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限界です

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今日もギルは送ってくれた。殿下は絶対にいないから大丈夫だと断ったのに。
ギルは少しでも長く私と一緒にいたいと言ったのだ。
なんと返したらいいかわからず、その場は照れるだけだった。
ギルはあんなこというタイプじゃないと思っていた。
出迎えてくれたリザに今日の夕食はいらないと伝えると、一礼してこの場を去る。
料理人に伝えに行ってくれたにしては様子がおかしかった。
部屋で一休みしながら、今後の殿下の対処について考えた。
玉座を諦めない限り、しつこく付きまとってくる。
甘い物を食べたおかげなのか、妙に頭がスッキリしていた。タナール達と四人で食べに行ったときには、こんなことなかったのに。
違う点があるとすればギルと二人だったこと。
楽しかったのは事実。限定ケーキのあとに濃厚チョコケーキを平らげたことには驚いたけど。
冷静な頭でこれまでのことを振り返る。

あれ?なんで私、数々の無礼を働かれてるのに我慢してたんだろ。

自分では冷静になっていたつもりだったけど、実はあの二人に対して全然冷静ではなかった。しかも、殿下から解放された喜びで多少浮かれていたのかもしれない。

「お嬢様。失礼します」
「ちょうど良かっ……」
「申し訳ありません!お嬢様!」

入ってくるなりリザは頭を下げた。謝られるようなことはされていないはず。
リザの隣に医師がいるのも気になる。

「お嬢様の体調不良にも気付けなかったなんて……」
「……ん?リザ?」
「食欲がないなんて、よっぽどです。すぐに診断をお願いします」
「待って!違うから!そうじゃなくて!!」

これは非常にマズいのでは?
リザが大慌てで医師を呼ぶ。私に何かあったのではと家族全員が心配する。
使用人も含めて、文字通り全員が私の部屋の前で待機している。
待って。フランクがいない。お父様に知らせに行ったのか。今日はこの前の話し合いの続きをするからと港に出掛けていた。

今度は私のせいで中断させてしまうのか。

お父様に話があったから早く帰ってきてくれるのは私的には有難いんだけど。短期間で二度も私用で話し合いを抜けるなんて、お父様の信頼が落ちたらどうしよう。

「お嬢様?違うというのは一体」
「ケーキを……食べたから」

甘さ控えめとはいえ、お腹の満腹感は確かなもの。今の私には夕食は食べられない。
言葉足らずで余計な心配をさせてしまったことについて、私からみんなに謝った。
私に何もなかったとわかって胸をそっと撫で下ろす。
誤解が解けて安心していると、お父様のご帰還。
心配しすぎて背後のオーラがとんでもないことになっている。

「私は大丈夫ですから。それより、ご相談したいことがあります。お母様とお兄様にも」

家族会議がしたいと伝わり、使用人はそれぞれの持ち場に戻っていく。
場所を移す時間も惜しく、私の部屋で話を進める。

「私。今までの自分が甘かったと深く反省しています」
「殿下のことか?」
「はい」
「じゃあ処刑するか」

嬉々としてお兄様の声が弾んでいる。

「いいえ。処刑はしません」

少し前までは「可哀想」という理由だったけど、今は違う。

「死んでしまったら苦しみは終わるではありませんか」

一瞬で終わる苦しみより、長く続く苦しみを与えたい。

「アンは何がしたいのかしら?」
「そもそも殿下が、自分がまだ次期国王になれると思っているのは第一王子という身分があるからです。では、それがなくなったら?どれだけバカな殿下でも理解すると思うんです。王族でなければ王にはなれないと」
「なるほど。身分の剥奪か」

殿下には身をもって罰を受けてもらう。

「そして。本題はここからなのですが。お父様。あの二人を領民として受け入れてくれませんか」

お父様の眉がピクリと動く。お母様とお兄様は良い顔はしていない。
私だって本当は嫌だ。これしか策が浮かばない。
馬車で何週間もかかる田舎に飛ばしたところで、勝手に戻ってくることは目に見えている。それどころか、私達の知らないところで自分勝手な噂を流される可能性もある。
それならばいっそ、目の届く場所で常に監視していたほうが安心。監視はフランクの元ギルドメンバーにお願いしよう。彼らの目を盗んで領地を脱走するなんて、まず不可能。
リードハルム領でこれまでと同じ生活など出来るはずもない。私を見下し蔑ろにした殿下と、私が得るはずだった王妃の座(そんなに欲していたわけではない)を奪ったクラッサム嬢。困難を強いられることになるだろう。

「仮に。もし仮に受け入れたとして、もう一人はどうする」
「彼女にも平民に戻ってもらいます」

男爵家を潰すつもりはない。
クラッサム男爵は人を見る目はなかったけど良い人だ。裕福ではなくても、領民のことを常に考えている良き領主でもある。
男爵夫人を亡くして、友達に連れられた酒場で今の夫人、クラッサム嬢の母親と出会った。
平民から貴族に上がりたかった現夫人は傷心している男爵に狙いを定めた。優しい言葉をかけられて、心が揺れ傾いた。
貴族は全員、お金を持っていると思っていた現夫人は男爵家にお金がないことは想定外。
贅沢を夢見て好きでもない人と結婚までした。その夢を叶えるために言葉巧みに男爵を領地に送り、屋敷にある物を勝手に売却したお金で宝石やドレスを買い漁る。

この調子では前妻との思い出の品にも手を付けていそうね。

「お兄様。メーディ様に頼んで欲しいことがあります」
「夫人にドレスを買わせろ、だろ?」
「はい。お願いしてもよろしいですか」

メーディ様はブティックを経営していて、王妃様御用達の人気店。多くの貴族女性はその店でパーティーのドレスや新作ドレスを仕立ててもらう。
現夫人も例外ではないけど、お金の問題があり手を出せないでいる。
そこにもし、お金は後払いでもいいも言われたら、売っているドレス全部を買うはず。
ドレスに合う宝石も一緒に購入すれば、今の男爵家では支払えない額の借金を背負う。
妻が借金を作っただけでなく、義娘がリードハルム家を敵に回したと知れば離婚を選択するしかない。
離婚が成立すれば貴族でははくなり平民に戻る。
夫人の持っている宝石やドレスを売れば、いくらかのお金にはなるし、足りなければ働いて返すしかない。
なにせ“後払い”なのだから。商品を手放してしまっても、一度は購入しいている。必ずお金は払わなければならない。

「あの愚か者のバカはどうやって引きずり下ろす」
「そのための、手紙やプレゼントの山なのですよね?」

殿下を糾弾するための証拠品。
これらを陛下に提出すれば、決断を下してくれる。
何も買っていないと、とぼけられても面倒なので店員の証言も抑えておく。

「明日の朝、陛下と話し合いたいと思っています」
「フランク。これを届けてくれ。陛下に至急」

一筆書いて、フランクに渡す。



翌朝。殿下が学園に行ったことを確認して私とお父様で王宮に向かう。
忙しい時間を割いて会ってくれたことに感謝をしようとすると、堅苦しい挨拶はしなくていいと止められた。
お父様はなんと書いたのか、陛下の顔色は悪い。遅れて来た王妃様から何かを耳打ちされた陛下はひどく項垂れた。

「愚息がアンリース嬢に数々の無礼を働いているようで、本当にすまない」

運ばれた大量の品物が、殿下から私に贈られたプレゼントであると知ってしまった。
別れた相手になぜ、あんなにもプレゼントを贈るのか意味がわからないし、わかりたくないと思っている。
陛下に現実を突き付けなければ。

「殿下から婚約破棄を宣言された翌日から、しつこく復縁を申し込まれて困っているのです」
「あのバカは何をやっているのだ」
「まさか本当にアンリース嬢を側室に迎えようとするなんて……」
「私達の怒りは何も伝わっていなかったのか」
「それだけではありません。私とギルが長期に渡って浮気をしていたなどと、ありもしない妄想に取り憑かれているみたいです」
「なっ……!自分のことを棚に上げてアンリース嬢に罪を擦り付けようとするとは」
「アンリース嬢。本当に申し訳ありません」
「公務で忙しくロクに顔も会わせていなかったが、まさかそんなことになっていたとは。それで?アンリース嬢は何を望む?」
「殿下の身分の剥奪です」

お二人にとって殿下が大事な息子であることはわかっている。リカルド殿下とどっちが大切かなんて比べられないほどに。
それでも、考え直してくれと言わないのは殿下の非を認めているから。

「陛下。これはリカルド殿下のためでもあるのです。殿下はまだ、自分が次期国王になれると信じています。その殿下が自分は玉座に座れないと知ったとき、リカルド殿下が無事である保証はありません」

ありえない話ではないため、陛下は目を伏せて考える。
玉座を得るためだけに私と復縁を望み、側室になれと言ってくる始末。
玉座のために平気な顔をしてリカルド殿下を亡き者にするだろう。捕まったとしても、まるでそれが正しいかのように、あの場に相応しいのは自分だけだと反省さえしない。
リカルド殿下が玉座を盗んだから、兄として取り返しただけ。殿下ならそう言う。
悪いのは殺した自分ではなく、リカルド殿下であると。

「来週」

口を開いた陛下の声は悩みに悩んで、やっとの思いで絞り出したみたいだった。

「来週はちょうどセリアの誕生日だ。そこで発表する。セリアを王族から外し、リカルドを王太子に任命すると」
「ありがとうございます」
「礼を言うのはこちらだ。アンリース嬢。君はなるべく穏便に事を済ませようとしてくれていたのだろう?」
「最初は王太子でなくなることが殿下への罰だと思っていました」

真実の愛と同等に欲していたもの。自らの手で手放したとなれば、それなりの罰になるはずだった。
普通なら。
残念なことに殿下は普通ではないため、こちらの常識なんて一切通用せず、罰にさえならないのだ。

「必ず、男爵家に嫁がせて領地に送ると約束しよう」
「お待ち下さい。バカ……あの二人はリードハルム領で監視することが決まっています」

一応は訂正したけど、力強く「バカ」と言った。お二人は聞こえなかったふりをしてくれている。

「監視……?」

陛下は何を想像されているのか。
そんなに酷いことはしない……と、思う。ただちょっと、生活に困難を強いられ、領民から厳しい目で見られながら仲良くしてもらえないだけ。元の贅沢な暮らしに戻りたくて逃げ出そうとしても叶わない。
助けを求める相手もいなくて、頼れるのは愛する恋人のみ。
ここはお父様ではなくお母様を意識して笑顔を作った。陛下の表情が一瞬だけ固まり、私達の望むように殿下を罰してくれて構わないと許可を貰った。
一番良いのは幽閉することなのだろうけど、殿下はそれほどの大罪を犯したわけではない。残念ながら。
だからこそ、監視なのだ。

「それと、陛下。殿下のお金の出処を調べたほうがいいかもしれませんよ」

あのプレゼントの数々を買えるだけのお金があるとは思えない。
もしかしたら、国のお金に手を付けているのかも。殿下のことだ。将来、自分のお金になるのだから今から使っても問題はないと主張する。
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