転生して悪役令嬢な私ですが、ヒロインと協力して何とかハッピーエンドを目指します!

胡椒家-コショーヤ-

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●本編●

25.悪役令嬢のバッド・エンド【参−②】

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 約束の場所、王国立魔導図書宮へと辿り着き、入り口の扉の取手に手をかける。
祈るように願いを込めて、扉を開ける。
そして中へ数歩、歩み入る。
最初はこの約束を話し合った席へと足を向けた。
しかしそこには別の利用者が腰掛けていた。

あてが外れて、仕方なく見える範囲を俯瞰して、青年の姿がないことを確認してから反対方向に振り返ろうとして、振り返る前に強い力で振り向かせられる。

掴まれた肩が、熱い。
間近で見つめるブルーダイヤモンドの煌めく瞳が驚くわたくしの顔を写している。

少し焦ったような、取り乱している表情が、彼らしくなくて不思議だった。
微笑みを浮かべていない彼が、新鮮だった。

一秒が一分に引き伸ばされたかのように錯覚してしまう。
振り返る動作の一瞬の出来事が、コマ送りのように、ゆっくりとこの目に映る。

この不可思議な魔法は、彼が声を発した瞬間に解けて消えた。

「ライリエル嬢…! 良かった、ご無事だったのですね!! 心配致しました、本当に…! 学園でもまた新たに不穏な内容の噂が囁かれていたので、もしや…と。 あの日私も馬車で後をついていけば良かったと…どれ程後悔したことか…っ! あぁ、また不穏な発言をしてしまいましたね。 申し訳ありません、疚しい意図はないのです! 本当ですよ、誓って、貴女の安否が心配で…!」

「……っふふ、……ふ……ふふふっ…!」

小さく声を洩らしながら、身を震わせる少女に恐る恐る呼びかける。

「ライリエル嬢…?」

「あはは……ふふっ、あはははっ…、ははっ…。 申し訳、御座いませんっ…! だって、可笑しくて……!! くるくる表情を変えられて…、まるで子供のように言い訳なさるんですもの…! 失礼だとは解っているのですが、堪えきれなくて。 笑ってしまって、申し訳ありません、フィンレイ様。 それと1週間何の連絡も出来ず、申し訳御座いませんでした、重ねてお詫び申し上げます。」

「貴女が笑ってくださるのなら、私の矜持など安いものです。 いくらでも、好きなだけ笑っていただいて結構ですよ? 矜持など減るものでもないですから。 ご無事であったなら、それだけで十分です。 謝らないで下さい、心配するのは当たり前ですから。 私達は、お友達でしょう?」

「お友達……ですか…?」

「? 違いましたか? てっきり、それくらいの間柄にはなれたかと…、自惚れ過ぎてしまったでしょうか?」

「いいえ、そのようなことは、思わないのですが……。 ふふっ…、うふふっ、あはっ……!!」

「どうされたのですか?! 今、笑う要素が何かありましたか??!」

「お、お友達って……! 言い方が、凄く………可愛らしくて…!! ふふふっ、ふふっ……ふふはははっ……~~~っ!!!」

「そ、そんなに、可笑しかったでしょうか? 私がお友達というのは、それほど可笑しいことでしょうか? 可愛らしい笑い顔が見られるのは良いのですが、何故か少し、その笑顔の理由が……、んん、素直に喜べないですね。」

複雑な心境を表すように、秀麗な眉がハの字に寄っている。
お世辞を交えつつ、何やら葛藤している。
普通に、接してくれている。
彼はちゃんと、彼のまま、私の目の前に居る。
居てくれた、約束を守って、待っていてくれた…。

それがこんなに嬉しいなんて…。

ポロッ…と涙が一粒零れ落ちる。
そこからは、堰を切ったように流れ出して、止まらなくなる。
止められないほどに、熱い涙が後から後から、溢れ出てしまう。

泣き止まなければ、早く!
彼を困らせてしまう…!!
待ちぼうけを食らわせた挙げ句、目の前で号泣するなんて、迷惑で面倒だと思われるっ!!!

焦れば焦るほど、涙腺は制御不能に陥り涙は滴り落ちていく。
こんなに泣いたのは、生まれて初めてだ。
家族に糾弾されたときですら、涙など出なかった。
心は砕けそうなほど痛かったというのに。
なぜ今はこんなにも溢れ出てしまうのか。

その理由を、気付いてしまったら…。

もう、後戻りできなくなってしまう。

オロオロと自分の考えに没頭していた私の頬に何かが触れる。
私とは温度の違う人肌が触れている。
それが目の前の青年の指だと、遅れて認識する。
涙に濡れそぼった頬に、止まらない涙を拭うために触れた指の背。
少し硬い肌が、優しく私の頬を撫ぜる。
目の少し下を、慰撫するように拭いながら囁かれる。

「どうか独りで泣かないで、レディ。 私が居ります。 貴女が泣き止むまで、ずっとお側に居りますから。 独りで抱え込もうとなさらないで下さい。 もっと、私に寄りかかって下さい。 私は存外、見かけとは裏腹に、頑丈に出来ておりますから。 貴女を十分に支えられます。 お友達ですから、ね?」

家族にそしられ、誰にも顧みられないで、独りで床に伏して、それでも諦めなかったのは、この笑顔が私を支えていてくれたからだ。
もう十分支えられている。
寄りかかりすぎているくらいだ。

それに、何故こんな言葉をくれるのだろう。
私に、惜しみなく与えてくれる。
優しさと甘やかさが溢れた言葉を。
不安を溶かす、魔法の言葉を。

友達とは、こんなに慈しんでくれるものなのだろうか…?
高すぎる身分のせいで、学園でも入学当初から遠巻きにされてきた。
それ以前は王太子妃教育で忙しく、同年代との交流は後回しになり、顔と名前が一致する程度で、親しいと呼べる者はいない。

初めての友人が、最初で最後の友人になりそうだ。
でも、それでも構わないと思えるのは、きっと彼が誰よりも優しかったから。
他の誰も必要だと思えないくらい、十分すぎる温かさで包んでくれるから。


 なかなか泣き止まない私を人目から庇いながら、奥まった席に連れて行ってくれる。
そこでここ1週間の学園の様子や、魔導書の探索状況を教えてもらう。

学園では、私が聖女様を階段から突き落として逃げた話が真実として流布しているそうだ。
否定したところで、覆ることは無かっただろう。
聖女様が白といえば、黒いものでも白になってしまうのだから。
学園の話はこれ以上聞く必要もなさそうだ。

魔導書の探索はやはり難航しているらしい。
蔵書量が半端なく多い上に、書物が明確に分類されていないためだ。
この宮に届いた順に空いている場所に書物を詰め込んでいるだけらしく、管理が杜撰ずさんなのだ。
なので虱潰しらみつぶしに書棚を見ていくしか無いらしい。

因みに進捗は恐ろしく芳しくない。
当たり前だが、独りで見られる量は多くない。
流石のフィンレイ様でも、王国一の蔵書量を独りで相手取るのは分が悪かった。
それでも一度目にした書物は記憶しているそうで、違う場所に紛れても探し出せるらしい。
頼もしいが、少し恐ろしい。

その驚異的な記憶力も、こと書物に限ってらしい。
深くは話したくない様子だったので、聞かなかった。

今のところ、目ぼしい書物は発見できず、入口近くから順に一冊一冊、地道に見ている日々だったらしい。

「フィンレイ様、お一人で大変でしたでしょう…、申し訳御座いません。 私がやらなければならなかったのに。」

「ん~、ライリエル嬢、止めませんか? 『申し訳御座いません』や他にも謝る言葉を使うのは。 少しでも、私の行いがライリエル嬢の助けとなったなら、『ありがとう』とおっしゃって下さい。 そうしましたら、今後の励みにもなりますから。 一人地道に頑張った私からのみかえりとしての要求はそのたった一つですから、ね?」

「わかりました、フィンレイ様。 本当に、ありがとう存じます。」

「どういたしまして。 落ち着かれたようですね、本日はどうなさいますか? 大分日も傾いてしまいましたが…、何時頃までにお戻りになれれば大丈夫でしょうか?」

「………そうですわね、少しだけ、私も書物を確認したいので、きりがついたら帰りますわ。」

言えなかった。
正直に、家族はもう私などに興味関心を持っていないと。
居ても居なくても、誰も気にしないと。
公爵家の令嬢として身に染み付いた弱みを人に晒せない矜持の高さが、彼に隠させた。

そして何より、恥ずかしかった。
ただ単純に、家族に疎まれたという事実を、知られたくなかった。
可哀想な存在にはなりたくない。
彼の前では、惨めな姿を晒したくない。
もうこれ以上、無様に泣き崩れるだけではいたくない。

その日は書棚一つ分を手分けして見ていき、フィンレイ様が殆どを確認してお開きとなった。
そこで一悶着起こった。
先日の後悔からか、何度断っても馬車まで送り、その後をついていくと言ってきかない。
青年の剣幕に押し切られそうになるが、迎えの馬車がないと知られたら、総てを話さなければならなくなる。
それだけは何としても回避したい。

必死にそれらしい言い訳を捏造して、青年を煙に巻き、別れて帰路についた。
罪悪感が湧いたが、今日は話したくなかった。
折角の晴れやかになった気分を、辛い現実で台無しにしたくない。
今日はこのまま、気分のいいままで終わりたかった。

結局その3日後には、隠していた努力も虚しく真実を語らされた。
いつになく厳しい表情で見遣られ、観念して洗いざらい総てを話した。

そして予想以上にこっぴどく怒られた。
何故もっと早く言わないのか。
暗い夜道を令嬢独りで帰らせたなどと、何かあったらどうするつもりだったのか。
もう二度と隠し事はしないと誓って欲しい、とまで言われた。

それから今後の方針を話し合う事になり、また魔導書探索は進展しなかった。
しかしここで異議を唱えることなど不可能だった。
静かに怒気を滲ませるフィンレイ様の威圧感が凄まじかったからだ。
美人は怒らせると怖いと、また一つ勉強になった。

今後は学園への送迎も含めて、馬車はフィンレイ様が手を回してくれる事となった。
そこまでしてもらうのは辞退したかったが、据わった目でみられ、頷くほかなかった。

公爵邸に帰らず、教会の方で部屋を準備できるからそちらに移ってはどうかとまで提案してくれた。
しかしそこまでは流石に甘えるわけにいかないと丁重にお断りした。

確かに今の環境はかなり厳しいが、聖女の動向をまったく掴めなくなるのは避けたかった。
相手はあの糾弾から、公爵家では私に興味を持たなくなっていた。

空気のように扱い、存在は無視してくれている。
なのであの時以上に悪い状況になることはまずもってない。
だからといって油断するのとは違う。
虎穴に入らずんば虎子を得ず。
危険を避けていては、欲しいものは手に入らないのだ。

言葉にはしなかったが、私の真意を言外に感じ取り、不承不承、嘆息して引き下がってくれた。
その瞳に宿った心配げな光は変わらなかったが、それだけでこの胸に力が湧く。

これから再び針の筵に飛び込む勇気に繋がる。
どんな困難な路でも、逃げずに立ち向かえる。

今日この日に、私には掛け替えのない存在があるのだと理解した。
今は温かな友情を約束してくれる青年。
出逢ってから過ごした時間は短いが、断言できる。
彼が私の唯一になる日は、そんなに遠くない。
今は私の目標達成が最優先事項だが、それが果たされた時には、必ずこの想いは今よりも大きく、友情では収まらないくらいに変容しているだろう。
その感情の名前を、まだ明言したくない。

大事な感情モノとして、心の奥底、強固な砦の中、その扉の奥にそっと仕舞い込む。
ゆっくりと育んでいこう。
今までのすべてを無くして、見つけられた大事なものを誰にも踏みにじられないように。


 それからの日々は、今までの怒涛の展開が嘘のように穏やかだった。
嵐の前の静けさだろうが、この凪いだ水面がいつまで続くかわからない。
だから穏やかな日々にも警戒は怠らないで、今できることに精一杯がむしゃらに、一心不乱に打ち込む。

王国立魔導図書宮での魔導書探索に精を出す日々は相変わらず、だがその進捗は芳しくない。
それでも地道に一歩ずつ、一人ではないから頑張れた。

学園での臨時講義も予定通りの期間を恙無く終えて、通常の教会の職務のみとなったフィンレイ様が近さを理由に、足繁く書物探しに通い詰めて下さっている。
どちらが職場なのかわからないほどの高頻度だ。
図書宮の人間とも顔見知りとなり、書物の場所をきかれる立場になっているほどだ。
職務怠慢に憤ること無く律儀に応えてやるフィンレイ様のお人好しぶりに、話を聞いたときには呆れつつ笑ってしまった。

だからと言って、こちらが不利益ばかりを被ったわけではない。
親しくなったからこそ、図書宮の内情にも立ち入って聞けるようになった。
一般人向けの書物とは別に、禁書以外にも閲覧に制限のかかったものは存在することは噂程度に識っていたが、実際に何処にあるかは不明だった。

その場所が何気ない世間話の合間に聞き出せたのだ。
収められた書物の大まかな内容を聞いて、そこに入る許可が是が非でも欲しくなる。

人道に反する、過激な内容の魔導の書が多く収められているそうだ。
禁書にまでは至らないが、閲覧者は厳選して選び抜かなければ危険な内容なのだとか。

そこになら、聖女の使う不可思議の能力への手掛かりが記されているのではないかと、期待するなという方が、土台無理な話だった。

どんな者が許可を与えられるのかも聞き出しており、一例で聞いた面子はそうそうたる地位ある人物ばかりだった。
一学生、一司祭に、許可が下りることなど、夢のまた夢だ。

期待が大きかっただけに、落胆も比例して大きくなった。
諦めるしか無いと気持ちを切り替えようとした私に、フィンレイ様は真剣に考え込んだ後、静かな声で告げた。

「諦めるのは、まだ早いかもしれません。 私に少し、時間をいただけますか? 少しあてが…、許可を得る手段に、心当たりが1つありますので。 信じて、お待ちいただけますか?」

私には黙って頷く以外、なかった。
彼の表情が、声からは感じ取れない厳しさを孕んでいたから。
おいそれとは問いかけられない苦悩も見て取れた。
だから彼を信じて、待つことにした。
彼が話してくれるまで、待ちたいと思った。

その日から、フィンレイ様は何事かに忙しくなり、図書宮に顔を出さない日が増えた。
理由は未だ語り聞かせてくれない。
彼の言っていた『心当たり』に関係しての忙しさだろうとは思うが‥。

度々しか顔を見られない日々に寂しさが募る。
ごく自然にそう思ってしまう自分に驚いた。
吊り橋効果というのもだろうか?
自分でも歯止めが効かないほど、フィンレイ様へのある感情が急速に成育されている。
その事実を、嫌でも理解できてしまう。
目を背けていられる時間が残り少ない事も、しっかりと理解できた。


 それから2週間、聖女様は何の行動も起こさなかった。
だというのに唐突に、罠を仕掛けるように何の前触れもなく、脈絡なく近づいてくる。

今がそうだ。
何を目的にして、私に接近するのか。
何故私を標的にするのか。

理解らない。
だから、対策も立てようがない。
まるで、天災のように突然襲いかかってくる。
私の都合や心情などお構いなく。

事を起こすにしても、人目があるところで注目を集めながらになるだろうと今までの振る舞いで勝手に思い込んでいた。
目立ちたがり屋なのは間違いないだろう。

人気のない図書館へと続く道を歩いていた、中庭に差し掛かった辺りで突然、目の前に現れたかと思うと、私に激突してきて今は地面の上に尻餅をついている。

それを目的としていたのか。
その場面に居合わせた人物に、目眩を覚える。
今回選んだ目撃者は、何故学園に居るのか理由の不明な人物だった。

王国騎士団・団長であり、公爵家当主のセルヴィウス・デ・ラ・オーヴェテルネル。
よりによって、この人物を前にして聖女に暴行を加えたと思われるなどとは…命取りだ。
迂闊に口を開くことも出来ずに、激突された際に痛めた腕を擦りながら相手の出方を待つ。

驚きに見開かれていた瞳は、瞬き一つでもとに戻り、ファイヤーオパールの瞳が真っ直ぐ私に向けられる。
その瞳に敵愾心はなく、波立つ感情も見受けられなかった。

私には何も言わず、地べたに座り込んだままでいる聖女様へと視線を移す。
涙ぐんで身を震わせるか弱き聖女様を哀れに思っただろうか。
厳格なる騎士団長様は、聖女様に歩み寄ると手を差し出した。
立ち上がるのを手助けするつもりのようだ。

これでまた、私の悪評が一つ追加された。
直ぐに声高に糾弾されるに違いない。
そう思い密かに嘆息していたが、聖女様を助け起こすとそのまま声もかけず目礼だけして手を離し、こちらに歩いてきて落ち着き払った調子で話しかけてきた。

「ライリエル嬢、ご無沙汰しております。 お元気そうで安心致しました。 コーネリアス殿にお伺いしても、近況を伺えず密かに心配しておりました。 良ければ少しご一緒願えませんか? 学園の地理に明るくなく、約束の場所に向かえずに困っていたのです。」

「ご無沙汰しております、閣下。 ご心配いただきありがとう存じます。 勿論、私で良ければご案内いたしますわ。 どちらに行かれるご予定でしょう?」

相手が聖女の存在に触れないので、私から敢えて口にすることなどない。
どうやら、目の前の騎士様は聖女様に欠片の興味も関心も抱かなかったようだ。
当初の私の予想とは裏腹に、呆然と立ち竦む聖女様を残して騎士団長様と連れ立って歩き去る。

その場に残された聖女の事など、気にもとめず、振り返りもしないで。

だから知る由もなかった。
射殺さんばかりの殺意の籠もった目で、聖女と呼ばれ崇められてすらいる少女が私の背を見つめていた事など想像すらしなかった。
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