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●本編●
18.誕生日パーティー【宴も酣:終幕前】やっぱり騒動あり[後]
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額ずいて謝罪したい。
しかし、立場的にそれはできない訳で……。
メイヴィス嬢の憔悴ぶりに、心が痛いし、胃もキリキリ痛む。
こりゃ、『やっぱりお友達は辞退致します』と言われても、断れない雰囲気だ。
承諾しなければ、この仔犬令嬢はこの場で直ぐにでも事切れてしまいそうだったから。
焦点の合わない目は、白黒しっぱなしで。
震えはバイブ機能搭載か?と疑いたくなるほど一定のリズムで途切れること無く続いている。
電池消費量が半端なさそう……。
なんて、どうでもいいことを考えてしまうが、笑い事ではない。
「メイヴィスお姉ちゃん、ダイジョウブ?」
「………!? あぁぁあっ、はははははいっっ?! も、も、もももも~~っちっろ~んで、ございますですはいっっ!!!」
うん、全然大丈夫じゃ無い事は、しっかりハッキリ理解できた。
「メイヴィスお姉ちゃん、ゴメンナサイ…。 ライリャ、お友だち、うぇしくって、いっちゃった、かりゃ……。」
「ライリエル様…! いいえ、謝らないで下さい!! 謝っては駄目です!!! 私も、恐れ多いことですが、とっても、とっても、とぉっっっても!! 嬉しいんですから!!!」
しょげ返り、謝罪の言葉をモソモソと呟いた私の手が力強く握り込まれる。
声を大にして、真っ直ぐに率直に心のままに、気持ちを伝えてくれる。
「緊張はしちゃいますし、何かやらかしてしまわないか不安は絶えませんが…。 これだけは、はっきり申し上げます! もう絶対に、辞退しますとは口に致しません!! ですからもう、悲しいお顔、なさらないで下さいね、ライリエル様!!!」
にっこり可愛らしく、満面の笑顔で笑ってくれる。
その笑顔が可愛らしいだけでなく、強固な意志とちょっとやそっとじゃへこたれない力強さを内包している。
近くで見てそのことに気付かされた。
ほ、惚れてまうやろぉおおぉお~~~~っっ!!!
私の心にクリーンヒット♡
んんんん~~っっ、可愛過ぎるぅうぅ~~~っっ♡♡
もう、大・大・大・大だ~~~い好きっ♡♡♡
「メイヴィスお姉ちゃん、ありがとう! 大好き、ずっと、仲良くしてね♡♡♡」
「ゔぅぅ~~っ、役得すぎるぅ~~っ! 私も、ライリエル様が大好きですぅ~~~っ!! こちらこそ、よろしくお願いいたします!!!」
再びお互いの顔面を見て、にへらぁ~、と笑み崩れながら、手に手を取り合い、ブンブンと上下に振る。
もう何があっても、断られないと理解して、安心しきっていた。
「ライラ、そろそろ良いかな? 初めまして、小さなレディ。 僕はアルヴェイン・デ・フォコンペレーラと申します。 妹のライラと仲良くしてくれたようだね。 お名前を伺っても?」
お兄様の声音がいつもより冷たく感じる。
気のせいかと思ったが、笑顔も冷ややかさが混じっている。
そのことで心臓が、俄に嫌な音を立てて逸り出す。
「お初にお目にかかります、私はアグネーゼ男爵家が三子、メイヴィスと申します。 以後お見知り置き下さいませ。」
メイヴィス嬢が先程の動揺しまくった姿はおくびにも出さず落ち着き払った所作で、危なげ無く挨拶し自己紹介を述べる。
その姿に一層笑みを深めたお兄様は、質問を投げかける。
「男爵家のご令嬢だったのですか。 それは、とても意外でした。 そのリボン、とても素敵ですね。」
アルヴェインお兄様は、メイヴィス嬢のドレスに着いているリボンを視線で示している。
そのリボンは、私が髪を纏めるのに使っていた、さっきまで着ていたドレスと揃いのもので特注品だ。
実際に近くで見ているお兄様が、見間違える筈もなかった。
それを解った上で、問いかけている。
『何故君が持っているのか?』と。
「これは、私の物では御座いません。 ライリエル様にお借りいたしました。 私の不注意で、ドレスに問題が起こり困っていた際に、お声掛け頂いたのです。」
この話は、子豚令息の居場所を聞いた後、休憩室を去る前に、あの場に居た5人で考えた内容だった。
誰かに聞かれたら、こう答えようと、事前に示し合わせていたのだ。
メイヴィス嬢の今後を考えても、真実を毎回吹聴するのはよろしく無い。
不特定多数の他人が居る場で、要らぬ注目を集めるのは悪手だ。
今のところ、あの休憩室に居合わせた子女達には箝口令が敷かれている。
その為今現在のこの会場内で、詳細を把握しているのは私とメイヴィス嬢、ルイーゼ嬢、シャロン嬢、そして恐らくはお父様、お母様のみ。
お兄様は誰が被害にあったのかは知らない。
だから、私とメイヴィス嬢の出会いに疑問を持つのも当然かもしれないが、これはちょっと、雲行きが怪しい。
なんとなく、お兄様が怒っている気がする。
「そうでしたか。 そのリボンは、今日のパーティーのために誂えた一点もので、素材も厳選して作らせた物でした。 なので、貴女がドレスに着けているのを見て驚いてしまいました。」
『貴女が盗ったのかと思って』という言葉が続くだろうかと連想させる言い方に思えてしまう。
お兄様の周りの空気がピリ付いているからだろうか。
「そんな…?! 高価なものとは、存じ上げず…。 知っておりましたら、このような粗末なドレスに似つかわしくないと、固辞致しましたのに! 申し訳ございません、ライリエル様!!」
私は即座に顔を左右に振る。
振って、メイヴィス嬢の謝罪を、不要だと伝えたかった。
それに、粗末なドレスなんかじゃない、あのドレスは、特別なドレスだ。
「知らなかった、本当に? 借りたと言っておいででしたが…返す気はあったと、その言葉を信じるに値する証は何か在るのでしょうか?」
「それ……は、御座いません。 私の言葉を、信じて頂けねば、それまでで御座います。」
何を問いただそうとしているか、わからない。
理解りたくもない!
貴族的な話し方なんて、もう聞いていたくない!!
こんな問答を、お兄様にも、メイヴィス嬢にもこれ以上続けて欲しくなかったから。
私は、お兄様とメイヴィス嬢の間に小さな体を割り入れた。
「お兄様、メイヴィス嬢は私の大事なお友達です。 その彼女の言葉を疑われるということは、私を疑われている、そう理解して宜しいですわね? 私はお兄様にとって、信用するに値しない人物であると、そう考えれば宜しいでしょうか…?」
私の滑舌が突然滑らかになったことも動揺の一因だろうが、それ以上に沈着冷静な長兄を驚かせたのは、私の瞳だろうか。
「ライラ、何を言い出すんだ? そんな事あるはずがない。 それに今はライラではなく、メイヴィス嬢の事を言ってーー」
「どうされるというのですか? 起こってもいない事でこれ以上彼女に何を問うと言うのでしょう?」
ゆらりと、赤い光が少女の瞳に揺らめき立つ。
「彼女の云うところの不注意が、誰かの怒りを買ったことであろうと、他のどんな理由であったとしても、関係御座いません。 あの時あの場で、涙するメイヴィス嬢を捨て置くことなどできようはずもありませんでしたから。 彼女の涙に嘘は御座いませんでした、その私の判断をお疑いなら、それまでですわ。」
『誰かの怒りを買った』その言葉で、お兄様は私が言及しなかった何かを察した。
彼女こそが、子豚令息の引き起こした騒動の被害者であると、思い至ったようだ。
「ライリエル様…私は大丈夫です、気にしておりませんから!」
背後からおずおずと戸惑いがちに掛かった声に、体ごと振り返る。
「メイヴィス様、大丈夫だなどと仰らないで! 怒って良いのです!! 貴女は、何も悪くない。 誰に何を言われようと、在りもしない罪で、糾弾などされて良いはず御座いませんもの!!!」
先程彼女がしてくれたように、小刻みに震える両手を自身の両手で力強く握る。
励ますように、勇気づけるように。
「私は、私の信じたメイヴィス嬢を、信頼しております。 過ごした時間の長短など関係なく、私はメイヴィス様を大切で大事なお友達だと、そうなりたいと心の底から希っているからこそ、信じたのですから。 誰に何を言われても、この気持ちは覆りません。」
私が理想とする、護り通したいと思う信条を、宣誓するかのように語り聞かせる。
「私は頑固なのです、それに愛も重いと自負しております。 『鷹』の意を持つ“フォコンペレーラ”の一族は、コレと決めた相手を生涯を通し一途に慈しみます。 そして一度此方側と認めた相手を、見放すことなど致しません。」
ゲームの中で、『悪役令嬢ライリエル』が語っていた。
家名の由来、一族の性質をこの時思い起こした。
それは、私の考える理想とする在り方で、強い憧憬を覚えた事も思い出された。
今私はその『本人』になっている。
私が『彼女』の言葉を騙っても、差し支えないだろう。
寧ろ望むところだったのだから、私にとっては何の問題もない。
「私は、私の名、ライリエル・デ・フォコンペレーラの名に誓い貴女を生涯の友と認め、護り通すことを誓います。 私の持てる全てで、何者からも護り通して見せることを! どうか、忘れないで下さい。 誰に後ろ指を差されようとも、私が貴女の味方であることを、覚えていて下さいね。」
彼女が誓ってくれたように、私も誓う。
見返りを求めたくて誓うわけではなくて、私の考えを聞いて欲しくて言っているだけ。
簡単に言えばただの自己滿足、でもそれで良い。
にっ、と口角を上げ、不敵に笑う。
そして今度はお兄様を振り返り、体ごと向き直る。
「たとえそれが、お兄様であろうと、私は一切引き下がりません。 メイヴィス様を責められるとおっしゃるなら、私がお相手致します!」
私の瞳はいまや煌々と赤い光を煌めかせたルビー色へと変貌していた。
「ライラ…!」
「はっはははっはぁ~~っ! これは、分が悪いねぇ~アルヴェイン?! うちの小さなお姫様は、立派な『鷹』の意志を宿していたねぇ~~!!!」
朗らかに割って入った声に、そちらを向く。
肩で息をするお父様が、少し困ったような、何とも言えない表情でこちらを、主に私を見ていた。
どうやらストリートファイトは無事に終わったようだ。
若干息を乱し、汗の跡の残る顔を軽く手で扇ぎながらこちらに歩み寄ってくる。
「やぁやぁ~、ライラ、あまりお兄様に怒らないであげておくれぇ? アルヴェインはライラを心配しているだけだからねぇ~~?」
「お父様、わかっております。 だからこそ、余計に怒れてしまうのですわ!」
父親からの窘めの言葉を聞いても、窘められるつもりはない。
娘からの強い返答に虚を突かれて、目をぱちくりさせる。
それには構わず、再び兄に向き直り、柳眉を逆立てて無言で近づいていく。
コツ、コツ、コツ、コツ。
兄の目の前、後2、3歩で兄の体に接触する手前で足をピタリと止める。
逆立てた柳眉はそのまま、ルビーの瞳でペリドットの瞳を直と見据える。
「お兄様、私を心配してくださっての事と重々承知しております。 ですが、このような問答は必要御座いません。 お兄様が全ての責を負うような、こんな遣り方は、私の望むところでは決してありませんっ!」
態と棘のあるキツイ言葉で、年下の令嬢を糾弾してみせた。
私が騙されたり、唆されたりして、悪意ある第三者に手玉に取られることを心配して。
それによって、私が傷つくことを慮って。
自分が悪者になって、新しく出来た“友人”の本性を暴こうとした。
私はそれが頭にきたのだ。
「私は幼い、ですが、愚かではない、つもりです! 私の行動の責任は、私のみに科せられるべきものです。 判断を、間違うことが無いとは申せませんが、それは全て、私の誤りであって、家族の誰かに私の代わりに真実を追求する役目を丸投げするなど、致しません!! 私は逃げません、絶対に。 この目で見て、この耳で聞き、判断した事柄が間違いであったとしたならば、私の口から、問い糾す。 そうであるべきです。」
真っ直ぐ向けていた視線ごと顔を俯かせて、見つけた兄の手を、自身の手で掬い上げ、緩く握る。
少し体温の低い、兄の優しい手を。
「私はそんなに弱くないのですわ、お兄様。 私ちゃんとわかっておりますもの! もしも信じた方に裏切られたとして、傷付くこととなったなら…家族が支えて下さる…癒やして下さると、信じておりますもの!!」
握る手に力をギュッと込めて。
想いが届くように、願いを込めながら言葉を続ける。
「ですから、私にちゃんと、背負わせてくださいな。 お兄様は、私が無茶をしないか心配そうに数歩離れた位置から、見守っていて下さいませ♪ 危ないときは、手を差し伸べて下さるだけで、私には十分です。 支えになって下さいます。 それに、あんまり頼りすぎてしまったなら、独りで立つことも出来なくなってしまいますから。 私のお願い、聞いて下さいますか?」
最後の方は、少し眉尻が下がってしまったが、穏やかな笑顔を心がけて、兄へ微笑みかける。
その顔を、驚きに瞠られたペリドットの瞳が静かに見返していた。
「……ふぅ。 ライラ、僕の負けだ。 敵わないなぁ、見通されていたとは…。 でも、これだけは信じて欲しい。 僕は決して、ライラを疑った事も信じられなかった事も無い。 一度だって、無い。 これからもそれは変わらないと、どうか信じてほしい。」
言葉を紡ぐ途中で、私が握っていた手を一旦解き、姿勢を変え、握り直した。
片膝をつき、まるで騎士がするように傅いている。
私の手を恭しく右手に掬い上げ、左手で包み込むように重ねて。
信じて欲しいと、力を込める。
「これもきっとお見通しだろうが、僕は…いや、我が家の男共は我が家の女王と姫君にめっぽう弱いんだ。 だから姫君の『お願い』を断ることなど出来ない。 断りたくない、が正しいかな? 勿論、ライラがそう望むのなら、僕は見守るよ。 危なくなったら問答無用で乱入することも辞さない、それは許してくれるかい?」
調子を変えて、少し戯けたように言った後、自分の要望も添えてお伺いを立ててくる。
その周到ぶりに今度はこちらが少し虚を突かれるが、それがすごくお兄様らしい発言で、笑ってしまう。
「それは…程度にもよりますが…、ふふっ、大丈夫ですわ。 宜しくお願い致しますね、お兄様♡」
私の笑顔に安堵したように、お兄様も微笑み返してくれる。
やっぱりお兄様は、このお顔でなくっちゃ♡
だが忘れてはいけない、レディに対してあんな発言、お兄様でもこれだけでは許して差し上げませんからね!
「ところでお兄様、私、メイヴィス様への態度については、まだ許しておりませんのよ!」
「「 ん? 」」
アルヴェインお兄様のやっぱりか、という苦さを含んだ声と、メイヴィス嬢の急に話題に復活したことへの驚きの声が重なった。
「経緯はどうであれ、メイヴィス様のドレスが汚れてしまったのは事実なのです。 ですからお兄様、私が何をお兄様に望んでいるか、お解りですね?」
にっこり笑って可愛らしく脅しつける。
それに苦笑から嘆息して応え、メイヴィス嬢に向き直り、頭を下げる。
「メイヴィス・アグネーゼ男爵令嬢、この度は不快な思いをさせたこと、深くお詫び致します。 どうか私に、此度の不名誉な行いを雪ぐ機会をお与え下さいませんか? この件のお詫びとして、是非ドレスを贈らせて頂きたい。 如何でしょうか?」
やっぱりお兄様は気遣いのできる天使だわ♡
120点満点の解答を紡いだ兄にうんうん!と頷ききる。
それに震え上がって恐縮したのは勿論メイヴィス嬢だった。
「ひょぉ~~~んな!? お、おおおおおお気遣い下さり恐悦至極でございます、ですがそれはちょっっっと……いえいえ、だぁ~~~いぶっ、私如きには過ぎた気遣いかとぉ~~、思いますです、はい。」
目を上下左右に激しく泳がせながら、なんかかんか畏まって辞退を申し出る。
それは私が断固阻止!
ダラダラ冷汗を流しまくるメイヴィス嬢の腕にギュッと絡みつく。
そして狙った上目遣いで、ぷんすかと辞退を申し出た事へ抗議する。
「メイヴィスお姉様! ここは兄の名誉回復の為に頷いて下さいましっ!! それとも、我が家からの贈り物では…不快ですか……?」
不安を全面に押し出したうるうるお目々で見上げて落としに掛かる。
「そぉ~~~っ!!? なこと、ある訳御座いませんとも!! 不快なんて、とんでもないっ! 誤解ですぅ~、ただただっ、畏れ多くてぇ~~っ!! 信じて下さいぃ~~~!!!」
素っ頓狂な声を上げて、全力で否定する。
待ってました、その反応♪
「うふふっ、勿論信じておりますとも! 私、先程申しましたでしょ? 良かったわ、受け取って頂けるようで、安心いたしました♡ 早速後で採寸等致しましょうねぇ♡♡ そうだわ、ドレスが出来上がるまで、我が家にご滞在なさったら良いわ! その間、私達もっともっと、仲良くなれますわねぇ、とっても楽しみだわ♡♡♡」
相手が二の句を継げない内に、煙に巻くように捲し立てる。
気が付いたときには、滞在まですることが決定事項となっていた。
どこかで見た流れが、ここで遺憾なく再現される。
「ん、んんっ?! ……ううぇえええぇえっ?!!」
正気に戻ったときには、時すでに遅し。
「そうだわ、このドレスもキレイに直せるか、見てもらいましょうね! 大事なドレスですから♡」
「いえいえっ! こんな粗末な安物、公爵家御用達のテイラーにお見せするなど、恥ずかいしい品物ですからっ!! お気持ちだけで十分ですからっ!!!」
今着ているドレスを指して当然のように話題に上げる。
それに慌てて否定的な言葉を並べ立て、辞退を申し出る。
「メイヴィス様っ! その様なこと、二度と仰らないで!! これは正真正銘、特別で大事なドレスですわ!!!」
これ以上彼女の口から、このドレスを貶める言葉を吐かせるのを、強い口調で咎める。
「ご両親が初めて貴女の為だけに誂えてくれた、大切なものだと、そうおっしゃっていたでしょう? それがどんなに嬉しかったか、私にだってちゃんとわかっておりますわ。 そのドレスの価値は、金額では無いのですから。 恥ずかしくなどありません、胸を張って、誇って下さい。 嗤うような不届きな輩が居ましたなら、私が懲らしめて差し上げますから! あの品のない子豚さんのように!! 元通り以上に、直しましょうね♡」
「ライリエル様ぁ~~っ! ゔぅぅっ、本当は、ずっと、私のことより、ずっと、ずぅっっと、悔しかったんですっ!! あの、ぶっ……輩に、ドレスを、台無しにされて…っ!!! でも、本当に、安物で…直したい、なんて言ったら、きっと困らせてしまうから……言えなかったんですぅ、誰にもぉっ!!!」
「困ったりなんてしませんわ! 大丈夫ですとも♪ なんなら、私が手ずから直しても良いですし!!」
「ライリエル様が、ですか…?! お小さいのに、何でもお出来になるのですねぇ…???」
そこで今の自分の年齢を思い出す。
私ったら、3歳児だったのだわ、今現在、側年齢は。
「そ、ぉですの、よ? 私に、やってやれない事など、存在しないのですわぁっ!! オホホホ、ほ…。」
高笑いも尻窄む。
家族の手前、コレが精一杯の誤魔化しだった。
「おやおやぁ~? ライラはいつの間に、裁縫ができるようになったのかなぁ~~?? 初耳だねぇ~、知っていたかい、アヴィ?」
「コーネリアス、茶化しては駄目よ。 ライラちゃんは、お友達のために気遣える優しい子なのだから。 ねぇ、ライラちゃん?」
「もちろん、今はまだできませんが、いつの日か必ず、有言実行を果たせるよう、鋭意研鑽を積む所存ですわ、勿論ですともっ!!」
口先だけではないことを無駄にアピールしながら、必死に言い募る。
その慌てっぷりに、メイヴィス嬢が軽く吹き出す。
「ぷふっ………、ずびばぜんっっっ!!」
必死に、これ以上笑いが漏れないよう、すぐに緩みそうになる口元を両手で抑え込んでいる。
「「 ………。 」」
無言で見つめ合い、そしてーー。
「「 ふふふっ。」」
そこからは、気の済むまで笑い続けた。
緊迫感から開放されて、心晴れやかに笑う。
こうして、なんとか家族公認で初のお友達が出来た。
部屋の手配やなんやかんや準備する間、こちらを遠くから心配そうに見守っていた、メイヴィス様のご両親と友人2人の元で待つことになった。
家令のオズワルドを伴って事情を説明しに、家族達の待つ休憩スペースへと向かうメイヴィス嬢を笑顔で見送った。
すっかり場の雰囲気に流されて、誰も口に出さなかったが、気になっている事柄が1つ。
私の滑舌っっ!
めっっっっっちゃ、滑らか且つ饒舌!!
思ったまま、自由に喋れるっ!!!
何でなのっ???
私、奇病にでも冒されているのだろうかぁ!?
どうしてこんなに、コロコロと、喋れたり、喋れなかったりするのだろうか、不気味過ぎる…。
病だったとして、対処法や治療法など、存在するのだろうか……。
途方に暮れつつ、2、3歩後ろによろめいた。
後方は未確認だが、こんな開けた場所に障害物など有ろうはずも無いと、安心しきっていた。
それが間違いだった。
私は背中に突如もたらされた衝撃に、息を詰まらせる。
衝撃のあとには、激しい痛みか襲ってきた。
僅かに零れた痛みを訴える声を、歯を食いしばり悲鳴にならないよう抑える。
浅い呼吸を繰り返し、何とか痛みをやり過ごしながら、背後を振り返る。
振り返った先には、予想外の人物が立っていた。
驚きに目を瞠り、声をなくして佇んでいる人物。
そこには惜しげもなく晒した美貌を硬直させた、セルヴィウス・デ・ラ・オーヴェテルネル公爵が顔色悪く突っ立っていた。
しかし、立場的にそれはできない訳で……。
メイヴィス嬢の憔悴ぶりに、心が痛いし、胃もキリキリ痛む。
こりゃ、『やっぱりお友達は辞退致します』と言われても、断れない雰囲気だ。
承諾しなければ、この仔犬令嬢はこの場で直ぐにでも事切れてしまいそうだったから。
焦点の合わない目は、白黒しっぱなしで。
震えはバイブ機能搭載か?と疑いたくなるほど一定のリズムで途切れること無く続いている。
電池消費量が半端なさそう……。
なんて、どうでもいいことを考えてしまうが、笑い事ではない。
「メイヴィスお姉ちゃん、ダイジョウブ?」
「………!? あぁぁあっ、はははははいっっ?! も、も、もももも~~っちっろ~んで、ございますですはいっっ!!!」
うん、全然大丈夫じゃ無い事は、しっかりハッキリ理解できた。
「メイヴィスお姉ちゃん、ゴメンナサイ…。 ライリャ、お友だち、うぇしくって、いっちゃった、かりゃ……。」
「ライリエル様…! いいえ、謝らないで下さい!! 謝っては駄目です!!! 私も、恐れ多いことですが、とっても、とっても、とぉっっっても!! 嬉しいんですから!!!」
しょげ返り、謝罪の言葉をモソモソと呟いた私の手が力強く握り込まれる。
声を大にして、真っ直ぐに率直に心のままに、気持ちを伝えてくれる。
「緊張はしちゃいますし、何かやらかしてしまわないか不安は絶えませんが…。 これだけは、はっきり申し上げます! もう絶対に、辞退しますとは口に致しません!! ですからもう、悲しいお顔、なさらないで下さいね、ライリエル様!!!」
にっこり可愛らしく、満面の笑顔で笑ってくれる。
その笑顔が可愛らしいだけでなく、強固な意志とちょっとやそっとじゃへこたれない力強さを内包している。
近くで見てそのことに気付かされた。
ほ、惚れてまうやろぉおおぉお~~~~っっ!!!
私の心にクリーンヒット♡
んんんん~~っっ、可愛過ぎるぅうぅ~~~っっ♡♡
もう、大・大・大・大だ~~~い好きっ♡♡♡
「メイヴィスお姉ちゃん、ありがとう! 大好き、ずっと、仲良くしてね♡♡♡」
「ゔぅぅ~~っ、役得すぎるぅ~~っ! 私も、ライリエル様が大好きですぅ~~~っ!! こちらこそ、よろしくお願いいたします!!!」
再びお互いの顔面を見て、にへらぁ~、と笑み崩れながら、手に手を取り合い、ブンブンと上下に振る。
もう何があっても、断られないと理解して、安心しきっていた。
「ライラ、そろそろ良いかな? 初めまして、小さなレディ。 僕はアルヴェイン・デ・フォコンペレーラと申します。 妹のライラと仲良くしてくれたようだね。 お名前を伺っても?」
お兄様の声音がいつもより冷たく感じる。
気のせいかと思ったが、笑顔も冷ややかさが混じっている。
そのことで心臓が、俄に嫌な音を立てて逸り出す。
「お初にお目にかかります、私はアグネーゼ男爵家が三子、メイヴィスと申します。 以後お見知り置き下さいませ。」
メイヴィス嬢が先程の動揺しまくった姿はおくびにも出さず落ち着き払った所作で、危なげ無く挨拶し自己紹介を述べる。
その姿に一層笑みを深めたお兄様は、質問を投げかける。
「男爵家のご令嬢だったのですか。 それは、とても意外でした。 そのリボン、とても素敵ですね。」
アルヴェインお兄様は、メイヴィス嬢のドレスに着いているリボンを視線で示している。
そのリボンは、私が髪を纏めるのに使っていた、さっきまで着ていたドレスと揃いのもので特注品だ。
実際に近くで見ているお兄様が、見間違える筈もなかった。
それを解った上で、問いかけている。
『何故君が持っているのか?』と。
「これは、私の物では御座いません。 ライリエル様にお借りいたしました。 私の不注意で、ドレスに問題が起こり困っていた際に、お声掛け頂いたのです。」
この話は、子豚令息の居場所を聞いた後、休憩室を去る前に、あの場に居た5人で考えた内容だった。
誰かに聞かれたら、こう答えようと、事前に示し合わせていたのだ。
メイヴィス嬢の今後を考えても、真実を毎回吹聴するのはよろしく無い。
不特定多数の他人が居る場で、要らぬ注目を集めるのは悪手だ。
今のところ、あの休憩室に居合わせた子女達には箝口令が敷かれている。
その為今現在のこの会場内で、詳細を把握しているのは私とメイヴィス嬢、ルイーゼ嬢、シャロン嬢、そして恐らくはお父様、お母様のみ。
お兄様は誰が被害にあったのかは知らない。
だから、私とメイヴィス嬢の出会いに疑問を持つのも当然かもしれないが、これはちょっと、雲行きが怪しい。
なんとなく、お兄様が怒っている気がする。
「そうでしたか。 そのリボンは、今日のパーティーのために誂えた一点もので、素材も厳選して作らせた物でした。 なので、貴女がドレスに着けているのを見て驚いてしまいました。」
『貴女が盗ったのかと思って』という言葉が続くだろうかと連想させる言い方に思えてしまう。
お兄様の周りの空気がピリ付いているからだろうか。
「そんな…?! 高価なものとは、存じ上げず…。 知っておりましたら、このような粗末なドレスに似つかわしくないと、固辞致しましたのに! 申し訳ございません、ライリエル様!!」
私は即座に顔を左右に振る。
振って、メイヴィス嬢の謝罪を、不要だと伝えたかった。
それに、粗末なドレスなんかじゃない、あのドレスは、特別なドレスだ。
「知らなかった、本当に? 借りたと言っておいででしたが…返す気はあったと、その言葉を信じるに値する証は何か在るのでしょうか?」
「それ……は、御座いません。 私の言葉を、信じて頂けねば、それまでで御座います。」
何を問いただそうとしているか、わからない。
理解りたくもない!
貴族的な話し方なんて、もう聞いていたくない!!
こんな問答を、お兄様にも、メイヴィス嬢にもこれ以上続けて欲しくなかったから。
私は、お兄様とメイヴィス嬢の間に小さな体を割り入れた。
「お兄様、メイヴィス嬢は私の大事なお友達です。 その彼女の言葉を疑われるということは、私を疑われている、そう理解して宜しいですわね? 私はお兄様にとって、信用するに値しない人物であると、そう考えれば宜しいでしょうか…?」
私の滑舌が突然滑らかになったことも動揺の一因だろうが、それ以上に沈着冷静な長兄を驚かせたのは、私の瞳だろうか。
「ライラ、何を言い出すんだ? そんな事あるはずがない。 それに今はライラではなく、メイヴィス嬢の事を言ってーー」
「どうされるというのですか? 起こってもいない事でこれ以上彼女に何を問うと言うのでしょう?」
ゆらりと、赤い光が少女の瞳に揺らめき立つ。
「彼女の云うところの不注意が、誰かの怒りを買ったことであろうと、他のどんな理由であったとしても、関係御座いません。 あの時あの場で、涙するメイヴィス嬢を捨て置くことなどできようはずもありませんでしたから。 彼女の涙に嘘は御座いませんでした、その私の判断をお疑いなら、それまでですわ。」
『誰かの怒りを買った』その言葉で、お兄様は私が言及しなかった何かを察した。
彼女こそが、子豚令息の引き起こした騒動の被害者であると、思い至ったようだ。
「ライリエル様…私は大丈夫です、気にしておりませんから!」
背後からおずおずと戸惑いがちに掛かった声に、体ごと振り返る。
「メイヴィス様、大丈夫だなどと仰らないで! 怒って良いのです!! 貴女は、何も悪くない。 誰に何を言われようと、在りもしない罪で、糾弾などされて良いはず御座いませんもの!!!」
先程彼女がしてくれたように、小刻みに震える両手を自身の両手で力強く握る。
励ますように、勇気づけるように。
「私は、私の信じたメイヴィス嬢を、信頼しております。 過ごした時間の長短など関係なく、私はメイヴィス様を大切で大事なお友達だと、そうなりたいと心の底から希っているからこそ、信じたのですから。 誰に何を言われても、この気持ちは覆りません。」
私が理想とする、護り通したいと思う信条を、宣誓するかのように語り聞かせる。
「私は頑固なのです、それに愛も重いと自負しております。 『鷹』の意を持つ“フォコンペレーラ”の一族は、コレと決めた相手を生涯を通し一途に慈しみます。 そして一度此方側と認めた相手を、見放すことなど致しません。」
ゲームの中で、『悪役令嬢ライリエル』が語っていた。
家名の由来、一族の性質をこの時思い起こした。
それは、私の考える理想とする在り方で、強い憧憬を覚えた事も思い出された。
今私はその『本人』になっている。
私が『彼女』の言葉を騙っても、差し支えないだろう。
寧ろ望むところだったのだから、私にとっては何の問題もない。
「私は、私の名、ライリエル・デ・フォコンペレーラの名に誓い貴女を生涯の友と認め、護り通すことを誓います。 私の持てる全てで、何者からも護り通して見せることを! どうか、忘れないで下さい。 誰に後ろ指を差されようとも、私が貴女の味方であることを、覚えていて下さいね。」
彼女が誓ってくれたように、私も誓う。
見返りを求めたくて誓うわけではなくて、私の考えを聞いて欲しくて言っているだけ。
簡単に言えばただの自己滿足、でもそれで良い。
にっ、と口角を上げ、不敵に笑う。
そして今度はお兄様を振り返り、体ごと向き直る。
「たとえそれが、お兄様であろうと、私は一切引き下がりません。 メイヴィス様を責められるとおっしゃるなら、私がお相手致します!」
私の瞳はいまや煌々と赤い光を煌めかせたルビー色へと変貌していた。
「ライラ…!」
「はっはははっはぁ~~っ! これは、分が悪いねぇ~アルヴェイン?! うちの小さなお姫様は、立派な『鷹』の意志を宿していたねぇ~~!!!」
朗らかに割って入った声に、そちらを向く。
肩で息をするお父様が、少し困ったような、何とも言えない表情でこちらを、主に私を見ていた。
どうやらストリートファイトは無事に終わったようだ。
若干息を乱し、汗の跡の残る顔を軽く手で扇ぎながらこちらに歩み寄ってくる。
「やぁやぁ~、ライラ、あまりお兄様に怒らないであげておくれぇ? アルヴェインはライラを心配しているだけだからねぇ~~?」
「お父様、わかっております。 だからこそ、余計に怒れてしまうのですわ!」
父親からの窘めの言葉を聞いても、窘められるつもりはない。
娘からの強い返答に虚を突かれて、目をぱちくりさせる。
それには構わず、再び兄に向き直り、柳眉を逆立てて無言で近づいていく。
コツ、コツ、コツ、コツ。
兄の目の前、後2、3歩で兄の体に接触する手前で足をピタリと止める。
逆立てた柳眉はそのまま、ルビーの瞳でペリドットの瞳を直と見据える。
「お兄様、私を心配してくださっての事と重々承知しております。 ですが、このような問答は必要御座いません。 お兄様が全ての責を負うような、こんな遣り方は、私の望むところでは決してありませんっ!」
態と棘のあるキツイ言葉で、年下の令嬢を糾弾してみせた。
私が騙されたり、唆されたりして、悪意ある第三者に手玉に取られることを心配して。
それによって、私が傷つくことを慮って。
自分が悪者になって、新しく出来た“友人”の本性を暴こうとした。
私はそれが頭にきたのだ。
「私は幼い、ですが、愚かではない、つもりです! 私の行動の責任は、私のみに科せられるべきものです。 判断を、間違うことが無いとは申せませんが、それは全て、私の誤りであって、家族の誰かに私の代わりに真実を追求する役目を丸投げするなど、致しません!! 私は逃げません、絶対に。 この目で見て、この耳で聞き、判断した事柄が間違いであったとしたならば、私の口から、問い糾す。 そうであるべきです。」
真っ直ぐ向けていた視線ごと顔を俯かせて、見つけた兄の手を、自身の手で掬い上げ、緩く握る。
少し体温の低い、兄の優しい手を。
「私はそんなに弱くないのですわ、お兄様。 私ちゃんとわかっておりますもの! もしも信じた方に裏切られたとして、傷付くこととなったなら…家族が支えて下さる…癒やして下さると、信じておりますもの!!」
握る手に力をギュッと込めて。
想いが届くように、願いを込めながら言葉を続ける。
「ですから、私にちゃんと、背負わせてくださいな。 お兄様は、私が無茶をしないか心配そうに数歩離れた位置から、見守っていて下さいませ♪ 危ないときは、手を差し伸べて下さるだけで、私には十分です。 支えになって下さいます。 それに、あんまり頼りすぎてしまったなら、独りで立つことも出来なくなってしまいますから。 私のお願い、聞いて下さいますか?」
最後の方は、少し眉尻が下がってしまったが、穏やかな笑顔を心がけて、兄へ微笑みかける。
その顔を、驚きに瞠られたペリドットの瞳が静かに見返していた。
「……ふぅ。 ライラ、僕の負けだ。 敵わないなぁ、見通されていたとは…。 でも、これだけは信じて欲しい。 僕は決して、ライラを疑った事も信じられなかった事も無い。 一度だって、無い。 これからもそれは変わらないと、どうか信じてほしい。」
言葉を紡ぐ途中で、私が握っていた手を一旦解き、姿勢を変え、握り直した。
片膝をつき、まるで騎士がするように傅いている。
私の手を恭しく右手に掬い上げ、左手で包み込むように重ねて。
信じて欲しいと、力を込める。
「これもきっとお見通しだろうが、僕は…いや、我が家の男共は我が家の女王と姫君にめっぽう弱いんだ。 だから姫君の『お願い』を断ることなど出来ない。 断りたくない、が正しいかな? 勿論、ライラがそう望むのなら、僕は見守るよ。 危なくなったら問答無用で乱入することも辞さない、それは許してくれるかい?」
調子を変えて、少し戯けたように言った後、自分の要望も添えてお伺いを立ててくる。
その周到ぶりに今度はこちらが少し虚を突かれるが、それがすごくお兄様らしい発言で、笑ってしまう。
「それは…程度にもよりますが…、ふふっ、大丈夫ですわ。 宜しくお願い致しますね、お兄様♡」
私の笑顔に安堵したように、お兄様も微笑み返してくれる。
やっぱりお兄様は、このお顔でなくっちゃ♡
だが忘れてはいけない、レディに対してあんな発言、お兄様でもこれだけでは許して差し上げませんからね!
「ところでお兄様、私、メイヴィス様への態度については、まだ許しておりませんのよ!」
「「 ん? 」」
アルヴェインお兄様のやっぱりか、という苦さを含んだ声と、メイヴィス嬢の急に話題に復活したことへの驚きの声が重なった。
「経緯はどうであれ、メイヴィス様のドレスが汚れてしまったのは事実なのです。 ですからお兄様、私が何をお兄様に望んでいるか、お解りですね?」
にっこり笑って可愛らしく脅しつける。
それに苦笑から嘆息して応え、メイヴィス嬢に向き直り、頭を下げる。
「メイヴィス・アグネーゼ男爵令嬢、この度は不快な思いをさせたこと、深くお詫び致します。 どうか私に、此度の不名誉な行いを雪ぐ機会をお与え下さいませんか? この件のお詫びとして、是非ドレスを贈らせて頂きたい。 如何でしょうか?」
やっぱりお兄様は気遣いのできる天使だわ♡
120点満点の解答を紡いだ兄にうんうん!と頷ききる。
それに震え上がって恐縮したのは勿論メイヴィス嬢だった。
「ひょぉ~~~んな!? お、おおおおおお気遣い下さり恐悦至極でございます、ですがそれはちょっっっと……いえいえ、だぁ~~~いぶっ、私如きには過ぎた気遣いかとぉ~~、思いますです、はい。」
目を上下左右に激しく泳がせながら、なんかかんか畏まって辞退を申し出る。
それは私が断固阻止!
ダラダラ冷汗を流しまくるメイヴィス嬢の腕にギュッと絡みつく。
そして狙った上目遣いで、ぷんすかと辞退を申し出た事へ抗議する。
「メイヴィスお姉様! ここは兄の名誉回復の為に頷いて下さいましっ!! それとも、我が家からの贈り物では…不快ですか……?」
不安を全面に押し出したうるうるお目々で見上げて落としに掛かる。
「そぉ~~~っ!!? なこと、ある訳御座いませんとも!! 不快なんて、とんでもないっ! 誤解ですぅ~、ただただっ、畏れ多くてぇ~~っ!! 信じて下さいぃ~~~!!!」
素っ頓狂な声を上げて、全力で否定する。
待ってました、その反応♪
「うふふっ、勿論信じておりますとも! 私、先程申しましたでしょ? 良かったわ、受け取って頂けるようで、安心いたしました♡ 早速後で採寸等致しましょうねぇ♡♡ そうだわ、ドレスが出来上がるまで、我が家にご滞在なさったら良いわ! その間、私達もっともっと、仲良くなれますわねぇ、とっても楽しみだわ♡♡♡」
相手が二の句を継げない内に、煙に巻くように捲し立てる。
気が付いたときには、滞在まですることが決定事項となっていた。
どこかで見た流れが、ここで遺憾なく再現される。
「ん、んんっ?! ……ううぇえええぇえっ?!!」
正気に戻ったときには、時すでに遅し。
「そうだわ、このドレスもキレイに直せるか、見てもらいましょうね! 大事なドレスですから♡」
「いえいえっ! こんな粗末な安物、公爵家御用達のテイラーにお見せするなど、恥ずかいしい品物ですからっ!! お気持ちだけで十分ですからっ!!!」
今着ているドレスを指して当然のように話題に上げる。
それに慌てて否定的な言葉を並べ立て、辞退を申し出る。
「メイヴィス様っ! その様なこと、二度と仰らないで!! これは正真正銘、特別で大事なドレスですわ!!!」
これ以上彼女の口から、このドレスを貶める言葉を吐かせるのを、強い口調で咎める。
「ご両親が初めて貴女の為だけに誂えてくれた、大切なものだと、そうおっしゃっていたでしょう? それがどんなに嬉しかったか、私にだってちゃんとわかっておりますわ。 そのドレスの価値は、金額では無いのですから。 恥ずかしくなどありません、胸を張って、誇って下さい。 嗤うような不届きな輩が居ましたなら、私が懲らしめて差し上げますから! あの品のない子豚さんのように!! 元通り以上に、直しましょうね♡」
「ライリエル様ぁ~~っ! ゔぅぅっ、本当は、ずっと、私のことより、ずっと、ずぅっっと、悔しかったんですっ!! あの、ぶっ……輩に、ドレスを、台無しにされて…っ!!! でも、本当に、安物で…直したい、なんて言ったら、きっと困らせてしまうから……言えなかったんですぅ、誰にもぉっ!!!」
「困ったりなんてしませんわ! 大丈夫ですとも♪ なんなら、私が手ずから直しても良いですし!!」
「ライリエル様が、ですか…?! お小さいのに、何でもお出来になるのですねぇ…???」
そこで今の自分の年齢を思い出す。
私ったら、3歳児だったのだわ、今現在、側年齢は。
「そ、ぉですの、よ? 私に、やってやれない事など、存在しないのですわぁっ!! オホホホ、ほ…。」
高笑いも尻窄む。
家族の手前、コレが精一杯の誤魔化しだった。
「おやおやぁ~? ライラはいつの間に、裁縫ができるようになったのかなぁ~~?? 初耳だねぇ~、知っていたかい、アヴィ?」
「コーネリアス、茶化しては駄目よ。 ライラちゃんは、お友達のために気遣える優しい子なのだから。 ねぇ、ライラちゃん?」
「もちろん、今はまだできませんが、いつの日か必ず、有言実行を果たせるよう、鋭意研鑽を積む所存ですわ、勿論ですともっ!!」
口先だけではないことを無駄にアピールしながら、必死に言い募る。
その慌てっぷりに、メイヴィス嬢が軽く吹き出す。
「ぷふっ………、ずびばぜんっっっ!!」
必死に、これ以上笑いが漏れないよう、すぐに緩みそうになる口元を両手で抑え込んでいる。
「「 ………。 」」
無言で見つめ合い、そしてーー。
「「 ふふふっ。」」
そこからは、気の済むまで笑い続けた。
緊迫感から開放されて、心晴れやかに笑う。
こうして、なんとか家族公認で初のお友達が出来た。
部屋の手配やなんやかんや準備する間、こちらを遠くから心配そうに見守っていた、メイヴィス様のご両親と友人2人の元で待つことになった。
家令のオズワルドを伴って事情を説明しに、家族達の待つ休憩スペースへと向かうメイヴィス嬢を笑顔で見送った。
すっかり場の雰囲気に流されて、誰も口に出さなかったが、気になっている事柄が1つ。
私の滑舌っっ!
めっっっっっちゃ、滑らか且つ饒舌!!
思ったまま、自由に喋れるっ!!!
何でなのっ???
私、奇病にでも冒されているのだろうかぁ!?
どうしてこんなに、コロコロと、喋れたり、喋れなかったりするのだろうか、不気味過ぎる…。
病だったとして、対処法や治療法など、存在するのだろうか……。
途方に暮れつつ、2、3歩後ろによろめいた。
後方は未確認だが、こんな開けた場所に障害物など有ろうはずも無いと、安心しきっていた。
それが間違いだった。
私は背中に突如もたらされた衝撃に、息を詰まらせる。
衝撃のあとには、激しい痛みか襲ってきた。
僅かに零れた痛みを訴える声を、歯を食いしばり悲鳴にならないよう抑える。
浅い呼吸を繰り返し、何とか痛みをやり過ごしながら、背後を振り返る。
振り返った先には、予想外の人物が立っていた。
驚きに目を瞠り、声をなくして佇んでいる人物。
そこには惜しげもなく晒した美貌を硬直させた、セルヴィウス・デ・ラ・オーヴェテルネル公爵が顔色悪く突っ立っていた。
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