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第二章 波乱万丈
女王
しおりを挟む※いじめ・暴力描写があります。
※苦手な方は読まないことをお勧めします。
「林さん、ここ数日とっても楽しそうね。
…隣にあんな素敵な親戚がいるんだから、本当に羨ましいわ」
薄暗い倉庫で不気味に彼女の声が響く。
クスクスと同調するように取り巻きの女子が笑う。
「本当にアタシも羨ましい~。
林さんって地味なのにやることやってるんだねー」
「はしたなーい。
私も彼氏とはまだデートとお泊り止まりなのに、同棲とかヤバすぎ」
「そんなことは…。
ただ、親戚ってだけだし…」
敵が用意した場所に多勢に無勢。
まるでリンチに合いそうな状況。
「そうかな?
周りが付け入る隙がないくらい隣にべったりに見えるけれど?」
「それは私じゃなくてしゅ…」
へらへらと笑いながら、何かを言いかける。
それを遮るように
「本当にいいご身分」
そういって、ゴミ箱を蹴り飛ばし、中のものを菜舂にブチ負けた。
とっさに腕で上半身をガードする。
中身には飲みかけの紙パックジュースが入っていたのか、彼女の制服を汚す。
掃除をする必要がないといったのは、一部すでに教室のゴミを移動させていたからだ。
計画的な犯行を1つ1つ進める彼女は楽しそうに笑う。
「…ぐぇっ」
蛙の泣くような声。
ガードが薄い彼女の腹に取り巻きの足がめり込む。
後ろに倒れこみ、倉庫の工具に背中をぶつける。
汚れで、痛そうで、惨めだ。
ガタガタと震える肩。
心底おびえたような目を向ける。
その表情を見て、満足げな笑み場の支配者は浮かべた。
痛そうに呻く。
そんな彼女に対して、
「調子に乗ってるからいけないのよ、林さん」
「ちょ…うし、なんて」
「空気を読まないからこうなるの。
周りに合わせて空気に徹さず、目立つようなことをするから」
…ねぇ?と取り巻きに問いかけるとそれを合図に菜舂を囲む。
がたがたと震える彼女に容赦なく、蹴りを入れる。
小さな悲鳴とうめき声を上げる、モブキャラを見て、
全てを持つ女王、長谷川 遙は美しく微笑んだ。
「私より目立つからいけないのよ、林さん。
モブがヒロインより目立ったらいけないでしょう?」
長谷川 遙は生まれてから全てを持っていた。
美貌も・頭脳も・家柄ですら。
生まれてから何不自由なく、暮らし周囲の目線を独占し、生きてきた。
父は、大手企業の重役であり、取引先や会社関係者は彼女にひれ伏すばかり。
誰もが彼女の機嫌を伺い、夢中になり、
思い通りにならないことなんてなかった。
見目の良い異性も彼女のもの。
父親の重役というコネを使い、有名な芸能人と食事をしたり、SNSを交換したりする仲。
見返りに父にお願いして、小さな広告起用でもお願いすれば、彼らは遙の虜。
彼女に命じられるままに隣に立ち、笑顔を振りまき、そして望みのままにかしずいた。
彼女に手に入らないものなんてない。
彼女は世界の中心で、ヒロインで、周りが彼女に合わせるのが当たり前。
全ての視線を独占し、学校という小さな箱ですら彼女を輝かせる舞台セットに過ぎない。
取り巻きも父の関係会社のご令嬢。
一般的には権力を保有するが、彼女の家庭ほどではない。
手を汚さずに彼女らに命じれば、望み通りの結果が手に入る。
彼女は脚本家であり、そしてこの世界の主人公だ。
そう思っていた。あの時までは。
朱利が現れるまでは。
存在するだけで、自然と目が釘付けになる。
自分自身がまるで風景画になったようにかすんで見える。
その場にいた人間の視線を全て強引に奪うような美貌と存在感。
そんな人は生まれて初めてだった。
その時だけ、初めて彼女にスポットライトは当たらず、
完全なモブとなり下がった。
話しかけても存在感で負けてしまう。
あぁ、でもなんて圧倒的な存在感だろう。
そう、ヒロインである自分には、同等以上の輝きを。
今まで腐るほど見目のいい異性や一般人離れの芸能人やインフルエンサーと共にいた。
だが、どこか物足りないと感じていた。
やっと、
自分に見合うだけの人が現れた。
あれくらいでないと自分の隣は務まらない。
自分の隣に早く立たせないと。
そう思い、最上級の笑顔を振りまき近づいた。
だが、彼の隣には菜舂がいた。
彼らの隣を、目線を、思いを全て独占していた。
なぜあんなモブ女にそんな視線を向けるのか?
なぜモブ女のせいで自分が責められなければならないのか?
なぜ思い通りに自分の隣にいないのか?
初めて思い通りにならないことだらけ。
許せない。
親戚?同じ屋根の下?
許せない。許せるはずがない。
調子に乗るな。
「私が主人公だ。」
あんな冴えない女がアノ人たちの隣を独占するなんて許せない。
親の権力を使って飛ばすだけでは物足りない。
精神も体もボロボロにしてやろう。
立ち直れず、人生を滅茶苦茶にしよう。
社会的にも立ち直れないような。
そんな壮絶な人生がお似合いだ。
菜舂を容赦なく踏みつける取り巻き。
そして、思いっきり腹を蹴りつけると
汚い吐しゃ物が地面と制服を汚す。
あぁ、なんて汚い。
自分はキレイなままでいなければ。
手を汚さず、キレイなままで。
だって、主人公なんだから。
吐しゃ物で汚れ、酷い匂いだ。
あぁ、幾分か心が晴れた気がする。
さぁ、最後はどうしようか。
朱利がそろそろ教室に戻るだろう。
取り巻きに最後の仕上げに服や髪をずたずたにしてもらおうか。
そうすれば、きっと彼女は部屋から出てこれない。
自分はこの場を離れて
全ての責任を彼女たちに押し付けてしまおう。
大丈夫、証拠なんてどこにもない。
取り巻きがいくら喚いたところで、関係ない。
父親の権力でどうとでもなる。
地方に飛ばすか、左遷させるか。
メディアに垂れ流したところで、すぐに抑えることなんて簡単だ。
モブが主人公をどうこうできる力なんてない。
大丈夫、世界は都合よく主人公を中心に回っているのだから。
あぁ、目の前に生意気なモブはどうしようか。
父親の職業を調べ上げて、飛ばしてしまおうか。
職を失わせてしまうのもきっといい。
適当な罪を着せて、退職へとおいやってしまえばいい。
そうすれば、家を追われ、今の場所にも住めない。
きっと、朱利は困るだろう。
あぁ、一緒に住んでいるという担任の教師も一緒にいただろうか。
そうなったら私が二人に手を差し伸べるの。
きっとそうしたら彼らの目線は私が独占できる。
それはきっと今までの何よりも気持ちよくて、きっと素晴らしい日々。
あぁ、なんて素敵なんだろう。
ふと視線を目の前のモブに移す。
あぁ、そうだ。
女として一番屈辱的なことをしよう。
このまま腹を踏みつけ続けたら、大事な女としての象徴は使い物にならなくなるだろうか?
どれくらい踏みつければいいのか、試してみよう。
けらけら笑いながら彼女は悪魔のような指示を出す。
「ねぇ、そのままお腹蹴り続けたら生理来なくなるんじゃない?」
暴力で高揚した状態。
アドレナリンが過剰分泌された状態の取り巻きたちにはストッパーがどこにもない。
意気揚々と同調する。
この場の空気が倫理観を破壊する。
なんの躊躇もなく取り巻きたちはその足をあげた。
====
体中が痛む。
なんて、理不尽。
なんとなく周りに合わせて。
なんとなく、笑って。
なんとなく、やり過ごそうと努力してきた。
一体、私が何をした?
理不尽さに怒りを覚えた少女はつぶやく。
「許せない…絶対に。」
弱った獣が最後の力を振り絞り、首謀者である長谷川 遙をにらみつける。
暴力には暴力を。
権力には権力を。
そして、
理不尽には理不尽を。
突然視界が全て闇に包まれた。
周りにも何も見えない。
自分自身の姿すら見えない。
そんな恐ろしく深い闇が全てを包んだ。
悲鳴を上げる女子たち。
自分の手すら見えない暗闇に完全におびえている。
そんな中、菜舂を包み込む優しい暗闇。
「あぁ、助けを呼ばず、復讐を言葉にする菜舂様。
そんな貴女だから愛さずにはいられない」
口元についた吐しゃ物を拭う。
優しくぐったりと力なく横たわる彼女を抱いて支える。
――痛かったでしょう?
――怖かったでしょう?
――憤ったでしょう?
ほぉら、貴女の下僕にご命令を。
感情のまま、私に命令を。
私が必要でしょう、菜舂様?
さぁ、ご命令を。
愚かな人間どもにこの世の深淵を。
さぁ、人間どもよ。
蹂躙の時間だ。
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