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●本編●

31.願うことは一つだけ………。

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 ーーわたくしは……あぁ、そうか……。 あのまま、殺されてしまったのね…。 “■■”の器として…、彼の人の手によって。ーー

そこまで思い出して、記憶を探るのをやめた。
これ以上は、身体に食い込む剣身の生々しい感触を思い出してしまいそうで…。

かわりに今の自分の置かれた状況に考えを巡らす。
恐らく息絶えただろう姿勢のまま。
夢にしては味気なく、現実にしては非現実的な風景の中、寝そべっている。

一面見渡す限り果てしない白。
地面と呼べるものがあるのか不思議な空間だった。
寝そべっていても、地面のような感触はない。
線の上に乗せられているような、心許なさが払拭できない。

恐る恐る、身体を起こそうと試みる。
地面と思しき場所に手をついて、身体を起こすことに成功した。
ある種の感動に身を浸して、その場に座ったまま自由度が広がった頭を動かして辺りを今一度見回す。

やはり白一色。
自分の身体の下にも、影は一切見当たらない。

 ーーここが…輪廻転生の輪にあたる場所なのだろうか?ーー

心の中で呟いた、独り言のようなものだったのに。


〈ここは《神域》とキミがいた世界との境界にある魂のみが辿り着ける場所、と云ったところか。〉


答えなど返ってくるはずはないと、思っていたのに。
求めた問の答えが、頭に直接響いた声によってもたらされた。

「!? 今のは……?!」


〈こちらだ。 輪廻転生の輪に加わる前に、私の質問に答えてもらおう。 もし任意の過去に戻りやり直す事ができたなら、キミにはやり直す意志はあるか?〉


こちら、と言われても声は頭に直接届くので声のした方を向くことは至難の業だ。
結局ぐるりと首を巡らせ、声の主らしき存在を見つける。
その存在に向けて、今度は口に出して疑問をぶつける。

「やり直す…? いきなり…言われましても……貴方は、《神》様なのでしょうか? 私は‥死んで……今は魂の姿?」


〈私は厳密に言えば《神》ではない、似て非なる存在、《神の代行者》だ。 そしてキミは確かに死んだ。 このまま引き止めねばキミの魂は問題なく輪廻転生の輪へと向かうだろう。 だがそうなればキミの生きた時間軸への回帰は2度とできなくなる。〉


「ち…ちょっと、お待ちください! 情報が多すぎて……、1つずつ確認させてください!!」

慌てて《神の代行者》だという存在の言葉を遮る。
こちらの理解を待つことなく話が進み、情報が追加される一方で何1つ理解できないままになってしまう。
なにか焦っているのだろうか?

「失礼ながら伺います、何かお急ぎになる理由があるのでしょうか? 時間に追われる理由でも?」


〈……いいや、そのような事実はない。〉


「そうで御座いますか、それを聞いて安心致しました…。 やり直す…とは、どういう意味でしょう? そのような事が、可能なのでしょうか?」


〈不可能な事でキミに意向を尋ねることなどしない、無駄な問答はしたくない。 私の一存でキミに強制することは出来ない、だから意志を問うている、それだけだ。〉


つまりは…今この瞬間も、無駄な時間を費やしていると感じているのだろうか?

じっ…と《神の代行者》なる存在を観察する。
背景と同一の白のローブを纏い、フードを目深に被っている。
身体の輪郭が淡く発光していなければ顔の半分だけが宙空に浮いているのかと錯覚してしまっただろうか。

引き結ばれた口元は無表情であるように見えて、若干の不機嫌さを感じさせる。
不承不承でも律儀に答えてくれる。

面倒見が良さそうな側面が見て取れて、自分のよく知る人物と少し似ていると思った。

アルヴェインお兄様…、家族以外には冷淡な態度で接しているが、本当は面倒見が良くて頼られれば突き放せない、根っからの冷血人間にはなれないお人好し。
本人は絶対に認めないけれど…。

記憶にある優しい長兄を思い出して、家族の顔が順に脳裏に浮かぶ。

 ーーやり直したならば…彼等も正気に戻っているだろうか…? 何度となく望んだ、私の愛した家族が…記憶にあるそのままで……?ーー


〈無論、回帰する時点にもよるが『聖女』に接触する前であれば正気であるはずだ。〉


口に出さずとも、こちらの考えは筒抜けのようだ。
思えば最初からそうだった。

「回帰? する時点…? とは、私の意志で選べると…? 遡れる時間に制限はあるのでしょうか?」

心の声が聞かれていることは理解したが、それとこれとは別問題。
口に出さなければただ単に気持ちが悪い、という気持ちの問題だった。


〈任意の時点に回帰できる。 しかし制限は確かにある、キミが誕生した後、世界にキミの存在が顕現した後でなければ意味がないだろう、その期間であればどの時点でも可能だ。〉


望めば赤ん坊からやり直せる、ということか。
何故、それ以前へは回帰できないのだろう?


〈キミの意向を汲んでの回答だったが、厳密には回帰できないわけではない。 ただそうすると、キミが望む家族…逢いたいと希うキミの記憶にある『家族』には2度と逢えなくなる。 それでも良ければ、何年でも遡って回帰できる。〉


「何故?! どうしてですかっ!?」


〈単純な話だ、宿る魂は同じ、だが辿る道筋がキミの知る『家族』とは変化するからだ。 キミが生きた時間軸で固定はしているが、内容までは固定できない。 回帰すればそこから辿る道筋の内容も変化する。 そうでなければ回帰する意味がない。 キミが同じ選択をしたとしても、世界中のキミ以外の者、事が、少しでも違う道筋を辿ったなら、その時点で道は分かたれて違う未来が新しくつくられていく。〉


懇切丁寧に説明してくれる。
正しく理解できたかはわからないが、言わんとしていることはぼんやりと理解できた、はずだ。


〈だから、キミが『キミの家族』が存在するまま未来を改変したいと望むのなら、キミが存在してからの時間で回帰することを推奨する。〉


最初の提案に戻った。
本当に…無駄な問答が嫌いなのだな、と感心する。
要点だけを簡潔に、乞われなければ、答えない。
いかにも《神》らしい対応だと思えた。

今目の前にいる存在しか《神》となど対峙したことはない……わけでもなかった。

昏く濁った、常に見下して、蔑んでくる瞳。

「やり直しなど…上手くいくはずが無いのでは? 我らの偉大なるメダロス一なる神モノ・テオス》は私の生存を望んでいらっしゃらない、違いますか?」


〈否定はしない。 しかし、その《神》が今後回帰するキミの世界に直接干渉することはない、それだけは断言できる。 『聖女』に植え付けられた【魅了】の能力は除けないが、《神》の及ぼす威力には遠く及ばない。〉


「何故断言できるのか、その根拠は…教えては下さらないのですね?」


〈《神》のみぞ知る、とだけ。〉


何も言わないでいてもゆるされる存在であるはずなのに、ちゃんと言葉を返してくれる。
その律儀さに、思わずクスリとい笑ってしまう。

「承知しました……。 最後に、1つだけ…本当に未来は、変えられるのですね?」


〈……望む未来となるかは、キミ次第だが、必ず変化する。 同じ未来は訪れない。〉


「未来を変えられるのであれば、私は望みます。 回帰して、やり直すことを…これが私の意志です。」


〈回帰する時点は、どうする?〉


「……では、『聖女』が王城に身を寄せる前の雨月プリュヴィオーズの時点に。」


〈良いだろう。 行くと良い、君が望む未来を、切り開けることを信じて。〉


淡い光に包まれながら、《神》の顔を見る。
その口元が、心なしか歪んでいた。

緩く弧を描いた口元が、印象に残った。
不思議に思っていられたのは、そこまでだった。

淡い光が強く発光して、私は『私』に戻っていく。
そしてーーーーー………。






































 2廻目

やり直す開始時期は、『聖女』の入学する花月フロレアールの3ヶ月前、各人物の背後関係は望んだ通り前回のまま。
私の知る…記憶にある家族が居てくれる。
それだけで、十分だと思えてしまう。

前回と同じ轍を踏まないように細心の注意を払って臨む。

王太子殿下の、私を見る目が優しい。
その事が、酷く懐かしい。
そう云えば、この時期だったな、と思いだした。
王太子殿下からの2回目となるプロポーズの言葉を聞きながら、この言葉に…上手く笑い返せただろうか……。

『聖女』が王城へと初めて登城する際には、私も王城にいるようにした。
遠目に見た今生の『聖女』は雰囲気が違った。
不気味さの欠片もない、清らかさすら感じられた。
本来のルシフェーラ・アンジェロンは天真爛漫な普通の少女だった。
この少女が私を前回のような悲惨な末路に導くとは思えない。
そう…少しでも思ってしまった私は、どこまでも愚かだったようだ。

学園に入学する前も、してからも、『聖女』様はやはり『聖女』様だった。

できる限り独りにならないようにした。
王太子殿下と行動を共にするように心がけていた。
にも関わらず、丁度私が1人の時に限って『聖女』様関連の騒動が起こる。

騒動がある度に、王太子殿下は『聖女』様に事情を聞かねばならず、少しずつ『聖女』様に傾倒していった。

前回のような急激な変化ではなく、緩やかに、然し着実に。
『聖女』の好感度が私より上回った時点で、こちらの意見など聞いてくださらず、見向きもされなくなった。

【魅了】の効果は今生でも私の行く手を阻む最大の障害となった。

今回変化したことと云えば、『聖女』様の絶対的擁護者は王太子殿下ではなく、側近のレスター・デ・オーヴェテルネルだったことだ。
私が王太子殿下の側を意地でも離れなかったせいもあるが、一番長く接していたからに思う。
彼の抱える過去の傷と父親に対する劣等感を払拭し、自信を取り戻させたのは『聖女』の献身の賜物だと云える。

事ある毎に、私の所業であると声高に糾弾してきて絡んでくる。
こちらが何を言っても聞き入れてくださらない。

そんな事が続けば当然の結果なのだろう。

気付いた時には孤立していて、婚約者である王太子殿下は…、今回も背を向けた。

家族も…何とか接触をさせないように奮闘したが、完全に『聖女』を遠ざけることは出来ず、私の不審な行動に疑惑を抱いたのか…手を差し伸べてはくれなくなっていった。

何とか状況を好転させようと孤軍奮闘したが、結果は前回と同じ。
年末の舞踏会で糾弾された後、婚約解消を言い渡され、王都への立ち入りを禁止された。
国外追放ではなかったが、事態を重く見たお父様によって、私は王国の最北端にある修道院へと更迭される運びとなった。

修道院へ向かう道中に、襲撃に遭い護衛の公爵家の騎士たちは全員惨殺され、私だけ生け捕りにされて、魔導具で声を奪われて拉致された。

運ばれた先は王城、その地下深くにある……あの場所。
未だに鮮明に覚えている、『聖女』によってもたらされた、拷問のような私刑が行われた場所。

厳重に封印されているはずのその場所は、封印が解かれていた。
もっと云えば、待ち構えられていた。
そこには、『聖女』の他にも見知った人物が居合わせた。
国王陛下、王太子殿下、レスター様、そして……お父様。

信じられない思いでお父様を見つめる。
その瞳は、濁りのない、美しいエメラルドのままなのに……何故?

何か言って欲しい!
そう願いを込めて、必死の思いでエメラルドの瞳を見つめるが……私があの狭い部屋に押し込められる間も、入れられた後も、何も言ってくださらなかった。
固く引き結ばれた唇は、何を堪えていたのだろう?
教えてくださったのなら、私はこの扱いも受け入れられたかも知れないのに……!!

他の誰も、私には何も言葉をかけなかった。

やはり今回も『聖女』様だけが私に最後の言葉をかけた。

「……こうするしか、ないのです。 貴女のためにも、こうするのが、正しいのです!!」

 ーー何を言っているのだろう…? 私のため? この後私が…どんな運命を辿るのか、本当に解って言っているのだろうか?!ーー

この場所から転移するのは、正しくあの場所だろう。
そうなれば…私は……!!?

無情にも、転移の魔法陣は鍵となる人物が揃ったことで発動してしまった。
白い光と、赤黒い光が眩く発光する。
転移する直前に、『聖女』様は宣った。

「これが貴女を救済する、唯一の方法なのですから……!」

慈悲深い『聖女』様は、涙を流してそうおっしゃられた。

その救済は、偽りだ!
何も救われない、私は殺されるのに!!

結局私を殺すのは“■■”と『聖女』なのだ。
全員が敵ではない、でも、味方はいなかった。

そこから先は……“■■”に呑み込まれた後の同じ苦しみの中、今回も完全に【融合】しきらないまま、“■■”を宿す器となった。

その後は“■■”に命じられるまま世界に死を招く黒い靄を延々と生成する永久機関となって暴走する『破滅を招く魔女』を『聖女』様の能力により“■■”を退ける力を付与された騎士シュヴァリエレスターが此の心臓を撃ち抜くことで見事救済せしめて、やり直した2廻目の人生は幕をおろした。

前回と同じ、身体が崩れ、視界が白に侵蝕されて意識が遠のきーーーー……。





































 覚醒するとそこは、再び一面見渡す限りの白。

呆然と息絶えた姿勢のまま、白い空間を見つめる。


〈2廻目の生は…望む未来とはならなかったようだな。〉


いつのまにか側に姿を現した《神》が頭に響く声で静かに告げる。

「はい…、結局『破滅を招く魔女』として…。」


〈そのようだな。 キミには…再びやり直す意志はあるか?〉


「え…? やり直しは…1回のみでは……?」


〈私は1回のみと明言してはいない。 キミが望むのなら再び回帰が可能だ。 回帰するのは勿論、固定した時間軸の任意の時点だ。 すぐには答えがでないだろう、ゆっくりと考えると良い。〉


何故私に回帰を促すのだろう?
最初はただ、もう一度優しかった家族に逢いたかったから。
その気持ちに背中を押されて回帰することを決めた。
結果は‥望んだものとはならなかったが。

私を選んだ理由を、聞いていない。

「何故…私なのですか?」

《神》は問に答えてくれた。
その答えで、私が回帰しないという選択肢は、消えたも同然だった。

『破滅を招く魔女』とは、よく言ったものだ。
『私』の死は、此の世界の死にも繋がる。

再び私は願った。
回帰する意志を、《神》に心で語り伝えた。




 3廻目

今回は10歳になる年の熱月テルミドールへと回帰した。
学園入学直前では時間がない、かといって幼すぎれば行動を制限されてしまう。
この時分なら、独りでの外出も容易にできるはず、と判断した結果だ。

今まで行ったことがない場所へ目を向けてみる。
公爵家の領地と、王都以外へは殆ど出た試しがない。

7歳の洗礼式の後に、王太子殿下の婚約者と定められていたため、今の私もそうだ。
確かこの頃に、王太子殿下は視察も兼ねた避暑に辺境へと出向いている。

親交を深めるため、と両親を説得してその視察に無理を承知で同行を願い出た。

この頃から聡い王太子殿下は、不思議そうにイエローダイヤモンドの瞳を瞬かせていたが、二つ返事で了承してくださった。

そこで出逢ったのは、ブラッドレイ辺境伯閣下のご子息、マティアス・ブラッドレイ様だった。

ディオン殿下、マティアス様、私という年齢順で、年の近さを理由に滞在する間の話し相手を押し付けられたようだった。

一瞬黒かと見紛うほど濃い髪色で、良く見ると鉄紺色だとわかった。
短髪で前髪も短く、スッキリ整えられている。
オニキスの瞳が冷淡な印象を与えるが、真実寡黙で冷淡な為人だった。

私達が話しかければ答えては下さるが、マティアス様からは一切話しかけてこなかった。
人見知りというのでもなさそうだった。
領地の人々から話しかけられるとにこやかに応じていたため、私達が苦手なのだろうと理解した。

熱月テルミドールの中頃から実月フリュクティドールの終わり頃まで滞在したが、最後まで私達に微笑んでは下さらなかった。

それ以外にも、殿下が許して下さる限り視察の際に同行を願い出た。
その先々で、可能な限り古い文献や、遺跡の類を見て回った。

しかし期待した成果は得られないまま、王太子妃教育も始まり、自由にできる時間は消え去った。

そして学園に入学して、翌年に『聖女』が入学してくると予想通り、私は『聖女』を不当に扱う敵役となり、孤立して、婚約解消へと至るお決まりの道筋を辿った。

反論はした、事実無根であると訴え続けた。
それでも『聖女』の【魅了】がまさった。

今生では王城へ招致され、その場で『破滅を招く魔女』である事実によって地下のあの部屋へと送られる決定が下される。

ここでも、お父様は助けてくださらなかった。
引き結んだ口元は、なんの言葉も紡ぐ気はないようだった。

“■■”のもとへと送られる此のときに、相対するのはやはり『聖女』だった。

2廻目と同じ、涙ながらにこれが私への救済になると口にする。
前回は見られなかったが、今回はロードクロサイトの瞳を見つめる。

その瞳には、嫌悪も、侮蔑も、一切見当たらなかった。
心の底から、これだけが『破滅を招く魔女』わたしへの救済になると信じているようだった。

本当に…『聖女』なのだ、この少女は。
《神》が入り込んでいた時とは別人で、これが本来のルシフェーラ・アンジェロンの為人なのだろうと素直に納得できた。

だからといって、これから待ち受ける未来を思うと恨みたくもなる。
私の表情は険しかったことだろう。
それでも怯まずに見返してくる涙を湛えた清廉な瞳に、恨み切ることなど出来なくなってしまった。

“■■”の元に送られ、待ち受ける地獄の苦しみ。
心なしか前回よりも責め苦の度合いが上がったように感じる。
今回も完全な【融合】とはならず、“■■”を宿す器となった。

今回『聖女』の能力の恩恵を授かるのは、マティアス・ブラッドレイだった。
軍人として鍛え抜かれた体躯から繰り出される斬撃は容赦なく私の四肢を斬り落とした後、正確に心臓を貫いた。


意識が遠のくと、白の中で目を覚まし、再び『私』へと回帰する。
一連の流れとなりつつあるのに《神》は今回も意志の確認をした。
私はその問いに同じ答えを返す。




このときにある仮説がたつ。
『聖女』と親密な異性が最終的に私にとどめを刺すのでは…と。

それは次で証明された。
結果から言えば、【魅了】に最も影響されるのは、『聖女』に強い好意を持った者だったのだから。




 4廻目

12歳になる年の芽月ジェルミナールに回帰した。

ウィリス・セオフィラス。
蜜柑色のざんばら髪にモルガナイトの瞳の少年。

行方知れずとなっていたブラゾンレーグル公爵家の嫡男で、血筋に相応しく、この4年後史上最年少で王国魔術師団へ入団し5色の魔導師に名を連ねる魔導の申し子。

魔導の理に理解を深めようと今生で初めて接点を持った人物。

この人物が今生で、“■■”を宿す器となった私を葬る役目を担う。
『聖女』の能力を付与されて放たれた魔法で塵となるまでもなく蒸発させられた。




回帰する時点は、結果には関係しないようだ。
どの時点に回帰しようと、私は『破滅を招く魔女』として“■■”の器となり、『聖女』の御技を借り受けた者によって救済される。
これが此の世界の、不変の摂理であるかのように。




 5廻目

アルヴェイン・デ・フォコンペレーラ。

お兄様を避けていない、といえば嘘になる。
と言うよりも、私は回帰してから優しい家族が戻ったことが嬉しかった。
それと同時に恐ろしくもあった。
また再び、厭われて蔑まれてしまったら…そう思うと、素直に接することができなくなってしまった。

次期公爵として、“■■”を宿す器となり家名を汚す存在でしかなくなった私を粛清するため、『聖女』の能力を借りたお兄様は、得意の空間魔法を応用して躊躇いなくこの首を刎ね飛ばした。




 6廻目

トリスト・ヴァレンティオ。

今生で初めて目にした人物。
彼が噂に聞く王国の暗部の人間であることは《黄昏の拝殿》に送られる際に知った。

王国に迫る脅威は取り除かなければ、という強い使命感と『聖女』への憧憬が恋情へと昇華された結果、『聖女』の能力を借りてダガーをこの心臓に突き刺した。




 7廻目

リオクール・ロワ・フリソスフォス。

初めて王太子殿下以外が私の婚約者になった。
今生では第二王子殿下の婚約者とされたからだ。
私が王太子殿下の婚約者の器ではない、と固辞した結果だった。

不平不満があったのだろう、“■■”を宿す器となった私に向ける目は限りなく冷淡だった。
彼の『称号』に由来する力と、『聖女』の能力の付与で私の身体は剣撃だけで塵芥に変えられた。




 8廻目

セルヴィウス・デ・ラ・オーヴェテルネル。

何度となく助けられた人物が私の命を脅かす存在になってしまった不幸を、なんと表現すればよいのか。

彼の人物が抱える負の感情が影響してか、人格が少し凶暴化していたように思う。
常の温和な人柄は露とも見えず、抑えきれない凶暴な害意を刺すように感じた。
騎士団長の剛腕は『聖女』の能力を付与され縦に一閃しこの身を2つに斬り裂いた。




 9廻目

ヴァイス・ファルベ。

聞き馴染みのない名前の響きで、この国の者ではないと知った。
商人として初めて出会い、最期は裏稼業の人間として相対した。

このときに、初めて私の家族に死者が出た。
信じたくはない現実に打ちひしがれたことは言うまでもない。

その事件がきっかけで、彼に恨まれる結果となり、『聖女』の加護を受けて鋼糸で身体の自由を奪った後、チャクラムで首を切断された。




 10廻目

ディオン・ロワ・フリソスフォス。

我が国、フォスラプスィ王国の王太子殿下。
今生では婚約解消には至らなかった。
彼は最期まで婚約者として私を屠った。
それが『破滅を招く魔女』と知ってなお婚約者となることを選んだ自分なりのけじめだと言っていた。
彼は知っていたのだ。
私の洗礼式の頃からずっと、そして私が『破滅を招く魔女』である事をお父様も知らされていた。

だからなのか…、あの表情の理由は。
2回目以降お父様は何度となく私を王城の地下で“■■”の元へと送られる私を無言で見送っている。
何かを堪えるかのように、引き結んだ唇。
エメラルドの瞳は、常にまっすぐに私を見ていた。
毎回同じ表情だった理由が、やっとわかった。

彼の『称号』が何であるのかはわからないままだったが、いつだったか思った通り、完全無欠であった。

剣技と魔法を駆使して、『聖女』の助けを借りながら見事『破滅を招く魔女』を救済してみせた。




この時までは、まだ良かったのかも知れない。
常に死を迎える結末は全く良くないし、望む結果とはかけ離れていたけれど。
人間のまま殺されることは無かったのだから。




  11廻目~

ここから事態は一変する。
それまでは“■■”の元に辿り着くまで目立った動きのなかった黒い靄が、活発に人に纏わり付き出したのだ。

世間一般の人間には視認できない黒い靄が引き起こす原因不明の死。
人々の不安を煽り、負の感情の生成はとどまらない。

黒い靄が、霧のように漂う光景が日常の風景となった頃、『破滅を招く魔女』の存在が空想ではなく現実に存在する史実を元にしているとの噂が世間でまことしやかに囁かれだすと、事の真相を問う国民は王家に不満を抱くようになる。

暴動に発展しそうな緊張状態の中で誰かがポロッと、私こそが『破滅を招く魔女』だと洩らしてしまった。

そこからは、暴徒と化した民衆によって公爵邸から引きずり出され、王城前の広場まで引き回された後、地面に突き立てた杭に身体を括り付けられて……生きながらに火炙りにされた。

騎士団も魔導師団も、この暴動を治めようとするが鎮めることは出来ず、焼き殺された私の身体に“■■”が宿りに出向いたのだった。

《黄昏の拝殿》でなくとも、“■■”は自由にどこにでも存在できるのだと、この時はじめて知った。

そこからは『聖女』が参戦してその時1番親密な異性をたすけて、“■■”の器となった私を屠った。




暴徒化した民衆は、下手な軍隊よりも恐ろしいのだと、これ以降嫌というほど身に沁みて実感する。


これ以降、私は『聖女』の動向だけでなく、“■■”の活動にも気を配らねばならなくなった。

命を落とす理由が格段に増えた。

その時期も、不明確になった。

生身の人間のまま、命を落とすのがどれほどの恐怖を魂に刻むことか……。
このときはまだ真に理解していなかった、できていなかった。




 50廻目~

この辺りから覚えていることが辛くなった。
蓄積されていく回帰の記憶を。
“死”しか訪れない、救いの兆しも感じられない現実の無情さの証拠を常にチラつかされているようで。

どんなに必死に足掻いても、救われる未来など訪れないと嘲笑われているようで……辛かった。

だからかもしれない、余計に強く願うようになったのは。
誰かに愛されたいと、愛し返されたいと、思うようになった。





 100廻目~

この頃から、回帰の記憶に耐えきれず部屋に籠もり、自死してしまう事が頻発した。
人間のまま殺される痛みに心が負けてしまった。

記憶の戻る頃合いを変えることで、何とか、なるかと思ったが、駄目だった。
思い出した後からは人が変わったようだと言われてしまうほど憔悴したり、奇声を発したり、暴れ回ったり。
特定の人物に会うと、酷く怯えたり…。

とてもじゃないが、正常な振る舞いなどしていられず、異端審問にかけられる事も増えた。
決まってある男が、異端審問官として私の異端審問を執り行った。
それは審問と云う名の拷問でしかなかった。


回帰を繰り返すほどに、私を死へと誘う要素が増えていく。
『破滅を招く魔女』わたくしが忌み嫌われ、憎悪の対象となることが増えていく。
『聖女』の【魅了】の脅威は減衰していくのに対して、“■■”の脅威が増盛していく。


私の望む未来は…実現しないまま。
実現する望みさえ、見えないまま。


最終的に記憶は引き継がず、必要に迫られたときに思い出すようにした。
繰り返した回帰の中で死に繋がる脅威があったのと同じ時期に差し掛かると、夢でその内容を思い出すように変えた。
そうすることで、幸か不幸か、この繰り返しの生を継続する目処がたった。




…200、…300、…400、…500、数えるのも億劫になる。


回帰を重ねるごとに、殺されるまでの過程や方法が凄惨さを増し、残虐さを増し、苛烈さを増した。


明らかに前回の回帰内容から更新されていくのに気がついたのは、……新たな絶望の種だった。




……1000、……1100、……1200、数える意味はもうあまり感じられない。


回帰する度に、試行錯誤しているかのように。
どうすれば、私がより苦しむか。
どうすれば、私の抱く恨み辛みがより増幅されるのか。
どうすれば、私の絶望をより深められるのか。


信じられない、信じたくないが、“■■”は自我を持ち合わせており、思考することができるらしい。


私の負の感情を確実かつ的確に高める方法を模索しているようだった。
何故それを目的とするかは、皆目見当もつかないが。


私の動向を逐一観察している。
そして見極めている。
憤怒を煽らず、憎悪、怨嗟、怨恨、怨讐、遺恨のみを増盛する最適解を。


その度に、私は殺される。
何度も、何度も、何度も、何度でも。


あらゆる方法で、殺される。
刺殺、斬殺、撲殺、毒殺、絞殺、圧殺、斬首、溺死、火炙り、釜茹で、生き埋め、磔。
回帰を繰り返す毎にそれらは複合されていった。


それを実行するのは個人であったり、民衆であったり、刑罰としてであったり、様々だった。


何度も、何度も、何度も、何度も。


誰にも、信じてもらえず。
誰にも、かえりみられず。
誰にも、愛してもらえなかった。


何度も、何度も、何度も、何度でも。


それでも、繰り返す。


誰かに、信じてもらえるよう。
誰かに、かえりみられるよう。
誰かに、愛してもらえるように。


信じたい、信じていたい、希望はあると。
確かに存在すると、まだ信じていたかった…。


































もう見飽きた白い空間で重苦しい瞼を押し上げ、目を開く。
『破滅を招く魔女』として“■■”と共に葬られること、何廻目だろう…。
数えていられたのは、何廻目までだったか、もう思い出せない。

呆然と、息絶えた時と同じ姿勢のまま横たわる。
うつ伏せたままで、動けない。
起き上がる気力が、湧いてこない。
重さに抗えず、負けてしまい、瞼が下りる。
このまま目を閉じて、眠ったままでいたい。
この身に起こった不幸を、忘れてしまいたかった。


また駄目だった。
また…殺されてしまった。
また……愛されなかった。
誰にも必要とされないまま、一生を終えてしまった。




 暫く目を閉じたまま、じっと身動ぎもせず横たわったままで居た。
次に目を開けたときには、こちらも見飽きた存在が横たわる顔の側近くに立っていた。

そこでようやく、身体を起こす。
といっても、上体を腕で支えて持ち上げ、足はくの字に折って地面と思しき場所に座っている姿勢が限界だった。
立ち上がれはしない。
そんな力は、この身体に残されていなかった。

虚ろに霞む瞳を向けると、佇む人物は口を開いた。
頭の中に直接響く、聞き慣れた抑揚の欠けた声音で。


〈あと、2回だ。 君が人生をやり直せる機会は。 どうする? 止めるか…?〉


「後……、2回も……? まだ、2回も…あるのですか………?」

かけられた言葉に、必死の思いで上向けていた瞳が、顔ごと下に落ちる。
打ち拉がれ、顔を上げられない。
虚ろな瞳からは、箍が外れたように涙が流れ落ちていく。

嫌だ、もう、やり直したくない……っ!!
きっと、同じ結果が待っている!

誰も私を助けてくれない。
誰も私を信じてくれない。
誰も私を愛してくれない。

愛してなんて、いなかったんだわ……、最初から。
家族も、友人も、婚約者も……。
誰も私を、必要としてくれなかった……。




 でも、もしかしたら。
今度は、誰かが助けてくれるかもしれない。
今度は、誰かが信じてくれるかもしれない。
今度は、誰かが愛してくれるかも知れない!!

今度こそ、誰かが、私を最期まで必要としてくれるかも、しれないからっ!!!

力なく投げ出していた手に、力を込める。
込めた力で、一面真っ白なこの空間の、底をこそぎ取るように、爪を立てる。

「やります……、やらせて下さい。 次こそは、運命を、未来を、変えてみせます……。 信じたいから、誰かを。 愛されたいから、…愛されていると、まだ…信じたい……。」

〈ーーー良いだろう。 行くと良い、君が望む未来を、切り開けることを信じて。〉

《神》の顔は見えない。
しかし頭に響くその声音に、少しの苦い感情が混じった気がした。

見慣れた淡い光に包まれながら、《神》の顔を見上げる。
その口元が、歪んでいた。
笑っているようにも、悔やんでいるようにも、見えた。
不思議に思っていられたのは、そこまでだった。

淡い光が強く発光して、私は『私』に戻っていく。
そしてーーーーー………。




















































次こそは、と信じた結果は散々だった。
繰り返した時の中で、一番悲惨で凄惨で残酷な方法で奪われて晒されて壊され尽くした。

私の希望はことごとく失望に変わり。
私の願望はことごとく絶望に変わり。

私の抱く正の感情は、反転して私を傷付け尽くす負の感情に帰結する。

どんなに足掻いても無駄だった。
どんなに抗っても、意味などなかったのだ。

私はただ、殺されるためだけの存在だった。
生贄になることしか出来ない。
その役目さえ全うできれば良いだけの、この世界にとっては唯の取るに足らない捨て駒だったのだ。

愛される事など、ありはしなかったのだ。
はじめから、望むだけ、無駄だったのだ。

私を取り囲む群衆を、無感情な瞳で見下げてくる視線を、もうこれ以上見ていたくない。

静かに、目を閉じる。
身体が実体を解かれ、塵芥となって崩れてゆく。
器となった私の消滅を喜ぶ人々の歓声が……遠くなる。



































 何度、時を繰り返しても、同じ運命を辿るだけならば、もう……。

許してほしい、諦めることを。
許してほしい、楽になりたいと希う心を…。

もうたくさん。
何度も、何度も、何度も、何度も、何度も、繰り返す。
気の遠くなるほど、気が狂れてしまいそうなほどの、長く、永い、永久に続くかと思われる時間の牢獄。

始まりと終わりが結びついていて、永遠にこの閉ざされた、永劫変わらない……変えられない時間の中から抜け出せない。
こんな地獄のような、拷問のような、人生……。

自分で、回帰することを選択した……でも、『破滅を招く魔女』であることを選択した覚えはない!!

なんの贖罪を課せられているのだろうか…。
私が、どれほどの罪を犯したというのだろうか。
ただ、産まれただけ、産み落とされた生を生きただけ。

身につけた知識と、覚え込まされた常識で、それを逸脱することなく、周囲が望むように、正しく生きていた、つもりだった。

けれど、結果は…?
何度でも、私は…見捨てられ、呆れられ、蔑まれて、疎まれた。
かえりみられることなく。

ただ私が、『破滅を招く魔女』の望みもしない『称号』の継承者だったばっかりに…!!!

誰も、最後まで手を差し伸べ続けてはくれなかった。
信じていると、言ってはくれなかった。

助けを求めて伸ばした手を、上げた声を、訴えた私の感情を、誰も掬い上げてはくれなかった。



 もう、限界だ。
壊れてしまった。
私をこれまで、奮い立たせてきた矜持も、今度こそはと、望み、やり直しを願わせる希望も。
誰かを信じたいと思う心も、消え失せた。

やり直せると、未来は変えられると、目の前に吊り下げられた希望は全部、まやかしだった。

怖い。
ただ、純粋に怖い。
何もかも、すべて。

今度は、自分から望んでしまう。
この世界の崩壊を、“■■”に、望んてしまうから。

私の、疲れ切った魂では、世界を救えない…。
もう、その資格は、喪われてしまった。
願えない、何も。
この世界の存続なんて、望めるはずもない。

だって、誰も私を望んでくれなかった。
私が生きることを。
この世界に、共に在ることを。
繰り返された時の中で、一度だって、望まれはしなかった。

私の魂は、摩耗して、擦り切れて、千切れて、しまう。
最期の1回なんて、耐えられない。
途中で、事切れてしまう。
魂が、消滅してしまうから。
役目を果たすことなど、出来そうもない。

だから、許してほしい。

私の運命から、逃げ出すことを。
背を向けて、耳を閉ざし、この目を永遠に閉ざすことを。

どうか、《神》様…。
私の願いを、一生に一度の、最初で最後の我儘を、赦して下さい。

楽になりたい。

ただ、この単純な願いを、聞き届けて欲しい。

私の何を差し出しても構わない。
この絞り滓のような、魂を全部捧げても良い。

だからどうか、お願いいたします。










































私に、永遠の安息を、与えて……。






































儚く消え入りそうな、その魂を掬い上げる、手。



ゆっくりと瞬きのように明滅を繰り返し、眠りを希う魂を壊さぬよう慎重に。



《神の代行者》は優しく、その魂を手中に収め、呟く。



〈疲れ果ててしまったか。〉



その声音には、どこか安堵したしたような気配が滲んでいた。



〈繰り返される不変の死に、耐えきれなかったか。 もう此の世界も、猶予はない。 後1回のやり直しも、耐えられないほどに、希望は枯れ果ててしまったか。〉



〈ならば、叶えよう。 その“願い”を。 キミがこれまで繰り返した人生を、試練と見做し、その試練を果たしおおせたと…認めよう。〉



言葉が終わると同時に、手中の魂は淡く発光する。
そして、ゆっくりと光度を落とし、白い塊となる。
その塊を両手で覆い包むと、空気に溶けるように儚く消えていった。



〈代わる魂を捜し出そう…キミの身代わりとなり、最後の贄として、この壊れゆく世界の命運を握る、その幸運・・ものを。〉



段々と、映像が白に蝕まれていく。



〈今は、眠ると良い。 この白く閉ざされた世界で、一時の安息なる眠りを…。〉



《神》の声が、遠退いていく。



〈この世界が終わるか否か、運命が決まるその時まで。 ゆっくりと、心ゆくまで…。〉



この言葉を最後に、白に侵蝕し尽くされ、ホワイトアウト。
何も見えなくなり、そしてーーーーー………。






















































 目を開くと、暗い天井が見える。
いや、正確に言えば、これは天井ではなかった。

天蓋付きのベッドの上に、小さな体を横たえていたからだ。
今は天蓋の外側に取り付けられた厚地のカーテンが引かれ、外の光が遮断された、人為的な闇が創り出されている。

その闇の中で、先程までとは違う、小さすぎる手で頬を辿る。
そこは、しとどに濡れており、自分が寝ながらに泣いていた事が嫌でもわかる。

夢だったのだろうか。
本当に、ただの夢…?
それにしては、嫌にリアルで、感情が生々しくて、永く見すぎて…未だに引き摺られてしまう。
夢の中の、自分・・の、最後の感情に。


 もぞもぞと、怠い体を引摺り起こし、重ね置かれたクッションのような枕のような、ふかふかした物に体をもたせかけ、上体を起こした。
そこからまた、ベッド上でもだもだと、座りの良い角度や場所を探して、納得してから体を完全に預けきる。

そしてまた、考えてしまう。
夢の内容、この身に起こり、感じたこと、思ったこと。
それらに、思いを馳せる。

ゲームの内容ではない。
近い内容もあるにはあったが…違いすぎる内容が多すぎる。
登場した人物は、確かにゲームでも見たことがある、でも、こんな回帰しているなんて設定は無かった。
それを何故、夢に見たのか。

しかも、まるで、現実に体験した誰かの、記憶をその体を借りて覗いているかのような、臨場感が溢れすぎる視点で。

繰り返していた、何度も何度も、気の遠くなるほど。

家族に、見放され、見限られて、最終的に何度も絶縁されてしまった。
『破滅を招く魔女』であることがわかった時点で、全てが変わった。
輝かしい希望に満ち溢れていた未来は消え去り、絶望が支配し蔓延る破滅が、ぽっかりと、その昏い口を開けて待ち受けているのみ。
約束された『死』が待つだけの人生たち。

ポタリ、ポタリ…。

再び、涙が零れ落ちる。
体の芯から、凍て付かせる、冷た過ぎる涙が、幾筋も。
小さな頬を覆い尽くすように、後から後から、止めどなく流れ続ける。

あれが、私に待ち受ける未来…?
あんなに孤独で、あんな寂しく、擦り切れて、疲れ切って、殺されてしまうの……?
そのためだけに、選ばれたの、私が……身代わりに?
何で、私が…?

こんなの、酷い。
望んでない、こんな人生、全然…嬉しくない。

ボタボタッ、ボタッ。

今や流れ落ちる涙は大粒となっている。
頬を滑らず、そのまま、胸元に、肩に、溢れるそばから落下して、落ちた先に大きなシミをつくり、体の温度を奪っていく。

四角く人為的に創られた闇の中で、1人沈んでゆく。
出口のない絶望に。
希望のない、真っ暗な未来。

いずれ訪れるのだろうか、私にも。
家族から見限られ、見放され、絶縁を宣言される未来。
信じていたものを総て、粉々に打ち砕かれ、自分が今まで居た場所が、砂上の城であったと、思い知らされる、未来。

声を殺して泣き続けた。

大声を出したら、身体が、心が、バラバラになって、もう2度と、ここに留まって居られなくなりそうだった。
暴れて、当たり散らして、泣き叫んで、嘆き尽くしても、正気には戻ってこられない。

闇の中は、心地良い。
私を真実独りにしてくれる。
誰の目にも触れないよう、覆い隠してくれる。
このちっぽけな存在を。
害悪にしかなれず、切り捨てられ、打ち捨てられて、この世界への生贄として、処されるだけの自分を。
忘れさせてくれる。

無限に広がるその黒の中に、溶かし込んで受け入れてくれる。
限りなく、深淵まで。
限りなく、永久とこしえに。

優しい闇に包まれて、泣き続ける。
泣き続けているうちに、徐々に意識が闇に溶けて…。

再び夢の中に落ちていく。

今度の夢は、先程の昏い未来を忘れさせた。
どんな内容かは覚えていられなかったが、とても幸福で、心安らかになれる夢だった気がする。

自己防衛本能か、はたまた、どこかにおわし見守るのみの《神》からの心ばかりの配慮か。


残酷な死の記憶たちを忘れさせた。


この身に刻まれた痛みの記憶たちを忘れさせた。


抱えきれない、心を砕き辱める記憶たちを忘れさせた。



まだまだ、始まったばかりの最後の人生を、迷わず惑わず恐怖しないで歩いていけるように。



























































 次に目を覚ました時には、光が差す時間帯だった。

寝転んだままペタペタと顔面を弄る。
目が溶けて、涙とともに流れ落ちてしまったのでは?
冷静になった今だからこそ、そんな馬鹿みたいな心配をすることができた。
泣きに泣いたことは覚えていたが、その肝心の涙の理由は……思い出せない…?

でも一つだけ、確かなのは…。
これはアルヴェインお兄様に、治癒魔法をお願いしないとならない、人外認定されかねない程の事件な顔面の仕上がりだということ。
泣き腫らしたぽんぽこお目々と浮腫みすぎて倍化した顔面の輪郭。

この顔を見て、ライリエルと判断してもらえるか、まずそこから疑問だったが。

天蓋の厚地のカーテンは降ろされたままだが、隙間から差し込む光で、なんとか手鏡を覗き込み、己の惨状を確認・理解した。

その手鏡を元の位置、ベッドのヘッドボードに造りつけられた引き出しに仕舞いながら、起床を知らせるため、天蓋から垂らされた紐を引く。

引いてしまってから、若干の後悔。

やっぱり、もう少し顔面が落ち着いてからにしたほうが良かったかしら……?!
今からでも、必殺狸寝入りからの二度(?)寝を決め込もうかしら……!!?

無駄なあがきは、実行に移す前に阻止される。
前触れも無く、問答無用で、容赦ない勢いで、天蓋のカーテンを開け放たれた事によって未遂に終わった。

「お嬢様、寝過ぎでございます! 私共を、皆殺しになさるおつもりですか?!!」

「ぶぅえぇっ?!?」

叱られた、そして、物騒な嫌疑をかけられた。
藪から棒に、とんでもない冤罪を吹っ掛けられて眠気もとんだ。
寝坊しただけで殺人犯扱いするなんて…とんでもない乳母もいたもんだわ、ホント。

取り敢えず、力の限り、首を横に振る。

「それは良うございました! では早速お支度下さいまし!! もう限界でございます、色々な意味で!!!」

全く説明になっていないのですが?!

色々な意味って、何?
私が寝ている間に、何が起こったっていうの??
天変地異でも起きた、とか???

テキパキと部屋の窓という窓のカーテンを総て開けて回る乳母の姿を目で追う。
見える範囲、この部屋の中は、私の、ライリエルの記憶にあるまま、平常通りだ。


 一安心したところで、先程の乳母の言葉を思い出す。
支度を、と言われていたことを思い出し、のろのろのそのそと、ベッドの上を四つん這いで這い動く。
天蓋のカーテンはずべて開けきられておらず、今はまだカーテンが造り出した暗がりの中に留まっていた。

朝の光が明るく照らすその場所に、動き出せない。
光と影の境界で、身体が竦んで、動くことができなくなった。

怖い。
光が怖い。
光の何が怖いのか、わからないが、本能が拒絶する。

自分の力では、独りきりの力では、動き出せる気がしない。

動きを完全に止めてしまった私のもとに、乳母が戻ってきた。
一向に動かない私を一瞥もせずベッドの脇に向かう。
そしてなにか声を掛けることもせず、迷いなく勢いをつけて。

シーツの端をマットから外し、しっかりと握り込んだかと思うと、肩に担ぎ上げるようにして力の限り引っ張った。

結果は、推して知るべし。

身体のバランスを不意打ちで崩され、仰向けに倒れ込んだ私に構わず、そのまま容赦なく、シーツをベッドから完全に引き剥がしてしまった。

いつの間に外したのだろう、反対側は既にマットから外されていたようだ。
引き止める力を失ったシーツは、引き寄せられるまま。
メリッサ目掛けてベッドマットの上を滑っていく。
その上に寝転がる私を重さに含まずに。

そして遂に、ベッドの際を通り過ぎてメリッサの腕に巻き取られていった。
先程まで上に乗せていた私を床に放り出して。


毛足の長い絨毯に顔面を埋め、うつ伏せに。
力無く体を大の字に投げ出して、思う。

 ーーこの乳母、私を敬う気、皆無だな!ーー

通常運転過ぎる、乳母からのとんでもな扱いによって生じた物理的な衝撃で、先程までこの体を縛り付けていた本能からの恐怖は、ものの見事に弾き出され、一時的に記憶の倉庫へとお蔵入りさせられた。
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