転生して悪役令嬢な私ですが、ヒロインと協力して何とかハッピーエンドを目指します!

胡椒家-コショーヤ-

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●本編●

32.悪夢のあとで…。①

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 寝台から落とされ、荷物のように拾い上げられた後、姿見の前で降ろされ立たされた。
茫然自失なわたくしに、むしろ好都合とテキパキと作業を進める乳母。
着せ替え人形のようにされるがまま寝巻きを脱がされて、あれよあれよという間にデイドレスを着付けられ、着替えが完了したのがつい10分ほど前の出来事。

今は鏡台の前の椅子に腰掛けて、髪を丁寧に梳いてもらいながらチラリチラリと鏡越しに乳母を窺い見ている。
その合間に自分の顔面の現状も鏡で確認した。
ベッドから床へ、顔面から着地したわりには鼻も赤くなっていない。
毛足の長い絨毯にたすけられて、顔面には浮腫と瞼の腫れ以外目立った異変はない。

起き抜けにベッドから落ちるという珍事の原因を作った乳母からは申し訳程度の謝罪の言葉が贈られた。
本当に私を敬う気持ちが欠片も感じられない。
いっそ清々しいほど悪びれない乳母の堂々たる態度に一周回って感心してしまう。

寡婦だとは聞いて知ってはいるが、子供好きとも思えない。
なぜ乳母の職を選んだのだろう?

「…メリッサは何故乳母になったの?」

「身寄りもない寡婦が生きるにはこれ以上ない程好待遇な職でしたので、一も二もなく。 他に選べるほど選択肢もありませんでしたので。」

淡々と何でもないことのように語る。
乳母の瞳は分厚い眼鏡に阻まれて覗き見ることはかなわない。
どんな心境で口にした言葉か、判断がつかない。

だから思い切って口にすることにした。

「…御家族は、1人も? そう…なら、安心ね! 私が立派なレディになるまで、ずっと私の乳母としてこのお屋敷に居てくれる、そうでしょう? お家の事情で辞めたりしない、辞めるのならそれ以外の理由よね?」

「えぇ、その通りでございます。」

無神経な言葉であると理解している。
この言葉に不快感をあらわしたのなら、メリッサは家族の死を未だ悼んでいる証拠だ。
いつか家族を偲ぶために故郷へ帰ると言うかもしれない。

何かしらの感情の揺らぎを見たかったのだが…結果は失敗と言わざるを得ない。
言葉の威力が足りなかったのか、はたまた私の言葉に真剣に耳を傾けていなかったか、若しくはその両方か。
この乳母の鉄面皮は崩せなかった。

「ねぇ、メリッサ…? メリッサは私が嫌い?」

『悪い夢』を思い出しながら、今一番気になっていることを問う。
夢の中にメリッサは登場してこなかった。
だから余計に、今聞いておきたい。

「何故そのような質問をなさるのですか? 私の気持ちなど、些末なこと。 ご安心下さい、職務に私情は一切挟んでおりませんので。」

「そうじゃないの! そういうことが、聞きたいんじゃなくて…。 メリッサの職を奪いたくて聞くわけじゃないのよ? ただ単純に、嫌いな相手のお世話なんて…したくないでしょう?? 気持ちのいいものじゃないもの、お仕事だって楽しめなかったら、辛いだけになってしまうし…。 だから正直に言って? メリッサの今の正直な気持ちを教えてほしいの!! 私の事をどう思ってるか、知っておきたいの!!!」

『悪い夢』の中の乳母は、私を嫌っていたのではないだろうか。
繰り返す回帰の中でも、乳母の態度は少しツンケンして見えた。
だから本当は、ライリエル夢の中のわたしがそんなに好きではなかったのではないか、と考えてしまった。
考えたら、現在の乳母のメリッサはどう思っているのか気になった。

いつか私を見限るのなら、今知っておきたい。
あの『悪い夢』が実際に起こった幻の未来なのだとしたら、今から備えておきたかった。

誰が敵になるのか、その可能性がある人物がどれくらい居るのかを知っておきたい。

『悪い夢』を見る前では考えられなかった。
安心できるはずの家でも、安心してはいけないことを。

『愛したいから、愛した』、私も口にした言葉。
でも今は、メイヴィス嬢に言ったときのように、自信を持って言える気がしない。

見返りが欲しくて言うわけではないのは本当。
でも、愛されなくても平気、だなんて……今となっては全く思えない。
私が無知だったのだ。
どうしようもなく幼稚で、現実を知らなさすぎた。


 前世のわたしは、『悪い夢』の中のライリエルとは全く違った。
わたしは最初から家族からの愛情なんて知らなかった、だから憧れたのだ。
ゲームの中で悪役令嬢ライリエルが自信たっぷりに言ったセリフに、強い憧憬を覚えた。

でも『悪い夢』の中のライリエルは違った。
もともと惜しみなく与えられていた愛情が突然奪い去られた。
返されるはずの愛される喜びを奪われてしまった。
それも全て『破滅を招く魔女』だったから。

知った後で、失うのは…辛い。
愛を返されない孤独を、知った気でいた。
愛される幸福を知っていると知らないでは、失った時の喪失感が桁違いなのだと。
あんなにも辛いなんて、知らなかったから云えた子供の戯言だったのだ。

それを現在いまの私も知ってしまった。
『悪い夢』の中のライリエルを通して、体験してしまったから。

現在いまの私は、家族に愛されていて、大多数の使用人からも好かれていると思う。
だからこそ、傷が浅い内に心積もりをしておきたい。
愛されていた記憶として、現在いまをちゃんと覚えていられるように。

だからまずは、1番接する機会が多い乳母のメリッサの心情を知っておきたい。
真剣な目で鏡越しに乳母の顔を見つめる。

「…何故いきなりお嬢様がそのような発言をなさるのか、理解しかねます。 ですが、そうですね、良い機会なのではっきり申し上げておきましょう。 私はお嬢様が嫌いではありません、だからといって好きとも違う。 有り体に言えば、普通です。 確かにご誕生の頃よりお世話させていただいておりますが、お嬢様はあくまで仕えるべき主人のご息女。 それ以上にも、それ以下にも考えたことは御座いません。」

「ぉおっふぅ~~………。」

率直な乳母の言葉に、想像以上にダメージを受けた。
はきはきと一切の淀みなく紡がれる言葉に、乳母の本心であると嫌でもわからされる。
偽られなくて安心したような、歯に衣着せさなすぎで残念なような…複雑な心境になってしまった。

「ですが今、この現状では少し恨めしく思っております。 正直今直ぐにでも職を辞したい所存ですので!」

「ぅえぇっ!!? 何故?! 何が原因でそう考えてしまったのっ??!」

「偏にお嬢様のせいで御座います! お嬢様が長々と寝込んでしまわれたのが、そもそもの原因ですので!! そうでなければあんなにも……っ!!! っっっふうぅ~~~~っ!! 失礼致しました、少々感情的になり過ぎてしまいました。 あまりに理不尽な言い掛かりの連続に、胃痛が酷く、穴が開いて血を吐くかと、本気で心配になる毎日でしたので、つい。」

溜息が深くて長い。
私が寝ている間に、何が起こったのだろう?
そう云えば、先程も言われたっけ、『私共を、皆殺しになさるおつもりですか?!!』って、あれは冤罪だと思ったけれど、本当は冤罪ではなかったのかしら??

恐る恐る、真相を確かめるために核心に迫る問を重ねる。

「何が……起こったのかしら? 私が起きなかったことで、どんな弊害が…?」

「言葉が足りませんでしたね、お嬢様へと向けるご家族の深い愛情が原因でございます。 奥様とアルヴェイン坊っちゃまはまだ良いのです、常識の範疇内でございますから。 問題は…旦那様とエリファス坊っちゃまでございます!! 1日目はまだ大人しく控えめでございました、しかし、日を追う毎に酷くなりました!! お見舞いと称して暇を見つけては入り浸り、居座り、なんとか説き伏せて追い出してもまたやってくる!! 旦那様は『奥様にご報告します』と言えば撃退できますが、1番対処法がない問題児はエリファス坊っちゃまです!! 何を言っても聞く耳持たず、どこ吹く風と取り合う気が皆無!! あまつ、私のお世話が足りない、ここが悪い、こうすべきだ、と…お小言の連続!! やること成すこと全部にいちいち細かく指図される私の身にもなってくださいませ!! それが延々、続いていたのでございます、今日お嬢様がお目覚めになるまで、昼夜問わず、毎日!!!」

ノンストップで捲し立てられる不平不満、溜まりに溜まった鬱憤を聞くしかできない。
最後まで言い終わった乳母に対して言えることは1つ。

「……申し訳ございません(泣)…!!」

「お嬢様が使用人にへりくだってそのような謝罪などなさってはなりません!!」

 ーーぎゃっ!? メッチャ怒られた!!ーー

謝罪して怒られるなんて、理不尽!!
でもこれは正論なのだろう。
取り敢えずこれ以上メリッサの神経を逆撫でしないように、両手で口を覆い、コクコクと縦に頭を振り了承の意を伝える。

「…ふぅーーーっ、わかっております、お嬢様のせいではないことは、重々分かっているのです…頭では……!! ですが理不尽が横行し続ける日々に、少々…いえ大分、神経が擦り減ってしまいまして。 『職務に私情は一切挟んでおりません』…そう申し上げた舌の根も乾かぬうちに、八つ当たりも甚だしい愚劣な物言いで御座いましたね。 申し訳ございません…この言葉は私がお嬢様に言わねばなりませんでした。」

「いいえ、いいの、…いいのよ! 不平不満、愚痴だってなんだって、言って頂戴!! 溜め込みすぎては身体に毒だもの、聞くだけなら私にもできるわ!! それに、エリファスお兄様の事なら私でも何かできそうだもの、……多分? 実際何ができるかわからないけれど、先ずわ、メリッサがこれ以上胃痛に悩まされないようお兄様には私からビシッと一言物申すわ!!」

「……何故、そこまで必死になられるのです? お嬢様にそこまでしていただく理由が御座いません。 八つ当たりなどする使用人に、寛容が過ぎる振る舞いです。」

「だって、私はメリッサが好きなのだもの。 どんな接し方をされても…嫌いだとは思えないの、不思議なくらい。 メリッサ以外の乳母なんて、考えられないわ! 辞めてなんて欲しくない、だから何でも言って! さっきみたいに、思ってること、感じてること! 無礼だなんて、今更だもの、全然気にならないわ!!」

「お嬢様、最後の言葉は慰めになっておりませんが?」

「うふふっ、だって、本当のことだもの! お世話するべき令嬢を容赦なくベッドから落とす乳母なんて貴女ぐらいのものだわ! でもそんな貴女だから、私は好きになったし、仲良くなりたいと思ってしまったの。 だからこれは全部私のためになることなの、自己満足なの、だから気にしないでね。」

「仲良くなりたい…ですか? 理解しかねます。  私とお嬢様では、歳が離れすぎておりますよ?」

「そうかしら? 歳の差はあんまり関係ないと思うのだけど? 私には仲良くなる事に意味があるの! 今みたいに他愛なくお喋りすることにも、意味があるのだから! メリッサ、髪は結ばなくて大丈夫よ、このままでいいわ。 ありがとう!」

丁寧なブラッシングの効果で寝癖も絡まりもなくなったフワフワと揺れ動く髪の動きに満足して、鏡越しに乳母に礼を告げる。

「仲良くなる意味も…皆無です。 お嬢様には何の得にもならないでしょう?」

困惑しかない声音で尚も問いかける乳母に、軽く口角を上げて微笑みを意識しながら殊更元気よく答える。

「そんなことないわ! 仲良くなったら私を……、ベッドから落としたり、タオルを問答無用で押し付けたり、荷物のように運んだりする回数が減るかもしれないでしょう? 令嬢として扱われる為の、大事な一歩だわ!」

 ーー本当は、違う。 違うことを考えた。 だって仲良くなったら、私を見限ったりする確率が減るかもしれないでしょう…? 味方にはならなくても、敵にならないでいてくれるかもしれない。ーー

そう、口にしかけた。
そんな事絶対に言えないけれど……。
誰にも言えやしない。

「お嬢様が根に持っていらっしゃる事柄が、良くわかりました。 確かに、犬猫にするような扱いが混じっていたことは否定できません。 仲良くする…方法はよくわかりませんが、私も…歩み寄れるよう、態度を改めるよう努めてまいりますね…?」

「ふふっ、なんで疑問形なの? でも良かった! 私も貴女にとって良い友人になれるよう頑張るわね!! 改めて宜しくお願いね、メリッサ!!!」

歩み寄りの姿勢を取る、と言質を取れた喜びと安堵で頬が緩む。
ごくごく自然に、笑顔になれた。

しかし、笑顔を向ける間も考える。

一体後何回、この記憶が私をひるませるのだろう?
今後出会う人間と関わるかどうかの決断を迫られたときに。
私は『悪い夢』に怯えているのか、それとも言い訳にするだけなのか。
逃げ出す理由にするだけではないだろうか?
今のように、自分を守る為だけに。

それは疑っているということに他ならない。
これからずっと、いつか『悪い夢』のような結果が訪れると疑いながら接することになる。

誰一人、信じられない。
何でも話せる、心から信頼できる人物なんて…出来はしないのだ。
誰にも打ち明けられない秘密を抱えて生きなければならない、『死』しかない未来を変えられるその日まで。

ぐるぐると巡る後ろ向きな考えを振り払いたくて、勢いをつけて椅子からおりた。
その勢いのまま部屋の扉へと駆けてゆく。

そうしないと動けなくなりそうだった。
あのまま…ベッドの上で動けなくなったときのように、囚われてしまいそうだったから……。

静止の声がかかる前に扉にたどり着けた。
ドアノブを押し下げて扉を開ける前に、顔だけ乳母に向けて端的に要点だけ告げる。

「食堂へは独りで行けるわ! また後でね、メリッサ。」

「…いってらっしゃいませ、お嬢様。」

閉まる扉を見ながら珍しく戸惑った様子で小さな主人を見送る。
喋り方だけでなく、醸し出す雰囲気まで変わった少女に困惑を大きくしながらも、デキる乳母兼侍女は通常の職務を遂行する。

やるべき仕事は決して少なくない、時間は無駄には出来ない。
小さなこの部屋の主が戻ったときに、少しでも快適に過ごせる環境を調えるために。
初めてその事を強く意識して、メリッサは仕事に専念した。
伝えるべき事柄を伝え損ねてしまった事実に気付くまで、この部屋を調える作業に没頭した。
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