお父様を交互に見る。
あざと可愛いを意識したが、結果は上々!
というか、今現在の末っ子に滅法弱いで定評のある我が家の男性陣なのだから、当然の結果だった。


 デレデレと相好を崩すお父様と、愛しげに目を細めて微笑んでくださるお兄様とを目にして、改めて思う。

 ーー3歳幼女に弱すぎか? 本当に大丈夫なのかな、こんなに弱々で??ーー

何だか勘違いしてしまいそうだ。
自分が誰からも無条件で愛される存在だと。
勘違いだと気付かないまま成長してしまったなら、イタイ感じの自意識過剰な残念令嬢になってしまう。

 ーーしっかりせねば! 今生こそは真っ当に天寿を迎えるとさっき決意したばっかりなのだから、勘違いは禁物!! 家族は例外、我が家の男性陣の言動や態度には重きを置かない、これ鉄則!!!ーー

男性陣からの返答を待ちながら注意事項を再認識する。
テーブルの下でグッと拳を握りながら、『家族を転がしても、転がされるな!』を新しく合言葉に追加する。

この質問にお兄様は答えるつもりはないようで、お父様に目配せした後は黙したままとなった。

「今日のライラは知りたがりだねぇ~! せっかく意欲的なところ言いにくいんだがぁ、私はこれから王城に登城する用事があってねぇ、もうそろそろ行かなくてはならないのさぁ~~。 本当は行きたくないんだがぁ、あのクソジジィがまた姿を眩ましやがったせいで副師団長の私が駆り出される羽目になったのさぁ~!!」

表情はにこやかさを保っていたが、隠しきれない怒りが血管の浮き上がり具合でバレバレだった。
お父様の云うところの『クソジジィ』はゼクウ老師様のことでまず間違いない。
王国魔術師団・師団長でありながら職務放棄が許されるなんて…さすが英雄!

「だからすまないが、またの機会にででも良いかなぁ~~? 説明が中途半端になっては私としても気持ちが悪いしねぇ、かといって掻い摘んで説明してもライラが満足できないだろう~?」

眉根を寄せて申し訳無さそうに提案される。

「勿論大丈夫です、お仕事を優先なさって下さい! 私はいつでも大丈夫ですので、お父様のご都合に合わせます!! 私のために…色々と考えて下さってありがとうございます!!」

にっこり笑って御礼を述べる。
その笑顔に、笑顔で返される。
その事が嬉しいと素直に感じる。

『家族を転がしても、転がされるな!』は忘れていないが、どうしたって嬉しい気持ちは自然と湧いてきてしまう。

大事にしていこう。
家族が私に返してくれる温かな感情を、信じきれないけれど、疑うばかりにしないように。
私が気をつけていればいいだけなのだから。
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