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誕生日パーティー?いいえ、断罪です
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とうとう訪れた。殿下の誕生日パーティー。
去年とは違い、辺境に住む貴族も領地に出向いていた貴族も皆、招待状を受け取った。必ず出席するようにと陛下からの一言も添えられていて、欠席している貴族はいない。
リカルド殿下のお披露目も兼ねているから、どうしても盛大になってしまう。約二名、浮かれている男女は気にしないでおく。
主役である殿下はクラッサム嬢に抱きつかれたまま、私の前に立っては芝居がかった動きで私を指差した。
「アンリース!今日こそはデイジーをいじめたこと、謝罪してもらう!!」
勝ち誇った笑みを浮かべた。
殿下。周りをよく見て下さい。皆さん、怒りや呆れを通り越して無になっていますよ。
「ただ、心から謝罪して許しを乞うなら側室として……」
「いじめとは何のことでしょう?」
殿下の言葉に被せた。陛下に最後まで聞かせるのが気の毒だから。
あからさまに遮られて殿下は不機嫌。
「私がクラッサム嬢をいじめたと言うのであれば当然、証拠がおありなのですよね?」
「ふん。当然だ。さ、デイジー。何も怖がることはないよ」
「うん!アンリースさん!」
「クラッサム嬢!!その呼び方は許可していないはずですが?」
怒りを表すために笑顔は作らない。ナイフのように鋭い目付きで睨む。
みんなが私のことを名前でしか呼ばないから、リードハルムの名を覚えていないのだろう。
殿下の背中に隠れて、目を潤ませながら名前で呼ぶ許可を出すよう訴えかけてくる。
「まさか私の家名をご存知ないのですか?」
「セリアァ……」
「アンリース!たかが呼び方でデイジーをいじめるなんて!なんて冷たい女なんだ!!」
注意と確認を、いじめとして認識される日がくるとは。
先程から視界に映っている陛下はお父様を気にしている。肝心のお父様は怖さのあまり、家族以外周りにいない。
「たかがと仰るなら、私が殿下を婚約者だった名残りで、セリアと呼んでもいいということですね」
「ああ言えばこう言う。デイジーと君は違う人間なんだ。いいわけないだろう?」
「たかが呼び方なのに、ですか?」
「もういい!黙ってくれ!!アンリース!君は僕がデイジーにプレゼントしたブレスレットを壊したそうだな!」
「うぅ……。ごめんなさい。私、アンリースさんがセリアのことをまだ愛してるって知ってたのに、ブレスレットの自慢なんてしちゃって。でも!!壊すなんてあんまりだわ。床に叩き付けて何度も何度も踏み付けて。私とセリアの大切な思い出をあんなにするなんて……」
嘘泣きとはいえ本当に涙を流せるなんて。
誰一人としてクラッサム嬢に同情の声が上がらないことがすごい。
私への非難の声が続出すると期待していた二人は静寂に疑問を抱く。
「アンリース!君はデイジーをいじめていたんだ!!」
聞こえていなかったから反応しなかったわけではなく、聞こえていたからこその無反応。
「そうですか。私がクラッサム嬢を。それで?証拠はどちらに?」
「はぁ。アンリース。もう少し頭を使ったらどうだい。デイジーが言ったばかりだろう。君にブレスレットを壊されたと」
「殿下こそ頭を使ったらどうですか。今のは証拠ではなく証言です。まさか!そのようなこともおわかりになられていなかったのですか!?」
口元を隠しながら大袈裟に驚いてみせた。
証拠の意味をよく理解していなかった殿下は赤っ恥。
兄の情けない姿を見せられるリカルド殿下には同情する。頭を抱えながらも目を逸らさないのは、最後まで見届ける義務があるから。
この会場で二人だけが証拠と証言の違いをわかっていない。
クラッサム嬢がいじめられたと泣けば私が非を認めると本気で思っていたのか。
謎の自信はどこからくるんだろ。
「も、目撃者もいます!」
「そうだ!デイジーの友人が見たんだ。そうだろう!!?」
仕込みのように近くに待機していた令嬢達。
彼女達は顔を見合わせ、大きくうなづいた。
「はい。確かに見ました。床に叩き付けたあと、何度も何度も踏み付けるクラッサム嬢の姿を」
「………………え?」
涙は止まり、顔が引きつる。
「う、嘘!嘘を言ってるわ!!私はそんなこと、してないもの!!」
「なぜ、そのようなことをするのかと聞いたら、アンリース様は悪役令嬢だから私をいじめなくてはならないと語っておりました」
見事、友達に裏切られたクラッサムは言い返すことはなく、ただ泣くだけ。
殿下の顔が真っ青なのは、クラッサム嬢の言葉だけを信じていたから。ようやく、冤罪だったらと考えたのだ。
「セリア、信じて。私、嘘をついてないわ」
「もちろんだ!デイジー、君が嘘をつくなんてあるわけがない。彼女達はアンリースの回し者に違いない!!」
「殿下はあくまでも私がやったと言い張るおつもりですね」
「デイジーは君と違って嘘はつかない。なぜなら、この僕が唯一愛した女性なんだから」
信じる理由にはなっていないけど、愛しているからこそ疑いたくないのだと解釈しておこう。
「わかりました。では、クラッサム嬢にお聞きします。ブレスレットが壊されたのはいつですか?覚えていらっしゃらないなら殿下にお答え頂いても構いません」
「先週だ。ちょうど七日前の朝だ。一限目が始まる前の登校時間」
「そうですか。ではやはり、私ではありませんね」
「非を認めないどころか、この後に及んで嘘をつくとは!!」
「その日の朝は国王陛下夫妻とご一緒でしたから」
「そんな見え透いた嘘など……」
「アンリース嬢の言っていることは本当だ」
陛下の声に感情はない。殿下を王族から外すことに一切の迷いはなくなったみたいだ。
第一王子らしい振る舞いさえしていれば、陛下の心を繋ぎ止めることは出来たかもしれないのに。自分の手で未来を壊すのが好きみたい。
「いないはずの私が、どうやってブレスレットを壊すことが出来たのか教えて頂けませんか?」
「そ、それは……。そうだ!先週じゃなくて先々週だったわ!セリアから貰った物を壊されて気が動転してたの」
「あら。それは変ね。そのブレスレット。店に確認したら販売は先週からだって言うじゃない。売ってもいない商品をどうやって手に入れたのかしら。不思議ね」
「だから、それは……」
誰もが納得する上手い言い訳を思い付かなければいけないけど、あの様子では無理ね。
元々、私を悪女に仕立て上げることが無理だったんだけど。
「気が動転したと言っていただろう!」
「ブレスレットを壊した人の顔も、壊された日にちも、買ってもらった大切な思い出さえ覚えていない。クラッサム嬢の証言は何一つとして当てになりませんわ」
「デイジーが嘘をついたと言いたいのか!?」
「そうです」
食い気味に肯定して、殿下の頭でも理解してもらえるよう簡潔に説明する。
「クラッサム嬢は恋物語のヒロインと自分を重ね合わせているだけ。ヒロインは悪女にいじめられて、でも、愛しい王子様が断罪してくれてめでたくハッピーエンドを迎えるために」
「ならば!!誰がデイジーのブレスレットを壊したというんだ!?嫉妬した君以外に犯人はいないじゃないか!!」
「もう一人。いるでありませんか。クラッサム嬢本人が」
目撃者だっている。彼女の友達……いいえ、私の友達が見ているのだ。私は彼女達の証言を信じる。
「なっ……!!」
頭に血が昇り、私を掴もうとする手をかわすと、足がもつれてみっともなく倒れた。
プライドを傷付けるために手を差し出すと、ワナワナと震えながら自力で立ち上がる。
殿下に背を向け、喋らなくなったクラッサム嬢と向き合う。目を合わせないように必死。
「たかが男爵令嬢が公爵令嬢である私を陥れようとするなんて、随分と勇気がおありなのね。クラッサム・デイジー令嬢?」
「だって、私は……。セリアに愛されてて……」
「そうだ!デイジーは僕と結婚して王妃になるんだから、たかが公爵令嬢如きがそのような態度を取っていい相手ではない!」
「クラッサム嬢は王妃にはなれませんよ?」
「は?」
今日一の間抜けな顔と声。まるで初めて聞いたと言わんばかりに。
恐る恐る陛下に視線を向けた。否定して欲しい気持ちでいっぱいになっている殿下の希望を打ち砕くように、陛下は冷たく見下ろすだけ。
「王太子の僕と結婚したら王妃になる。子供でもわかることじゃないか」
必死に突き付けられた現実を覆そうとするけど、この現実は決して覆らない。
「クラッサム嬢が貴族であれば、ですが」
「デイジーは貴族だ!!男爵ではあるが、れっきとした!!」
「それは身分だけでしょう?彼女の血筋は平民です」
ショックを受ける殿下はフラフラとギルの元に行き、両腕を強く掴んだ。
「ギル!!なぜ教えてくれなかったんだ!!僕にそんな大事なことを!!!!」
「お伝えしましたよ。ですが、聞く耳を持たなかったのは殿下です」
聞いていないことを思い出せるわけもなく、ギルに怒りをぶつけるように責め立てる。醜態を晒している自覚はない。
「セリア。もう黙れ」
優しい言葉はない。
陛下は立ち上がり高らかに宣言した。
「本日を持って王太子はリカルドとし、第一王子セリアはその身分を剥奪する!」
顔から完全に血の気が引いた。病人と間違われるほど真っ青。
全貴族の前で宣言したことが撤回出来るわけもなく、殿下は緊張や不安、色んな感情が混ざり合ったような表情をしていた。
「僕とデイジーの結婚を認めてくれないということですか!?」
「何を言っている。王子でなくとも結婚は出来るだろう。許可しないとは言っていない。いつでも添い遂げれば良い」
「つ、つまり。男爵家を継げと仰るのですね」
「いいや?お前は平民になるのだ。愛する者と一緒にな」
陛下が合図を送ると、身の丈に合わない豪華なドレスを着た美しい女性が連れられて来た。
クラッサム嬢は可愛らしい印象だけど、母親のほうは美しすぎる。顔立ちは似ているのに雰囲気は違う。
「クラッサム男爵はパーティーが始まる前に、既に離婚している。その際、娘は引き取らないと断言した。私の言いたいことがわかるか?セリア」
「離婚……。デイジーは貴族ではなくなる……?」
殿下にしては素早い回答。
急に覚醒した?
離婚した理由の推測は殿下そのもので、賢かったのは一瞬。
「僕とデイジーが愛し合ってしまったから、男爵が嫉妬して……?」
「どこまでもおめでたい頭ですね。バカな発言はそろそろ控えたほうがいいですよ」
取り繕う必要はなくなり、直接「バカ」と言った。
遠回しに言ったところで気付いてくれないしね。
「バ、バカだと!?王族に向かって……不敬だ!!」
「面白いことを仰るのですね。殿下……あ、失礼しました。もう殿下ではありませんでしたね」
「アンリース!君ってやつは……!!」
「口の利き方にはお気を付け下さい。貴方はもう平民なのですから」
「平……民」
ようやく状況を理解し飲み込んでくれた。
ただ、なぜ身分を剥奪されたのかだけは未だにわかっていない。
私との婚約破棄、復縁。クラッサム嬢との婚約。全てを正しいことであると、この期に及んで信じているのが怖い。
身分剥奪の理由はこの後、時間をかけて説明するそうだ。彼の頭では意味を理解出来ずに、また私に迷惑をかけてしまうかもしれないから。
膝が折れて立ち上がろうとしない彼に手を差し伸べる者はいない。
「こんなのおかしい。僕は王太子。次の王になるべき存在なのに」
力なくずっと、同じことを繰り返す姿は憐れ。
本当にわからないのだろうか。こうなった原因が。
「お待ち下さい陛下!殿下が平民になるということは……お金はどうなるのですか」
暴れられないように取り押さえられていた夫人の発言は、この場の空気に相応しくない。彼女と血の繋がりを強く感じさせる。
お金が原因で離婚したにも関わらず、お金の心配しかしていない。
彼女の母親だ。離婚という言葉を聞いて頭が真っ白になったのかも。
爵位が低くても平民と貴族では身分が違うため、しがみついていたかったのだろう。離婚に加えて、慰謝料も請求されてもおかしくはない。
お金はないのに借金だけが増えていく。
「娘が王妃になると言うから、ドレスもアクセサリーも買ったんですよ!?このままでは全ての借金を背負うことになってしまいます!!私達は殿下に騙されたのです!これは立派な詐欺ではありませんか!!!!」
身勝手な主張に耳を傾けるつもりのない陛下は手を振って夫人を会場から追い出すよう指示を出す。
離婚は既に成立した。平民である夫人がいるのは場違い。
連れられながら夫人は「殿下のせい」「支払い義務はない」などと叫ぶ。
あの様子では後払いに応じないかもしれない。借金を踏み倒させないためにフランクの裏の人脈を使い、どんな手を使ってでも取り立てる。
ドレスやアクセサリーだけではない。
元男爵夫人との思い出の品はリードハルム家が買い直し男爵に返した。その分の金額も上乗せされている。
彼と彼女にはまだ肝心なことを告げていないため、もう少しだけ会場に残ってもらう。
去年とは違い、辺境に住む貴族も領地に出向いていた貴族も皆、招待状を受け取った。必ず出席するようにと陛下からの一言も添えられていて、欠席している貴族はいない。
リカルド殿下のお披露目も兼ねているから、どうしても盛大になってしまう。約二名、浮かれている男女は気にしないでおく。
主役である殿下はクラッサム嬢に抱きつかれたまま、私の前に立っては芝居がかった動きで私を指差した。
「アンリース!今日こそはデイジーをいじめたこと、謝罪してもらう!!」
勝ち誇った笑みを浮かべた。
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「ただ、心から謝罪して許しを乞うなら側室として……」
「いじめとは何のことでしょう?」
殿下の言葉に被せた。陛下に最後まで聞かせるのが気の毒だから。
あからさまに遮られて殿下は不機嫌。
「私がクラッサム嬢をいじめたと言うのであれば当然、証拠がおありなのですよね?」
「ふん。当然だ。さ、デイジー。何も怖がることはないよ」
「うん!アンリースさん!」
「クラッサム嬢!!その呼び方は許可していないはずですが?」
怒りを表すために笑顔は作らない。ナイフのように鋭い目付きで睨む。
みんなが私のことを名前でしか呼ばないから、リードハルムの名を覚えていないのだろう。
殿下の背中に隠れて、目を潤ませながら名前で呼ぶ許可を出すよう訴えかけてくる。
「まさか私の家名をご存知ないのですか?」
「セリアァ……」
「アンリース!たかが呼び方でデイジーをいじめるなんて!なんて冷たい女なんだ!!」
注意と確認を、いじめとして認識される日がくるとは。
先程から視界に映っている陛下はお父様を気にしている。肝心のお父様は怖さのあまり、家族以外周りにいない。
「たかがと仰るなら、私が殿下を婚約者だった名残りで、セリアと呼んでもいいということですね」
「ああ言えばこう言う。デイジーと君は違う人間なんだ。いいわけないだろう?」
「たかが呼び方なのに、ですか?」
「もういい!黙ってくれ!!アンリース!君は僕がデイジーにプレゼントしたブレスレットを壊したそうだな!」
「うぅ……。ごめんなさい。私、アンリースさんがセリアのことをまだ愛してるって知ってたのに、ブレスレットの自慢なんてしちゃって。でも!!壊すなんてあんまりだわ。床に叩き付けて何度も何度も踏み付けて。私とセリアの大切な思い出をあんなにするなんて……」
嘘泣きとはいえ本当に涙を流せるなんて。
誰一人としてクラッサム嬢に同情の声が上がらないことがすごい。
私への非難の声が続出すると期待していた二人は静寂に疑問を抱く。
「アンリース!君はデイジーをいじめていたんだ!!」
聞こえていなかったから反応しなかったわけではなく、聞こえていたからこその無反応。
「そうですか。私がクラッサム嬢を。それで?証拠はどちらに?」
「はぁ。アンリース。もう少し頭を使ったらどうだい。デイジーが言ったばかりだろう。君にブレスレットを壊されたと」
「殿下こそ頭を使ったらどうですか。今のは証拠ではなく証言です。まさか!そのようなこともおわかりになられていなかったのですか!?」
口元を隠しながら大袈裟に驚いてみせた。
証拠の意味をよく理解していなかった殿下は赤っ恥。
兄の情けない姿を見せられるリカルド殿下には同情する。頭を抱えながらも目を逸らさないのは、最後まで見届ける義務があるから。
この会場で二人だけが証拠と証言の違いをわかっていない。
クラッサム嬢がいじめられたと泣けば私が非を認めると本気で思っていたのか。
謎の自信はどこからくるんだろ。
「も、目撃者もいます!」
「そうだ!デイジーの友人が見たんだ。そうだろう!!?」
仕込みのように近くに待機していた令嬢達。
彼女達は顔を見合わせ、大きくうなづいた。
「はい。確かに見ました。床に叩き付けたあと、何度も何度も踏み付けるクラッサム嬢の姿を」
「………………え?」
涙は止まり、顔が引きつる。
「う、嘘!嘘を言ってるわ!!私はそんなこと、してないもの!!」
「なぜ、そのようなことをするのかと聞いたら、アンリース様は悪役令嬢だから私をいじめなくてはならないと語っておりました」
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殿下の顔が真っ青なのは、クラッサム嬢の言葉だけを信じていたから。ようやく、冤罪だったらと考えたのだ。
「セリア、信じて。私、嘘をついてないわ」
「もちろんだ!デイジー、君が嘘をつくなんてあるわけがない。彼女達はアンリースの回し者に違いない!!」
「殿下はあくまでも私がやったと言い張るおつもりですね」
「デイジーは君と違って嘘はつかない。なぜなら、この僕が唯一愛した女性なんだから」
信じる理由にはなっていないけど、愛しているからこそ疑いたくないのだと解釈しておこう。
「わかりました。では、クラッサム嬢にお聞きします。ブレスレットが壊されたのはいつですか?覚えていらっしゃらないなら殿下にお答え頂いても構いません」
「先週だ。ちょうど七日前の朝だ。一限目が始まる前の登校時間」
「そうですか。ではやはり、私ではありませんね」
「非を認めないどころか、この後に及んで嘘をつくとは!!」
「その日の朝は国王陛下夫妻とご一緒でしたから」
「そんな見え透いた嘘など……」
「アンリース嬢の言っていることは本当だ」
陛下の声に感情はない。殿下を王族から外すことに一切の迷いはなくなったみたいだ。
第一王子らしい振る舞いさえしていれば、陛下の心を繋ぎ止めることは出来たかもしれないのに。自分の手で未来を壊すのが好きみたい。
「いないはずの私が、どうやってブレスレットを壊すことが出来たのか教えて頂けませんか?」
「そ、それは……。そうだ!先週じゃなくて先々週だったわ!セリアから貰った物を壊されて気が動転してたの」
「あら。それは変ね。そのブレスレット。店に確認したら販売は先週からだって言うじゃない。売ってもいない商品をどうやって手に入れたのかしら。不思議ね」
「だから、それは……」
誰もが納得する上手い言い訳を思い付かなければいけないけど、あの様子では無理ね。
元々、私を悪女に仕立て上げることが無理だったんだけど。
「気が動転したと言っていただろう!」
「ブレスレットを壊した人の顔も、壊された日にちも、買ってもらった大切な思い出さえ覚えていない。クラッサム嬢の証言は何一つとして当てになりませんわ」
「デイジーが嘘をついたと言いたいのか!?」
「そうです」
食い気味に肯定して、殿下の頭でも理解してもらえるよう簡潔に説明する。
「クラッサム嬢は恋物語のヒロインと自分を重ね合わせているだけ。ヒロインは悪女にいじめられて、でも、愛しい王子様が断罪してくれてめでたくハッピーエンドを迎えるために」
「ならば!!誰がデイジーのブレスレットを壊したというんだ!?嫉妬した君以外に犯人はいないじゃないか!!」
「もう一人。いるでありませんか。クラッサム嬢本人が」
目撃者だっている。彼女の友達……いいえ、私の友達が見ているのだ。私は彼女達の証言を信じる。
「なっ……!!」
頭に血が昇り、私を掴もうとする手をかわすと、足がもつれてみっともなく倒れた。
プライドを傷付けるために手を差し出すと、ワナワナと震えながら自力で立ち上がる。
殿下に背を向け、喋らなくなったクラッサム嬢と向き合う。目を合わせないように必死。
「たかが男爵令嬢が公爵令嬢である私を陥れようとするなんて、随分と勇気がおありなのね。クラッサム・デイジー令嬢?」
「だって、私は……。セリアに愛されてて……」
「そうだ!デイジーは僕と結婚して王妃になるんだから、たかが公爵令嬢如きがそのような態度を取っていい相手ではない!」
「クラッサム嬢は王妃にはなれませんよ?」
「は?」
今日一の間抜けな顔と声。まるで初めて聞いたと言わんばかりに。
恐る恐る陛下に視線を向けた。否定して欲しい気持ちでいっぱいになっている殿下の希望を打ち砕くように、陛下は冷たく見下ろすだけ。
「王太子の僕と結婚したら王妃になる。子供でもわかることじゃないか」
必死に突き付けられた現実を覆そうとするけど、この現実は決して覆らない。
「クラッサム嬢が貴族であれば、ですが」
「デイジーは貴族だ!!男爵ではあるが、れっきとした!!」
「それは身分だけでしょう?彼女の血筋は平民です」
ショックを受ける殿下はフラフラとギルの元に行き、両腕を強く掴んだ。
「ギル!!なぜ教えてくれなかったんだ!!僕にそんな大事なことを!!!!」
「お伝えしましたよ。ですが、聞く耳を持たなかったのは殿下です」
聞いていないことを思い出せるわけもなく、ギルに怒りをぶつけるように責め立てる。醜態を晒している自覚はない。
「セリア。もう黙れ」
優しい言葉はない。
陛下は立ち上がり高らかに宣言した。
「本日を持って王太子はリカルドとし、第一王子セリアはその身分を剥奪する!」
顔から完全に血の気が引いた。病人と間違われるほど真っ青。
全貴族の前で宣言したことが撤回出来るわけもなく、殿下は緊張や不安、色んな感情が混ざり合ったような表情をしていた。
「僕とデイジーの結婚を認めてくれないということですか!?」
「何を言っている。王子でなくとも結婚は出来るだろう。許可しないとは言っていない。いつでも添い遂げれば良い」
「つ、つまり。男爵家を継げと仰るのですね」
「いいや?お前は平民になるのだ。愛する者と一緒にな」
陛下が合図を送ると、身の丈に合わない豪華なドレスを着た美しい女性が連れられて来た。
クラッサム嬢は可愛らしい印象だけど、母親のほうは美しすぎる。顔立ちは似ているのに雰囲気は違う。
「クラッサム男爵はパーティーが始まる前に、既に離婚している。その際、娘は引き取らないと断言した。私の言いたいことがわかるか?セリア」
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「バ、バカだと!?王族に向かって……不敬だ!!」
「面白いことを仰るのですね。殿下……あ、失礼しました。もう殿下ではありませんでしたね」
「アンリース!君ってやつは……!!」
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ようやく状況を理解し飲み込んでくれた。
ただ、なぜ身分を剥奪されたのかだけは未だにわかっていない。
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膝が折れて立ち上がろうとしない彼に手を差し伸べる者はいない。
「こんなのおかしい。僕は王太子。次の王になるべき存在なのに」
力なくずっと、同じことを繰り返す姿は憐れ。
本当にわからないのだろうか。こうなった原因が。
「お待ち下さい陛下!殿下が平民になるということは……お金はどうなるのですか」
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お金はないのに借金だけが増えていく。
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「お義姉様は、どうか泣かないで下さい。激怒しているのも分かりますが、怒鳴らないで。こんな所で泣き喚けばお姉様の立場が悪くなりますよ?」
あぁわざわざパーティー会場で婚約破棄したのは、私の立場を貶める為だったのね。
悪いと言いながら、怯えた様に私の元婚約者に縋り付き、カインが見えない様に私を蔑み嘲笑う義妹。
本当に強かな悪女だ。
けれどね、私は貴女の期待通りにならないのよ♪
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【完結】今世も裏切られるのはごめんなので、最愛のあなたはもう要らない
曽根原ツタ
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