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番外編
初めまして。ようこそ【アステル】
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俺は浮かれていた。いや、喜びに満ちていたと言うほうが正しい。
今日、新しい家族が増える。
弟か妹か。どっちでも楽しみだ。
弟なら一緒に遊び回って剣術を習おうか。
妹なら部屋で静かに本を読むのもいいな。
ここ数日、まともに眠れなかった。俺は兄としてちゃんとやっていけるか不安だったのに、今日を迎えると不思議と不安は消える。
父上は平常心を保つために書類仕事を片付けていた。すぐに終わってたけど。
別の仕事を持ってくるように命じたけど、もうないと断られていた。
その後は二人目が生まれたことを祝うパーティーの招待状を作っている。
親しい貴族には送られる父上の招待状も、同じ公爵位のノルスタン家には届かない。仲が悪いらしい。
母上に原因というか、理由を聞いてみた。
そんなに驚くことではないけど、父上とノルスタン公爵は学生時代、陛下の側近候補としてとても優秀だった。
どちらが優れていて、陛下の側近として相応しいかいつも競っていたとか。母上と婚約してからは側近は辞退した。
そのときの名残りで仲の悪さは健在。
完璧な父上に子供みたいな一面があったことが嬉しかった。父上にとってノルスタン公爵はライバル。
相手に負けたくない思いが強すぎて当主になった今、こんなことになってしまっていた。
母上やノルスタン公爵夫人は事情を知っているから面白がっているだけ。
俺もいつか、父上と同じことになるかもと母上は笑っていた。
大人になると素直になるのが難しいらしい。
手を組むべきときだけ一時的に手を組むだけの関係。
「アステル様!お生まれになりましたよ。女の子です」
「女の子……」
今日は妹が生まれた日。
部屋に入ると、生まれてくる子のために新しく買った寝台に寝かされる妹が目に入った。
妹は母上と同じ美しく白い髪で、父上と同じ青い瞳をしている。
初めて赤ちゃんを見たけど、こんなに小さいんだ。加えて天使のような容姿。
実は赤ちゃんって天使の生まれ変わりなんじゃないかな。
「初めまして。お兄ちゃんだよ」
柔らかいほっぺたをつんつんしていると、俺の指を妹の小さな指が掴む。
ふにゃっと笑った。
か、可愛い……!!!!
こんなにも可愛い子が生まれたというのに、父上はまだ来ないのか。
握っていた力は弱く簡単に引き剥がせた。泣きそうになるから、そっと頭を撫でるとご機嫌になった。
「すぐ戻ってくるからね」
生まれたことは伝わっているはずのに。何をしているんだ父上は。
「父上!天使が生まれました!!」
廊下の向こうから足早に歩いて来た父上の手を引いて走った。
突然のことに戸惑いつつも足はしっかりとしている。
あの感動と喜びを早く味わって欲しい。
「父上?」
部屋の前で足は止まり、目を閉じて大きく深呼吸をした。数秒で目は開いた。
緊張してるのかな?
部屋に入ると妹はキョロキョロと辺りを見渡していた。俺と目が合うとニパッと笑ってくれる。
可愛すぎてニヤけてしまう。表情筋が壊れる。
ゆっくりと歩み寄った父上は妹の頬に触れた。構ってもらえることが嬉しいのか、妹はずっと笑顔。
父上は膝を付いたまま動かない。感動していた。
「ふふ。アステルのときの同じね」
母上は小さく笑いながら、俺が生まれたときも父上はこうして膝から崩れ落ちたと教えてくれた。
誰も俺が生まれたときの父上のことを話してくれないからてっきり、祝福はされていないのだと思っていたけど。そうか。俺はちゃんと愛されていたんだな。
憧れの父上が大切に想い、愛してくれていたのだと知るとなんだかむず痒くなる。
だって父上は母上しか愛していないと思っていたから。
俺と話すときはいつも眉間に皺を寄せていたし。
母上曰く、それらは全て愛情の裏返し。本当は俺のことを母上と同じぐらいに愛してくれていた。
要は苦手なだけ。愛情表現が。
「アンリース」
「え?」
「この子の名前だ」
立ち上がった父上はとても穏やかで、普段の怖い顔なんてどこにもない。
父親としての顔だ。
俺達の言葉を理解しているのか、妹、アンリースは名前を呼ばれる度に喜ぶ。
「フランク。フランクもアンリースを撫でてあげて」
部屋の外で、見えない壁に阻まれているかのように動かないフランクに声をかけた。
フランクは父上が見つけ、救い出した人。詳しいことはもう少し大人になってから話すと、父上は約束してくれた。
「いえ。大切な家族の時間をお邪魔するわけには参りませんので」
まるで自分は赤の他人であるかのような物言い。
震える声には気づかないふりをしなくては。
屋敷で働いてくれる使用人、領民も皆、俺にとっては家族なのに。
フランクは一礼して行ってしまった。
こんなにも可愛い天使の顔を見ていかないなんて。
「アステル。アンリースのこと、守ってあげてね」
「もちろんです!俺はお兄ちゃんだから。何があってもアンリースを守るし、何があってもアンリースの味方です!!」
これは誓いだ。兄として、家族として守るための。
今日、妹が生まれた。家族が増えた。
アンリース。俺の妹に生まれてきてくれてありがとう。
これから先の未来が幸せであるように、兄として精一杯頑張るからね。
「これからよろしくね。俺の可愛い妹」
アンリースはまた笑った。
俺はこの、奇跡のような存在をずっとずっと守っていく。
もしもアンリースを傷付ける奴がいたら、そのときは絶対に……許さない。
今日、新しい家族が増える。
弟か妹か。どっちでも楽しみだ。
弟なら一緒に遊び回って剣術を習おうか。
妹なら部屋で静かに本を読むのもいいな。
ここ数日、まともに眠れなかった。俺は兄としてちゃんとやっていけるか不安だったのに、今日を迎えると不思議と不安は消える。
父上は平常心を保つために書類仕事を片付けていた。すぐに終わってたけど。
別の仕事を持ってくるように命じたけど、もうないと断られていた。
その後は二人目が生まれたことを祝うパーティーの招待状を作っている。
親しい貴族には送られる父上の招待状も、同じ公爵位のノルスタン家には届かない。仲が悪いらしい。
母上に原因というか、理由を聞いてみた。
そんなに驚くことではないけど、父上とノルスタン公爵は学生時代、陛下の側近候補としてとても優秀だった。
どちらが優れていて、陛下の側近として相応しいかいつも競っていたとか。母上と婚約してからは側近は辞退した。
そのときの名残りで仲の悪さは健在。
完璧な父上に子供みたいな一面があったことが嬉しかった。父上にとってノルスタン公爵はライバル。
相手に負けたくない思いが強すぎて当主になった今、こんなことになってしまっていた。
母上やノルスタン公爵夫人は事情を知っているから面白がっているだけ。
俺もいつか、父上と同じことになるかもと母上は笑っていた。
大人になると素直になるのが難しいらしい。
手を組むべきときだけ一時的に手を組むだけの関係。
「アステル様!お生まれになりましたよ。女の子です」
「女の子……」
今日は妹が生まれた日。
部屋に入ると、生まれてくる子のために新しく買った寝台に寝かされる妹が目に入った。
妹は母上と同じ美しく白い髪で、父上と同じ青い瞳をしている。
初めて赤ちゃんを見たけど、こんなに小さいんだ。加えて天使のような容姿。
実は赤ちゃんって天使の生まれ変わりなんじゃないかな。
「初めまして。お兄ちゃんだよ」
柔らかいほっぺたをつんつんしていると、俺の指を妹の小さな指が掴む。
ふにゃっと笑った。
か、可愛い……!!!!
こんなにも可愛い子が生まれたというのに、父上はまだ来ないのか。
握っていた力は弱く簡単に引き剥がせた。泣きそうになるから、そっと頭を撫でるとご機嫌になった。
「すぐ戻ってくるからね」
生まれたことは伝わっているはずのに。何をしているんだ父上は。
「父上!天使が生まれました!!」
廊下の向こうから足早に歩いて来た父上の手を引いて走った。
突然のことに戸惑いつつも足はしっかりとしている。
あの感動と喜びを早く味わって欲しい。
「父上?」
部屋の前で足は止まり、目を閉じて大きく深呼吸をした。数秒で目は開いた。
緊張してるのかな?
部屋に入ると妹はキョロキョロと辺りを見渡していた。俺と目が合うとニパッと笑ってくれる。
可愛すぎてニヤけてしまう。表情筋が壊れる。
ゆっくりと歩み寄った父上は妹の頬に触れた。構ってもらえることが嬉しいのか、妹はずっと笑顔。
父上は膝を付いたまま動かない。感動していた。
「ふふ。アステルのときの同じね」
母上は小さく笑いながら、俺が生まれたときも父上はこうして膝から崩れ落ちたと教えてくれた。
誰も俺が生まれたときの父上のことを話してくれないからてっきり、祝福はされていないのだと思っていたけど。そうか。俺はちゃんと愛されていたんだな。
憧れの父上が大切に想い、愛してくれていたのだと知るとなんだかむず痒くなる。
だって父上は母上しか愛していないと思っていたから。
俺と話すときはいつも眉間に皺を寄せていたし。
母上曰く、それらは全て愛情の裏返し。本当は俺のことを母上と同じぐらいに愛してくれていた。
要は苦手なだけ。愛情表現が。
「アンリース」
「え?」
「この子の名前だ」
立ち上がった父上はとても穏やかで、普段の怖い顔なんてどこにもない。
父親としての顔だ。
俺達の言葉を理解しているのか、妹、アンリースは名前を呼ばれる度に喜ぶ。
「フランク。フランクもアンリースを撫でてあげて」
部屋の外で、見えない壁に阻まれているかのように動かないフランクに声をかけた。
フランクは父上が見つけ、救い出した人。詳しいことはもう少し大人になってから話すと、父上は約束してくれた。
「いえ。大切な家族の時間をお邪魔するわけには参りませんので」
まるで自分は赤の他人であるかのような物言い。
震える声には気づかないふりをしなくては。
屋敷で働いてくれる使用人、領民も皆、俺にとっては家族なのに。
フランクは一礼して行ってしまった。
こんなにも可愛い天使の顔を見ていかないなんて。
「アステル。アンリースのこと、守ってあげてね」
「もちろんです!俺はお兄ちゃんだから。何があってもアンリースを守るし、何があってもアンリースの味方です!!」
これは誓いだ。兄として、家族として守るための。
今日、妹が生まれた。家族が増えた。
アンリース。俺の妹に生まれてきてくれてありがとう。
これから先の未来が幸せであるように、兄として精一杯頑張るからね。
「これからよろしくね。俺の可愛い妹」
アンリースはまた笑った。
俺はこの、奇跡のような存在をずっとずっと守っていく。
もしもアンリースを傷付ける奴がいたら、そのときは絶対に……許さない。
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