転生して悪役令嬢な私ですが、ヒロインと協力して何とかハッピーエンドを目指します!

胡椒家-コショーヤ-

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●本編●

16.誕生日パーティー【宴も酣:騒動あり(結)】

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 パーティー会場に小さく設けられた休憩のための空間に、大小合わせて数十脚のソファが置かれている一角。
柱の影になり、死角になる場所と知り、身を隠すようにたむろする少年たち。

そこに突如現れた謎の美少女が、とんでもない事を仕出かした。
怒らせてはいけない人物の、逆鱗をはたき上げてしまったのだ。

払われた手を、しばし呆然と見つめて、段々と湧き上がる怒りに、顔を赤黒く染め上げる。
睨み殺しそうな、殺意まで含ませた眼差しで、自身の手を払い除けた少女を睨めつける。

「どういうつもりだ、このチビガキがぁあっ!! 誰の手を、払い除けたのか、解ってるんだろうなあっっ!!!」

あっという間に、見せかけの紳士の仮面は剥がれ去り、唾を撒き散らして喚き立てる醜悪な本性を晒した。
相手が年下の幼女であることなど構わず、恫喝してのける。

「先程、伺いましたよね? 貴方のお名前を。 何処のどなたかは、ちゃんと理解しておりますので、どうぞご安心くださいな。」

少年の剣幕に、一切怯むこと無く、優雅に微笑みさえ浮かべながら上品に言葉を返す。
見かけの幼さに反する、流暢過ぎる物言いに、一瞬たじろぐ子爵令息。

「それよりも、どうなさったのです? その右手の中指……、随分、痛そうですね?」

「これ、は…なんでも無い! お前には関係ない、ジロジロと、不躾に見やがって、どこの下級貴族家だぁあ?! こんな礼儀のなってない、ガキ独りでぶらつかせやがって、親はどこかなぁ? お嬢ちゃん?! とっとと、俺様の前から失せなっ!!」

バツが悪そうに、右手を身体の後ろに隠す。
そこからはまた少女を脅しつけるように、出せる限り低めた声で、恐怖を煽ろうとするが、如何せん声変わり前のため、どうしたって迫力が足りない。

そして少女は、全く、恐怖していない。
相変わらず、微笑んで少年たちを見返している。

「答えに、なってませんね。 そういえば、先程奇妙なモノを見たと、誰かが言っていたのを小耳に挟みました。 来賓の子女の為、開放された休憩部屋で、とても奇妙な出来事があったと。 ご興味、ありますか?」

少年たちの反応を窺いながら、ゆっくりと語りかける。
取り巻きの少年は、皆一様に顔色を悪くして、気まずそうに顔を背ける。
しかし、ヒューシャホッグだけは違った。
ニタリ…、と口端を嫌らしく上げ、心底愉快そうに顔を歪める。

話に聞いていた通り、何とも醜悪極まりないその顔を、微笑みを湛えたまま、観察するように眺める。
ラピスラズリの瞳の奥に、今微かに赤く光が灯った。


★★☆☆★★

==数十分前、休憩部屋にて==

 突如背後から、独り言に対して怖すぎる質問が投げかけられた。
仔犬でないレスター君には、あまり近寄ってほしくはない。
しかし、そんな事は、口が裂けても言えないし、気取らせることも避けたい。
これ以上、狂犬化が進んでは、身の危険が伴ってくる。

被害者を量産しないためにも、ここは事実を織り交ぜた曖昧な表現で乗り切ろう!

「レスター君、しってぅの? アンジェロンししゃく、れーそく?」

「……いい噂は、まったく聞こえてきませんが。 確かその令息の名前は、ヒューシャホッグ、でしたっけ? ふふっ、名は体を表すとは…よく言ったものですよね?」

その為人を思い出したように、小さく笑う。
うわぁ、キレイに真っ黒☆
良い意味は、欠片も聴こえなかった。

「どういうイミでしゅか?」

レスター君が言わんとしていることが、解らず素直に疑問を口にする。
私の右横にいる令嬢3人は、解ったようで、何とも言えない顔で含み笑う。

「メイヴィスお姉ちゃんは、わかぅの?」

途端、レスター君の綺麗な眉がピクリと跳ね上がる。
ナニかが気になったみたいだが、とくにこの場で言及はされなかった。

「ふわぁいぃっ!? あーー、そうですね、はい、わかりますぅ、……ふふっ。 あの髪も、相まって、そうとしか思えませんから……、ふふふっ……。」

突然話を振られ、レスターに見惚れていたメイヴィス嬢は目に見えて狼狽えてから、こくこくと首肯で同意を示し、笑い混じりに答える。
それに続く友人2人。

「うんうん、ホントそうよねぇ、口にできなかったけど、そうとしか思えないもの!」

「ピンクッ髪、体型も真ん丸で、顔もまんっっっまるで、豚の中の豚、子爵令息ならぬ、子豚令息よ、あんな奴!!」

「「 ちょっ?! シャロンっ!!?」」

「言い過ぎよ、流石に不味いわっ!!」
「そうよそうよぉ! 相手は腐っても子爵家なのよぉっ??!」

「腐った子豚でしょっ!!? ヘイキよ、ここにいるのはもっと高位の御2人なんだから!!」

虎の威を借る狐、とはこの事か。
しかし、清々しいまでに辛辣で、悪びれない様子に、呆れるよりも、面白くなってしまった。

レスター君も、笑っている。
あぁっと、これはしっかり笑ってる!
凄い、レスター君がwwwってる!!
シャロン姐さんと呼ばせてもらおう、今度から!!!

と云うか、子豚…?
真ん丸、体型も、顔も……??
そんなダラシない体型の性格ブスのクズ野郎が、可愛さしか無い(贔屓目100%含有)メイヴィス嬢に、隷属魔導具を施してあんな苦痛と恐怖を与えたと…?!?
………度し難い。


 そして何より、度し難いと感じるのは、無邪気に人を不幸に陥れる行為。

しかも、ほんの悪戯感覚で、人を貶めた。
平気で、生命を軽んじた“命令”を下した。
嗤いながら、喜々として、人を甚振った。

そんな人間に、生きる価値が、存在するだろうか…?

ドロリ……。

心の奥底で、黒く淀んだ重苦しい感情が噴き溢れ出す。
魔導具を破壊したときとはまた違う種類の、憤怒を基にした、昏い感情。

自分の感情モノでは無い、その大き過ぎる感情に呑み込まれる。
頭の中は酷く冷静なのに、はらわたに黒くとぐろを巻いた重さが加わる。
その重さが、何故かしっくりくる。

不思議な程違和感の無いまま、呑まれた感情に促され、子豚・・令息の所在を問う。

「その子豚さんは、今何処に…?」

言葉が、滑らかに口から零れる。
その声音は、ライリエルのものかと、疑わしい程大人びた静かな響きで聞くものの鼓膜を震わせた。

ラピスラズリの瞳が、仄かに赤く煌めく。

雰囲気がガラリと変わった令嬢を、4対の目が驚きに開かれながら、見つめる。

その視線を、優美な微笑みとともに受け止める令嬢の顔は、身の毛がよだつほど、冴え冴えと美しかった。


★★☆☆★★


 真ん丸と肥えに肥え太った、子豚にしか見えない、少年にしては巨体すぎる体で、短い足を組みかえる。
腰掛ける3人がけのソファが動きに合わせてギシギシと悲鳴をあげる。

百聞は一見に如かず。
目が痛くなる、ショッキングピンクの髪が小さく纏まって頭の上にのっている。

丸い顔の中央に、他のパーツが集まっている。
ある意味まとまっていて見やすい。
鼻が上向いているのが、一層それっぽい顔面に拍車をかけている。

「興味が、あるみたいですね。 お兄さん達は、行かれたんですか? 休憩部屋として開放されている一室に。」

「はあぁ~? そんな場所、行くわけ無いだろう? 俺様がそんな、ガキしかいない、なんっの面白味もない部屋! …あぁ~、いや待てよ、そぉ~~いえば行ったか。 ほんの余興、面白い子供騙しの悪戯を、準備しになぁ? ぶっくっくっくっくぅ~~っ!!」

ピリッーー。

一瞬、空気が震えた。

その際、少女の瞳の色も、一瞬おかしかった。
ラピスラズリのはずが、ルビー色に輝いて見えたのだ。

目の錯覚であると、そう思い込みたい気持ちが、勘違いだと彼らに思い込ませた。
取り巻きの子息たちは、居ても立っても居られないようで、この場から一刻も早く逃げ出したかったのだろう。
キョロキョロと忙しなく視線をさまよわせて、逃げ出す道を搜す。

しかし今いる場所は、背後には壁が、左右にはガラス張りの壁面と柱が取り囲んでいる、袋小路だった。
唯一障害物の無い正面には、幼い少女が姿勢正しく立っているのみ。
しかし、その少女こそが問題だった。

自分たちより幼いはずの少女が放つ威圧感プレッシャーに、体の震えが止まらないのだ。
横をすり抜けようにも、どうしてか無事に通れる気がしない。

尋常ではない、異常すぎる事態が起きようとしている。
たった一人の、幼すぎるが少女によって、自分たちには悲惨な未来しか待っていないかのように、錯覚させられる。

彼女の作り出す雰囲気に、完全に呑まれてしまった。
にこやかに微笑む少女が、恐ろしくてたまらない。
恐ろしいのに、目が離せない、目を逸らすことが、できなくなっていた。


 ただ一人、この異様な空気の中でも、少女に目を向けず、自分の悪戯の結果に思いを馳せている肥え太った少年を除いて。

そして少女も、今ではその少年のみを見据えていた。
キレイに弧を描き、笑みを象った口を薄く開き、視線の先の少年に語りかける。

「悪戯、そんなに面白いものですか? その悪戯に巻き込まれて迷惑を被った相手に、罪悪感は抱かないのですか?」

「はあぁああ?!」

鼓膜が痛みを訴えるほどの声量で、汚らしい声を間近でぶつけられる。

「んなもん、抱くわけ、ねーーーーーっだ、ろぉぉおおがああぁぁあ!!? ばっっっっかじゃねぇのぉお?! そんなん、思ったことも、ねぇーーーーっつぅーーーーのおぉ!!!」

これだけ喚き散らしても、周りには声が届かない。
何故ならば、少年の首から下がったペンダントが魔導具であり、防音効果のある結界を展開しているからだ。

これだけの魔導具を持っているのは流石、“元”でも伯爵家だ。
しかし、これらの魔導具を売却すれば、一財産を捻出出来るだろうに、悪戯に使うためだけに手元に残しているとは、残念すぎる。

「そもそもぉ、俺様がやったなんて、証明できんのかぁ? えぇっ? 俺様のそれっぽい言葉だけで、やったとは、一言も言ってないしなぁ? お前みたいなガキの言うことと、俺様の言葉、どっちが信憑性が在ると思う??」

完全に少女を見下している。
自分より、格下であると、思い込んでいる。
その狭すぎる了見が酷く滑稽だ。
少女の口角が、もう一段上がる。

「それになぁ、大抵のことは、ほんの出来心でぇ~~、とか、ちょっとした悪戯のつもりでぇ~~、とか。 それらしいことをしおらしく言っとけば、有耶無耶になるんだよぉ! 俺様には、そんな権力があるんだ、でっかい後ろ盾・・・・・・・もついてるしなぁっ!!」

聞くに堪えない御託を並べ立てる人語を話す畜生に、これ以上耐えられなくなる。
込み上げる吐き気を、湧き上がる嫌悪を、これ以上どうやっても、堪えきれない。

口角は上がりきっていた。
これ以上はもう、上がらないところ迄、吊り上がっていた。
その上がりきった口角のまま、言葉を発する。
わずかに開けた隙間から、零すように。

「貴方のような、下等で、下劣で、愚劣な、畜生にも劣る存在が、人間様に危害を加えても、見逃される権力がある、ですって? どれほど大きな後ろ盾があろうと、そのだらし無い肥え太った巨体を隠し果せる事など出来はしないでしょうに…? うふふっ、ふふっ…。」

なにかの呪詛のようにそれだけの言葉を一息で紡ぎあげると、自身の言葉が可笑しかったのか、小さく笑い、そしてーー。

「あっっっははははは、あはっ、あはははっ、ア~~ッハハハハハハハ!!」

それまで浮かべていた穏やかな微笑みは、狂気を孕んだ嘲笑へと様変わりし、裂けたように開かれた赤赤とした口元から狂ったように嗤い声をあげだした。
しかしその嗤いは、後を引かず、直ぐにピタリと止み、一瞬の静寂の後。

クスクス…。
クスクス…。
クスクス…クスクス…。

小さな忍び笑いが重なり合い、木霊する。

「クスクスクス……、おかしな子豚さん。 クスクスクス。」

口を三日月形に歪める。
作り笑いであると、容易にわかる、笑みの形に。

クスクスクスクス。

 ーーあぁ、心底可笑しい。 この豊満な肉塊は、何を宣ったのか…この私の眼前で。 ほんの出来心からの、ちょっとした悪戯? 面白い余興になると思ってやった…? 私の目の前で、そう言ってのけたのか?ーー


 笑いが一瞬にして無へ。
今まで何かしら浮かべていた表情が消え去った。
表情と感情を削ぎ落とした少女は告げる。

「息をするな、下種。」

キイイィィィィィィィーーーーーン。

言葉が辺りに響いた直後、耳鳴りのような甲高い音が鳴り響き、目の前の巨体がソファから転がり落ち、床の上でのたうち出した。

首元を押さえて、バタバタと足をバタつかせ、その反動で年齢にしては巨大な身体がブルブルと揺れる。
暴れる最中に、首からさげていた魔導具は壊し尽くされた。
重すぎる体重が、仇となり、転がるたびに圧迫が重なり、魔核石が砕け散ってしまったのだ。

隠匿するものがなくなった巨体が奏でる騒音は、またたく間に会場に大音量で響き渡った。
会場中の視線が集まりだす。
そんな中で、少女は一人、静かにことの成り行きを傍観する。

 ーー人って、ここまで冷静でいられるものなのね。 こんなに…腸は怒りで煮え滾っているに。 不思議なくらい、頭の中は冷え切ってる。 わたくしじゃない、別のじぶんが抱いてる感情みたいに、他人事、借り物の感情で、激怒してるみたいに…。 とても、変な感覚。 今の私は、本当に、私なの?ーー


 悶え暴れる肉塊を、見据えるその表情は、限りなく無だった。
そこに感情は一切伴わず、観察し、睥睨するだけ。
目に映る事象を、在るがまま受け入れるのみ。

早々に白目を剥いて、泡を吹き始めた堪え性のない子豚ピギーへ向けて軽く手を振る。
シッシッ、と指の先を下に向けて前後に2回、虫でも払うように動かす。

その途端、気道を塞いでいた魔法の戒めが解かれ、空気を取り込めるようになったは良いが、上手く息が降りていかないようで、ゴボッ、ゲボッ、という不快な雑音をたてて悶える子豚ピギーを静かに見下ろす。

コツン…。

1歩、靴音を響かせて踏み出す。

途端に、巨体が恐れ慄いたようにブルリッと大きく揺れた。

先程までの威勢は、何処へやら。
磨き抜かれた床に尻餅をつき、酸欠で赤黒かった顔は今にも卒倒しそうに顔色を無くし、紙よりも白くなっている。

乱れたショッキングピンクの長い前髪が、真ん丸な顔を覆っている。
その様は、彼を立派な子豚そのものに見せた。

まるまると太った身体を、小刻みに震わせ、吹いた泡で汚れた口元と、鼻水が垂れ流された鼻とで激しく息をしている。

ぶふーーっ、ぶすーっ、ぶふーーっ、ぶしゅーっ。


冷え切っている頭の芯は冴え渡り、しかし、一向に冷めやらない煮えるような怒りは腸に内包したまま。
ひたと、床に転がる子爵令息を見据える。

この時、私は気付いていなかった。
私の瞳が再び、常日頃のラピスラズリから一変、光を放つ鮮やかなルビー色に煌めいていることを。
その赤い瞳が、相対するものをどれほど威圧し萎縮させるものかも、正しく理解していなかった。

静かに、見据え続けられた子爵令息は、最初は小刻みに、今や遠目にもわかるほど体全体が打ち震えていた。

後少し、恐怖が追加されたら失禁してしまいそうな、為体ていたらくだ。

まるで祭壇に供えられる生贄のように怯えきっている。
哀れな子豚ピギーに、安心させるように微笑みかけた。
しかし、効果としては裏目でしかない。

それらをわかった上で、殊更ゆっくりと、子爵令息に歩み寄る。

一歩、一歩、しっかりと、床を踏みしめて歩く。
近付く度に、恐怖を駆り立てられ、だらしない皮下脂肪を纏った尻タブで、ズリズリと床を後退る。
しかし身体が云うことを聞かないのか、靴裏が滑り、上手く逃れられていない。

二人の距離は順調に縮まり…。

投げ出された足の手前で、少女はその歩みを止めた。


 そっと、上体を少年に傾けて、囁きかける。
表情は、まるで聖母のような穏やかな笑顔のまま。

「選ばせてあげましょう。 2つに1つ。 1つ目、このまま大人しくこの場を去り賠償に応じる、若しくは、2つ目、貴方が他人にしたように体の自由を奪われたまま獣の蔓延る森に捨て置かれる。 どちらがよろしくて?」

言葉を聞き終わった瞬間、少年の股間にジワっと染みが広がる。
そして、床にも、漏れ出た液体が水溜りをつくる。

その様子を、笑顔のままで見守る。
不快な匂いが立ちこめるなか、始終変わらない穏やか過ぎる笑顔で。

それが一層、恐怖を煽り、少年は歯の根も合わぬ程、ガチガチと歯を鳴らし、ブルブルと振動するのみ。

「……? お答えは、頂けませんか? でしたら、仕方ないですね。 私が、決めて差し上げます。 どうぞ、泣いてお喜びになって?」

クスクスクスクスクスクスクスクス。
クスクスクスクスクスクスクスクス。
クスクスクスクスクスクスクスクス。

少女の笑い声が、何重にも重なって聞こえる。
耳をふさごうにも、怯え縮こまる体は、自由が効かず、何も動かぜない。

瞬きを忘れた目は乾き、充血して、涙を零す。
目を逸らせず、視線も外せない。
逆光で少女の表情かおが見えない。
見えるのは、爛々煌々と滾るように赤く光る、美しいルビー色だけ。

そのルビー色が、徐々に反三日月形に細められ、射抜くように見据えてくる。

「貴方を見ていると、お腹が空くわ。 とっても、とっても、美味しそうなんだもの…。 きっと、大人気間違いなしね。 食べごたえ抜群の本日のメインディッシュになれるわ。 食べるのは、勿論、私ではないけれど。」

ここまで言えば、彼女が選んだ答えは1つ。
その言葉を聞きたくなくてか、はたまた、言われる前にその答えを拒否したくてか。
少年は、チカラの限りブンブンと、激しく首を横に振る。
振りすぎて、千切れ飛んでしまいそうなほどに。

しかし、必死の主張も虚しく、少女の笑顔は変わらない。
それと同時に、彼女の出した答えも、変わりはしない。
少女が口を開ける。
最後通告をこの躾のなっていない家畜の如き少年に突きつける為に。


突如始まった一方的な断罪劇。
原因も、事情も、経緯も、何一つ語られていない。
そんな中で、早くも迎えた終幕。

パーティー会場は舞台となり、来賓客は聴衆へと役割りを振られた。
その聴衆は聴衆のまま。
固唾をのんで事の成り行きを見守るのみ。
誰にも次に発せられる少女しゅやくの言葉を止められない。


 ーーーかに思われた。
意外なところから、意外な方法で、物理的に少女の口は閉ざされた。
一個の真ん丸とした肉まんによって。

「もがっ…?!?!」

それまで独壇場で、この場の主導権を握っていた少女は沈黙する。
突如背後から伸びてきた手がむんずと掴んだ肉まんによって。
柔らかく温かい塊を口に押し込められ、言葉を発する術を奪われたのだ。

口に侵入した物体に、反射で噛み付いてしまう。
そして、口腔内に広がる豊かで濃厚な肉汁の旨味に………。

































ぐぐぅううぅう、きゅるきゅるきゅ~~~っ……。




































は、……っはじゅかしいぃぃぃ~~!!!!


 シン…、と静まり返っていた会場内に響き渡ってしまった腹の虫の咆哮。

もう、今日イチ!

3度目の正直で、本日で一番の、耐え難い羞恥にゲリラ襲撃される。

恥ずかしい、埋まりたい、消えたい、記憶喪失になりたい、この場にいたくない、そうだ!
逃げよう、そうしよう~~♪

そろり…とスカートの中で音もなく動かした足の動きを正確に察知して、未だに背後から口元に肉まんを押し付ける手を退かさない人物、我が実兄にして、激しいシスコン気質の次兄、エリファスお兄様が、空いている方の手で優しく肩を掴み、この場に留まらせるよう拘束してきた。

離してぇ~~~!
お兄様、後生だから、この手を!!
私に戦略的撤退を行動に移す、逃走の自由を下さいまし~~~!!!

「もがもがっ、もごっ、もががっ!!」

心の声は、実際には言葉とかけ離れた雑音となって口ではなく、鼻から紡ぎ出された。
そんな私に、困ったように眉をハの字に、諭すような口調で語りかけて云うことにゃ……。

「ライラ、そんなにお腹が空いてたんだね…、ゴメンね、気づくのが遅くなって。 でも、いくらお腹が空いてたからって、イライラして、間違えちゃダメだよ? 一見すると子豚に見えるけど、辛うじて人間の子供なんだから。 食べるなら、こっち♡ ね、美味しいでしょう?」

 ーーえぇっ??!! 私が、悪者……? 空腹になると不機嫌になって、幻覚視て暴れちゃう癇癪持ちな幼女に仕立て上げられて………るぅう?!ーー

「もぉっ?!!?」

「良かった、分かってくれたね? じゃぁ、ライラは一度部屋に戻って、お色直しの時間だね。 それにしても、記憶に残る誕生日になったねぇ♪ お誕生日おめでとう、改めて、この言葉をライラに、贈るよ♡」


 祝いの言葉の後に、チュッと軽いリップ音を響かせて、額に口付けられる。

人格が歪むほどの憤怒もどこ吹く風。

小悪魔美少年次兄からの接吻(デコチュー)による衝撃と、とんでもない地雷付き幼女に仕立て上げられた衝撃と、衆人環視のなか、腹の虫の咆哮を轟かせた羞恥の三重苦で。

私のガラスの心グラスハートは、この日この時この瞬間、跡形もなく粉々に砕け散ったのだった。
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