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●本編●

14.誕生日パーティー【宴も酣:騒動あり(承)】

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 音が戻ってくる。
それまで、他の音を押し退けて、響いていた鼓動の音は、鳴りを潜めた。

わたくしの視界も、通常に戻る。
もう、見通せる感覚は遠く、思い出せない。
儚い夢幻のように、彼方に消え失せてしまった。

茫然自失、言いようのない虚脱感が襲う。
自分が何者かさえ、解らなくなりそうになったとき、激しく咳き込む音が、遠のきそうになる私の意識を現実に引き戻した。

音のした方を見ると、先程まで直立不動だった少女が、今は床に四つん這いで伏している。
ゲホゴホと、苦しそうに咳き込む少女に、数人の同い年らしい少女たちが寄り添っている。

背を撫ぜてあげるもの、声を掛けて安否を確認するもの、両親の所在を問い、知らせようとするもの。
この部屋に来たときとは、雲泥の差の機敏で的確な対応だ。

一糸乱れぬ統率の取れた動きを前に、呆然と見守る他ない。
だって、私は幼女だから。
声をかけるのは、命取りだ。
だからって、気にしていないわけではない。
少女の様子は気がかりだった。

 ーー私は、どうしたら良いのだろう? このまま見てるのは、パーティーの主催者側として、無いだろう。 だからって、この滑舌で語りかけても、余計な事故が起きる予感しか無い……。 THE・無力!! 突っ立ってるだけとか、私……、しょーもな!! ここは、気付かれないうちに、フェードアウトを……ーー

決め込む前に、落ち着いてきた件の少女が、こちらを仰ぎ見る。

「あ……の…、あ……が、う…!」

「ふぁぅえ?!」

聞き取れなかったから、とかでなく、不意打ちすぎて、返事の言葉が絡まって、事故った。
恐れていた事態だ…、こんな衆人環視の中で、この失態、埋まりたい。

半ば悟りの境地に似た心境になりつつ、穏やかに目を伏せて、現実世界を遮断した。
そんな無駄な抵抗は、再び掛けられた声であっさり破られる。

だって、無視とか、感じ悪いし。
私が瀕死の状況から脱した直後にされたら、泣いてしまうわ!!

「あり、…とう! あ……っがとっ!!」

ボロボロと涙を零して、何度も、何度も、感謝の言葉を必死で伝えようとしてくれる。
途端に、私の目頭もジンと痛んで、液体がジワリと滲んできそうになる。

あぁ、汗かな?
きっとそうだ、緊張してたから汗かいちゃったんだ!

だって、違う。
ここで、私が泣くのは、違う。

瞬きを繰り返し、滲んできた液体をなんとか散らす。
そして、まだ感謝の言葉を繰り返している少女に近づく。
少女の前で、床に両膝を付き、目線を合わせる。
驚愕に目を剥いた少女を見て、私は嬉しくなる。

苦しそうだけど、もう、大丈夫なのだ。
少女を縛っていたモノは、壊れたから。
この少女の生命いのちを脅かす、不条理はもう欠片も残っていない。


 少女の頭に、私の小さな手を伸ばす。
手に触れた髪は、サラリとして一本一本が細く、これが絹糸のような、という手触りかな?と暢気に考える。

「イイこ、イイこ、イタイのとんでけ~~っ!」

なでくりなでくり、からの、ポーイ。
精神年齢的にはキッツいが、側だけ見ればセーフだろう。
幼女の振りして、美少女にお触りしてやったゼ☆

まぁ、そんな下心は半分、いや3/4、いや9割5分?
なぁ~~んちゃって☆
誤魔化そうとしたけど、誤魔化せなかったわぁ、下心しかなかったって☆☆
だって、理想的な仔犬系美少女だったから、つい☆☆☆

って、ぇえぇ??!!
ホントだ、仔犬!仔犬系!!美少女!!!
棚ぼたで本日のミラクルヒットを見事釣り上げた、やったぁぁあああ~~~!!!
ゔれじいよぉおおおぉっっっ!!!!

本日3度目の大号泣!(未遂)
しかし、何とか、ギリッギリで心の中でのみに留める。

流石にヤヴァイ。
いきなり目の前で号泣しだしたら、お友だちミッション失敗は免れない。
それは死んでも御免だ!!

身体がブルブル震えるのは、大目に見て欲しい。
コレでも可能な限り、抑え込んでいるのだ。
抑えてなかったら、天井まで跳ね跳ぶことになっていただろう。

ここまで、今日一日だけで、散々過ぎた!
……本当に、散々な目に遭ってきたというのに、お友達になれなかったら、目も当てられない!!
無駄に屍を晒すわけにはいかないのだ!!!


 気合も新たに、仔犬系美少女に向き直る。
わぁっ!ほんっっとに、可愛い~~~っ!!
くるくるした巻毛が、髪型と長さも相まって、プードルを連想させる可愛らしさだわぁっ!!!

栗色の髪と、同じ茶系のクリクリお目々が、絶妙にちょっとタレ気味で、仔犬感増し増しで、可ん愛い♡

そして髪型!
コレわざとか?!ってくらい、あざとい!
両サイドを一房ずつ結っていて、その位置と毛量が絶妙で、垂れた耳にしか見えない仕上がりなのだ。

いや、一房にする配分間違ってるでしょっ!!
ツッコミ待ちなのだろうか?
やっぱり当初の推察通りのかまってちゃん属性っ娘なのだろうか??

いやいや、そんな猫被り娘に、これ程までのつぶらな瞳はできまいよ!
騙されたのなら、それまで。
騙された私が、未熟だったと、素直に受け入れるのみよ!

だって、可愛い!可愛いは正義!!なのだから。


 見たい、触れたい、触りたい!はコンプリート出来たから、後はお友達になってくれるか、聞くのみ…!
でも…、あんれぇえ?
友達って、なってくださいって、お願いするものなのかな??
お願いして、正解なの???

前世のワタシにも、経験はない、未体験な案件だ。
慎重になりすぎて、考え込んでしまい、正解が行方不明。
探し方、たどり着き方さえ、わからない。
思考という名の迷宮に迷い込み、閉じ込められてしまう。

ポーイ、とした姿勢で固まり、フリーズした私に困惑しながらもおずおずと微笑みかけて、声をかけてくれる。

「さっきは、助けてくれて本当にありがとう。 びっくりさせて、ごめんね? 私は、メイヴィス・アグネーゼ。 男爵家の三女なの。 貴女の名前を聞いても良いかしら?」

先程までの掠れが無くなった声は、驚くほど透き通った耳に心地よい声だった。
聖歌とか歌ったら、似合うし、超うまそう……!!
思わず聞き惚れて、一瞬返事を返すのが遅れる。

「ライリャは、ライリエリュでしゅ。 ここがおウチでしゅ。 えっと…、あ…、う…? どーかしたでしゅか?」

「いえ、公爵家のご令嬢だったのですね、失礼いたしました! 本日はお招きに預かり光栄でございます。
お見苦しいところをお見せし、申し訳御座いません。」

ファーストネームだけで私が誰であるか理解したようだ。
身分がわかった途端に、顔を蒼くして、かしこまった喋り方で頭を下げられた。

ちょっと、いや、大分、ーーーーッショック!!!
身分差がありすぎるのは、理解できる。
自分が逆の立場なら、こんな騒動を起こしたことをバッチリ目撃されて、シッカリ解決してもらった日には、行動を起こすなら、秒で。
床に額をこれでもかっ!と擦り付けて土下座して陳謝したことだろう。
何度だって大和魂溢れる謝罪を御見舞してやりますとも!!


 でも、理由がわかっていても、寂しいものは、寂しい。
お友達ミッション、アンコンプリート、かな?

「……なかよし、ダメでしゅか…?」

「…もう一度、お伺いしても…?」

突然の滑舌不全な言葉に、上手く理解できなかった模様。
ファイトだ自分! 負けるな自分!!
絶望的な滑舌に会話を断念しかけるが、何とか折れそうな心を鼓舞する。

仔犬系美少女な友人(同性)1号の、ゲット可否が掛かっているのだからっ!
幼女のちみっちゃいプライドなど、天秤にかけるまでもない!!

「ライリャとなかよし、してくぇないでしゅか?」

「それは、…友人に、と御所望されていらっしゃるのですか?」

「!!」

舌っ足らずな言葉でも、ちゃんと相手に伝わった!
やったぁあ~~!!
諦めないでよかったぁああぁ~~~~!!!
嬉しさも相まって、ブンブンと、首肯をくりかえす。

「……大変光栄なお申し出ですが、辞退申し上げます。 私では、身分が不釣り合いでございます。 申し訳ございません。」

「!!!?」

雷直撃で、丸焦げになってしまったわ、一瞬で!!
もう駄目、私、立ち直れないです。
もう、お友達は、諦めるしかない……のぉぉお~(泣)

こんな高すぎる身分なんて、望んでないのにぃ~~~っ!
しかも、悪役、公爵家令嬢で、悪役令嬢!?
私は、一切、望んでないのにぃ~~~っ!!!

理不尽すぎる!
世の中不公平だ!!
友達も自由につくれないなんて、あんまりだ!!!
(自由につくれたはずの前世でもできなかったけど、それは言わないお約束☆だ)

あぁ、ダメだぁ、泣けてくる…。
また、悲しいという感情に、一直線に突っ走ってしまう。
視界がもりもりボヤケてきた。
表面張力の限界まで、あとちょっとの猶予もない。
本日3度目の大号泣(本番)までのカウントダウンを始めようとして、優しく目元に当てられたハンカチらしきものに涙がみるみるうちにさらわれた。

目の前の仔犬系美少女、もとい、メイヴィス嬢は、私の泣き出しそうな様子を察して、先回りで涙を拭ってくれた。
ちょっと薄汚れたナプキンで。

 ーー……んん? 何か見覚えがある。 このナプキン、私が落としたやつ、かな? だってずっと見てたけど、ドレスのポケットを探る素振りなんて、一切なかった。 さっき魔導具に苦しめられてる時にも、何も手に持ってなかったし。 泣きそうなのみて、咄嗟に床に落ちてたナプキンで、涙を拭われる。 私って一体……。ーー

「ふふっ、あはははっ、あははっ、ふふはははっ!」

考えたら、可笑しくなった。
うちの乳母も大概酷いが、コレも引けを取らない酷さだった。

突然笑い転げる私に、クリクリお目々をパチクリさせている様は、やっぱり、仔犬だぁ~~♡
自分の失態にまったく気付いていない。
そこがもう可愛いしか思いつかないほど、愛しくなる。

笑い転げる私の顔と、自分の顔や服装、色々と見比べながら、最後の最後でナプキンへ思い至ったようだ。
手の中のナプキンを不思議そうに眺めて、見覚えのない品だとわかったらしい。
その後、自身のドレスのポケットを探り、自前のハンカチをちゃんと取り出せて、固まる。
カチコチに身をこごらせて、カクカクとしたぎこちない動作で私に向き直り……。

ペタリ……。

座った姿勢のまま、床に両手、頭(主に額)を完全に付けて上体を伏せる。
土下座、ではない。
土下伏せ、かな、コレ。

何て言えば良いのかなぁ~。
困るんだよね~こ~ゆ~ことされるとさぁ~~。
だぁっってぇぇえ~~~、こんなの、答えは一つしか無くなるじゃん?


 んもーーーーーっ許す♡
かんわいいぃぃい~~~~から、許す♡♡
だって耳垂ったれでプルップルでキュ~ンしててギューーーンってなるからもうっ許す♡♡♡

可愛過ぎる謝罪の仕方に、もうギュンギュンときめいてしまった。
垂れた耳にしか見えないその髪をわっしゃわしゃしたい。

天然物の可愛さに、秒で絆されながら、許すと伝えるため、顔を上げさせようとして、止まる。
そうだ、正攻法でダメなら、変化球を使えば良いのだ。

悪役なのだから、お誂え向きの方法だ。
目的を果たすためなら、手段は選んでいられない。
やるなら徹底的に、後悔を残さないように、全力で挑むのみ!
ボッチ回避&仔犬系美少女なお友達ゲットの為、前進あるのみよ!!

「ゴメンナサイ、してぅでしゅか?」

「はい…おっしゃるとおりです、大変なことをしでかしてしまい、ました…。 処分は、如何用にも…謹んでお受けいたします……っ。」

うわぁあぁっ!
ん涙声だよぉお~~~?!
めちゃめちゃ怖がってるじゃん~~~!!!
幼女が年上女児に何が出来ると思ってるんだいぃ~~??

注※自分が先程魔導具を破壊したことは頭から抜け落ちている※

思いの外、少女がこの失態を深刻に受け止め過ぎている、と発覚し、早急に安心させてあげなければっ!という謎の使命感に突き動かされて、急いで少女に提案をもちかける。

「ホントに、ゴメンナサイ、してぅ?」

「はい、覚悟はできておりまず…す。」

噛んだなぁ~、そこもまた、可愛さ爆上げ♡

「ゴメンナサイのかぁいに、なかよししう! ね? いぃ~~い?」

「……へぇ? あ……? えぇっ?! でも、でもでもっ! ダメですぅう~~っ! 身分違いですからっ!! さっきだって、その事が原因で、あんな目に……っ、あっ、いえ、何でもっ! 何でもありません、からっ……。」

さっきの騒動は、身分差が、原因…?
重要なキーワードを聞き出せた、が!
今先決なのは、確約をもぎ取ること!!
絶対に、何が何でも、『うん』と言わせて見せる!!

眉間に力を込め、少女へと顔を急接近させながら、再度念押しする。
望む答えが聴けるまで、攻撃の手を緩める気は、毛頭ない!

「な・か・よ・し! はい、して?」

「うぅ~~っ! でもぉ~~、私は……っ。」

中々に、敵も強情だ。
しかぁ~~しっ!
わたしゃ今ので悟ったね!!

こいつぁ、同類の匂いがしますぜぇ…。
プンプンしまさぁ~♪

僅かな反応で、ある種の匂いを嗅ぎ取る。

「ライリャのこと……キァイ…?」

「ーーーっ?!! そんな訳ぇっ、っっっっ大っっっっ好きっっっっっでぇすぅううぅ~~~!!! そんな可愛すぎる顔っ、厭えるわけないですからぁぁああぁ~~~~!!!」

やっぱりそうだ!
同類同族だわ!!
私達は、出逢うべくして出逢ったんだわぁ!!!

類は友を呼ぶ。
詰まるところ、この少女も、イケてる顔面なら、オギャーからヨボヨボまで(私はコレです)、見て・触れて・触りたい系の趣味趣向を持ち合わせた少女なのだ(現段階では希望的観測に過ぎない)わ!!!

しかし、歌が上手そうとは思ったけど、ブレスと巻き舌、ビブラートまで!
使い方が凄く上手だわっ!!
発声練習もしてるのか、あんなに力いっぱい叫んでるのに、声が全くブレない、もしやプロ?!!

様々な点を観察、分析しながら、メイヴィス嬢に最適な誘い文句を考える。
一発で食いつくような、彼女の琴線を掻き鳴らすような、インパクト重視の一言を。

私の顔面が彼女の大好物ドンピシャリだったのは把握した。
この顔面をフルに活かして、止めの一言を最大効果でお見舞いしたい。

彼女は私より年上、ならばここは、妹キャラを全面に押し出して、可愛らしくおねだりしてみようか…。
おねだりよりは、お願い?でもさっきは断られてしまったし…、良心に訴えてみようか?

公爵令嬢に対し、本音をぶち撒けてしまった己のやらかしに、頭を抱える男爵令嬢を見遣る。
じっと見つめていると、視線に気づいて、目が合う。
ビクッとして、オロオロと慌てふためく様が、可愛い。

色々方法を模索したが、やはりシンプルに行こう。
レスター君が、そうだったように、私の本音を言葉を尽くして、ぶつけたほうが彼女にも響くはず。
後悔しなように、今の自分の正直な本音で、ラストアタック、かましてやろうじゃないの!!

幼女の本気、ナメんなよぉおっ!!!

そっと手を伸ばし、少女の右手を掴むと、もう片方の手も覆いかぶせる。
両手でしっかりと握り込み、真摯に彼女の目を見つめながら、思いの丈を語り聞かせる。

「ライリャ、メイヴィシュ様と、オトモダチ…なぃたい。 なかよしより、もっともっと、なかよくなぃたい! きょうはライリャのタンジョウビ、だけど、プエゼント、なくていい。 お姉ちゃんもいてほしかったの……、だかぁ、メイヴィス、お姉ちゃん! オトモダチに、なってくだしゃい!!」

優しいお兄様が2人もいるのに、何て贅沢を言っているのか。
自分でも呆れるが、これが紛れもない本音だ。
お姉ちゃんにも憧れていた。
今は、仔犬だからだけじゃない。

メイヴィス様の為人に触れ、純粋に彼女と親しくなりたい、彼女となら、親しくなれると思った。
一緒に、これから、沢山おしゃべりしたい、好きなこととか、楽しいと思うこと、色々前世では出来なかった女子会とかも、恋バナとかも、してみたい。

きっかけは何であっても、過ごした時間の短さも、関係ない。
ピンときたのだ。
仲良くしたいと、この子と、仲良くなりたいと思ったのだ。
だから、その想いを、私は尊重したい。
身分なんかに、邪魔されたくない!

私は、せめて今世では、自分の気持ちに正直でありたい。
言葉にする前に、行動を起こす前に、諦めてしまいたくない。

じっと見つめる目に、思いを込めて。
少しでも、この真剣な想いが伝わるように。
受け入れてもらえる確率が、上がるように。

あ、後、コレも忘れず言っとかないと!

「メイヴィスお姉ちゃん、しゅきっ♡」

ほっこりした好意を載せて、にっこりと笑顔で告げる。

「はいいいぃいぃぃいっっっっっ!!! 喜んでぇぇええぇぇぇええぇーーーーっ!!!!」

……、やっぱり、おんなじ匂い、的中だわ☆
居酒屋ノリであっさり注文通っちゃった☆☆
なんにしても、仔犬系美少女なお友達(同性)1号、ゲットだぜぇっ☆☆☆


 晴れてお友達宣言の言質を取って、望み通りの収穫を果たし、ほっくほくのる~んるんっ♪
満面の笑みが、始終抑えきれなかった。
そんな浮ついたままの状態で、先程彼女がうっかり零した一言を思い出す。

騒動の発端、それについて、私は聞く権利と義務がある。
思い出させたくはないが、有耶無耶には、到底出来ない。
目撃者が多すぎる上、犯人が野放しのままなのだ。

悪質さは、エリファスお兄様なんて可愛いもので、レスター君も霞むほどだ。
そんな危険人物、部外者なら尚の事、放置できない。
早急にお縄に付けないと!!

彼女の手を、私はまだ握ったままだった。
そしてそのままで、彼女に、事の発端を尋ねた。
最初、彼女の口は重苦しく閉ざされたままだった。

掴んだ手に、彼女の葛藤と、思い出された恐怖の感情が伝わってくる。
その手を、ぎゅっと握り込んで、励ますように力を込めた。

喉をひくつかせ、逡巡した後、彼女は語ってくれた。


 その内容に、言葉をなくした。
頭が真っ白になる。
そして、話を聞くにつれ、汚れのない白一色に、ジクジクと赤黒い染みが滲んでいく。
何箇所も、何箇所も。
頭の中が赤黒く塗りつぶされるまで、時間はかからなかった。

殺意とは、こんなに容易く湧き出るものなのね。
記憶の彼方だった、あの感覚が戻ってくる。
何をするか、何をしてやるべきか。
考えるだけで、自然と笑みが浮かぶ。

その微笑みは、正しく、ゲームで何度もお目見えした見慣れたものだった。
優雅で気品にあふれ高潔な、悪役令嬢のライリエル・デ・フォコンペレーラ公爵令嬢、そのものだった。
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