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●本編●
12.誕生日パーティー【開始】②
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突拍子も無い行動で、一瞬会場の空気が凍りついたかと思われたが、騒ぎの中心人物が本日の主役、フォコンペレーラ公爵家の令嬢とわかるや、人々は深く気にすることもせず、すぐにそれまで通り、会話や食事に興味を戻していた。
思いつきでの行動で肝を冷やすこと、今日だけで何回目?!
この3歳児脳、ホント気を付けないと、思い立ったら一直線に行動してしまって、すぐにコントロール不能になってしまう。
猪突猛進なの、ホント、どうにかして!!
未だに慣れない、幼すぎる身体に、頭を抱えたくなるが、今は自分の行動の後始末をしないと…。
目立たないように、深呼吸をして心を落ち着ける。
私が掴んでいる、美しい刺繍の施された手袋に包まれた手。
その手を辿って、相手の顔を窺い見上げる。
どことなく、顔色の優れないオーヴェテルネル公爵夫人が、こちらを少し驚いた様子で見つめている。
美っ女ーーー!!?
私のお母様とは系統の違う大人系美女!
麗しい、実に、華麗で綺麗!!
儚げな雰囲気が、守ってあげたくなる。
はわわ、レスター君は、お母様似なのねぇ~!
瞳の色味、顔のパーツと雰囲気が、そっくりだ。
ただ一点、髪色は違った。
セルヴィウス卿は藤色、レスター君は菖蒲色、そしてこの方、クリスティーナ様はハニーブロンドをしている。
黒髪を見慣れていた身としては、前世とは違って、カラフルな髪と瞳の色に、心が躍る。
逆に、この国で黒髪は珍しく、王家のみが持つ色として、国民の誰もが知るところだ。
だからと云って、王族が全員、黒髪なわけではない。
現に、目の前のクリスティーナ様も王籍であったが、黒髪ではない。
クリスティーナ様は我がフォスランプスィ王国の、現国王・ローデリヒ陛下の妹君だ。
今現在、直系王族で黒髪なのは、私と同い年の第二王子のみだ。
因みに、この第二王子も隠しルートの攻略対象者であるが、今は、割愛する!
長くなってしまうから!!
私の、最推し、ですので……!!!
は~~いっ!頭切替えていこ~~~っ!!
オーヴェテルネル公爵夫妻、このお二人の馴れ初めは有名な話で、社交界では初恋を実らせたい、ロマンスに溢れる憧れを持ったご令嬢達によって、口々に語られる。
恐らく、尾ヒレも背ビレも、胸ビレだって足されまくった内容で語られているだろうが…、これも割愛。
事実のみ、簡潔に語ると、大筋は以下の通り。
洗礼式を終えたばかりの7歳になる年に、騎士見習いとなる挨拶の為、登城されたセルヴィウス卿に一目惚れされ、クリスティーナ様たっての希望で婚約され、その婚約期間を良好に過ごし、学園卒業とともにご成婚され、オーヴェテルネル公爵家に降嫁されたのだ。
高位貴族家に珍しく、恋愛結婚をされた。
権力が集中しすぎると反対意見も出たが、クリスティーナ様御本人の強い要望と、陛下の後押しもあり、成就した結婚だった。
仲睦まじく、社交界でもおしどり夫婦と呼び声高い。
しかしゲームでは、クリスティーナ様は既に病気でご逝去され、過去の話として語られるのみ、実際に作中には登場されなかった。
今現在、お体は強い方ではないが、数年後にお亡くなりになる程、重病を患っているようにはどうやっても見受けられない。
もしかしたら、この黒い靄が関係しているのかも。
その可能性が少しでも在るのなら、何か解決方法が無いか少しでも試したい。
振り上げた手を、もう一度クリスティーナ様の手の上にのせる。
「イタイ、イタイ、なくなったでしゅか?」
心なしか、先程よりは顔色が明るくなった気がするが、気のせいかも。
黒い靄は、薄くなったがまだ夫人の身体に纏わりついている。
「まぁ、優しいのですね。 ありがとう、ライリエル様。 やっぱり、女の子は可愛いわね。 ねぇ、あなた?」
薄く微笑んで、私の手を優しく握り返した後、スルリと手は解かれた。
もう少し、何かできれば良いのだけど、何も手立てが浮かばない。
これ以上、引っ付こうとしたら、それこそやべぇ幼女だと警戒されてしまう、今以上に。
「……そうだな。 コーネリアス殿が溺愛されるのも頷ける。 心優しく立派なご息女ですね。」
え、今、イケボで褒められた?!
社交辞令でも、今この場で実際に舞い上がってしまいそうなくらい、テンションが爆上がった。
「そうだろぉ~~、そうだろぉ~~~! 私も常々思ってたんだよぉ、我が家の娘は天使なんじゃないかってねぇ~~~!! わかってくれて嬉しいよぉ、セヴィ!!! さぁさぁ、ウェルカムドリンクだぁ、飲み給えよぉ、遠慮せず、ぐぐぐいっと飲み干し給えよぉ~~~!」
誰もそこまで褒めてませんけど?!
お父様の愛娘可愛いフィルターが罹り過ぎた親バカ発言に、顔から火が噴出する程恥ずかしくなった。
そこに輪をかけ、絡みだしたお父様への対処にパニックになる。
あわわわ…?!
えらいこっちゃ!!
未来の騎士団長様が、親バカ炸裂させた、シラフのくせに面倒くさい、お父様にアルハラ気味に絡まれとる!!!
助けたいけど、これも助ける手立てが解らない。
このお父様の手綱を締められる人って、誰だっけ??!
独りオロオロしていると、ゆったりとした動作で進み出たお母様が、お父様の隣に並ぶ。
そっと腕に手を添えて一言。
「コーネリアス?」
これぞまさに、鶴の一声。
終わりの見えない、マシンガントークの厄介な絡みが、お母様が呼びかけた瞬間、ビタリと停止した。
そしてお父様の片頬を、一筋の冷や汗が流れ落ちたのを、私はバッチリ目撃した。
そんなことはおくびにも出さず、殊更明るく、愛しの妻へ向き直る。
「どうかしたかなぁ、アヴィ?」
「ダメよ、コーネリアス。 無理にお酒を勧めるなんて。 セルヴィウス卿、クリスティーナ様、夫の無礼を、お許しくださいね。」
お母様の笑顔が途端に、最強に思えてきた。
そこからまた大人達だけの会話に花が咲いている。
お子様はここで、完全シャットアウト☆
これ以上、ここに居ても何も出来そうになかった。
それにしても、お父様の泣き所は、お母様なのね…。
愛妻家って、尻に敷かれている人ってことなのかな?
何にせよ、お父様を御せる人物が我が家にいて、一安心。
今後、お父様が暴走したら、迷わずお母様に助けを求めようっと☆
足取りは色んな意味で重いが、元いた位置に戻りながらそんな事を考える。
戻ってきた私に、レスター君が話しかけてきた。
「ライリエル嬢のお父君は、面白い方ですよね。」
あれ、これって、褒め言葉じゃない意味かな?
仔犬わりかし狂犬さんの言葉には、どうしても裏があるように感じてしまう。
「ゴメンナサイ。 お父しゃま、ワルイオトナじゃないでしゅ…。」
「……ふふっ、ライリエル嬢は、お父君が大好きなんですね。 大丈夫、心配しないで? 僕はコーネリアス様のこと嫌いではないから。 これから、関わる機会も増えることだし、ね?」
「ふぉぅ?!」
「あははっ、ライリエル嬢は、可愛らしいね。」
幸いにして、アルヴェインお兄様は従僕の一人と話していて、レスター君との会話は聞いていなかったようだ。
5歳児に誂われている。
相変わらず、本心は見えないけど、今は瞳の奥は空っぽじゃなくなってる。
今の状態のレスター君なら、まだ関わるのも吝かじゃない。
このお友達ミッションは難航が予想されるが、滑り出しは、順調?だと、思うのは私が楽観視し過ぎているだろうか?
しかし、なにはともあれ、足が……、ちょっと、限界。
じんじんしている足裏に、プルプル震えだした脚。
ずっと、立ちっぱなしだったにしては、よく耐えたほうだと思う。
ここでもお父様の魔法、様様だった。
何処か休める場所は無いだろうかと考えて思い出す。
そういえば、アルヴェインお兄様に、何処か休める場所に連れて行ってくれそうなお誘いを受けていたのだった。
お話は終わったかな~~?
少し体を揺らめかせながら、お兄様の動向を窺う。
落ち着かない様子の私に、レスター君が再び話しかけてくる。
「ライリエル嬢、もしかして、足が痛むのですか?」
「うん、しゅこし、イタイでしゅ。」
嘘!
ホントは、もう一秒だって立っていたくないぐらい、ジンジンブルブルが限界です!!
やせ我慢で大見栄を切ってしまった、こんなとこで虚勢はってどうする、私?!?
あぁ!
嘘ついちゃった!!
どうしよう、ヤヴァイ?!
私、また、死亡フラグ自主回収だった?!?
心臓が俄に騒がしく拍動する。
しかし、どうやら今回はセーフな部類だったもよう。
狂犬化した様子は見られない。
藪をつついて、安全を確かめたはずが、マムシを誘き出してしまったような。
レスター君といると、そんな危険が付き纏う。
一瞬たりとも気が抜けない。
認識を要注意人物からは、容易に外せそうになかった。
胸を撫で下ろし、ほっと一息ついたところで、従僕との話を終えたアルヴェインお兄様が、私の側へと来てくれた。
「独りにしてすまない、ライラ。」
あれあれぇ~?
レスター君の存在が希薄になってましたかね~?
私もできれば、透明人間扱いしたいなぁ~~、コワすぎて一生できる気がしないけど!
長兄のびっくり発言に肝が冷えたが、存在を無視された当人はとくに気に留めた様子もない。
鋼のメンタル、恐るべし!
この場の安全を確認してから、長兄に曖昧に笑い返す。
「疲れただろう? 休憩のための部屋があるから、そこへお兄様と行こう。」
またもレスター君ガン無視で話を振ってくる。
言い方からして、絶対わざとだ。
喧嘩を売ってるのか、はたまた牽制してるのか、どちらにしても、私が居ないところでやって欲しい。
いつ流れ弾に被弾するか、気が気でない。
心臓が保ちませんから、本当に。
「おやすみできるとこ、でしゅか?」
「あぁ、そうだ。 今日招待した来賓の、子女達向けに開放している方に行こう。 せっかくの機会だ、同年代との交流も必要だろう?」
「!! お友だち、できぅ?!」
お兄様ったら、私が友達を欲していると理解してくれていたのね!!
さっすが、我が家の天使!!
お父様は私を天使だとか言ってらっしゃったけど、どう考えたって、お兄様のほうが天使だわ♡
「ライラならきっと、誰とでも直ぐに打ち解けられるさ。 同性の友人が、ライラには必要だろうしな。」
言葉の端々に棘が含まれている気がするが、突っ込んだら、きっとこれも藪蛇だ。
そう云う初歩的な罠には引っかからないんですからね!
ちょっと身内への贔屓目フィルターが効いちゃってる気がしなくもないけれど、お兄様に太鼓判を押されて、俄然やる気が出た。
お兄様が右手を差し出している。
私は何の躊躇もなく、その手に自分の左手を重ねようとして、途中で横から伸ばされた手に捕まる。
「「 !!? 」」
お兄様も私も、予想外の乱入の仕方に、声もなく驚愕するのみ。
えぇ!!?
ちょ、これは、ルールと言うか、マナー違反なのでは?!!
驚嘆顔のまま、捕らえてきた手の主を見遣る。
そこには何も悪びれていない、にこやかに微笑む、無害な仔犬に擬態した美少年が居る。
私と目が合うと、一層笑みを深めて云うことにゃ…。
「ライリエル嬢、僕と一緒に行きましょう。 アルヴェイン様が付き添われては、他の方たちも声をかけづらいでしょうから。」
あれれ、案外、的を得た事を言っていらっしゃる。
確かに、お兄様が側にいたら、私には心強いけど、他の子には近づき辛くなってしまいそうだ。
お兄様も、その可能性を否定できず、少し分が悪そうに押し黙る。
エリファスお兄様なら、きっと構わず付いてくるだろうが…、今この場に居ない次兄のことは、考えても仕方ない。
だからって、レスター君は、ちょっと……。
いつ何がきっかけで、起爆or誤作動するかわからない地雷とともに行動するほど、肝は据わりきっていない!
は…、背水の陣…?!
どっちを選んでも、困難が待ち受けていそう……!
こうなったら、答えは一つ!!
「ライリャ、ひとぃでいってみぅ!」
どっちも選べないなら、どっちも選ばなければ良いのだ。
最高の答えが出せた♪
ご安心なさって、お兄様!
私、こう見えても(3歳児以外の何者でもないが)精神年齢16歳の、この世界での成人年齢を迎えておりますから!!
自信あふれるドヤ顔で宣言した私を、2人はしばし、何とも言えない表情で見返してきた。
何でしょう?
何か、言いたいことでも??
私、何か変なこと、言ったでしょうか???
今の宣言を聞いたレスター君の手の力も緩んでいたので、難なく手を引っこ抜けた。
もう、返事を待たずに行ってしまおうかなぁ。
足が、本当に、限界近いですからぁ~~。
そんな私の限界を察したのか。
察知が得意な仔犬のレスター君が、何か云うより早く、お兄様が今度はレスター君に話しかけた。
「レスター様、僕と少し、お話しませんか? こんな機会またとないでしょうし、是非。 公爵家の嫡男として、立場の同じ、レスター様のお考えを伺いたいので。」
10歳児が、5歳児に笑顔で無理難題ふっかけてる!?
向けるその笑顔も、怖い。
しかし、それで縮み上がるような仔犬さんじゃなかった。
黒いオーラの滲むアルヴェインお兄様の微笑みにはまったく動じないまま、しばし思案顔で何事かを考えた後、1つ頷いて承諾の旨の返答をはじき出した。
「わかりました。 確かに、良い機会ですね。 僕も是非、お話したいです。 有意義なお話ができると、期待しております。 アルヴェインお義兄様?」
「レスター様、そう呼ばれるに至るやり取りに、身に覚えが、全く、無いのですが? なので間違っても、義兄などとは呼ばないで頂きたい。 金輪際、二度と。」
ぎゃぁっ!?
天使だったお兄様が、一瞬で悪魔化してしまわれた!
狂犬の滲んだ仔犬さんの黒さが伝染してしまったに違いない!!
お兄様が元から黒いとか、そんな訳…、ある訳ないしね!!!
取り敢えず、ここに居たら巻き込まれる…!
その前に、離脱せねば……!!
抜き足、差し足、忍び足~~~!!!
あぁ、駄目だぁ~、素早く動けない~~(泣)
足痛いよぉ~~~(号泣)
カックカックと不自然極まりない動きでしか、可動できない。
そんな私の背に、2人から声がかかる。
「ライラ」
「ライリエル嬢」
「ひょわぃいっ!?」
「後で、様子を見に行くから、それまではあの部屋から動かないこと、良いな?」
「僕も、後ほど顔を出します。 その時には、またお相手下さいね?」
依然として、彼等の背後にはバッチバチに火花が散っているが、表面上は穏やかに微笑んでいる。
貴族らしい、外面を発揮しまくっているようだ。
「は、はぁ~い…!」
これ以上、約束事と云う名の制約が追加される前に脱兎のごとく離脱する。
痛む足を叱咤激励して、はしたなくならないよう注意して、競歩選手並みの早足を意識して歩き進む。
こうして私は、パーティー開始時に心に決めたはずの、己に課した“約束”を破ってしまった。
ーー何かやらかさないように極力家族の側を離れるまい!ーー
何回同じ失敗を繰り返すのか…。
パーティー終了の数日後に、大反省会を独り敢行する事になるが、今の私にそんな予感は一切なく。
まるで、冒険者になった気分で、意気揚々と新しい未知の世界へと夢を馳せ、一歩踏み出していた。
本日の最終場面を飾る、一波乱が待ち受ける、運命の舞台。
そこへ続く道の上に、小さな足で踏み出した大きな一歩。
宴も酣。
この誕生日パーティーは、終幕を目前に、最後の見せ場を迎える。
思いつきでの行動で肝を冷やすこと、今日だけで何回目?!
この3歳児脳、ホント気を付けないと、思い立ったら一直線に行動してしまって、すぐにコントロール不能になってしまう。
猪突猛進なの、ホント、どうにかして!!
未だに慣れない、幼すぎる身体に、頭を抱えたくなるが、今は自分の行動の後始末をしないと…。
目立たないように、深呼吸をして心を落ち着ける。
私が掴んでいる、美しい刺繍の施された手袋に包まれた手。
その手を辿って、相手の顔を窺い見上げる。
どことなく、顔色の優れないオーヴェテルネル公爵夫人が、こちらを少し驚いた様子で見つめている。
美っ女ーーー!!?
私のお母様とは系統の違う大人系美女!
麗しい、実に、華麗で綺麗!!
儚げな雰囲気が、守ってあげたくなる。
はわわ、レスター君は、お母様似なのねぇ~!
瞳の色味、顔のパーツと雰囲気が、そっくりだ。
ただ一点、髪色は違った。
セルヴィウス卿は藤色、レスター君は菖蒲色、そしてこの方、クリスティーナ様はハニーブロンドをしている。
黒髪を見慣れていた身としては、前世とは違って、カラフルな髪と瞳の色に、心が躍る。
逆に、この国で黒髪は珍しく、王家のみが持つ色として、国民の誰もが知るところだ。
だからと云って、王族が全員、黒髪なわけではない。
現に、目の前のクリスティーナ様も王籍であったが、黒髪ではない。
クリスティーナ様は我がフォスランプスィ王国の、現国王・ローデリヒ陛下の妹君だ。
今現在、直系王族で黒髪なのは、私と同い年の第二王子のみだ。
因みに、この第二王子も隠しルートの攻略対象者であるが、今は、割愛する!
長くなってしまうから!!
私の、最推し、ですので……!!!
は~~いっ!頭切替えていこ~~~っ!!
オーヴェテルネル公爵夫妻、このお二人の馴れ初めは有名な話で、社交界では初恋を実らせたい、ロマンスに溢れる憧れを持ったご令嬢達によって、口々に語られる。
恐らく、尾ヒレも背ビレも、胸ビレだって足されまくった内容で語られているだろうが…、これも割愛。
事実のみ、簡潔に語ると、大筋は以下の通り。
洗礼式を終えたばかりの7歳になる年に、騎士見習いとなる挨拶の為、登城されたセルヴィウス卿に一目惚れされ、クリスティーナ様たっての希望で婚約され、その婚約期間を良好に過ごし、学園卒業とともにご成婚され、オーヴェテルネル公爵家に降嫁されたのだ。
高位貴族家に珍しく、恋愛結婚をされた。
権力が集中しすぎると反対意見も出たが、クリスティーナ様御本人の強い要望と、陛下の後押しもあり、成就した結婚だった。
仲睦まじく、社交界でもおしどり夫婦と呼び声高い。
しかしゲームでは、クリスティーナ様は既に病気でご逝去され、過去の話として語られるのみ、実際に作中には登場されなかった。
今現在、お体は強い方ではないが、数年後にお亡くなりになる程、重病を患っているようにはどうやっても見受けられない。
もしかしたら、この黒い靄が関係しているのかも。
その可能性が少しでも在るのなら、何か解決方法が無いか少しでも試したい。
振り上げた手を、もう一度クリスティーナ様の手の上にのせる。
「イタイ、イタイ、なくなったでしゅか?」
心なしか、先程よりは顔色が明るくなった気がするが、気のせいかも。
黒い靄は、薄くなったがまだ夫人の身体に纏わりついている。
「まぁ、優しいのですね。 ありがとう、ライリエル様。 やっぱり、女の子は可愛いわね。 ねぇ、あなた?」
薄く微笑んで、私の手を優しく握り返した後、スルリと手は解かれた。
もう少し、何かできれば良いのだけど、何も手立てが浮かばない。
これ以上、引っ付こうとしたら、それこそやべぇ幼女だと警戒されてしまう、今以上に。
「……そうだな。 コーネリアス殿が溺愛されるのも頷ける。 心優しく立派なご息女ですね。」
え、今、イケボで褒められた?!
社交辞令でも、今この場で実際に舞い上がってしまいそうなくらい、テンションが爆上がった。
「そうだろぉ~~、そうだろぉ~~~! 私も常々思ってたんだよぉ、我が家の娘は天使なんじゃないかってねぇ~~~!! わかってくれて嬉しいよぉ、セヴィ!!! さぁさぁ、ウェルカムドリンクだぁ、飲み給えよぉ、遠慮せず、ぐぐぐいっと飲み干し給えよぉ~~~!」
誰もそこまで褒めてませんけど?!
お父様の愛娘可愛いフィルターが罹り過ぎた親バカ発言に、顔から火が噴出する程恥ずかしくなった。
そこに輪をかけ、絡みだしたお父様への対処にパニックになる。
あわわわ…?!
えらいこっちゃ!!
未来の騎士団長様が、親バカ炸裂させた、シラフのくせに面倒くさい、お父様にアルハラ気味に絡まれとる!!!
助けたいけど、これも助ける手立てが解らない。
このお父様の手綱を締められる人って、誰だっけ??!
独りオロオロしていると、ゆったりとした動作で進み出たお母様が、お父様の隣に並ぶ。
そっと腕に手を添えて一言。
「コーネリアス?」
これぞまさに、鶴の一声。
終わりの見えない、マシンガントークの厄介な絡みが、お母様が呼びかけた瞬間、ビタリと停止した。
そしてお父様の片頬を、一筋の冷や汗が流れ落ちたのを、私はバッチリ目撃した。
そんなことはおくびにも出さず、殊更明るく、愛しの妻へ向き直る。
「どうかしたかなぁ、アヴィ?」
「ダメよ、コーネリアス。 無理にお酒を勧めるなんて。 セルヴィウス卿、クリスティーナ様、夫の無礼を、お許しくださいね。」
お母様の笑顔が途端に、最強に思えてきた。
そこからまた大人達だけの会話に花が咲いている。
お子様はここで、完全シャットアウト☆
これ以上、ここに居ても何も出来そうになかった。
それにしても、お父様の泣き所は、お母様なのね…。
愛妻家って、尻に敷かれている人ってことなのかな?
何にせよ、お父様を御せる人物が我が家にいて、一安心。
今後、お父様が暴走したら、迷わずお母様に助けを求めようっと☆
足取りは色んな意味で重いが、元いた位置に戻りながらそんな事を考える。
戻ってきた私に、レスター君が話しかけてきた。
「ライリエル嬢のお父君は、面白い方ですよね。」
あれ、これって、褒め言葉じゃない意味かな?
仔犬わりかし狂犬さんの言葉には、どうしても裏があるように感じてしまう。
「ゴメンナサイ。 お父しゃま、ワルイオトナじゃないでしゅ…。」
「……ふふっ、ライリエル嬢は、お父君が大好きなんですね。 大丈夫、心配しないで? 僕はコーネリアス様のこと嫌いではないから。 これから、関わる機会も増えることだし、ね?」
「ふぉぅ?!」
「あははっ、ライリエル嬢は、可愛らしいね。」
幸いにして、アルヴェインお兄様は従僕の一人と話していて、レスター君との会話は聞いていなかったようだ。
5歳児に誂われている。
相変わらず、本心は見えないけど、今は瞳の奥は空っぽじゃなくなってる。
今の状態のレスター君なら、まだ関わるのも吝かじゃない。
このお友達ミッションは難航が予想されるが、滑り出しは、順調?だと、思うのは私が楽観視し過ぎているだろうか?
しかし、なにはともあれ、足が……、ちょっと、限界。
じんじんしている足裏に、プルプル震えだした脚。
ずっと、立ちっぱなしだったにしては、よく耐えたほうだと思う。
ここでもお父様の魔法、様様だった。
何処か休める場所は無いだろうかと考えて思い出す。
そういえば、アルヴェインお兄様に、何処か休める場所に連れて行ってくれそうなお誘いを受けていたのだった。
お話は終わったかな~~?
少し体を揺らめかせながら、お兄様の動向を窺う。
落ち着かない様子の私に、レスター君が再び話しかけてくる。
「ライリエル嬢、もしかして、足が痛むのですか?」
「うん、しゅこし、イタイでしゅ。」
嘘!
ホントは、もう一秒だって立っていたくないぐらい、ジンジンブルブルが限界です!!
やせ我慢で大見栄を切ってしまった、こんなとこで虚勢はってどうする、私?!?
あぁ!
嘘ついちゃった!!
どうしよう、ヤヴァイ?!
私、また、死亡フラグ自主回収だった?!?
心臓が俄に騒がしく拍動する。
しかし、どうやら今回はセーフな部類だったもよう。
狂犬化した様子は見られない。
藪をつついて、安全を確かめたはずが、マムシを誘き出してしまったような。
レスター君といると、そんな危険が付き纏う。
一瞬たりとも気が抜けない。
認識を要注意人物からは、容易に外せそうになかった。
胸を撫で下ろし、ほっと一息ついたところで、従僕との話を終えたアルヴェインお兄様が、私の側へと来てくれた。
「独りにしてすまない、ライラ。」
あれあれぇ~?
レスター君の存在が希薄になってましたかね~?
私もできれば、透明人間扱いしたいなぁ~~、コワすぎて一生できる気がしないけど!
長兄のびっくり発言に肝が冷えたが、存在を無視された当人はとくに気に留めた様子もない。
鋼のメンタル、恐るべし!
この場の安全を確認してから、長兄に曖昧に笑い返す。
「疲れただろう? 休憩のための部屋があるから、そこへお兄様と行こう。」
またもレスター君ガン無視で話を振ってくる。
言い方からして、絶対わざとだ。
喧嘩を売ってるのか、はたまた牽制してるのか、どちらにしても、私が居ないところでやって欲しい。
いつ流れ弾に被弾するか、気が気でない。
心臓が保ちませんから、本当に。
「おやすみできるとこ、でしゅか?」
「あぁ、そうだ。 今日招待した来賓の、子女達向けに開放している方に行こう。 せっかくの機会だ、同年代との交流も必要だろう?」
「!! お友だち、できぅ?!」
お兄様ったら、私が友達を欲していると理解してくれていたのね!!
さっすが、我が家の天使!!
お父様は私を天使だとか言ってらっしゃったけど、どう考えたって、お兄様のほうが天使だわ♡
「ライラならきっと、誰とでも直ぐに打ち解けられるさ。 同性の友人が、ライラには必要だろうしな。」
言葉の端々に棘が含まれている気がするが、突っ込んだら、きっとこれも藪蛇だ。
そう云う初歩的な罠には引っかからないんですからね!
ちょっと身内への贔屓目フィルターが効いちゃってる気がしなくもないけれど、お兄様に太鼓判を押されて、俄然やる気が出た。
お兄様が右手を差し出している。
私は何の躊躇もなく、その手に自分の左手を重ねようとして、途中で横から伸ばされた手に捕まる。
「「 !!? 」」
お兄様も私も、予想外の乱入の仕方に、声もなく驚愕するのみ。
えぇ!!?
ちょ、これは、ルールと言うか、マナー違反なのでは?!!
驚嘆顔のまま、捕らえてきた手の主を見遣る。
そこには何も悪びれていない、にこやかに微笑む、無害な仔犬に擬態した美少年が居る。
私と目が合うと、一層笑みを深めて云うことにゃ…。
「ライリエル嬢、僕と一緒に行きましょう。 アルヴェイン様が付き添われては、他の方たちも声をかけづらいでしょうから。」
あれれ、案外、的を得た事を言っていらっしゃる。
確かに、お兄様が側にいたら、私には心強いけど、他の子には近づき辛くなってしまいそうだ。
お兄様も、その可能性を否定できず、少し分が悪そうに押し黙る。
エリファスお兄様なら、きっと構わず付いてくるだろうが…、今この場に居ない次兄のことは、考えても仕方ない。
だからって、レスター君は、ちょっと……。
いつ何がきっかけで、起爆or誤作動するかわからない地雷とともに行動するほど、肝は据わりきっていない!
は…、背水の陣…?!
どっちを選んでも、困難が待ち受けていそう……!
こうなったら、答えは一つ!!
「ライリャ、ひとぃでいってみぅ!」
どっちも選べないなら、どっちも選ばなければ良いのだ。
最高の答えが出せた♪
ご安心なさって、お兄様!
私、こう見えても(3歳児以外の何者でもないが)精神年齢16歳の、この世界での成人年齢を迎えておりますから!!
自信あふれるドヤ顔で宣言した私を、2人はしばし、何とも言えない表情で見返してきた。
何でしょう?
何か、言いたいことでも??
私、何か変なこと、言ったでしょうか???
今の宣言を聞いたレスター君の手の力も緩んでいたので、難なく手を引っこ抜けた。
もう、返事を待たずに行ってしまおうかなぁ。
足が、本当に、限界近いですからぁ~~。
そんな私の限界を察したのか。
察知が得意な仔犬のレスター君が、何か云うより早く、お兄様が今度はレスター君に話しかけた。
「レスター様、僕と少し、お話しませんか? こんな機会またとないでしょうし、是非。 公爵家の嫡男として、立場の同じ、レスター様のお考えを伺いたいので。」
10歳児が、5歳児に笑顔で無理難題ふっかけてる!?
向けるその笑顔も、怖い。
しかし、それで縮み上がるような仔犬さんじゃなかった。
黒いオーラの滲むアルヴェインお兄様の微笑みにはまったく動じないまま、しばし思案顔で何事かを考えた後、1つ頷いて承諾の旨の返答をはじき出した。
「わかりました。 確かに、良い機会ですね。 僕も是非、お話したいです。 有意義なお話ができると、期待しております。 アルヴェインお義兄様?」
「レスター様、そう呼ばれるに至るやり取りに、身に覚えが、全く、無いのですが? なので間違っても、義兄などとは呼ばないで頂きたい。 金輪際、二度と。」
ぎゃぁっ!?
天使だったお兄様が、一瞬で悪魔化してしまわれた!
狂犬の滲んだ仔犬さんの黒さが伝染してしまったに違いない!!
お兄様が元から黒いとか、そんな訳…、ある訳ないしね!!!
取り敢えず、ここに居たら巻き込まれる…!
その前に、離脱せねば……!!
抜き足、差し足、忍び足~~~!!!
あぁ、駄目だぁ~、素早く動けない~~(泣)
足痛いよぉ~~~(号泣)
カックカックと不自然極まりない動きでしか、可動できない。
そんな私の背に、2人から声がかかる。
「ライラ」
「ライリエル嬢」
「ひょわぃいっ!?」
「後で、様子を見に行くから、それまではあの部屋から動かないこと、良いな?」
「僕も、後ほど顔を出します。 その時には、またお相手下さいね?」
依然として、彼等の背後にはバッチバチに火花が散っているが、表面上は穏やかに微笑んでいる。
貴族らしい、外面を発揮しまくっているようだ。
「は、はぁ~い…!」
これ以上、約束事と云う名の制約が追加される前に脱兎のごとく離脱する。
痛む足を叱咤激励して、はしたなくならないよう注意して、競歩選手並みの早足を意識して歩き進む。
こうして私は、パーティー開始時に心に決めたはずの、己に課した“約束”を破ってしまった。
ーー何かやらかさないように極力家族の側を離れるまい!ーー
何回同じ失敗を繰り返すのか…。
パーティー終了の数日後に、大反省会を独り敢行する事になるが、今の私にそんな予感は一切なく。
まるで、冒険者になった気分で、意気揚々と新しい未知の世界へと夢を馳せ、一歩踏み出していた。
本日の最終場面を飾る、一波乱が待ち受ける、運命の舞台。
そこへ続く道の上に、小さな足で踏み出した大きな一歩。
宴も酣。
この誕生日パーティーは、終幕を目前に、最後の見せ場を迎える。
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