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●本編●

3.ハッピーバースデートゥー、ミー? ③

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 子供って、なんであんなにずぅ~~っと泣き続けるのか疑問だったけど、これは……、止められなかったわ、実際。
悲しい、悔しい、だから泣く。
歯止めが効かず抗えなくて、取り敢えず泣き続けるしかできなかった。

マインドを全くコントロールできなかった。
そしてその結果、私はまだ、一口もサンドイッチを食べられていない。

お腹の虫は諦めたのか、いつの間にか沈黙している。
喉も乾いた。
なので、微温くなった紅茶だけでも先に啜る。
水分補給、大事!!

ゴッキュ、ゴッキュ、と令嬢にあるまじき、テーブルマナーを無視した、豪快な音を立てて、一気に飲み切る。
気分はだいぶ、落ち着きを取り戻し、自身の現状に目を向ける余裕が出来た。

泣きすぎて、目も、鼻も、いや、顔面にあるパーツ全部ひっくるめて、とんでもない惨状コトになっている。
人生最悪の誕生日確定だ。
こんな原型をとどめていない顔面で、パーティーの主役なんて、黒歴史でしかない。

そりゃぁ、悪役令嬢にも成るわ!
ラスボスにもなって、世界滅ぼしたくなるわ!!
あ~~ぁ、今すぐこの星、爆発しないかなぁ♪


 すっかり荒んで、物騒な考えが頭を占める。
最高の誕生日になると心躍らせていたのに、最低最悪なものにしかならないと、結果は火を見るより明らかだ。
なのに、パーティーの開始時間は刻一刻と迫っている。

小さな子供には良くあること、と大人たちは気に留めないだろうが、ホント勘弁して!!
まっって、まっっって下され!!
私、大人っっ、じゃないけど、身体は3歳でも、精神は16歳なんです、思春期なんです、メッチャ繊細なんです、硝子の心グラスハートが砕け散っちゃうんです!!

死ねる。
これが、この顔が、参加者の記憶の1ページの、ほんの端っこの、塵芥ほどの欠片だとしても!
一度は刻み残されるのかと思うと………。
控えめに言って、社会的に死亡案件だ。
参加した同年代の子女に、ずうぅっっっっと、イジられること請け合いだわ…。

ましてや、定番の記念撮影等が今世でも主流なものだったら………。
考えただけで、今すぐ公爵邸に隕石が落下して欲しいと願わずにいられない!!!!

ヤヴァァッ!?!
染まってる、私、悪役令嬢の思想(?)に染まってきてる!?!?!
ノンストップ・トゥー・ザ・ラスボスフューチャー!!!???

これがシナリオの強制力!??
もうだめだあああぁぁあぁぁ!!!


 一人椅子の上で悶えていると、バランスが崩れて椅子から転げ落ちそうになる。
こんな時こそ! 転ばぬ先の、魔法!!
影でこの身を支える様を必死に思い浮かべる
イメージ! 強くしっかりイメージ!!

するも虚しく、結果は惨敗。
すなわち、見事な意匠の絨毯が敷かれた床への華麗な顔面ダイブ。

とんでもなくけたたましい派手な音は、毛足の長い絨毯に吸い込まれ、立つはずもなく。
静かに、柔らかい絨毯に顔面を埋めて倒れ伏す。
床に直撃ではないにしろ、多少のダメージが顔面に追加される。
もうこれ、人間として見れない顔になってる。
鏡なんて必要ない、いや、見たくない。
もうこのまま、絨毯の柄の一部になってしまいたい。

身体を起こす、気力が湧いてこない。
情けない、恥ずかしい、埋まりたい。


 せめてもの救いは、この部屋に再び一人だった事だろう。
メリッサは私が泣き止んだ辺りで、気付いた時には部屋から姿を消していた。
音もなく出ていかれるのは、ちょっと怖い。
もし気付かず、話しかけてしまったら、また黒歴史が増えてしまう。
普段の会話の声量での独り言は、ヤバい。

転生を認識して、3時間ちょっと。
こんな短い間に、黒歴史の更新は驚くほど順調に滞りなく行われている。
これ以上の更新は、できればしばらく遠慮願いたい。

身体を起こす気力は、未だに皆無だが、さすがに呼吸がしづらく、顔を横に向ける。
すると、目が合う人物が一人。
音もなく開かれたドアから部屋に一歩踏み込んだ、丁度のところで、バッチリ目が合う。


 綺麗なペリドットの瞳が、驚愕に見開かれている。
そして素早く部屋の中に目を走らせ、何事かの指示をドアの外に早口で伝えている。

部屋の中に異常が無いことを用心深く確認した後、未だに微動だにせず、絨毯に伏せっているラリエルへ歩み寄る。

当の私はといえば、向かい来る人物の顔をじっ……と見つめ返す事に集中している。
もっと言えば、他の感覚を切り捨てて、視覚に全神経を集中している。

美……! 美少年が……、わた、わたた、………っ私に近づいて、来る……だと?!

生まれてこの方、お目にかかったことがない、美少年が、もうすぐそこ、手の届く距離に……っ?!
…訂正、記憶を取り戻してから、一般庶民でモブだった前世の自分の感性に侵食され、支配されている為、何もかもが初めてと感じてしまう。
そんな上書きされた今世の自分の知覚で、初めて認識した、蜂蜜色の髪のイケショタ。


 この美少年は、元のライリエルの記憶に何度となく現れている。
それもそのはず、この美少年こそが、フォコンペレーラ公爵家の嫡男であり、ライリエルの一番目の兄、そして、ゲームでの攻略対象者の一人である、アルヴェイン・デ・フォコンペレーラ公爵令息、その人なのだ。

ライリエルとは7歳差、ということは………、10歳。
テン・イヤーズ・オールド~~~?!?
御歳10歳で、この完成された美貌???

コワッ! 乙女ゲーム世界コワイッ!!
私の心臓が保つ気がしない!!!
だって心臓がドコドコいってるのなんて、産まれて初めての経験だ。

ハァッ、ハァッ、と一気に呼吸が荒くなる。
何故かと言えば、美少年、もとい、現在いまの実兄が私を助け起こすために、仰向けさせ、触れたためだ。


 ヤヴァイ! 何がって、私がヤヴァイ!!
変態、変質者、ショタコン、そう呼ばれても弁解の余地がないほど、ヤヴァイ犯罪者な顔面に成っていることだろう。
状況証拠満載だ。

泣き腫らし + 顔面打撲 + 興奮MAXによる流血(鼻血は今気づいた)+ 涎 + 瞳孔が開ききっている…等々。
揚げ出したらきりがない。
数限りなく、列挙できてしまいそうだ。

興奮しすぎて痙攣まで起こしてしまう。
本格的にヤヴァイ。
ぼんやり熱に霞む目に、兄の心配そうな顔が映り込む。

そうだ、ショタコンではない。
今は私のほうが年下だ。 肉体だけは。

どうでもいいことが頭を過ぎる。

そんな私に触れる手。
殊更優しく、慰撫するようにゆっくりと、撫でる手の感触。
私よりも体温が低いのか、少し冷たく感じるが、温かい、優しさを溢れる程感じさせてくれる、小さな手。

キモチイイ……。

無意識に、その手に頭を擦り付ける。
猫であれば、喉がゴロゴロ鳴っていることだろう。


 安心しきって、抱き起こされた姿勢のまま、兄の身体に凭れ掛かる。
匂いも……、最っ高♡
ぐふふっ、と怪しい笑いが漏れる。

それに一瞬、ビクリと撫でる手を離すが、再び触れたときには、手が温かかった。
というより、熱い…?!

兄の急激な体温上昇に、何事かと、気持ち良さに降ろしていた瞼を開く。
その眼に飛び込む美少年の顔面ドアップ。

あ、死んだ。 私の何かが、大量死した。

眼福過ぎて、ツライ。
イケメンは幼くてもイケメンで。
ありがとう、世界!!


 感動に打ち震え、感極まり、この感動を噛み締めるように、再度瞼を閉じる。
その動作が、スムーズに行えて、驚く。
先程まで、腫れぼったくて、瞼を動かすのも違和感が半端なかった。
それが今はすっかり、キレイさっぱり、解消されていた。

動作確認に、パチパチと何回も無駄に目を瞬く。

その仕種が可笑しかったのか、クスッと、眼前の美少年が笑った。

その威力は、凄まじかった。
私の脳細胞が100万個ぐらい死滅したかもしれない。
美少年の微笑みは、恐ろしいほどの殺傷能力を秘めていた。

顔面の異常は解消されたが、精神の異常は解消されなかった。
私に巣食う煩悩は、魔法では取り去れないらしい。


 煩悩の件は一先ず深く考えないことにして、自分の顔面に触れる。

戻っている、スッキリ、すかっり、元通りだ!

「しゅごい!」

言葉に出してみて、後悔する。
3歳児の舌は、さ行を上手く発音できない仕様らしい。

 はじゅかしいぃぃぃ~~~!!

これはわざとで、声に出していないが。
先程の舌足らずな発言は、イケメンの前だとなお一層、羞恥が増した。

顔面の状態を確認していた手で、そのまま顔を隠そうとする。
しかし、面積が足りなかった。
顔面に対して、手が圧倒的に小さかったのだ。

例えるなら、恥ずかしぃ~、と言って手で顔を覆うが指の隙間から、ちらりと目を覗かせているような状態。
あれのあざとくないバージョンだ。
断じて、狙ってないんだからね!

ツンデレ娘風に釈明してみたが、虚しさが増しただけだった。

スン…、と虚無に表情を変え、黄昏る私の耳に、クスクスと笑う声が聞こえる。

「ふふっ、今日はくるくる表情が変わって、いつにも増して可愛いな。 我が家の大事なお姫様の顔が、僕に治せて安心したよ。 ライラ、そろそろ準備しないとな。 もうそろそろ、お待ちかねのパーティーの時間だ。」

「パーティー?」

「そうだ、今日の主役はライラだろう? さぁ、兄様に掴まって立ってご覧? 良し、いいな。 じゃぁ、また後で。 会場で待っているよ。」

美少年の眩しすぎる笑顔に、思考停止状態で見入ってしまい、会話の内容が頭に入ってこない。
気になった単語を繰り返して呟いたが、心ここにあらず。
しかし、何かが引っ掛かる。
何か大事なことを、忘れている気がする。
何だったっけ?

促されるまま立ち上がり、手を振って部屋を後にする兄に、ほとんど反射的に手を振り返して見送る。

兄と入れ違いに、メリッサが入室してくる。
そしてその後ろから、メイドが何人か続いて入ってくる。

そのメイドの一人に、何かの指示を出したメリッサが私の傍に来て告げる。

「お嬢様、残念ながらお時間です。 仕上げをしてしまいませんと、間に合いません。 ですので、お食事はパーティーが終わるまで、辛抱なさって下さいまし。」


 雷に打たれたかのような衝撃が、脳天から足の先へ走り抜ける。

ソウダッタ……!
忘れていたもの、それは、間食を食べること!!
私、食べてない、ヒトクチモタベテナイ!!!

指示を受けたメイドは無情にもテーブルの上をキレイさっぱり片付けて、手付かずのサンドイッチをワゴンに乗せて、部屋を横切る。

鼻を擽る、サンドイッチの香りが、ダメ押しのように心を抉る。


 良かったコトはと言えば、今度は号泣する事態にならなかったこと。
再び、兄を呼んで治癒してもらう時間は皆無だ。
もしあれば、一口だけでも齧りつかせて欲しかった。
そのかわりに、魂が抜け出て放心状態の私は、侍女を筆頭に、一致団結したメイドたちの手によって、されるがまま、成すがまま。
さながら、着せ替え人形の様に、最後の仕上げを施される事となった。
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