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●本編●
7.誕生日パーティー【開始:その前に】①
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公爵家をここ数年悩ませていた、次兄の起こす窃盗事件も、無事に解決し、更生の目処がたった。
近年稀に見るほど、晴れやかな雰囲気が戻った、公爵家の領地にある、カントリーハウスのパーティー会場内。
落ち着きを取り戻した使用人たちが、それぞれの職務へ戻ったため、今は家族だけの空間となった。
私は、やっとお母様の傍に戻ってこられた。
会場の入口近くに設けられた、小規模な休憩スペース。
そこにある横長のソファで、お母様の隣に空いた十分すぎる隙間に、ちょこんと座っている。
こんな可愛らしい擬音で座れるサイズなんて、私って本当に3歳児なのね、と変なところに感心してしまう。
お父様やお兄様たちは、私達の近くにある一人がけのソファにそれぞれ腰掛けている。
1名は、座るというより、寝そべっている。
誰かは、推して知るべし。
肘置きに頭を凭れさせ、反対側の肘置きには脚が投げ出されている。
誰一人注意しないので、コレも次兄のいつもの態度なのだろう、と納得することにした。
外面は問題なく使いこなせる、問題児なのだろう、とは、この数時間で掴んだ私なりの次兄の為人だ。
会場に到着して、最初にお母様に言われた約束事を果たすまでに、かなりの時間と体力を消耗したが…。
それも、報われるほど、今は満ち足りている。
外見からは年齢不詳の妖精母が浮かべる微笑に、これでもかと言うほど、癒やされまくっている最中なのだ。
美少女の微笑みって、こんなにマイナスイオンが発生するものだったのねぇ~~。
眼福ぅう~~~♪
ニコニコと優しく見つめてくれる母に、デレデレと笑い返しながら。
続々と到着が知らされる、パーティーの招待客に思いを馳せる。
今日は、お父様の親しい間柄の方々を中心に、主役の私と近しい年頃の子女を擁する下位の貴族家も招待したとか。
しかし比較的小規模のパーティーになっている、との話だったが…。
エントランスへ続く馬車の列は、途絶える気配がなく、正門の外まで長蛇の列をなしている、とか。
遠方からいらして下さった方々は、宿泊する別館への迂回路に、該当の馬車は随時誘導している、とか。
お母様のもとへ、代わる代わる報告に来る従僕達が言っていた。
はて、小規模と言ってなかっただろうか?
馬車の長蛇の列、別館への宿泊? 遠方からって…?
ちょっと、私のイメージしていた小規模誕生日パーティーとかけ離れた文字列が並んでいる気がする。
遠くても隣近所での範囲、程度だと思っていたのだが…これも、庶民とハイソな家柄とのカルチャーショック的な?
前世の物差しで測っちゃった、私が悪いと?
この世界の、常識プリーズ!!
誰かアナウンスして下さいな?!
いちいち、毎回、ドギマギしちゃうから、本当、お願いしますよぉ~~!!!
小規模という言葉のスケールを解釈違いしたことで、とんでもない大掛かりなパーティーなのでは?と冷や汗がダラダラ出てきた。
子供の誕生日パーティーで、宿泊客は出ないはずなのに、おっっっかしいぃなぁあ??
どうしても納得がいかず、言葉の意味をしつこく考え込んでしまう。
そんな私の耳に、嫌にはっきりと、発音しにくそうな家名が聞こえてくる。
オーヴェテルネル公爵家御一行が到着されました、と告げる従僕。
心の中でなら、余裕で諳んじれる。
でも発音したら……、想像したくない。
大事故になること請け合いだ。
しかし、ここで引っ掛かるのは、この家名だった。
この国で、現存している公爵家は5つだ。
そして公爵家は総て、遡れば王家に起源を持つ。
いうなれば、遠い親戚なのだった。
なので、公爵家同士が交流が深くても、可怪しくはないのだけど……?
何に引っかかっているのか、解らない。
解らないから、尚、引っ掛かる。
思考の無限ループに陥りながら、聞くともなしに、お母様とお兄様たちの会話が耳から入り、思考の渦に混ざり込んでくる。
「まぁ、今日はクリスティーナ様の体調が良かったようね。 夫婦揃ってなんて、いつぶりかしら。 ご子息は、レスター様だけのようねぇ、ロイド様はライラの一つ下だから、まだ馬車での遠出は厳しいものね。」
「レスター様か、確か…、エリファスよりも下だったか?」
「興味ないからぁ、わかんなぁ~~い。」
「そうだろうな、聞くだけ無駄だった。 この中だと、ライラが一番年が近いのか。 学園では、在学期間がかぶる年齢差だったはずだ。」
「良いなぁ~~、ライラと学園生活。 ボクも後一年遅く産まれてたら、一年被ったのにぃ、残念~~。」
「そこは、考えてもしょうがないだろう。 ライラが少しでも学園生活を快適に過ごせるように、先んじて実地調査すると思って通うしかないな。」
「なんかなぁ~、やる気が出ないぃ~、そんな理由じゃ。 行かないほうがマシぃ~~。 ボク次男だしぃ、ライラとずっと屋敷に居ても、問題な」
「ライラに何て、約束したんだったかな、エリファス?」
「えぇ~~、コレもなのぉ~~?? 含まれちゃうのかなぁ、約束にぃ~?? だってぇ、約束は良い子になるってだけで」
「抽象的だからこそ、意味があるんだろう? 高位貴族の義務でもある、学園での就学を疎かにするのは、“良い子”では、無いよな?」
あの父が、用意し教え込んだ台詞に、何の意図も介在していない筈がない。
子供が覚えやすいように、だけで、あの台詞を考えた筈がない。
「………嵌められたぁ~~。 あぁ~あぁ~~、やぁ~~な感じぃ~~。 ボク、可哀想じゃないぃ~~?」
「いいや? まったく、可哀想ではない。 自業自得だろ? 嫌われたくないんだろう、ライラに。 諦めて、少しは真面目に学業にも取り組めよ?」
「………、やる気が出ないぃ~~、無理ぃ~~。」
往生際悪く、未だにグダグダ文句をたれるが、ハッキリ否とは、明言しない。
妹に嫌われるのが、そんなに嫌なのだろうか。
シスコン過ぎな次兄に、ただただ、感心した。
「ハッハッは、いやぁ~、アルヴェインは優秀だねぇ~~、良いお兄ちゃんじゃないかぁ~! 弟の性格を把握していてぇ、素晴らしいねぇ~~♪ 長男が聡い子だと、親は楽なもんだねぇ~~。 さぁてっとぉ~、そろそろ、落ち着いた頃かなぁ?」
ソファから腰を上げ、軽く伸びをするお父様は、何かを確かめるように家令のオズワルドに目を向ける。
すると、何かを肯定するような表情で、静かに礼を返すオズワルド。
軽く頷き、私達を振り返り告げる。
「パーティー開始の前に、セヴィに挨拶に行くから、ちょっとだけ歩けるかい? お姫様?」
「セヴィ…? ダレでしゅか?」
「お父様の、お友達だよぉ~。 まぁ、歳は離れてるけどぉ~。 さっき、お母様とアルヴェインとエリファスが話していただろう? レスターっていうお兄ちゃんの、お父様さ。 あぁ、セヴィは愛称でねぇ、長い名前は、セルヴィウス・デ・ラ・オーヴェテルネル。 奥さんも来てるから、疲れきる前に挨拶しとこうかなぁって。 長旅だったろうしねぇ~。」
セルヴィウス・デ・ラ・オーヴェテルネル、公爵家、息子が、レスター。
私と2歳違う、学園でかぶる年齢差…!
何に引っ掛かっていたのか、はっきり解った。
遅すぎる気付き、でもだって、仕方ないんです!
この親子、攻略対象でしたわ……、メインと隠しルート、それぞれの…!!
ゲームの中では、あまり家名は呼ばれなかったし、吹き出しとかステータス画面も、ファーストネームのみの表示だったのだ。
それに、レスタールートは一回しかやっていないから、あまり印象に残っていなくて…、すぐにそれとわからなかった。
しかし、セルヴィウスの名前でひらめいた。
長めのファーストネームが珍しくて、パッと覚えられた。
それに、どのルートでも大抵登場するキャラクターだったから、目にする頻度が高かったのだ。
王国騎士団の騎士団長(現在はまだなっていない)なので、王族も攻略対象なのもあり、その絡みで登場する回数が多かった。
大人担当キャラで、ヒロインを大人の包容力でサポートしたり、諭したり、励ましたり。
とにかく、滴る大人の魅力でメロメロにしてくれるスパダリキャラだった。
声もすんごく、イケボ。
男らしい低音で、艶っぽい美声、イヤホンとかで聞くとマジで耳が死ぬ。
中毒性があるから、何度でも聞いて、何度でも悶え死ぬ。
その無限ループを止められなかったなぁ~~。
あれぇえ? これ、ヤヴァくない…っ!!??
生でしょ? 生の肉声が、あれ…??!
え、死、しか見えない…。
昇天するじゃん、召されちゃうじゃん、ラスボスになる前に天寿を全うしちゃうじゃん。
やだ、どうしよう、だから今日はやたらと家族が天使に見えたんだわぁ、なるほどねぇ、わかりみぃ~~♪
お迎えが既に準備されてたのね~~、じゃあ、しょうがない。
サクッと逝っとくかぁ~♪♪
ラスボスとしての死よりも、こっちのほうが遥かにマシ。
だって痛くないし、苦しくもなさそう。
むしろ安らかな眠りが訪れそう。
イケボに殺されるなら、本望さ☆
さぁさぁ、いざ征かん!
生! 生美声!! この耳で直に聞いて悶えたい!!!
本日初めて、自主的かつ自発的に、行動を起こすことを心に決める。
しかし、逸る気持ちを物理的に押さえつける、このドレスが恨めしい。
これで駆け回れと言われたら、再び大号泣してしまいそうだ。
のっそのっそと、体を揺らして今できる最速で歩く。
そんな私を、お母様が不思議そうに眺めてから、何かに思い至ったように声を上げる。
「ライラちゃん、もしかして、魔法でも使ったのかしら?」
「ふぁ?」
何故いきなり?
この妖精さんは、突然、何を言い出すのか?!
不味いことなのだろうか、この年齢の子供が偶然とは言え魔法を使ってしまうのは、何かのフラグを立てる行為だったのだろうか?
「ドレスにかけてあったはずの軽量化魔法が、消えてるのでしょう? 重くて、歩くのも大変でしょうに…。 早く言ってくれたら良かったのに。 ねぇ、コーネリアス?」
しかし、私の心配は杞憂だったようだ。
深く掘り下げられることもなく、お母様はお父様に呼びかける。
「うん、どうしたかなぁ~?」
「ライラのドレス、魔法が解けてしまったみたいなの、かけ直してあげて?」
「おやおやぁ? それはまた、おかしいねぇ~、うちのお姫様は、今日はとんだお転婆さんだったねぇ~~? でもねぇ~、気を付けないと、駄目だよぉ~?」
パチン…。
軽く指が鳴らされた後、重力で地面に引っ張られ続けていたドレスが急激に、軽くなった。
魔法、マジ、ッッッパネェ!!!
「お父しゃま…、しゅごい! あぃがとぉ!!」
「愛娘からの尊敬の眼差しぃ~~!! あぁ~、役得だなぁ~~、魔法が使えてよかったぁ~~♡♡」
幼女からの尊敬を受けて悶える親は、一先ずキレイにスルーして…。
今なら、私、やれる気がする!
さっきまでの億劫さは弾け飛んで、今ではあることをやってみたくてウズウズする。
こんなヒラヒラのプリンセスみたいなドレスは、前世では、もちろん着たことも、お目にかかったこともない。
フンワリした裾を前に、やることは一つ。
その場で右足を軸にして、くるりんっ、と一回転する。
動きに合わせて、裾がフワリ、ヒラリと想像した理想通りの動きをした。
感無量、ただただ、余は満足じゃ。
この一言に尽きる、敢えてやる必要のない行動。
前世でやろうものなら、顰蹙を買うこと請け合いの、一歩間違えば大事故必至の、ある種の自殺行為。
社会的な抹殺は免れない。
今だから出来る。
この場にいる今世の私だから許される。
この容姿、この年齢、この世界観。
TPOを完全に網羅して初めて、行動に移せる、決死の覚悟のいる行動だった。
やったわ、私、見事にやり遂げましたわ!!
謎の達成感が胸を満たして、気が大きくなっていた。
見守る家族の視線は、限りなく温かくて、愛情に溢れていた。
だから、失念していた。
石橋は叩いて渡る。
心に刻みこんだ鉄則を、徹底しなかった自分。
その軽はずみな行動がこれから引き起こす、シナリオにない展開。
今後の人生が大きく揺らぐ“約束”を交わすことになる、何フラグかも全く予想できない、不測の事態を誘発させる。
攻略対象者に関わるという、事の重要性、重大性を、深く考えなかった自分を恨めしく思う。
この後大いに、海よりもまだ深く、後悔し、猛省する羽目になるなどとは、このときは全く以て、知る由もなかった。
近年稀に見るほど、晴れやかな雰囲気が戻った、公爵家の領地にある、カントリーハウスのパーティー会場内。
落ち着きを取り戻した使用人たちが、それぞれの職務へ戻ったため、今は家族だけの空間となった。
私は、やっとお母様の傍に戻ってこられた。
会場の入口近くに設けられた、小規模な休憩スペース。
そこにある横長のソファで、お母様の隣に空いた十分すぎる隙間に、ちょこんと座っている。
こんな可愛らしい擬音で座れるサイズなんて、私って本当に3歳児なのね、と変なところに感心してしまう。
お父様やお兄様たちは、私達の近くにある一人がけのソファにそれぞれ腰掛けている。
1名は、座るというより、寝そべっている。
誰かは、推して知るべし。
肘置きに頭を凭れさせ、反対側の肘置きには脚が投げ出されている。
誰一人注意しないので、コレも次兄のいつもの態度なのだろう、と納得することにした。
外面は問題なく使いこなせる、問題児なのだろう、とは、この数時間で掴んだ私なりの次兄の為人だ。
会場に到着して、最初にお母様に言われた約束事を果たすまでに、かなりの時間と体力を消耗したが…。
それも、報われるほど、今は満ち足りている。
外見からは年齢不詳の妖精母が浮かべる微笑に、これでもかと言うほど、癒やされまくっている最中なのだ。
美少女の微笑みって、こんなにマイナスイオンが発生するものだったのねぇ~~。
眼福ぅう~~~♪
ニコニコと優しく見つめてくれる母に、デレデレと笑い返しながら。
続々と到着が知らされる、パーティーの招待客に思いを馳せる。
今日は、お父様の親しい間柄の方々を中心に、主役の私と近しい年頃の子女を擁する下位の貴族家も招待したとか。
しかし比較的小規模のパーティーになっている、との話だったが…。
エントランスへ続く馬車の列は、途絶える気配がなく、正門の外まで長蛇の列をなしている、とか。
遠方からいらして下さった方々は、宿泊する別館への迂回路に、該当の馬車は随時誘導している、とか。
お母様のもとへ、代わる代わる報告に来る従僕達が言っていた。
はて、小規模と言ってなかっただろうか?
馬車の長蛇の列、別館への宿泊? 遠方からって…?
ちょっと、私のイメージしていた小規模誕生日パーティーとかけ離れた文字列が並んでいる気がする。
遠くても隣近所での範囲、程度だと思っていたのだが…これも、庶民とハイソな家柄とのカルチャーショック的な?
前世の物差しで測っちゃった、私が悪いと?
この世界の、常識プリーズ!!
誰かアナウンスして下さいな?!
いちいち、毎回、ドギマギしちゃうから、本当、お願いしますよぉ~~!!!
小規模という言葉のスケールを解釈違いしたことで、とんでもない大掛かりなパーティーなのでは?と冷や汗がダラダラ出てきた。
子供の誕生日パーティーで、宿泊客は出ないはずなのに、おっっっかしいぃなぁあ??
どうしても納得がいかず、言葉の意味をしつこく考え込んでしまう。
そんな私の耳に、嫌にはっきりと、発音しにくそうな家名が聞こえてくる。
オーヴェテルネル公爵家御一行が到着されました、と告げる従僕。
心の中でなら、余裕で諳んじれる。
でも発音したら……、想像したくない。
大事故になること請け合いだ。
しかし、ここで引っ掛かるのは、この家名だった。
この国で、現存している公爵家は5つだ。
そして公爵家は総て、遡れば王家に起源を持つ。
いうなれば、遠い親戚なのだった。
なので、公爵家同士が交流が深くても、可怪しくはないのだけど……?
何に引っかかっているのか、解らない。
解らないから、尚、引っ掛かる。
思考の無限ループに陥りながら、聞くともなしに、お母様とお兄様たちの会話が耳から入り、思考の渦に混ざり込んでくる。
「まぁ、今日はクリスティーナ様の体調が良かったようね。 夫婦揃ってなんて、いつぶりかしら。 ご子息は、レスター様だけのようねぇ、ロイド様はライラの一つ下だから、まだ馬車での遠出は厳しいものね。」
「レスター様か、確か…、エリファスよりも下だったか?」
「興味ないからぁ、わかんなぁ~~い。」
「そうだろうな、聞くだけ無駄だった。 この中だと、ライラが一番年が近いのか。 学園では、在学期間がかぶる年齢差だったはずだ。」
「良いなぁ~~、ライラと学園生活。 ボクも後一年遅く産まれてたら、一年被ったのにぃ、残念~~。」
「そこは、考えてもしょうがないだろう。 ライラが少しでも学園生活を快適に過ごせるように、先んじて実地調査すると思って通うしかないな。」
「なんかなぁ~、やる気が出ないぃ~、そんな理由じゃ。 行かないほうがマシぃ~~。 ボク次男だしぃ、ライラとずっと屋敷に居ても、問題な」
「ライラに何て、約束したんだったかな、エリファス?」
「えぇ~~、コレもなのぉ~~?? 含まれちゃうのかなぁ、約束にぃ~?? だってぇ、約束は良い子になるってだけで」
「抽象的だからこそ、意味があるんだろう? 高位貴族の義務でもある、学園での就学を疎かにするのは、“良い子”では、無いよな?」
あの父が、用意し教え込んだ台詞に、何の意図も介在していない筈がない。
子供が覚えやすいように、だけで、あの台詞を考えた筈がない。
「………嵌められたぁ~~。 あぁ~あぁ~~、やぁ~~な感じぃ~~。 ボク、可哀想じゃないぃ~~?」
「いいや? まったく、可哀想ではない。 自業自得だろ? 嫌われたくないんだろう、ライラに。 諦めて、少しは真面目に学業にも取り組めよ?」
「………、やる気が出ないぃ~~、無理ぃ~~。」
往生際悪く、未だにグダグダ文句をたれるが、ハッキリ否とは、明言しない。
妹に嫌われるのが、そんなに嫌なのだろうか。
シスコン過ぎな次兄に、ただただ、感心した。
「ハッハッは、いやぁ~、アルヴェインは優秀だねぇ~~、良いお兄ちゃんじゃないかぁ~! 弟の性格を把握していてぇ、素晴らしいねぇ~~♪ 長男が聡い子だと、親は楽なもんだねぇ~~。 さぁてっとぉ~、そろそろ、落ち着いた頃かなぁ?」
ソファから腰を上げ、軽く伸びをするお父様は、何かを確かめるように家令のオズワルドに目を向ける。
すると、何かを肯定するような表情で、静かに礼を返すオズワルド。
軽く頷き、私達を振り返り告げる。
「パーティー開始の前に、セヴィに挨拶に行くから、ちょっとだけ歩けるかい? お姫様?」
「セヴィ…? ダレでしゅか?」
「お父様の、お友達だよぉ~。 まぁ、歳は離れてるけどぉ~。 さっき、お母様とアルヴェインとエリファスが話していただろう? レスターっていうお兄ちゃんの、お父様さ。 あぁ、セヴィは愛称でねぇ、長い名前は、セルヴィウス・デ・ラ・オーヴェテルネル。 奥さんも来てるから、疲れきる前に挨拶しとこうかなぁって。 長旅だったろうしねぇ~。」
セルヴィウス・デ・ラ・オーヴェテルネル、公爵家、息子が、レスター。
私と2歳違う、学園でかぶる年齢差…!
何に引っ掛かっていたのか、はっきり解った。
遅すぎる気付き、でもだって、仕方ないんです!
この親子、攻略対象でしたわ……、メインと隠しルート、それぞれの…!!
ゲームの中では、あまり家名は呼ばれなかったし、吹き出しとかステータス画面も、ファーストネームのみの表示だったのだ。
それに、レスタールートは一回しかやっていないから、あまり印象に残っていなくて…、すぐにそれとわからなかった。
しかし、セルヴィウスの名前でひらめいた。
長めのファーストネームが珍しくて、パッと覚えられた。
それに、どのルートでも大抵登場するキャラクターだったから、目にする頻度が高かったのだ。
王国騎士団の騎士団長(現在はまだなっていない)なので、王族も攻略対象なのもあり、その絡みで登場する回数が多かった。
大人担当キャラで、ヒロインを大人の包容力でサポートしたり、諭したり、励ましたり。
とにかく、滴る大人の魅力でメロメロにしてくれるスパダリキャラだった。
声もすんごく、イケボ。
男らしい低音で、艶っぽい美声、イヤホンとかで聞くとマジで耳が死ぬ。
中毒性があるから、何度でも聞いて、何度でも悶え死ぬ。
その無限ループを止められなかったなぁ~~。
あれぇえ? これ、ヤヴァくない…っ!!??
生でしょ? 生の肉声が、あれ…??!
え、死、しか見えない…。
昇天するじゃん、召されちゃうじゃん、ラスボスになる前に天寿を全うしちゃうじゃん。
やだ、どうしよう、だから今日はやたらと家族が天使に見えたんだわぁ、なるほどねぇ、わかりみぃ~~♪
お迎えが既に準備されてたのね~~、じゃあ、しょうがない。
サクッと逝っとくかぁ~♪♪
ラスボスとしての死よりも、こっちのほうが遥かにマシ。
だって痛くないし、苦しくもなさそう。
むしろ安らかな眠りが訪れそう。
イケボに殺されるなら、本望さ☆
さぁさぁ、いざ征かん!
生! 生美声!! この耳で直に聞いて悶えたい!!!
本日初めて、自主的かつ自発的に、行動を起こすことを心に決める。
しかし、逸る気持ちを物理的に押さえつける、このドレスが恨めしい。
これで駆け回れと言われたら、再び大号泣してしまいそうだ。
のっそのっそと、体を揺らして今できる最速で歩く。
そんな私を、お母様が不思議そうに眺めてから、何かに思い至ったように声を上げる。
「ライラちゃん、もしかして、魔法でも使ったのかしら?」
「ふぁ?」
何故いきなり?
この妖精さんは、突然、何を言い出すのか?!
不味いことなのだろうか、この年齢の子供が偶然とは言え魔法を使ってしまうのは、何かのフラグを立てる行為だったのだろうか?
「ドレスにかけてあったはずの軽量化魔法が、消えてるのでしょう? 重くて、歩くのも大変でしょうに…。 早く言ってくれたら良かったのに。 ねぇ、コーネリアス?」
しかし、私の心配は杞憂だったようだ。
深く掘り下げられることもなく、お母様はお父様に呼びかける。
「うん、どうしたかなぁ~?」
「ライラのドレス、魔法が解けてしまったみたいなの、かけ直してあげて?」
「おやおやぁ? それはまた、おかしいねぇ~、うちのお姫様は、今日はとんだお転婆さんだったねぇ~~? でもねぇ~、気を付けないと、駄目だよぉ~?」
パチン…。
軽く指が鳴らされた後、重力で地面に引っ張られ続けていたドレスが急激に、軽くなった。
魔法、マジ、ッッッパネェ!!!
「お父しゃま…、しゅごい! あぃがとぉ!!」
「愛娘からの尊敬の眼差しぃ~~!! あぁ~、役得だなぁ~~、魔法が使えてよかったぁ~~♡♡」
幼女からの尊敬を受けて悶える親は、一先ずキレイにスルーして…。
今なら、私、やれる気がする!
さっきまでの億劫さは弾け飛んで、今ではあることをやってみたくてウズウズする。
こんなヒラヒラのプリンセスみたいなドレスは、前世では、もちろん着たことも、お目にかかったこともない。
フンワリした裾を前に、やることは一つ。
その場で右足を軸にして、くるりんっ、と一回転する。
動きに合わせて、裾がフワリ、ヒラリと想像した理想通りの動きをした。
感無量、ただただ、余は満足じゃ。
この一言に尽きる、敢えてやる必要のない行動。
前世でやろうものなら、顰蹙を買うこと請け合いの、一歩間違えば大事故必至の、ある種の自殺行為。
社会的な抹殺は免れない。
今だから出来る。
この場にいる今世の私だから許される。
この容姿、この年齢、この世界観。
TPOを完全に網羅して初めて、行動に移せる、決死の覚悟のいる行動だった。
やったわ、私、見事にやり遂げましたわ!!
謎の達成感が胸を満たして、気が大きくなっていた。
見守る家族の視線は、限りなく温かくて、愛情に溢れていた。
だから、失念していた。
石橋は叩いて渡る。
心に刻みこんだ鉄則を、徹底しなかった自分。
その軽はずみな行動がこれから引き起こす、シナリオにない展開。
今後の人生が大きく揺らぐ“約束”を交わすことになる、何フラグかも全く予想できない、不測の事態を誘発させる。
攻略対象者に関わるという、事の重要性、重大性を、深く考えなかった自分を恨めしく思う。
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