怪異と私の恋物語 ~命を救ってもらった結果、最強怪異が下僕になりました~

夜桜 舞利花

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第二章 波乱万丈

人無

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焼けるように痛い。
怖い、辛い、苦しい、身体が動かない。


なんで、私がこんな目に合わないといけないの?


神様、私は何か悪いことをしたでしょうか。

とりあえず生きて。
とりあえず、学校に通って。
周りに合わせて笑ったり怒ったりと同調して。
ふと、苦しいなと。
辛いなと思いながらも、とりあえず日々を過ごしてきたのに。

死ぬのは嫌だ。
だって、家族が悲しむから。
あぁ、私という存在ごと無くなって、居なかったことになればいいのに。


そしたら、誰にも迷惑かからないのに。


躊躇なく蹴られる身体。
服に隠れて見えない位置なのが本当にクソだと思う。
倉庫だから人も通らない。
どうせ誰も助けに来ない。


幼いあの時のように、どこまでも残酷だ。


汚れた服。
アザが残るであろう身体。
嘲笑いながら、蹴り続け、それを楽しそうに傍観する人間彼女たち

自分が中心にいないから、私を堕とすのか。
なんて身勝手で自分勝手な理由。

私がこんな目に合うのはおかしい。
だって、私は何も悪くない。
なのに、なぜコイツらは


寄ってたかって私の存在を否定するの?


自分がこの世の中心と勘違いするような奴に好きなようにされるなんて。


許せない。


こんなことを許されるような環境が。
彼女たちのその腐った考え方が。
理不尽で傲慢なこの行いが。



それに屈しそうな自分自身が何よりも許せない。



『どうか、私だけを求めてください。
そうすれば、私は貴女のために何でもする下僕げぼくにでも成り下がることができるのです』



魁の言葉が走馬灯のように思い出される。
自身の吐瀉物の香りと身体中の痛みに意識が遠のく。
私がこんな目に遭っているというのに助けに来ない自称下僕。

痛めつけられる恐怖が、苦痛が、悲しみが怒りへと変わる。
求めろというなら、求めてやろうじゃないか。
こんな状況、こんな理不尽。
こんな弱くて情けない自分が、



「許せない…絶対に」



下僕というのであれば、この理不尽を覆して。
私を助けて…



「ーーー魁。」



独り言のように呟き、瞳を閉じる。

次の瞬間、悲鳴が聞こえ、目を開く。
目の前に広がるのは真っ暗な闇。

恐ろしいほど黒く、光もない、ただの闇。
だが、その暗闇はどこまでも私には優しく、包み込む。



「あぁ、やっと呼んでくださいましたね、菜舂様…!」


愛おしそうに撫でる手。
声でとたんに安心する。


あぁ、魁が来てくれた。


小さいあの時のように。
私を助けてくれるのは怪異だった。



「あぁ、助けを呼ばず、復讐を言葉にする菜舂様。
そんな貴女だから愛さずにはいられない」



心底嬉しそうに高揚したように言葉をかけられる。

倉庫は闇に包まれ、どこにも逃げられない。
恐怖に泣き叫ぶ女たちの声がする。

あぁ、うるさい。
静かにしてほしい。
声も聞きたくない。

この心地よい声だけを聞いていたい。



「う、るさ…ぃ。」

「あぁ、確かに屑どもの声が鬱陶しいですよね。
すぐに静かにさせましょう…朱利?」



姿は暗闇で何も見えない。
だが、そこにいる気配がする。

たった一言、「黙れ」と朱利が呟くと、小さなが闇を灯す。
紅い瞳が火に照らされる。
その瞳には煮えたぎるような怒り。


「ひっ…」


一言誰かが声を発すると、火の玉が声の方向に一斉に飛び出す。
一瞬彼女たちの恐怖に怯えた顔が照らされ、火は容赦なく、口からその喉を燃やした。


声にならない悲鳴。


焦げたにおいが充満する。
息もまともにできないのか、ひゅーひゅーと暗闇の中でわずかな空気の音だけがこだました。


恐怖がこの場を支配する。


静かになった暗闇の中、口元についた吐しゃ物を拭われる。
力なく横たわる私を抱き抱え、優しく頭を撫でる魁。


――痛かったでしょう?

――怖かったでしょう?

――憤ったでしょう?



まるで赤子に言い聞かせるような優しい声。
耳元で私に囁く。


「ほぉら、貴女の下僕にご命令を。
感情のまま、私に命令を」


甘い言葉が乾いた心に染み渡る。
なんて優しく甘美なのだろう。



「私が必要でしょう、菜舂様?
さぁ、ご命令を」



私の言葉を心待ちにする声。
悪魔のような囁き。
きっと彼は叶えてくれるだろう。
どんなむごいこともやってのけるだろう。



彼女たちの運命を握るのは、他でもない私だ。



あぁ、理不尽だ。
人間はなんて身勝手で傲慢だろう。
自分だけのためにここまで他人を陥れる。
それを躊躇なくできるのが本当に末恐ろしい。

自分がそんな人間であることに反吐が出る。
私には力はないが、力を使える下僕がいる。
私に求めて欲しいと切望する、私の全てを愛する怪異がいる。

平穏が欲しい。
日常が欲しい。

私の日常を返してほしい。
そのために人でなしになれというのであれば。
愚かな人間であることを捨てろというのであれば、



「一生私に一切関わらないようにして。
死ぬより辛い生き地獄を…!」



喜んでになろう。
だって、私は何もしてない。
何も悪いことをしていない。

ただ、純粋に日常を切望する人が損をするのであれば。
そんな人を無碍にする世界なんて壊してしまえ。


私は願う、この怪異人でなしに。


暴力には暴力を。
権力には権力を。
そして、



理不尽には理不尽を。



魁の私を支える手が震える。
そして、心底嬉しそうな吐息を出す。


「あぁ、仰せのままに、我が主…私の全てを賭けてこの者共に死を望むほどの生き地獄をお届けしましょう…!」


歓喜に震える魁。
暗闇が晴れる。

だが見えるのは見慣れた倉庫ではなく、恐ろしい怪異人でなし
爛々と光るその黄金の瞳は、まるでオモチャを見つけた子供のよう。

横に佇む朱利はただ冷静に、冷たい紅の瞳で目の前の哀れな人間に自然を向ける。
ゆらりゆらりと揺れて見えるのは、燃えるような赤を纏った7本の尾。

そして、その右腕には、


見るも無惨な彼を騙した


瞳は虚ろで何も写していない。
涙の後は乾き、口からは言葉にならない呻き声が流れる。
火傷のような水膨れで手や足が膨れており、同じ人間なのかと疑うような姿。
まだ、生きているのが不思議なその姿を見て、


あぁ、本当に人ならざるものなのだとそこで改めて私は認識した。



あまりの恐ろしさと非現実的なこの状況に、髪を掻きむしる者。
頭を抱えて現実逃避するもの。
失禁するもの。
逃げようと走り出そうとする者などそれぞれの反応を見せ、


主犯の長谷川 遥は、ただ信じられない光景に呆然と座り込んでいた。



「なんて優しい菜舂様。
なんと慈悲深い我が主…!
喜べ、そして感謝するがよい外道共」



楽しそうに笑顔でその端正な顔立ちを歪める。
ボコボコと彼の佇む地に映し出された影から人からざるものが這い出てくる。


そっと、私の目が朱利の手によって隠される。


あぁ、この先は見てはいけないのだと悟り、大人しく私は目を閉じる。


「菜舂さん、見ないほうがいい。
並大抵の人間は見るだけで気が狂うから…」


触れてはいけない。
見てはいけない。
直視してしまえは、自然と死を願う。



「さぁ、我が主を虐げた屑ども。
お喜びください。
人が一生味わうことのない事を全て体験させてあげましょう」



何かが蠢く音。
焼けただれた喉から人間のものとは思えない絶叫がこだまする。



「可愛がって貰いなさい。
気が向いたら、様子を見て出してあげましょう」

「主君、絶対聞こえてないですよ?」

「でしょうね。
我が主を傷つけたことへの後悔と懺悔を魂に刻ませましょう」

「刻む前に壊れそうですが…」

「では、また直せばいいだけですよ」

「人生何回分の地獄でしょうね?」


くすくすくす、と笑う2人の声。
魁に身体が持ち上げられ、悲鳴が遠のく。

私の頭を優しく撫でながら、対照的に呆れたような声で朱利に話す。



「知ったことじゃありません。
だって私たちは怪異ひとでなしですから」



グチョグチョと聞こえてはいけない音を聞きながら。
私は痛みと安心と情報量の多さから


ここで意識を手放した。


その後、彼女たちがどうなったか。
それを知るのは私が目を覚ました後となる。
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