9 / 20
第一章 主と下僕
流血
しおりを挟む
「死ね、化け狐が」
「…えっ」
――ベシャ
一瞬の出来事だった。
気づいたら私は屋上にいた。
真っ赤に染まる夕焼けと、地面に広がるどす黒い赤い液体。
素っ頓狂な声を出したのは、朱利だ。
何が起きたのかわからないのは私と同じ。
だが、離れた位置から見れる位置にいる私は見てしまった。
彼の右肩から先が無くなってしまっていることを。
音がした方向に視線を移す。
そこにあったのは、鋭利なもので切られた腕が無造作に落ちていた。
切り口から広がる赤くどす黒い液体が夕日に照らされる。
鼻につくのは、鉄の香り。
外にいて、いくらでも換気されているだろうに、
むせ返るような血の匂いに私は口を押えたが、胃の中もものを全て吐き出した。
吐しゃ物で地面が濡れる。
人間の形をした腕が、広がる血が脳裏から離れない。
地面に伸びる影が私に重なる。
目線を上げると、夕日に照らされ真っ赤に彩られた魁が立っていた。
「申し訳ございません、菜舂様。
私の配慮が不足していました…」
伸ばされた手は、夕日ではない赤い何かでおおわれていて。
私はしりもちをついて、後ずさった。
夕日で顔が…表情が見れない。
一体どんな顔をしているのか。
私の目の前にいるのは、魁なのか。
―ズサッ
音をした方向を見る。
朱利が腕を抑えて倒れていた。
「……っ」
声のない悲鳴を上げる朱利。
何故こうなった?
どうしてこうなった?
ココは何処?
現実?
夢?
赤い夕陽が私の頭を鈍らせる。
ただ分かっているのは。
朱利が魁によって
腕を失ったということだ。
====
15時半あたりに授業が終わって、HRがあって。
そろそろ帰ろうと荷物をまとめて席を立ったら
いつの間にか屋上に居た。
まだ青かった空は、赤く染まっていて。
時間の感覚がおかしくなったのかと、頭がいかれたのかと頭が混乱した。
状況を呑み込めない私。
隣にいつの間にか立っていた朱利の溜息で、初めて自分以外に人がいたのだと気づいた。
「まーた移したんですか」
…移した?
一体何を移したというのだろう?
止めたことと、今私が屋上にいることと関係があるのだろうか?
青から赤に染まった空。
時間がまるで下校時刻から数時間は経っているかのようだ。
「正確には菜舂様とお前の時間を一時的に預かり、ここに今出しただけです。
その間、面倒な教師とやらの職務を真っ当しなければならなかったので」
夕日に照らされ、影で表情が見えない。
だが、口調や体格や声からして魁だということはわかった。
そこで初めて私は、魁と朱利と3人で同じ場所にいることを把握した。
「どっちも似たようなことですよ。
神隠しまで使って…。
一体どうしたんですか?」
神隠し?
山とかで行方不明になるっていう?
状況がいまだに掴めない私は呆然と立っていると、魁はかけていた眼鏡を上へと放り投げ
次の瞬間、腕が宙を舞っていた。
そして、冒頭に至る。
一体何故、魁がこのような行為に出たのか。
何故、朱利が殺されなければならないのか。
目の前で起こっている【現実】についていけない。
いや、ついていける筈がない。
全てが日常からかけ離れ過ぎているのだから。
何故こうなっているのか。
何故魁が朱利を傷つけたのか。
私には一切理解できなかった。
一体朱利が何をしたというのだろう?
彼は魁が命令した通り、私の護衛を務めたのだから、寧ろ賞賛されるべきである筈だ。
なのに、魁は問答無用で何かの力を使って私達を屋上へと連れて来たかと思えば。
朱利に【死ね】と冷たく言い放った。
何も悪い事も間違ったこともしていない朱利に対して何故このような行動に出るのか。
何故いとも簡単に命を奪えるのか私には何一つ理解できなかった。
無い腕の場所を抑え、息も絶え絶えになりながら無理やり笑う朱利。
「ははは…お、れ‥何か、しくじりましたっけ?」
「いいえ、護衛は十分しましたね。
御苦労さまです。
しかし、私の菜舂様に触れるのを許した覚えは一切ありませんよ?」
触れた?
アノ頬に触れた事を指しているのだろうか?
それとも私が彼の手を取ったことを指しているのだろうか?
一体どうやってそのことを耳に入れたのだろうか?
それ以前に触れたくらいで何故ここまで憤る必要があるの?
触れたくらいで
何故朱利が死なねばならないの?
「す、みません‥。
許して…は、くれなさそうですね」
「当たり前です。
出過ぎた真似ばかりして…。
愛しい菜舂様にお前の汚れた手が触れたと思うだけで虫唾が走る」
心底嫌悪しているかのように吐き捨てるように話す。
口に広がる胃酸のすっぱい味。
腰が抜けて、動かない情けない自分。
目の前に広がる血だまり。
手足の感覚がなくなり、キーンとどこか耳鳴りがする。
あぁ、これは現実だろうか?
何故、魁はここまで私に執着するのだろう?
私は覚えていない。
私が知っているのは、契約を交わした時ただ彼に命令口調で生かせと言った事だけ。
そんな私にただ触れただけで、
いとも簡単に切り捨てることができるのだろうか?
「殺すんですか…俺、を?」
「…さぁて、どうしましょう。
お前の代わりは、いくらでも居ますからね。
とりあえず、触れた腕は切り落としましたが…」
あぁ、とまるでいいアイディアが浮かんだかのようにポンッと手を打つ。
「そのまま放置すれば腕をくっつけられてしまいますし、いっそのこと四肢をもいでしまいましょうか。
山に放置して野犬の餌にするか…海に投げて魚の餌にしてもいいですね。
山と海、どちらがいいか最期くらいは選ばせてやってもいいですよ?」
不気味に笑う魁。
それに対して、諦めた顔をして笑う朱利。
何故、笑うの?
死ぬというのに、何故笑えるの?
何故そんなにいとも簡単に命を奪えるの?
魁が腕を振り上げた時、
「…ゃ、めてぇっ!」
詰まった喉から無理やり声を押し出した
「…なつ、様?」
振り上げた腕を止め、こちらを見る魁。
やっと見えた表情は、どこまでのその瞳は純粋で私を見つめる。
まるでなんで止めるのか分からないように、きょとんとしている。
ただ、頬は血でぬれ、手の爪先は赤くなっているのが本当にアンバランスだ。
「辞めて、魁。
朱利は何も悪くないし、なんでそんな酷いことをするの?」
「な、つ…さん」
酷い汗だ。
顔も真っ赤…酷い熱が出ているのだろう。
早く病院に連れて行かないと…。
「貴女に触れただけで死罪に値します。
私以外の存在が貴女に触れたと想像するだけで煮えたぎるような思いです…。
私は、許せない…私以外の生命が貴女に触れるのが…絶対に」
全身鳥肌が立った。
初めて私は、魁の【怪異】としての異常性を垣間見た。
姿・形は人間なのに、彼を取り巻く空気は人間が纏うものではない。
殺す理由が狂っている。
狂わせたのは、私?
私のせいで誰かが死ぬなんて絶対に嫌だ。
「やめてよ、魁。
私には私の所為で誰かが死ぬのは耐えられない。
何より…とても、悲しい。」
「こいつに出会ってからまだ数時間程度しか経っていないじゃないですか。
大丈夫です、すぐに忘れられます。
付き合った時間も短いから、痛みも少ないでしょう?」
出会った時間が短いのは事実だ。
私は朱利はおろか、魁のことも何も知らない。
たった数時間の間しか隣にいなかっただけ。
魁に至っては共にした時間は1時間にも満たない。
「魁は分かっていない。
そんな簡単に死ねだの殺すだの…絶対だめだよ。
ましてや、私のせいでこんな大けが…忘れるわけないじゃない!」
腕を組み、指先を顎に添え少し考えた素振りをする魁。
微笑んだかと思うと
「あぁ、すみません。配慮にかけていました。
血なんて菜舂様におみせすべきではないのに…。
大丈夫です、あとで忘れさせてあげますから。」
忘れさせる?
そんなこともできてしまうのか。
「あぁ、愛しい菜舂様。
そんな傷ついた顔をしないでください。
でも、そんな顔をさせているのも私なのでしょうか?」
うっとりと、私を見つめる。
その瞳はどこまでも美しく、深く、恐ろしい。
「私のこと好きなんでしょう?
だったら、お願いだから、私のお願い聞いてよ…。
もう、やめて…朱利を手当して直してあげて…。」
「好きではなくて、愛しているのです。
貴女が吐く息から、その口から出た吐しゃ物まで。
菜舂様の全てを独占したい。私だけを見てください。」
何故、そこまで私に執着するの?
私が【主】だから?
何故、私を独占することにそこまでこだわる必要があるの?
何故【私】なの?
まるで飢えた獣だ。
縄張りに踏み入れられ、自分のものに手を出されて怒り狂っている。
そうか、魁は愛に飢えているのか。
だから、少しでも彼より特別な待遇を受ける存在を許せないのだ。
私が彼にとっての「全て」。
理由は分からないけれど、それが故、彼は私が取られることに怯えている。
自分より多くを私から得られている朱利に嫉妬している。
「私にできる範囲であれば何でもするから。
お願いだから、もう辞めて…。」
「なんでも、ですか?
・・・・本当に?」
この地獄のような重い空気と、凄惨な光景には似つかわしくない
とびっきりの笑顔で魁を向けた。
「わ、私にできる範囲だからね…?」
「もちろんです。
あー、どうしましょう。
沢山ありますが、やはりこの腹の煮えたぎる怒りを抑えるには狐を八つ裂きにしたいし…」
悩みながらも、うーんと唸る。
先ほどの緊張感はどこへやら…。
思考すること数秒。
意を決したように私を見た魁は、その願いを口にした
「菜舂様から私と手を繋いでください」
「…え、手?」
どういうこと?
「はい、朱利の手を取って購買へ行ったでしょう?
ズルイじゃないですか、私の手はまだ握ってくださってないのに。」
「…それ、だけ?」
「それだけ…?
貴女にとってそれだけでも、貴女には私以外誰にも求めてほしくないのです。」
血濡れた手を私の前に差し出す魁。
「私の菜舂様…わが主様。
どうか、私だけを求めてください。
そうすれば、私は貴女のために何でもする下僕にでも成り下がることができるのです。」
血濡れた手。
その手を取ればきっと後戻りはできない。
いや、とっくに契約した瞬間から…この怪異に命を救われた瞬間からもう無理だったのだ。
溺愛なんて生ぬるい。
異常な、まるで呪いのような執着。
なんてものを私は僕・・・・いや、下僕にしてしまったんだろう。
自分のせいで誰かが命を落とすのが嫌。
そのワガママのために、
私は魁の血濡れた手に自身の指を絡ませた。
私の日常が崩れていくような音がした。
「…えっ」
――ベシャ
一瞬の出来事だった。
気づいたら私は屋上にいた。
真っ赤に染まる夕焼けと、地面に広がるどす黒い赤い液体。
素っ頓狂な声を出したのは、朱利だ。
何が起きたのかわからないのは私と同じ。
だが、離れた位置から見れる位置にいる私は見てしまった。
彼の右肩から先が無くなってしまっていることを。
音がした方向に視線を移す。
そこにあったのは、鋭利なもので切られた腕が無造作に落ちていた。
切り口から広がる赤くどす黒い液体が夕日に照らされる。
鼻につくのは、鉄の香り。
外にいて、いくらでも換気されているだろうに、
むせ返るような血の匂いに私は口を押えたが、胃の中もものを全て吐き出した。
吐しゃ物で地面が濡れる。
人間の形をした腕が、広がる血が脳裏から離れない。
地面に伸びる影が私に重なる。
目線を上げると、夕日に照らされ真っ赤に彩られた魁が立っていた。
「申し訳ございません、菜舂様。
私の配慮が不足していました…」
伸ばされた手は、夕日ではない赤い何かでおおわれていて。
私はしりもちをついて、後ずさった。
夕日で顔が…表情が見れない。
一体どんな顔をしているのか。
私の目の前にいるのは、魁なのか。
―ズサッ
音をした方向を見る。
朱利が腕を抑えて倒れていた。
「……っ」
声のない悲鳴を上げる朱利。
何故こうなった?
どうしてこうなった?
ココは何処?
現実?
夢?
赤い夕陽が私の頭を鈍らせる。
ただ分かっているのは。
朱利が魁によって
腕を失ったということだ。
====
15時半あたりに授業が終わって、HRがあって。
そろそろ帰ろうと荷物をまとめて席を立ったら
いつの間にか屋上に居た。
まだ青かった空は、赤く染まっていて。
時間の感覚がおかしくなったのかと、頭がいかれたのかと頭が混乱した。
状況を呑み込めない私。
隣にいつの間にか立っていた朱利の溜息で、初めて自分以外に人がいたのだと気づいた。
「まーた移したんですか」
…移した?
一体何を移したというのだろう?
止めたことと、今私が屋上にいることと関係があるのだろうか?
青から赤に染まった空。
時間がまるで下校時刻から数時間は経っているかのようだ。
「正確には菜舂様とお前の時間を一時的に預かり、ここに今出しただけです。
その間、面倒な教師とやらの職務を真っ当しなければならなかったので」
夕日に照らされ、影で表情が見えない。
だが、口調や体格や声からして魁だということはわかった。
そこで初めて私は、魁と朱利と3人で同じ場所にいることを把握した。
「どっちも似たようなことですよ。
神隠しまで使って…。
一体どうしたんですか?」
神隠し?
山とかで行方不明になるっていう?
状況がいまだに掴めない私は呆然と立っていると、魁はかけていた眼鏡を上へと放り投げ
次の瞬間、腕が宙を舞っていた。
そして、冒頭に至る。
一体何故、魁がこのような行為に出たのか。
何故、朱利が殺されなければならないのか。
目の前で起こっている【現実】についていけない。
いや、ついていける筈がない。
全てが日常からかけ離れ過ぎているのだから。
何故こうなっているのか。
何故魁が朱利を傷つけたのか。
私には一切理解できなかった。
一体朱利が何をしたというのだろう?
彼は魁が命令した通り、私の護衛を務めたのだから、寧ろ賞賛されるべきである筈だ。
なのに、魁は問答無用で何かの力を使って私達を屋上へと連れて来たかと思えば。
朱利に【死ね】と冷たく言い放った。
何も悪い事も間違ったこともしていない朱利に対して何故このような行動に出るのか。
何故いとも簡単に命を奪えるのか私には何一つ理解できなかった。
無い腕の場所を抑え、息も絶え絶えになりながら無理やり笑う朱利。
「ははは…お、れ‥何か、しくじりましたっけ?」
「いいえ、護衛は十分しましたね。
御苦労さまです。
しかし、私の菜舂様に触れるのを許した覚えは一切ありませんよ?」
触れた?
アノ頬に触れた事を指しているのだろうか?
それとも私が彼の手を取ったことを指しているのだろうか?
一体どうやってそのことを耳に入れたのだろうか?
それ以前に触れたくらいで何故ここまで憤る必要があるの?
触れたくらいで
何故朱利が死なねばならないの?
「す、みません‥。
許して…は、くれなさそうですね」
「当たり前です。
出過ぎた真似ばかりして…。
愛しい菜舂様にお前の汚れた手が触れたと思うだけで虫唾が走る」
心底嫌悪しているかのように吐き捨てるように話す。
口に広がる胃酸のすっぱい味。
腰が抜けて、動かない情けない自分。
目の前に広がる血だまり。
手足の感覚がなくなり、キーンとどこか耳鳴りがする。
あぁ、これは現実だろうか?
何故、魁はここまで私に執着するのだろう?
私は覚えていない。
私が知っているのは、契約を交わした時ただ彼に命令口調で生かせと言った事だけ。
そんな私にただ触れただけで、
いとも簡単に切り捨てることができるのだろうか?
「殺すんですか…俺、を?」
「…さぁて、どうしましょう。
お前の代わりは、いくらでも居ますからね。
とりあえず、触れた腕は切り落としましたが…」
あぁ、とまるでいいアイディアが浮かんだかのようにポンッと手を打つ。
「そのまま放置すれば腕をくっつけられてしまいますし、いっそのこと四肢をもいでしまいましょうか。
山に放置して野犬の餌にするか…海に投げて魚の餌にしてもいいですね。
山と海、どちらがいいか最期くらいは選ばせてやってもいいですよ?」
不気味に笑う魁。
それに対して、諦めた顔をして笑う朱利。
何故、笑うの?
死ぬというのに、何故笑えるの?
何故そんなにいとも簡単に命を奪えるの?
魁が腕を振り上げた時、
「…ゃ、めてぇっ!」
詰まった喉から無理やり声を押し出した
「…なつ、様?」
振り上げた腕を止め、こちらを見る魁。
やっと見えた表情は、どこまでのその瞳は純粋で私を見つめる。
まるでなんで止めるのか分からないように、きょとんとしている。
ただ、頬は血でぬれ、手の爪先は赤くなっているのが本当にアンバランスだ。
「辞めて、魁。
朱利は何も悪くないし、なんでそんな酷いことをするの?」
「な、つ…さん」
酷い汗だ。
顔も真っ赤…酷い熱が出ているのだろう。
早く病院に連れて行かないと…。
「貴女に触れただけで死罪に値します。
私以外の存在が貴女に触れたと想像するだけで煮えたぎるような思いです…。
私は、許せない…私以外の生命が貴女に触れるのが…絶対に」
全身鳥肌が立った。
初めて私は、魁の【怪異】としての異常性を垣間見た。
姿・形は人間なのに、彼を取り巻く空気は人間が纏うものではない。
殺す理由が狂っている。
狂わせたのは、私?
私のせいで誰かが死ぬなんて絶対に嫌だ。
「やめてよ、魁。
私には私の所為で誰かが死ぬのは耐えられない。
何より…とても、悲しい。」
「こいつに出会ってからまだ数時間程度しか経っていないじゃないですか。
大丈夫です、すぐに忘れられます。
付き合った時間も短いから、痛みも少ないでしょう?」
出会った時間が短いのは事実だ。
私は朱利はおろか、魁のことも何も知らない。
たった数時間の間しか隣にいなかっただけ。
魁に至っては共にした時間は1時間にも満たない。
「魁は分かっていない。
そんな簡単に死ねだの殺すだの…絶対だめだよ。
ましてや、私のせいでこんな大けが…忘れるわけないじゃない!」
腕を組み、指先を顎に添え少し考えた素振りをする魁。
微笑んだかと思うと
「あぁ、すみません。配慮にかけていました。
血なんて菜舂様におみせすべきではないのに…。
大丈夫です、あとで忘れさせてあげますから。」
忘れさせる?
そんなこともできてしまうのか。
「あぁ、愛しい菜舂様。
そんな傷ついた顔をしないでください。
でも、そんな顔をさせているのも私なのでしょうか?」
うっとりと、私を見つめる。
その瞳はどこまでも美しく、深く、恐ろしい。
「私のこと好きなんでしょう?
だったら、お願いだから、私のお願い聞いてよ…。
もう、やめて…朱利を手当して直してあげて…。」
「好きではなくて、愛しているのです。
貴女が吐く息から、その口から出た吐しゃ物まで。
菜舂様の全てを独占したい。私だけを見てください。」
何故、そこまで私に執着するの?
私が【主】だから?
何故、私を独占することにそこまでこだわる必要があるの?
何故【私】なの?
まるで飢えた獣だ。
縄張りに踏み入れられ、自分のものに手を出されて怒り狂っている。
そうか、魁は愛に飢えているのか。
だから、少しでも彼より特別な待遇を受ける存在を許せないのだ。
私が彼にとっての「全て」。
理由は分からないけれど、それが故、彼は私が取られることに怯えている。
自分より多くを私から得られている朱利に嫉妬している。
「私にできる範囲であれば何でもするから。
お願いだから、もう辞めて…。」
「なんでも、ですか?
・・・・本当に?」
この地獄のような重い空気と、凄惨な光景には似つかわしくない
とびっきりの笑顔で魁を向けた。
「わ、私にできる範囲だからね…?」
「もちろんです。
あー、どうしましょう。
沢山ありますが、やはりこの腹の煮えたぎる怒りを抑えるには狐を八つ裂きにしたいし…」
悩みながらも、うーんと唸る。
先ほどの緊張感はどこへやら…。
思考すること数秒。
意を決したように私を見た魁は、その願いを口にした
「菜舂様から私と手を繋いでください」
「…え、手?」
どういうこと?
「はい、朱利の手を取って購買へ行ったでしょう?
ズルイじゃないですか、私の手はまだ握ってくださってないのに。」
「…それ、だけ?」
「それだけ…?
貴女にとってそれだけでも、貴女には私以外誰にも求めてほしくないのです。」
血濡れた手を私の前に差し出す魁。
「私の菜舂様…わが主様。
どうか、私だけを求めてください。
そうすれば、私は貴女のために何でもする下僕にでも成り下がることができるのです。」
血濡れた手。
その手を取ればきっと後戻りはできない。
いや、とっくに契約した瞬間から…この怪異に命を救われた瞬間からもう無理だったのだ。
溺愛なんて生ぬるい。
異常な、まるで呪いのような執着。
なんてものを私は僕・・・・いや、下僕にしてしまったんだろう。
自分のせいで誰かが命を落とすのが嫌。
そのワガママのために、
私は魁の血濡れた手に自身の指を絡ませた。
私の日常が崩れていくような音がした。
0
お気に入りに追加
11
あなたにおすすめの小説

極悪家庭教師の溺愛レッスン~悪魔な彼はお隣さん~
恵喜 どうこ
恋愛
「高校合格のお礼をくれない?」
そう言っておねだりしてきたのはお隣の家庭教師のお兄ちゃん。
私よりも10歳上のお兄ちゃんはずっと憧れの人だったんだけど、好きだという告白もないままに男女の関係に発展してしまった私は苦しくて、どうしようもなくて、彼の一挙手一投足にただ振り回されてしまっていた。
葵は私のことを本当はどう思ってるの?
私は葵のことをどう思ってるの?
意地悪なカテキョに翻弄されっぱなし。
こうなったら確かめなくちゃ!
葵の気持ちも、自分の気持ちも!
だけど甘い誘惑が多すぎて――
ちょっぴりスパイスをきかせた大人の男と女子高生のラブストーリーです。

追放された最強賢者は悠々自適に暮らしたい
桐山じゃろ
ファンタジー
魔王討伐を成し遂げた魔法使いのエレルは、勇者たちに裏切られて暗殺されかけるも、さくっと逃げおおせる。魔法レベル1のエレルだが、その魔法と魔力は単独で魔王を倒せるほど強力なものだったのだ。幼い頃には親に売られ、どこへ行っても「貧民出身」「魔法レベル1」と虐げられてきたエレルは、人間という生き物に嫌気が差した。「もう人間と関わるのは面倒だ」。森で一人でひっそり暮らそうとしたエレルだったが、成り行きで狐に絆され姫を助け、更には快適な生活のために行ったことが切っ掛けで、その他色々が勝手に集まってくる。その上、国がエレルのことを探し出そうとしている。果たしてエレルは思い描いた悠々自適な生活を手に入れることができるのか。※小説家になろう、カクヨムでも掲載しています

変な転入生が現れましたので色々ご指摘さしあげたら、悪役令嬢呼ばわりされましたわ
奏音 美都
恋愛
上流階級の貴族子息や令嬢が通うロイヤル学院に、庶民階級からの特待生が転入してきましたの。
スチュワートやロナルド、アリアにジョセフィーンといった名前が並ぶ中……ハルコだなんて、おかしな

軽い気持ちで超絶美少年(ヤンデレ)に告白したら
夕立悠理
恋愛
容姿平凡、頭脳平凡、なリノアにはひとつだけ、普通とちがうところがある。
それは極度の面食いということ。
そんなリノアは冷徹と名高い公爵子息(イケメン)に嫁ぐことに。
「初夜放置? ぜーんぜん、問題ないわ!
だって旦那さまってば顔がいいもの!!!」
朝食をたまに一緒にとるだけで、満足だ。寝室別でも、他の女の香水の香りがしてもぜーんぜん平気。……なーんて、思っていたら、旦那さまの様子がおかしい?
「他の誰でもない君が! 僕がいいっていったんだ。……そうでしょ?」
あれ、旦那さまってば、どうして手錠をお持ちなのでしょうか?
それをわたしにつける??
じょ、冗談ですよね──!?!?

その断罪、三ヶ月後じゃダメですか?
荒瀬ヤヒロ
恋愛
ダメですか。
突然覚えのない罪をなすりつけられたアレクサンドルは兄と弟ともに深い溜め息を吐く。
「あと、三ヶ月だったのに…」
*「小説家になろう」にも掲載しています。
悪役令嬢と言われ冤罪で追放されたけど、実力でざまぁしてしまった。
三谷朱花
恋愛
レナ・フルサールは元公爵令嬢。何もしていないはずなのに、気が付けば悪役令嬢と呼ばれ、公爵家を追放されるはめに。それまで高スペックと魔力の強さから王太子妃として望まれたはずなのに、スペックも低い魔力もほとんどないマリアンヌ・ゴッセ男爵令嬢が、王太子妃になることに。
何度も断罪を回避しようとしたのに!
では、こんな国など出ていきます!

ヤンデレお兄様に殺されたくないので、ブラコンやめます!(長編版)
夕立悠理
恋愛
──だって、好きでいてもしかたないもの。
ヴァイオレットは、思い出した。ここは、ロマンス小説の世界で、ヴァイオレットは義兄の恋人をいじめたあげくにヤンデレな義兄に殺される悪役令嬢だと。
って、むりむりむり。死ぬとかむりですから!
せっかく転生したんだし、魔法とか気ままに楽しみたいよね。ということで、ずっと好きだった恋心は封印し、ブラコンをやめることに。
新たな恋のお相手は、公爵令嬢なんだし、王子様とかどうかなー!?なんてうきうきわくわくしていると。
なんだかお兄様の様子がおかしい……?
※小説になろうさまでも掲載しています
※以前連載していたやつの長編版です
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる